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2024年4月10日 第179号
メールマガジン「ほぼ日通信WEEKLY」は毎週水曜に、受信希望の方にお送りしています。このたび177号~182号は特別に、WEB公開版を作成することになりました。恩田陸さんのインタビューをおたのしみください。
本日は第3回の更新です。
ここだけのお話
ほぼ日通信WEEKLYオリジナルの読みものです。
~恩田陸さんインタビュー
本を読むたのしみは。
vol.3 考えている時間が、長い


恩田陸(おんだ りく)
1964年、宮城県生まれ。小説家。1992年『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞を受賞。2006年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞、2007年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞、2017年に『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞と第14回本屋大賞を受賞。最新作は2024年3月に発売された『spring』。

──:
芸術作品を味わうとき、私(菅野)はつい考えてしまうところがあります。映画なら監督が、小説なら作家が、「どこを描こうとしているのか」ということです。

恩田:
はい。

──:
時間も紙面も限られていますから「どこを描きどこを描かないか」「どこを受け手の想像に任せるか」の判断が必要だろうと思います。その好みが「合う」「合わない」ということが、都度あるのですが、『spring』は個人的にみごとな塩梅でした。そのあたり、どう判断していらっしゃるのでしょうか。


恩田:
そうですね、まぁ、言ってしまえば直感なんです。

──:
直感。




恩田:
今回、ラストシーンは決まってたので、「そこにいかにしてたどりつくか」ということだけがありました。そこまでのプロセスは、ほとんど直感みたいなところで書いています。ほかの作品でもそうですが、私は「書き終わってみないとわからない」ということのほうが多いタイプだと思います。
4章のうち、1、2についてはだいたいの書き方は予定してました。でも3章以降、自分でもぜんぜんわからず(笑)、2章で出てきた人たちに「あ、この人だ」とスポットを当てることになったくらい。それはほんとうに2章を書き終わったあとに決めた感じです。

──:
まさに、とつぜん出てきた人が途中から語りだした、という展開がありました。


恩田:
しかし、今回は1章が10回ずつの連載でしたから、1章ごとに内容のまとまりがあるようにしたかったんです。ですからそのおかげで、エピソードの取捨選択ができました。「どのエピソードを入れようかな」と、まぁ、けっこう迷ったりもしたので。

──:
作品に入れ込むエピソードは、箇条書きなどにして組み立てるのでしょうか。


恩田:
そうではないです。もやもやっと頭の片隅で考えていて、実際に書くときに「じゃ、今回はこれかな」と決める感じです。

──:
しかし今回、なぜ「4章」というしばりがあったのでしょう。


恩田:
あ、季節です。フォーシーズンの4つで終わらせようとしてました。

──:
ああ、タイトルが『spring』で!


恩田:
そうそう。あとは、章タイトルも最初にだいたい決まってました。springって、春だけではなくいろんな意味がありますよね。バネとか、泉とか。

──:
おお、そうか。すべて同じ綴り。


恩田:
章タイトルはすべてspringの意味する動詞で統一してます。ですので、それは決まってたんです。

──:
章タイトル‥‥すみません、springの関連に気づいていませんでした。そうかぁ、なるほど。


恩田:
そこまではわりとかっちり決めて書きはじめました。ですから「枠組みだけでもかっちり決めた」というのは、私にとってはけっこう久しぶりだったんです。
そういうフォーマットのようなものがあったおかげで「そこに誰をのせるか」みたいに考えることができたのかもしれません。

──:
その枠があったせいで「いつもとは違っていた」ということはあったでしょうか。

恩田:
うーん‥‥そうですね、「語り手が変わる」とか「章タイトルが決まっている」ことよりも、いちばん大きかったのは、連載回数が決まっていたという点です。
ふだんは連載していても、どんどんどんどん連載が長くなっちゃって「これ、いつ終わるのかな」みたいなことが多いんです。「かたまりごとに、1章ごとに話を作る」これがめずらしかったし、予定どおり終われたというのが、ふだんといちばん異なる点です(笑)。



──:
物語を書いている期間は「ずっと書いている」感じでしょうか。

恩田:
いつもだいたい「頭のどこかでいろんなことを考えている」状態ではあると思います。とくに『spring』は、そうでした。
バレエを観ているときはもちろん、ほかの何を見ていても、「これ、どうやって言語化しようか」なんて考えていました。だから、連載中はもう頭のどこかでバレエに関することをずっと考えていたと思います。『spring』以外にも並行してほかの作品も連載していたので、考えていることは日ごとに違ったんでしょうけれども、やっぱりどこかでバレエのことが頭から離れず、ずっと考えていた、という状態です。

──:
一方「書く作業」は、時間を決めて取り組まれますでしょうか。

恩田:
書くという仕事そのものに関しては、「締め切りありき」なんです。

──:
なるほど(笑)。


恩田:
ですから、締め切りのヤバそうなものからやります。でも、どちらかといえば、書く時間についてはそんなに問題じゃない‥‥というくらいに、考えてる時間が長い。

──:
そうなんですか。

恩田:
何日間かずっと考えて、書くときはわりと一気に書く。ただし「書き出し」はたいてい悩みますけど。
一方、毎日パンクチュアルに書ける人って、いらっしゃいますよね。「1日に◯枚ずつ」とか「9時から5時まで、今日は◯枚書く」などと決めて書ける人は、実際にいらっしゃいます。私はそういうことができません。だいたいいつも、ぎりぎりまで悩んで、悩んで、考えている‥‥という時間がほとんどです。

──:
『spring』は文字数もすごいので、たとえタイプするだけであってもかなりの時間がかかりますね。


恩田:
いや、書きはじめれば速いんです。しかし、やっぱり書くまでが‥‥なかなか難しくてですね(笑)! はかどっているときはいいんですけど、展望が見えずに悩んでる時間が、やっぱりす~~~ごく、つらい。「次の場面が浮かばないな」というときは、なんだか時間が重くなるんですよ。

──:
何日も筆が動かないようなことも?


恩田:
ああ、もう、しょっちゅうです。しょっちゅう(笑)!

──:
では‥‥おそらく仕事がはかどるいちばんのきっかけは「締め切り」ですね。


恩田:
そうです、締め切りがなきゃ書かないですから、締め切りはありがたいですよ。



恩田陸さんへのインタビュー、次回につづきます。 次回のWeb版掲載は1週間後の予定です。
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写真:金川晋吾

恩田陸さんの新著
『spring』(スプリング)

8歳でバレエに出会い16歳で海を渡ったある少年を中心に、ひろがっては集結していくストーリー。いつもとらえどころのない視線で彼が見つめようとしていたのは「この世のカタチ」だった──物語に次々に登場するのは、彼と同時代に生きた4つの視点。芸術とは何か、創作とは何か。何度でも読みたくなる、構想・執筆10年、恩田陸さん渾身のバレエ小説です。

今週の一枚
やぁ、カワイコちゃん。

こぶおさん

カップとおなじ柄、タオルと同じ色合いの、こぶおさん。コーディネートばっちりです。半年以上のサバイバルをしたこともあるんだぜ。

こぶおさんのドコノコブック
最近の「今日のダーリン」をご紹介
糸井重里が毎日書く ほぼ日目次ページのエッセイです。
だれも、火星人の悪口を言わない。

ま、いるかいないかわからないし、たぶんいないだろうと思うから言わないのだろうけれど。火星人にかぎらず、宇宙のどこかにいるらしいあらゆる「異星人」の悪口を言う人もいないようだ。なにせ、地球上のすべての砂粒の数よりも、大宇宙の星の数のほうが多いとか言われてるくらいだから、どこかの星に人のようなものがいてもおかしくはないが。
それにしても、そのどこかの星人の悪口を言う人はいない。いるのいないのはともかく、遠すぎて、よく言っても悪く言ってもなんにもならないからである。

悪口は、近くにいるものに言うのが基本であるらしい。
13歳からの地政学』の著者田中孝幸さんが、「ほぼ日の學校」で話してくれたことだけれど、「遠交近攻(えんこうきんこう)」ということばがあって、これは遠くとは交わり、近くは攻めるということであると。古代中国の『史記』にあることばだという。近いもの同士ほどトラブルになりやすくて、遠くのものとは付き合いやすいというわけだ。
これは現代でも、国際政治から、町内会までいろんな場面であてはまるようなことなのだけれど、近い遠いというのは、物理的な距離の問題ばかりではない。おそらく、こころの距離のことだと考えても、「遠交近攻」は言えるのではないかと思った。

火星人の悪口を言う人がいないのは、火星人とのこころの距離がとても離れているからである。いつも気にかけている、実は羨んでいる、欲望が同じとか、近いものを感じている相手に向かって、悪口は発せられる。
よく誹謗中傷の犯人が捕まったら同じ会社の人だったとか、趣味の仲間のひとりだったとかいう例がある。正反対に見えても、強く罵り合っているあっちとこっちは、方向がちがうだけの「近い存在」なのだろうとも思える。

じぶんが「なんだか憎らしい」と思える人物がいたなら、それは、どこらへんがどう「近い」んだろうと、考えてみたほうがいいかもしれないね、お互い(笑)。
近い遠いにも、いろんな感じ方がありますからねー。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
遠近両用の「憎しみ」って、嫉妬というものかもしれない。




──2024年4月7日の「今日のダーリン」より
糸井重里の
ひとことあとがき
ぼく自身も、人にちゃんと嫌われています。そして、ちゃんと嫌いな人がいます。それほどはいないのですが、ほんとにこいつ憎らしいなぁと思うことがあります。じぶんで、ここで書いた文に照らし合わせると、ぼくとその人の距離は近いということになりますよね。でも、近いような気がしないのです。考えに考えて、こういう考えになりました。「あっちから、ぼくを嫌っている」人のことを、ぼくは嫌いなんですよね。ってことは、近くに寄って来られたということで、距離が近くなっちゃってるというわけかな。火星人が襲撃にやってきたら、あるいは地球人のひどい悪口を言ってたら、ぼくも火星人を嫌うでしょうね、ということじゃないでしょうか。
(糸井重里)

今日の「今日のダーリン」もぜひごらんください。
※糸井重里の「今日のダーリン」は、ほぼ日刊イトイ新聞で毎日更新しています。
いまのほぼ日
おすすめのコンテンツを紹介します。
いまのほぼ日、どうなってる?
読みのがしたら、もったいない。
やりたいし、苦しいけど。
「独立・中立・公平」の憲章のもと、戦地で医療活動をする「国境なき医師団」の白川優子さんと糸井重里の対談です。激しい戦闘が行われる地にいながらまさに「丸腰」で人びとの治療にあたることは、想像できない困難があるのだと思います。当然ながらその活動は、安全確保、衛生状態の保持、戦闘の状況分析や現地交渉など、医師や看護師だけでないいろんなエキスパートが力を出して支えているのですね。白川さんが看護師をめざした動機が気持ちよくてうらやましくなる一方で、戦場で活動することのジレンマ、苦しみも知ることができます。
VFXが好きな少年が、ゴジラに。
ほぼ日乗組員の「かごしま」は、映画館の「ゴジラ-1.0」のエンドロールで、見おぼえのある名前を見つけました。その方が中学生のだったときの映像作品について、インタビューしたことがあったのです。当時VFX少年だった三宅智之さんは大学生となり、作品をつくりつづけていました。そして「ゴジラ-1.0」でメガホンをとることになる山崎貴監督に「仕事ください」と直談判へ。文中に挿入される、三宅さんが各時代に制作した作品がことごとくすばらしい。私(菅野)は監督のテレビを観るためにホテルに泊まったという冒頭のエピソードが好き。
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今週のおたより
恩田陸さんの『spring』のことを、毎日のなかでときどき思い起こしています。


恩田さんの作品のファンです。最初に読んだのはジャケ買いで『ドミノ』でした。おもしろすぎて、読んだあと頭の中が色とりどりになった気分になりました。『 蜜蜂と遠雷 』も夢中で読み進め、世界観にどっぷり浸りました。
『sping』はインタビュー記事読むだけでおもしろいだろうなっていうワクワクが込み上げてきました!
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恩田ワールドともいわれる不思議な世界観の虜になり『月の裏側』『上と外』『象と耳鳴り』などなど何回も読み返しました。『蜜蜂と遠雷』も夢中になって読みましたが‥‥今度は構想10年のバレエ小説!? 読みたすぎて震えます。
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恩田陸さんのインタビューを読みながら、もしやこれは、小説を読んでから読んだほうがよいのでは?という思いがムクムクふくらみましたが、おもしろすぎて、読んでしまいました! 
(T)


恩田陸さん『夜のピクニック』の御本と映画を見ておもしろいと思っていて『蜜蜂と遠雷』は衝撃を受けて御本と映画をくり返し読んだり観たりしました。
女性だったんですね! まず、そのことに驚いてしまいました。著者の性別を勝手に決めつけてしまうのはよくない癖だと思いつつ。とりあえず、読もうと思ってそのままだった『六番目の小夜子』から読もうと思います。
(かなえゆい)


私は『spring』の第2章で、話し手の性別を数十ページ間違えて読んでいました。それを恩田さんに伝えたところ「ああ、そうですよね、わかりませんよね」とあたたかく聞き入れてくださいました。


『spring』の作中劇がすべて恩田さんの妄想だというお話がありました。創作がほんとうの劇を観たかのように感じられるのは、もちろん恩田さんの高い描写力にあると思います。同時に、その世界観を知らない人にとっては、ほんとうにあるものを間違いなく伝えられるより「こんなのもあったらいいな」のほうがより伝わるのかな、とも感じました。
素人だから、ではないですが、当事者でない人だからこそ素朴な疑問を素直に聞けたり、不文律を超えてしまったりする。そういうところに新しいおかしさ・おもしろさが生まれると思うのです。現実が創作物になり、その創作物が定番になる。そうすると今度はその定番を変化させる創作物や現実があらわれてくる。そんな新陳代謝みたいなのがエンタメのおもしろさだな、と感じました。
(c)



恩田陸さんの作品では『夜のピクニック』を読んだことがあります。そのあとがきに、作家を志したのは酒見賢一さんの『後宮小説』を読んだからと書かれていました。それから酒見さんに興味を持ち、氏の小説を数冊読みました。酒見さんはあとがきを自身で書かれていて、その内容がひじょうにおもしろくて笑い転げた記憶があります。昨年に亡くなられて残念です。
(m)

『後宮小説』、いま俺ゼント(自分へのプレゼント)しました。

恩田さんは創作中「いつも何かを考えている状態」とおっしゃっていました。読者である私は『spring』を読み終えてから、日常でたまに主人公のことを思い返すようになりました。小説作品だけでなく、映画や音楽などでもそうなのですが、観終えたあとは「おもしろかった~」「いい曲!」と単純にとらえていたようでも、あとでじわじわ「そういえばあの主人公はこういう顔をしていたな」とか「うーん、そうだな、ものごとは単純じゃないよね」などと思い起こすことがあります。もしかしたら、すぐれたものを生む作者の多くは「いつも何かを考えている状態」だったのかもしれず、そしてその時間に負けず劣らずの「いつも何かを考えてしまう時間」を、読者や視聴者にも贈ってくれるのかもしれません。
メルマガ「ほぼ日通信WEEKLY」はまた水曜日にお目にかかります。桜の次は新緑です。(ほぼ日 菅野綾子)

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