糸井 |
『ラスト・ワルツ』のThe Bandの演奏、
どんなに緊張していても、
ギターを弾く指は緊張しない・・・技術がすごい。
「このDVDを見た気分で、
若い子が文化祭とかをやったら
いったい、どうなるんだろう?」
とか、ぼくなんかは、思っちゃうんです。 |
沼澤 |
いまの20代の連中、すっごいですよ。
ニール・ヤングも、バカ受けしています。
ぼくが、ぼくのローディーの子の誕生日に、
ニール・ヤング写真の入った自作のTシャツを
スッと出したら、「着れません、飾ります」とか。
ニール・ヤングは、
いまの若い音楽好きの子たちの教祖ですよね。 |
糸井 |
ニール・ヤングは不滅ですよ。
ジム・ジャームッシュの映画とのつながりでも
あの人は、ほんとうにおもしろいし。
(※ニール・ヤングは、
ジャームッシュ監督の作品の中で、
『イヤー・オブ・ザ・ホース』で主演、
『デッドマン』で音楽を担当している)
それに、
「さすがおいらのニール・ヤングだ」
と思うのは、「ディーボ」っていう
テクノのバンドのプロデューサーを
同時にしていること、なんですよねぇ。
あんなに素で生きてるみたいな人が、
実はテクノとつながってるのもすごいし・・・
そもそも、ぼくがモノポリーっていうゲームを
あんなに一生懸命、はじめた理由は、
「ニール・ヤングがモノポリーを大好きだ」
って聞いたからなんですよ。
ニール・ヤングやその周囲を好きだった時代に、
ぼくにとって、いろんな分野の作品が
ホンモノかニセモノかを区別する方法は、
もう、わかった気がするんです。
「これ、他の誰かでも、できるじゃん」
っていうつまんなさが嫌で、どの分野でも、
「とんでもない人だけが好き」という・・・。 |
沼澤 |
そうか・・・
糸井さんはもう、ニール・ヤング小僧なんだ。 |
糸井 |
もう、ほんとにそうです。 |
沼澤 |
おととしのフジ・ロックに
ニール・ヤングが来た時も、若い人が熱狂して。
いま、若い子たちがウッドストック化してるんで。
いまの10代後半から20代の人たちは
みんな、自分たちで、70年代みたいなことを、
そのまま、やろうとしているんですよ。
このあいだ、幕張のイベントとかに
チョロッと出かけたりしたら、もちろん、
40代の人もほんとに少しだけいるのですが、
若い子たちが、飲みものは分けあうし、
踊っていると何かアメ玉をくれたり・・・。
もう、すごい、そういう感じなんです。 |
糸井 |
あったよなあ、そんな感じ。 |
沼澤 |
そこに、3万人が軽く集まってますからね。
照明からロウソクから・・・
ボランティアに近いかたちで
ものすごく大きなイベントが成り立っていて。
そこに子どもたちがワーッて集まっている。
いいですよ、いまの20代って、すごく。
みんな、The Bandみたいなの好きだから。
いわゆるスタイリストとか、ヘアメイクの子とか、
帽子職人の子とか、そういう関係のみんなが、
やっぱり、ジミヘンなり、そういうところから、
いまの音楽までぜんぶ聴いていて・・・。
マイルスも、サンタナも
その子たちのCDコレクションの中に入っていて、
ぼくらの髪の毛を楽屋で作ってる時には
そういう音楽を聴いて、みたいな。 |
糸井 |
もう1回、同じ時代を再現してるわけ? |
沼澤 |
その時代のミュージシャンの姿を見て、
若い子は「すごいピースフルだ」と感じて、
やりたくて、やってることなんですよね。
音楽の世界では、いま、そういうところに、
めちゃくちゃ、エネルギーが集まっています。
「何? この盛り上がり」って・・・。
それは、見ていても、おもしろいですね。 |
糸井 |
集まることの中にも、
いろんな意味が入って来るし。 |
沼澤 |
ぼくらもそういうところに演奏で出るわけですよ。
音楽も、もちろん違いますけど。
そうすると若い子たちが、
もちろんぼくらの方が年上だってわかってるけど
ぜんぜんタメ口だし、サイッコウとか言う・・・。
「この子たちはこの後、
どういうふうになるのかな?」
とかいうことにも興味があるけど、
いま、とりあえずすごい盛り上がってますよ。 |
糸井 |
そうか、じゃあその子たちが、
この『ラスト・ワルツ』のDVDを
買っている可能性は、すごく高いんだ。 |
沼澤 |
はい。だからこそ、
みんな、ニール・ヤングが大好きで。
他の年の
フジ・ロックの出演者たちを見ても、
エルヴィス・コステロ、
スティーヴ・ウィンウッド、
イギー・ポップ、パティ・スミス・・・。 |
糸井 |
何か、音楽史の年表を見てるみたいだねえ。 |
沼澤 |
そこに来るのは、みんな子どもたち。
もちろん、いま流行ってるバンドも出るけど、
外国から来るそういう人たちって、
彼らにしてみれば、ルーツロックですよね。
「いろいろ聴いてるし、
流行りものもいろいろあるけど、
ルーツはかっこいいよね」
と思ってる子どもたちでしょう?
だからもちろんレゲエも好きだし、
ルーツレゲエも好きだし・・・。
ぼくが見ていると、
そういう動きが、おもしろいですね。
・・・それにしても、いま一緒に見てる、
『ラスト・ワルツ』の特典映像の
マーティン・スコセッシ監督の話、すごいなぁ。 |
糸井 |
うん。
一発撮りで、つまり現場で演出できないぶんを、
ぜんぶ、言葉で指示しとくわけですよね。 |
沼澤 |
そう。
Aメロっていうところがあって、
その時にこのカメラの動き方のコメントとして、
「as tight as possible」とか書いてある・・・。
リハーサル、やってないわけだから。
「カメリハ、何回やれば済むんだろう?」
という状況になりがちの日本の音楽界とは、
ほんとにずいぶん違います。
カメラの動きを試すためだけに
何度も演奏させられたりすることは、
もう、平気でありますから。
こちらとしては、真剣に演奏するんだから、
「リハーサルだから、軽くこんな感じで」
みたいなのも、イヤですからね。
毎回、一生懸命やるわけです。
それで何回目かに本番があるんですけど、
リハーサルの時にあれだけやったことが、
しっかり映像に反映されていないこともあります。 |
糸井 |
要するに、
「ただ一通り映ってる」ってやつですか? |
沼澤 |
「ここで何であの楽器に行っちゃうわけ?」
みたいなことが、別に自分の映っていない
音楽番組を見ていても、よく見受けられて・・・。 |
糸井 |
スコセッシの準備の技術も、すごいよね。 |
沼澤 |
このまえ、小沢征爾と武満徹の
『音楽』ってタイトルの本を読んでたんですよ。
すっごいおもしろかったのが、
「尺八や琵琶は、いわゆる西洋的な
平均率(ドレミファソラシド)では教えない」
っていうところなんです。
そういう楽器の師匠は、弟子たちに
「ヴンヴヴヴ(尺八の音の真似)」とか言って
クチマネで教えるんだけれども、
弟子は音階のなかで理解したがってしまう。
尺八の音色に平均率が聞こえすぎる・・・。
「師匠は、言葉で教えるわけだから、
弟子がよくないと、伝わらないよね」
というような対談が続く本なんですよ。
「習ったことを修得する時、
どうやって修得するかによって、
伝統の受け継がれかたの地金が出てくる」
みたいな話に、なるほどと思ったんです。 |
糸井 |
なるほど。
中国の書道の教室なんかは、
完全に指の運動ばっかりしてるらしいですよ。
思ったイメージを伝達するマシーンとして、
ちゃんと、手を鍛えておく、という。 |
沼澤 |
へえ、すごい。
やっぱり技術がないとダメなんですよね。 |
糸井 |
そうなんです。技術なんですよ。
|
沼澤 |
インドに、タブラっていう
指で叩く太鼓があるんですけど、
あの楽器を演奏する人の現地での修行は、
1個の叩き方でいい音が出るまで、
何年間も、ずっと、やらされるんだって。
指だけで演奏する打楽器なんで、
指と手のひらで、ひとつの動きを練習する技術を
何年もやらされるんだって。
ある水準の音を出せるまで・・・。 |
糸井 |
きっと、それこそ、
「指に、ある神経が通るまで」なんだね。
・・・そういえば、
手で叩く楽器を演奏する時の薬指の立場って、
ものすごくおもしろくない?
沼澤さんは、あの薬指を、どうイメージしてるの?
薬指ってことについては
「苛立った」とか、「あってよかった」とか、
いろいろな思いがあるような気がするんですよね。 |
沼澤 |
ぼくらの場合は、小指よりも薬指が
スティックに触れてる時間が、多いんです。
薬指、かなり使いますねえ。 |
糸井 |
そんなことさあ、
教室でも薬指としては教わらないんでしょう? |
沼澤 |
いや、もともと、
ぼくはアメリカでドラムを学んだ時、
先生には、自分から話に行ってるんです。
結局ぼくの先生たちも、アメリカ人ですから、
習う気がないヤツには何も教えないんです。
宿題やって来なくて怒られるのが日本ですけど、
アメリカは、宿題をやって来なかったら、
自分が単位を落としたり卒業できなくなるだけで、
「・・・それでどうするんだ? おまえ?」
っていうのは、誰も何も言わないですから。 |
糸井 |
技術の学び方って、そういうことですよね。 |
沼澤 |
だからぼくは、
教えてほしいって言いに行きました。
その先生が太鼓の上にひとつ音を出した時、
ぼくはアメリカについてから初めての授業で、
「何でこんないい音すんの? この人!」
と思えたんです。
彼は、学校では
そんなに人気のある先生ではなかったけど、
「なんであんなにいい音がするんだろう?」
と思った時に、ぼくは先生のところに行って、
「そういう音にしたいんですけど、
どうやるんですか?」って言ったら、
彼のクラスに来い、ということになったんです。
「おまえ、ほんとに習いたいんだろ?」
「・・・だから、海を渡って来たんですけど」
まだ英語をぜんぜんしゃべれない時の、
そういうやりとりから、はじまるわけですよ。
で、ぼくの音や言葉を聴いているうちに、
「おまえは、習いたいらしいじゃん?」
ってことになる。
「ここをこういうふうに持って、こう叩いてみろ」
そういうとこから、まず、はじまるわけですよね。
「これを、こうなるまで、やってきなさい」と。
次の週、気合いでやっていくわけですよ。
そうすると、
「オレは、そこの角度がちょっと気に入らないなぁ」
「え、お手本とぼくと、どこがどう違うんだろう?」
そういう教え方なんですけどね・・・。 |
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(つづきます) |