第11回
感情のブレを抑える
感情のブレを抑える
糸井 |
藤田さんは「球界の紳士」と呼ばれながら、 同時に「瞬間湯沸かし器(すぐ怒る)」と、 2つの矛盾することを、言われていましたけど、 「湯沸かし器ぶり」というのはどうでしたか? |
藤田 |
ぼくは、紳士よりも、湯沸かし器の方でしたね。 紳士のほうは、格好だけ遠くから見てたら、 そう見えたんじゃないですかね。細身だったから。 ただ、湯沸かし器のほうは、かなり沸かしました。 |
糸井 |
それはプロ野球に入ってから‥‥。 |
藤田 |
‥‥も、続きました。 |
糸井 |
ぼくが見ていた時代は、 そういう印象はないんですよね。 |
藤田 |
あれは‥‥ 怒ると、ぼくも 疲れて不愉快になるんですよ。 で、途中から「これはイカンな」と。 怒らないで済む方法を見つけようと思って、 いろいろ、研究したんですけどね。 |
糸井 |
そんなことを研究したんですか(笑) |
藤田 |
はい、研究しました。 何とかして、 怒らないようにしなければいかん。 だから、物の言いかたで、 湯を沸かさなくても済むような言い方は ないかということで、選手に、 いろいろ話しかけてみたりなんかしたんです。 |
糸井 |
そういう姿を、 そばで見させていただいて、 「オヤジ役というのはイイもんだな」 と、ぼくは、はじめて思っていたんですよ。 |
藤田 |
そうですか。 やめたあとに、原が言っていましたよ。 「何を言っても 手のひらの中で遊ばされていました」と。 選手には、そう感じたんでしょう。 割合うるさくいっちゃうものだけど、 ぼくは、言わなかった。 |
糸井 |
言わなかったですよね。 冗談ばかり言っているように見えていました。 ところどころで、何かをされていましたか? |
藤田 |
ぼくの場合は、マスコミの前宣伝の、 「藤田は、瞬間湯沸かし器だ」 というのが、行き届いていたと思うんですね。 だから、「いつ湯を沸かすのか」と、 みんなが気にしていたんじゃないでしょうか。 |
糸井 |
「コワいぞ」と。 コワかった瞬間というのを、 藤田さん、選手に表現したことはありますか? |
藤田 |
はじめてのキャンプの何日目かに 原をセカンドで育てようとしたことがあります。 ノックをはじめると、カメラマンが グラウンドの中に入って、パシャパシャ写してる。 原がドロんこになって、ボールをとりに行って ドタンドタン倒れているそばで、やってるんです。 それを見て、ぼくは瞬間湯沸かし器になりました。 それが、初めての爆発だったものですから、 そういうのを、みんな、見ていたんじゃないですか。 「ああ、やっぱり沸かすわい」 そう思ったんじゃないでしょうか。 ときどきは、沸かしますよ。 そんなにひどくないんですけど、 やることはやっておかなきゃいけないものですから。 怒ることは、あることは、あったんですけど。 でも、そんなに大きなのは 数えるほどしか、ありませんでしたね。 やるときはみんなの前でやるものですから。 |
糸井 |
呼び出して怒るみたいなことじゃなくて‥‥。 |
藤田 |
バーンとやって、その場で終わりにしちゃう。 あとをひかないように。 |
糸井 |
巨人が近鉄を相手にして、 3連敗したあと4連勝した日本シリーズを、 ぼくはほんとうによく覚えています。あの時に、 藤田さんに、おしりを叩かれた覚えがあるんです。 |
藤田 |
そうでしたか? |
糸井 |
ぼくは、ショボンとして、 「もう、この日で、終わりかもしれない」 と言っていたのですが、藤田さんはニコニコして 「イトイさんどしたの! 元気ないじゃない!」 ポーンと。 本来、こちらが励ます立場なのに、 いま、負ける寸前にいるはずの藤田さんが、 ニコニコして、ぼくのおしりを叩いたんです。 藤田さんは絶対忘れてるでしょうけど、アレは、 「何、この人! スゴイ!」と思わされたなぁ。 藤田さんは、ああいう危機に立たされても、 まったく平気なほうなんですか? |
藤田 |
いえいえ。平気じゃないですよ。 |
糸井 |
平気じゃないんですか。 |
藤田 |
平気じゃないですよ。 むしろ、人の倍、めいってます。 |
糸井 |
はぁ‥‥なるほどなぁ。 ほんとは、そうだったんですか。 |
藤田 |
ええ。どん底です、ああいうときは。 |
糸井 |
スゴイなぁ。 藤田さんは、危機に見舞われると、 「命を取られるわけじゃないから」 という言いかたを、よくしていましたね。 |
藤田 |
ええ、そういうのはね、 「命までは取られんから」 というところが、最後の踏ん張りですね。 |
糸井 |
あ、つまり、それを言っている時は 「命」以外のものはかなり取られているという、 そうとう、キツイ時なのですね。 |
藤田 |
ええ、かなりキツイ時です。 |
糸井 |
「この試合は、イケルぞ!」 とかということを感じはじめるのは、 やっぱり、試合中にあるのでしょうか? |
藤田 |
だいたい、当てにならんですね、それは。 終わってみないと。 |
糸井 |
じゃあ、わからないといえばわからない。 |
藤田 |
ほんと、わからないですよ。 10点もリードしていて、 ピッチャーが調子がよくて シュッシュッシュッシュッ言っている時は、それは、 「きょうはイタダキだな」とは思いますけれど、 それ以外は、2、3点では、わからないです。 |
糸井 |
「ほんとは、わからない」ということですか。 |
藤田 |
わからないから用心深くピッチャーを変えたり、 これはもう、ウロウロウロウロするわけですよ。 ちょっと1人ランナーを出すと、 次のピッチャーを用意をさせたりする 心境になるわけですね。 |
糸井 |
ほんとうは繊細なんだ。 それをドキドキしているように 見せちゃいけないわけで‥‥。 |
藤田 |
ええ。 全然気にしていないように、 「何言ってんだ。 こっちが2点、3点とるのに どれだけ苦労してると思うんだ。 相手だって同じだよ」 そんな顔をしていたら、 選手は割合安心できるんですね。 選手というのは鋭いですからね、 チラッチラッと顔色を見ていますからね。 早い話が「あ、きょうはいかんな」と思うと、 ほんとにイカンのですよ。 |
糸井 |
じゃあ、表情に出さない練習が要りますか。 |
藤田 |
ええ、そりゃあもう、訓練しなきゃいけない。 だから、監督になりましたら、これはもう、 「大喜び」「大悲しみ」をしちゃいけないんです。 いつも同じような顔をしていないと、 かならず喜怒哀楽が出てしまうのです。 勝ったらバカみたいにわめいて喜んで、 負けたらそこらじゅう蹴飛ばして悲しんで、 とそうやっていると、ちょっとした時に 感情のブレが出ちゃって、 選手に伝わってしまうのですよね。 できるだけ、それを防いだほうがいいと思うんです。 |
糸井 |
それが指揮官の務めなんですね。 |
藤田 |
はい。 |
糸井 |
できるようになるんでしょうかね? |
藤田 |
できるようにしなきゃだめです。 |
糸井 |
「なる」どころか、 「する」ものなんですね。 なるほど、「しなきゃいけない」と。 |
藤田 |
ぼくはそう思うんです。 人間ですから、 大喜びしたり大悲しみをしたりしたほうが 人生としては、それはいいのかもわかりません。 ひょっとしたら、監督としても 喜怒哀楽をはっきり出してやったほうが いいのかもわからないですけど、 ぼくの場合は、 それはしちゃいけないんだと思っていました。 |
糸井 |
みんなへの影響が大き過ぎるということですね。 |
藤田 |
いいときはいいんですけどね、 「悪いときの感情」も 選手に伝染してしまうかもしれない、と。 それは勤めました。 |
2015-05-02-SAT
タイトル
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
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