──:
恩田さんの新作『spring』には、カッコいいバレエダンサーがたくさん出てくるのですが、その人の「ひとり語り」もまたカッコいいですね。実際にはどのようにして書かれるのでしょうか。
恩田:
それはもう、なりきって書いてます(笑)。
──:
いろんな人たちの考えや行動をなぞることも難しいと思いますが、題材となったバレエももちろん、そうとう蓄積がないと書けないですよね。準備に時間をかけられたのも、うなずけます。
恩田:
今回の作品は、とにかく「バレエを観ることから」でした。ある程度の「量」を観ないとわからないことが、ものすごくたくさんあったので。なかなか連載をはじめる踏ん切りがつかなかったというのが正直なところです。取材をはじめてから何年も経ってから、ようやく書き出して‥‥。
──:
そんなに何年も。
恩田:
バレエを観はじめて6年ほど経ったときにも「まだ無理だ、まだ無理だ」と思ってました。そこから数年、さすがに「もうそろそろ書かないとまずいかな!」みたいな感じになりまして。
──:
6年は焦りますね。
恩田:
やばかったと思います。でもね、芸術っておそらくみんなそうですが、「納得できた」と思うことなんて、たぶんないんです。だから「まだ納得はできてないけど、そろそろ書こうかな」ということになり、書きはじめたのが、4年前。
──:
連載がはじまると定期的になりますから、ノンストップで。
恩田:
そうなんです。でも「連載40回で終わる」ということは決めてました。『spring』は4章構成になっていて、1章を10回の連載でまとめています。それも、最初から守ろうと思っていました。
──:
前もって決めていたのは、そのくらいでしょうか。
恩田:
最後に踊る作品は決めてました。あとはほとんど白紙。
──:
これほどの長い作品、プロットやあらすじがあったわけではなく?
恩田:
はい、ないです。決まってない。
──:
各章の話し手も、書きながら考えていかれたのでしょうか。
恩田:
1章はスタートですので、予定どおりでした。2章もほぼ決めてました。3と4はぜんぜん決まってなくて。
──:
最後の4も?
恩田:
4もです。
──:
ひぃえええ。
恩田:
(笑)連載しながら取材はずっと続けていて、バレエもたくさん観ていたので、連載途中で発見したこともたくさん入れていきました。だからそういう意味でも、ほんとうに「書きながら」ずっと考えていました。作品を最後まで見通せた、なんてことはぜんぜんなくて。
──:
うーん、読んでいてそんな感じがしないです。すごい完成形だと思います。
恩田:
いやいや、ほんとにそうなんですよ、書きながら考えるんです。
──:
恩田さんは『spring』以外の作品も、書きながら考えるほうが多いでしょうか。
恩田:
私は、だいたいそうです。逆に今回は「40回で終わる」というのが決まっていたので、それがめずらしいくらいですよ。
──:
『spring』では、作中劇が出てきますよね。
恩田:
はい、たくさん出てきます。
──:
あれらは実在の作品ではなく、すべて恩田さんが創造なさったもの‥‥なんですよね。
恩田:
そうです、はい。
──:
元ネタがあったり、オマージュだったりするのでしょうか。
恩田:
そういうわけではなく、私が勝手に、妄想で作った作品です。
──:
私は、その作中劇をまるで「観た」かのように感動しました。
恩田:
わぁ、ありがとうございます。
──:
それ単独でも、そのまま別の作品になるようなすごみがありました。あの舞台ひとつ考えるだけでも大仕事ですよね。
恩田:
ありがとうございます。でも、主人公が作る作品を勝手に想像するのって、この小説を書いているあいだで唯一たのしかったとこなんですよ(笑)。
──:
唯一!
恩田:
まぁ、作中作を書くのもわりと大変だったんですが「あの曲を使って、こんな踊りにして、こんな作品になるんだろうな」と考えるのは、たのしかった。「こんなバレエがあったらいいな」と思いながら書いていました。
──:
私もあの作中バレエはぜひ観てみたいです。恩田さんはこれまで舞台演出のご経験が、あるわけ‥‥じゃないですよね。
恩田:
ないです、とんでもないです。
──:
「どうしてあれが書けるのかな?」と、いま、とても思っています。
恩田:
それも妄想です。「こんなのあればいいなぁ」と、それに尽きます。
──:
作中作にのめり込んでしまい「すごいな、この作品」と思って読みすすめて我に返ると「これも作品だけど、こっちが恩田先生の物語の本筋だった!」と、何度も妙な気持ちになりました。
恩田:
「どういうものを作るか」という部分はまさに、主人公の個性になるところだと思うので、そのあたりの描写は「いっぱい出そう」とは思っていました。
──:
‥‥映画でも小説でもそうだと思うのですが、読者というのは最初はとっかかりがないと思うんです。
恩田:
そうですよね。
──:
それが、どのポイントで引き込まれて説得されていくかは、人によって違うと思います。私は、この「作中の作品のすばらしさ」でした。この主人公の実力が「すごいな」と感心してしまって。
恩田:
いやぁ、そう言っていただけると、とてもうれしいです。
──:
小説の中に作中作がいくつも出てきて、それをまた、異なる人が演じたり語ったりします。しかしほんとうはすべてを「恩田陸さん」というひとりの作家が生んでいるわけですよね。
恩田:
まぁ、ほんとうにすべてが私の妄想なんですけれども(笑)、冒頭から、バレエを観たことがない方にもわかってもらえるように、バレエ自体に魅力を感じてもらおうと思って、書いていきました。
*
恩田陸さんへのインタビュー、次回につづきます。
次回のWeb版掲載は1週間後の予定です。
無料のメールマガジン「ほぼ日通信WEEKLY」にメールアドレスを登録すると、最新インタビューを読めます。メルマガ版にはプレゼントもあります。