29、「ちゃんと終わる」


うちの近所のとあるビルの階段のところで、
いつも大きな声でスピーチしている若者がいる。

はじめは
「お芝居の練習かな?」と思っていたけれど、
よく見てみると目もちょっとおかしいし、
あまりにもいつもいすぎるので、
そういう人だとわかった。

いつもスピーチしていなくては、
という強迫観念に追いつめられているらしくて、
一生懸命、声もかすれるような勢いで
とうとうと語っているのです。

じっと見ると目があったりするけれど、
怒り出したりすることはないのです。

いつも彼を見ると、ちょっと切なくなります。

きれいごとではなくて、ほんとうに、
いつ自分もああなってもおかしくはないな、
となんとなく思うのです。

ある日、犬の散歩ついでに
友達を駅まで送っていくとき、
またも彼が朗々とスピーチをしているのを
発見しました。
「あ、今日はいるね。」
とふたりは言い合った。
ふたりとも、いつでも、彼を見かけているのです。

時刻は終電ぎりぎりで、
人びとは足早に駅に向かっていました。

そして、スピーチの彼の脇を通り過ぎるとき、
私たちは聞いた。
「・・・というわけで、
 本日はこれでしめくくらせていただきます。
 終了となります」

終わりがあるんだ!
彼も終電で帰るんだ!

そう言い合って、
笑っていいのか
切なくなっていいのか
ますますわからなくなりながら、
私たちも
駅へと急いで行きました。




2005-08-10



「U.M.A.」よしもとばななさんへの感想は
タイトルを「ばななさんへ」にしてpostman@1101.comまで
お送りくださいね!

このページを友達に知らせる




戻る