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2024年4月17日 第180号
メールマガジン「ほぼ日通信WEEKLY」は毎週水曜、受信希望の方にお送りしています。このたび177号~182号は特別に、WEB公開版を作成することになりました。
作家である恩田陸さんのインタビューをおたのしみください。本日は第4回の更新です。
ここだけのお話
ほぼ日通信WEEKLYオリジナルの読みものです。
~恩田陸さんインタビュー
本を読むたのしみは。
vol.4 芸術を観る意義
恩田さんは、小説を書きはじめるまで「ずーーーっと考えている」のだそうですが‥‥。


恩田陸(おんだ りく)
1964年、宮城県生まれ。小説家。1992年『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞を受賞。2006年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞、2007年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞、2017年に『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞と第14回本屋大賞を受賞。最新作は2024年3月に発売された『spring』。


──:
作家という仕事のなかで「うれしいとき」というのは、どんな瞬間でしょうか。

恩田:
書き終わった瞬間です。「ああ、終わった、書かなくていい」

──:
はははは。


恩田:
その瞬間がうれしいです。そして本の姿になって完成したときが、やっぱりいちばんうれしいです。校了して、最初の一冊である「見本」ができあがると、いつも「ほんとうに幸せだなぁ」と思います。

──:
「作品ができたぞ」という達成感ですね。では逆に、息抜きは?


恩田:
ふだんは夕方までしか仕事をしないんです。夕方まで仕事して、そこから散歩してごはんのおかずを買って晩酌する、というのが毎日のたのしみです。

──:
「仕事は夕方まで」と決めておられるんですね。


恩田:
ふだんはね。ほんとうにヤバイときは、夜中まで書いていますけど(笑)。

──:
フィクションの作品には、実際の作家自身とは関係のなさそうな人物も登場します。そんな人たちを描くにはそれぞれの「モデル」がいるのでしょうか。


恩田:
私は、モデルはいないです。モデルというよりも、例えば今回の『spring』ではおもな4人の登場人物がいますが、そこには私の中の一部分が「ちょっとずつ入っている」という感じです。自分のどこかの部分を膨らませて書く、みたいなことが多い。いままでの作品でも、特定のモデルはいないんです。

──:
しかし、私小説ではないのになぜ経験したように書けるのでしょうか。とても不思議です。


恩田:
なりきって書くんです、妄想ですよ、妄想(笑)。

──:
妄想‥‥しかしそこに先生ご自身が入っているというのも「たしかにそうなんだろうな」と思います。


恩田:
そうなんです。妄想ではあるのですが、まったく知らない人のことは書けない。だから自分の一面をふくらませて書くしかないんでしょうね。これまで自分が体験した感情や考え方が、どうしても登場人物に入ってしまいますし、そこには限界もあるのでしょう。でもだからこそ、リアリティが出るとも思います。

──:
でも‥‥、しつこいようですが、外国の方もいれば、まったく違う人たちですよね。


恩田:
ですね(笑)。私もバレエをやりたいですが、踊れないし。



──:
しかも、主なる登場人物4人ともが、かなりキャラクターが違います。その書き分けとリアリティが、すごい。


恩田:
小説って、そういうところがありますよね。
私もこれまで、本をいっぱい読んできました。本の中では、ほかの人生を経験できます。だからきっとそんなつもりで私も「ある人の人生を書いている」のでしょう。

──:
私はふだんバレエは観ないのですが、絵や写真を観たり、音楽を聴くのは好きです。しかし、最近はわりと表層的な情報で満足しているというか。


恩田:
ええ、ええ、なるほど。

──:
ある程度見る目が養われているものは、小さな入口からも学ぶことが増えます。しかしそうでない分野は、薄っぺらな部分ですぐに判断をくだしてしまいがちです。でもこうやって、本から「バレエ」という芸術に入ることもできるんだなぁ、と思いました。


恩田:
物語を読んでそう思っていただけたなら、それはほんとうにうれしいことです。今回の『spring』を読み終わったら、もう、すべての方に劇場に足を運んでいただきたいほどです。バレエを生で観ると、ほんとうにすばらしいですから。

──:
本はそんな「大きな扉」を開く、第一歩になりえますね。そして、ひとつ何かをつかみはじめると、どんどんおもしろくなっていく。


恩田:
特にバレエは、クラシック音楽、舞台演出、そして踊りが入った、総合芸術です。バレエになじんでいくと、たとえば日本舞踊もかなりおもしろくなると思いますよ。根底ではいろいろとつながっている部分があるので、それこそ心の糧になるし、財産になると思います。

──:
心の糧‥‥。


恩田:
まさにそうです。私にとってバレエは心の糧です。

──:
うーん、だめだ、最近はショート動画だけですべてのことをわかった気になっていました。


恩田:
ああ、そうですよねぇ。

──:
こういうこと、忘れていたなと思いました。
‥‥芸術作品って、ともすれば「見ちゃいけないものを見る」ようなところがあると私は思うのですが。


恩田:
そのとおりですね。

──:
「人には見せるところと見せないところがある」ものです。たとえばふだん人とコミュニケーションしたり、仕事をすすめていくうえで、見せない部分も多いです。私たちほぼ日はメディアでもあるので「見せたくないところはつつきやすいけど、断罪してはいけない。言いたくないことは誰にもあるし、自分にもある」という話しあいをときどきします。
しかし、芸術作品は違います。恩田さんの『spring』も違う。人が決して見せないところ、墓場まで持っていくようなことが書いてあります。

恩田:
‥‥いまうかがっていて思い出したのが、私が好きなチェリスト(チェロを弾く人)が言った言葉です。

「見えにくい感情も、それは芸術にしてしまえば昇華され、芸術作品になる」
「醜いものでも、嫌なものでも、音楽にすれば美しくなる」

そんなふうにおっしゃっていました。芸術作品って、おそらくそういうことだと思うんですよ。
私たちがなぜ芸術を観ているかというと、自分の中の醜いものや、人に伝えられないような、いわばおぞましいとも思える部分を、芸術作品を通じて共有したり、紹介してるんだと思います。それが、芸術作品を観る意義だと私は思います。

──:
今回の恩田さんの作品は、芸術作品が作りあげられるプロセスの描写において、芸術の根幹を考えさせられる物語でした。「そこを忘れちゃいけない」と改めて思います。日ごろ「人の欲望を責めちゃダメだよ」と思いすぎでいたので。


恩田:
いえ、結局、欲望全開だったのかな(笑)。でも、ほんと、それが芸術のいいところだと思います。

──:
はい、もう、しみじみと、思いました。




恩田陸さんへのインタビュー、次回につづきます。 次回のWeb版掲載は1週間後の予定です。
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写真:金川晋吾

恩田陸さんの新著
『spring』(スプリング)

8歳でバレエに出会い16歳で海を渡ったある少年を中心に、ひろがっては集結していくストーリー。いつもとらえどころのない視線で彼が見つめようとしていたのは「この世のカタチ」だった──物語に次々に登場するのは、彼と同時代に生きた4つの視点。芸術とは何か、創作とは何か。何度でも読みたくなる、構想・執筆10年、恩田陸さん渾身のバレエ小説です。

今週の一枚
やぁ、カワイコちゃん。

福さん

ふっかふかです。「バック景色効果」で、なんだか大きく見えちゃってます。いつもごきげんで、いろんなところへお散歩に出かけています。

さんのドコノコブック
最近の「今日のダーリン」をご紹介
糸井重里が毎日書く ほぼ日目次ページのエッセイです。
このごろ、「学ぶ」ということの奥深さに感心してます。まだ、ぼくの付け焼き刃論語ブームが続いているので、懲りずに、そこらへんから言わせてもらいます。

学びて思はざれば即ちくらし。思ひて学ばざれば則ちあやうし。

いろんな解説を読んでみて、ぼくなりに「訳詞」みたいに言い換えてみました。
「知らないことを学んで知っても、それをじぶんの思いに重ねられなければ、わかっちゃいないということだよね。じぶんの知ってることで考えてばかりで、他から学ぼうとしないと、それは大間違いをするよ」
ということになりました。


いわゆるじぶんの自然な思いだとか、直感だとか言われるものを大事にしよう、という考えがあって、これについてはぼくも賛成ですが、そっちに重きを置き過ぎるのは、危ないぞということです。それが「思ひて学ばざる」で、そっちのほうが「学びて思わざる」の「わかっちゃいない」よりもよくないよと言っているように、ぼくには思えました。

このことを何度か反芻して考えていると、「思う」は「じぶんの世界」の内に留まっていて、「学ぶ」のほうは、「じぶんの外の世界」に手をのばしてつながろうとしているように見えます。そしたら、あ、そうかと‥‥それが「学ぶ」だよなぁと。
「知りたくて手をのばしてつながろうとする」が、学ぶだとすると、いろんなことが納得がいきます。
趣味につっこんでいくことやオタク的な深入りも、学問に夢中になることも、マンガを真剣に読むことも、なんなら好きな異性のことを知りたがることも、脳の中でシナプスが互いにつながろうとすることも、みんな「学ぶ」ということなのではないでしょうか。だとしたら、人は、死ぬまで「学ぶ」が大好きですよね。
学ぶこそが、たのしみ「遊ぶ」そのものじゃないですか。もう学ぶには「あそぶ」と、遊ぶには「まなぶ」とフリガナをふってやりたいくらいです。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
生きるは、学ぶで。学ぶところには独善も入りこみにくい。




──2024年4月12日の「今日のダーリン」より
糸井重里の
ひとことあとがき
じぶんという「殻」をつくって、そこに閉じこもると、ある意味安定します。ただ、それって究極的には、死んじゃうってことですよね。兎にも角にも、なんであろうが、「殻(じぶんの閉じた世界)」に穴が空いてなきゃね、と思ってます。それがかなり「学ぶ」ということに近いもんだなぁと考えて、うれしくなりました。
「好きな異性のこと」を学びたくてしょうがない、という例を思いついてブラボーと笑いましたよ。
「ほぼ日」は、学びと遊びをじゃんじゃんやれる公園みたいになればいいなーと思ってます。
(糸井重里)

今日の「今日のダーリン」もぜひごらんください。
※糸井重里の「今日のダーリン」は、ほぼ日刊イトイ新聞で毎日更新しています。
いまのほぼ日
おすすめのコンテンツを紹介します。
いまのほぼ日、どうなってる?
読みのがしたら、もったいない。
ピラミッドという入口から。
糸井重里はこれまで世界中のさまざまな場所を訪れてきましたが「どこがよかったですか?」と人から尋ねられたら「ピラミッド」と答えるのだそうです。たしかにこのコンテンツの冒頭の映像を見たら、ピラミッドの壮大さに息をのみます。しかし大きいだけなんじゃないだろうか‥‥いやいや、 エジプト考古学者の河江肖剰さんとの対談をお読みください。人々はあの時代に、これほどまでのものをどうやって作ったのでしょうか。ピラミッドの奥のカーテンの裏にいる「小男」はいったい誰? ピラミッドからいろんなことが見えてきます。
今日もたのしみ、という連載。
かっこいいスリーピースバンドの「サバシスター」でドラムを担当するGKさんへのインタビューです。これまでサバシスターの音楽を聴いたことがなかったのですが、パワーがあってかっこいい! 少年ナイフファンである私(菅野)は燃えました。GKさんの率直な話しぶりと、『バンド論』のインタビュアーである奥野との会話の自然な空気が「今日も読んでよかったな」と思わせてくれる連載です。バンド結成は、人と人が出会って互いに認めていく物語。ガッチリつくった音の相乗効果に感動。ゲーム「太鼓の達人」でドラムの才能に目覚めたという話もいい。
ほぼ日のページへ
今週のおたより
恩田陸さんへのインタビューは、残すところあと2回です。


白状します。WEEKLY、受信していますが、タイトルだけ見てろくに読んでませんでした。すみません。でも、恩田陸さんのインタビューがはじまって「!!!」と思って開きました。WEEKLYおもしろかったです。いままで読んでなくてごめんなさい。恩田陸さんを取りあげてくださって、長年のファンとしては、ほんとうにうれしいです。恩田作品は、読み進むうち恩田ワールドに放り込まれて、現実に戻れず呆然とする感覚がたまりません。小説はもちろんですがエッセイも抜群におもしろいです。言葉の紡ぎ方が絶妙! いや、もう、ほんとに。読んだことがなければ、ぜひ。
(H)


恩田さんのエッセイは未読でした。いま「俺ゼント」(自分へのプレゼント)しました。


書店で『spring』が平積みになっているのを見かけ、買ってしまいました! 最近単行本の小説をなかなか買わないので、ほぼ日通信WEEKLYさんが本との架け橋になってくれたようで、感謝です。恩田さんがずっとテーマについて考え続けているのがすごいと感じました。そしてそんなに考えていても、書く場面になると苦戦を強いられるというのを読み、恩田さんの生みの苦しみを想像してしまいました。
(c)


私は子どもの頃から、本があったことでどれだけ救われてきたかという年月を過ごしてきたので、作家さんへの尊敬の念は強いです。残念ながら恩田陸さんの作品は読んだことがありませんが、インタビューは興味深く読んでいます。最近はあまり読む時間がなくて「本を買うことが趣味」のようになってしまっています(でも「いつか読める」と思えるだけで心強くなれるので買うのをやめられません)。
そんな中、台所で煮炊きものなどをしながら途方もなく長くかけて読み終わった『水車小屋のネネ』(津村記久子さん作)は、久しぶりに「読み終わるのがもったいない」と思う小説でした。本はイイですね。私は本と「推し」のおかげで子どもの頃からの不器用な自分をここまで守ってこられました。
(h)


恩田さんのことを男性と思っていた方のお話がありましたが、私は『そにぎりくん』の作者の有田カホさんのことを長いこと男性だと思い込んでいました。シュールな作風から勝手に。以前からファンではあったのですが、女性だと知ってから、読むと一層温かい気持ちになるのも勝手な思い込みかもしれません。
(はればれ)


大喜利大好きな女性でした。有田カホさんの連載、私は根強く応援しています。

糸井さんの「最近の『今日のダーリン』」にあった「思ひて学ばざる」という孔子の言葉が、いま心にぐっさり刺さっています。以前このメルマガで連載した柳瀬博一さんのインタビューの際にも思っていたのですが、私には「なんとなく、こういうふうに感じているんだけど、それってなんなんだろう~」という心の鑑賞のまま、放置している案件がとても多いのです。
そんなふうに自分の心象だけに照らし合わせてものをとらえると、サンプル数「n=1」でいろんなことを決断するようになります。それでいいのか?! もっといろんなことに手を伸ばして、人の意見も聞いてみる、その分野の学問を掘ってみる、遠くの価値観を知って照らし合わせてみる、という「学び」が必要なのではないだろうか。
なぜ必要なのか。「自分の殻のなかでしあわせならば、いいじゃないか」少し前の私だったらそう反論していたかもしれません。いやぁ、だめなんですよ。「n=1」だと先細って縮こまって、自分なりの時間をやりすごすしかなくなるんです。ときが過ぎるのをただ待つ、そんなことがしたくて、私はいるのでしょうか。違う。そんな気持ちになったのには、きっかけがありました。
先週の金曜、このメルマガの次の取材で京都に行ってきました。インタビューでお話を聞いて「思ひて学ばざる」をとにかくいかん、と思ったのです。このメルマガは、お読みのみなさまに、心の換気をしていただけるような「異なる意見」「学びの入口」「遠くの価値」をお届けできるようになりたい。ほぼ日通信WEEKLYは、みなさまの窓です。
(ほぼ日 菅野綾子)

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