──:
このたびは、メールマガジン「ほぼ日通信WEEKLY」のインタビューをお受けいただき、ありがとうございます。恩田さんは「ほぼ日」をご存知でしたでしょうか。
恩田:
もちろんです。手帳なども何度かいただいたことがありますよ。
──:
わぁ、そうでしたか。ありがとうございます。2017年に直木賞を受賞した恩田さんの『蜜蜂と遠雷』は、ピアノコンクールのお話でした。映画化もされ、ご存知の方もたくさんいらっしゃると思います。それ以来の最新作が、この3月に発刊されました。こんどは、バレエのお話で。
恩田:
そうなんです。お読みいただきましたか?
──:
はい、読みました。『蜜蜂と遠雷』も「これはドキュメンタリーだろうか?」と思うほどのリアリティがあったのですが、今回の作品『spring』はさらに重層的な現実味がありました。いただいた資料に「構想・執筆10年」とありましたが、ひとつの作品に10年とは‥‥
恩田:
たしかにそうなんですが、そもそもこれは連載作品だったんです。並行してほかの小説も進めてましたし、まぁ、そのくらいかかっても大丈夫です(笑)。
──:
これから作品を読む方もいらっしゃいますので、本日は具体的な内容にはふれずにお話をうかがいます。
恩田:
そんなにネタバレ的なことが多い作品ではないと思いますが、よろしくお願いします。
──:
ネタバレ的なことはそんなにないとおっしゃいますが、読み出したときと読み終わったときでは、自分と作品との関わりが変化するようなスリリングさを私は味わいました。
そもそもなぜ恩田さんは、今回バレエを題材になさったのでしょうか。
恩田:
おっしゃるとおり、何年か前に『蜜蜂と遠雷』を書いたんですが、「じゃ、次に何をやるか」ということに、当然なりまして。
──:
はい、あれだけの作品を書かれたあとで。
恩田:
『蜜蜂と遠雷』のときも、「小説で音楽を書く」って、わりとハードルが高めな内容だったんです。
──:
文字からは音楽は流れないですし。
恩田:
そこからさらにハードルを上げるにはどうすればいいかと考えて。
──:
‥‥そんなチャレンジ的なきっかけが!
恩田:
はい。で、「たとえばバレエなら、もっと難しいかな」と思いました。
──:
今度は文章で踊りを表現するということになりますね。
恩田:
編集担当の方からも「今度はバレエとか、どうでしょう?」と提案していただいたこともあり、本格的にバレエの取材をはじめました。
──:
恩田さんはそれまで、バレエになじみがあったのでしょうか。
恩田:
ミュージカルや、いわゆるコンテンポラリーのモダン系バレエは観ていました。でも、クラシックバレエをちゃんと観たのは、ほんとに、取材をはじめた10年前が「初」だったと思います。
──:
クラシック音楽もそうですし、歌舞伎や相撲もそうだと思うのですが、歴史を長く持つものは扉を開けるととんでもない世界がひろがっていますよね。
恩田:
はい、まさにそうだと思います。
──:
知れば知るほど「これは長い歴史を経るだけのことはある!」と唸るしかなくなります。私はあまりバレエを観ないのですが、恩田さんはまず、バレエのどこに感動されたでしょうか。
恩田:
クラシックバレエって、厳密に「型」のものなんです。ポーズが全部、かっちり決まっていて、まずはそれを突き詰めた美しさに感動しました。
考えてみれば、すごく不自然なポーズなんですよ。けれどもそれを積み重ねていくと「自然に見えてくる」というところが、すごくおもしろい。歌舞伎もそうですね。「なんだ、あれ?」って感じの変なポーズだし、変なメイクをしてるし(笑)。しかし、それがあの場ではとても自然に、美を追求したものに見えてくるのです。
ですから、バレエのように「型」があるものって、強いんだなぁと最初に思いました。だからこそ長いあいだみんながずっと同じことをやってきているんですね。入口のところで、その美しさをすごく感じました。
──:
見たこともないような「型」なのに、見慣れるとだんだん自然に見えてくるから不思議ですね。
恩田:
しかもダンサーのみなさんは、ものすごい身体能力なんです。舞台で1時間も2時間も踊っているわけですから、体力もアスリート並み。そんな身体の強さに加えて、あれほどまでの芸術性がある。ほんとうにすごいことなんだと、観るたびに思います。
──:
私は恩田さんの小説を読むまではバレエに興味はありませんでした。こんなに長いお話を読み通せるかな、と不安だったのですが、話がモノローグ(ひとり語り)ではじまるのが意外でした。というか、終始モノローグで。
恩田:
はい、そうなんです。私はこれまで「一人称小説」はあまり書いてきませんでした。語り手が途中で変わっていく作品は何回か書いたことがあるんですけどね。一人称は久しぶりかな、と思います。
──:
しかも、一人称なのに、話し手が自分のことを話さないんですよ。
恩田:
そうですよね(笑)。
──:
別の人のことを一人称でしゃべっていく、というとても変わった小説でした。なんだかこう、『吾輩は猫である』みたいな‥‥。
恩田:
私もそういう書き方はこれまでしてこなかったので、一種のチャレンジといえばチャレンジでした。さきほども言いましたが、これは連載だったので、頭からおしりまで「順番に」書いていく方式だったんです。だから、書いているうちに考えたことが多い。誰を語り手にするのかも、けっこう迷ったところではあります。
──:
そして恩田さんの、この作品に寄せたコメントが「今まで書いた主人公の中で、これほど萌えたのは初めてです」ということなんですが。
恩田:
はい。
──:
たしかに、すごくカッコいいんです。めっちゃくちゃカッコいいんですけど‥‥誤解を恐れずに言いますと、ぜんぜん薄っぺらくない!
恩田:
ははははは。
──:
カッコいいヒーローが描かれるときって、なんだか薄っぺらくなることが多いんです。それは、読者の憧れを投影できる白紙の状態がカッコいいからなんだと思うんですが。
恩田:
うん、そうですよね。
──:
でも、現実にはそんな人はいない。どんな人でも癖はあるし、許せないところも過剰なところもある。カッコいい人を描いているのに、その人が現実的である。私はこの作品のその部分に、いちばん感動しました。
恩田:
ありがとうございます。でもね、つとめてそうしようと思っているわけではなくて、すべて私の独断と偏見で書いているだけなんですよ。
恩田陸さんへのインタビュー、次回につづきます。
次回のWeb版掲載は1週間後の予定です。
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