──:
芸術作品を味わうとき、私(菅野)はつい考えてしまうところがあります。映画なら監督が、小説なら作家が、「どこを描こうとしているのか」ということです。
恩田:
はい。
──:
時間も紙面も限られていますから「どこを描きどこを描かないか」「どこを受け手の想像に任せるか」の判断が必要だろうと思います。その好みが「合う」「合わない」ということが、都度あるのですが、『spring』は個人的にみごとな塩梅でした。そのあたり、どう判断していらっしゃるのでしょうか。
恩田:
そうですね、まぁ、言ってしまえば直感なんです。
──:
直感。
恩田:
今回、ラストシーンは決まってたので、「そこにいかにしてたどりつくか」ということだけがありました。そこまでのプロセスは、ほとんど直感みたいなところで書いています。ほかの作品でもそうですが、私は「書き終わってみないとわからない」ということのほうが多いタイプだと思います。
4章のうち、1、2についてはだいたいの書き方は予定してました。でも3章以降、自分でもぜんぜんわからず(笑)、2章で出てきた人たちに「あ、この人だ」とスポットを当てることになったくらい。それはほんとうに2章を書き終わったあとに決めた感じです。
──:
まさに、とつぜん出てきた人が途中から語りだした、という展開がありました。
恩田:
しかし、今回は1章が10回ずつの連載でしたから、1章ごとに内容のまとまりがあるようにしたかったんです。ですからそのおかげで、エピソードの取捨選択ができました。「どのエピソードを入れようかな」と、まぁ、けっこう迷ったりもしたので。
──:
作品に入れ込むエピソードは、箇条書きなどにして組み立てるのでしょうか。
恩田:
そうではないです。もやもやっと頭の片隅で考えていて、実際に書くときに「じゃ、今回はこれかな」と決める感じです。
──:
しかし今回、なぜ「4章」というしばりがあったのでしょう。
恩田:
あ、季節です。フォーシーズンの4つで終わらせようとしてました。
──:
ああ、タイトルが『spring』で!
恩田:
そうそう。あとは、章タイトルも最初にだいたい決まってました。springって、春だけではなくいろんな意味がありますよね。バネとか、泉とか。
──:
おお、そうか。すべて同じ綴り。
恩田:
章タイトルはすべてspringの意味する動詞で統一してます。ですので、それは決まってたんです。
──:
章タイトル‥‥すみません、springの関連に気づいていませんでした。そうかぁ、なるほど。
恩田:
そこまではわりとかっちり決めて書きはじめました。ですから「枠組みだけでもかっちり決めた」というのは、私にとってはけっこう久しぶりだったんです。
そういうフォーマットのようなものがあったおかげで「そこに誰をのせるか」みたいに考えることができたのかもしれません。
──:
その枠があったせいで「いつもとは違っていた」ということはあったでしょうか。
恩田:
うーん‥‥そうですね、「語り手が変わる」とか「章タイトルが決まっている」ことよりも、いちばん大きかったのは、連載回数が決まっていたという点です。
ふだんは連載していても、どんどんどんどん連載が長くなっちゃって「これ、いつ終わるのかな」みたいなことが多いんです。「かたまりごとに、1章ごとに話を作る」これがめずらしかったし、予定どおり終われたというのが、ふだんといちばん異なる点です(笑)。
──:
物語を書いている期間は「ずっと書いている」感じでしょうか。
恩田:
いつもだいたい「頭のどこかでいろんなことを考えている」状態ではあると思います。とくに『spring』は、そうでした。
バレエを観ているときはもちろん、ほかの何を見ていても、「これ、どうやって言語化しようか」なんて考えていました。だから、連載中はもう頭のどこかでバレエに関することをずっと考えていたと思います。『spring』以外にも並行してほかの作品も連載していたので、考えていることは日ごとに違ったんでしょうけれども、やっぱりどこかでバレエのことが頭から離れず、ずっと考えていた、という状態です。
──:
一方「書く作業」は、時間を決めて取り組まれますでしょうか。
恩田:
書くという仕事そのものに関しては、「締め切りありき」なんです。
──:
なるほど(笑)。
恩田:
ですから、締め切りのヤバそうなものからやります。でも、どちらかといえば、書く時間についてはそんなに問題じゃない‥‥というくらいに、考えてる時間が長い。
──:
そうなんですか。
恩田:
何日間かずっと考えて、書くときはわりと一気に書く。ただし「書き出し」はたいてい悩みますけど。
一方、毎日パンクチュアルに書ける人って、いらっしゃいますよね。「1日に◯枚ずつ」とか「9時から5時まで、今日は◯枚書く」などと決めて書ける人は、実際にいらっしゃいます。私はそういうことができません。だいたいいつも、ぎりぎりまで悩んで、悩んで、考えている‥‥という時間がほとんどです。
──:
『spring』は文字数もすごいので、たとえタイプするだけであってもかなりの時間がかかりますね。
恩田:
いや、書きはじめれば速いんです。しかし、やっぱり書くまでが‥‥なかなか難しくてですね(笑)!
はかどっているときはいいんですけど、展望が見えずに悩んでる時間が、やっぱりす~~~ごく、つらい。「次の場面が浮かばないな」というときは、なんだか時間が重くなるんですよ。
──:
何日も筆が動かないようなことも?
恩田:
ああ、もう、しょっちゅうです。しょっちゅう(笑)!
──:
では‥‥おそらく仕事がはかどるいちばんのきっかけは「締め切り」ですね。
恩田:
そうです、締め切りがなきゃ書かないですから、締め切りはありがたいですよ。
*
恩田陸さんへのインタビュー、次回につづきます。
次回のWeb版掲載は1週間後の予定です。
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