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2024年5月8日 第182号
メールマガジン「ほぼ日通信WEEKLY」は毎週水曜に、受信希望の方にお送りしています。このたび177号~182号は特別に、WEB公開版を作成することになりました。恩田陸さんのインタビューをおたのしみください。今回は、その最終回。
ここだけのお話
ほぼ日通信WEEKLYオリジナルの読みものです。
~恩田陸さんインタビュー
本を読むたのしみは。
vol.6 小説のおもしろさとは
伝統を守るために、変わり続ける。恩田陸さんのインタビューはこれで最終回です。


恩田陸(おんだ りく)
1964年、宮城県生まれ。小説家。1992年『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞を受賞。2006年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞、2007年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞、2017年に『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞と第14回本屋大賞を受賞。最新作は2024年3月に発売された『spring』。


──:
これから『spring』を読む方がおられると思いますので、具体的には伏せておこうと思いますが、じつはいったん4章まで読み進んで、もういちど1章を読み返しました。

恩田:
ああ、そうですよね。

──:
恩田さんは、最後の展開に合わせて、前に戻って何かを書き加えたりしないのでしょうか。


恩田:
ないです。私は直さないほうなんです。

──:
じつはいろんなところが鏡構造になっているのに、最後に伏線回収的な感じがしないのは、そういう書き方だから、ですね。


恩田:
あ、そうですね。回収しきれてないだけかもしれないですけど(笑)。

──:
「恩田先生は伏線と思って書いておられないんだな」と読んでいて感じる、すがすがしい読後感が私にはありました。


恩田:
そうですね。そう思っては書いてないです、たぶん。



──:
恩田さんにとって「小説のおもしろさ」はどういうところにありますでしょうか。

恩田:
小説のおもしろさは「他人の人生を追体験できるところ」にあると思います。
自分って、自分の考えてることしかわからないし、自分の人生しか生きられないです。でも本を読むと、たくさんの人生を生きられるし、いろんな世界が見られます。やっぱりそこが大きいと思います。

──:
私は映画やドキュメンタリーも好きなのですが‥‥。

恩田:
ああ、私も映画がすごく好きだし、わかるんですけれども、映像と本は、ちょっと違うんです。
本の特徴は、登場人物を自分の想像でイメージできるところなんです。映画のようにビジュアルがあると、人を固定して考えてしまうでしょう。
たとえば私は『風と共に去りぬ』を本より先に映画で観ました。そうすると、主人公のスカーレットが、確実にビビアン・リーになっちゃった(笑)。その意味では、本のほうが「自分だけのスカーレット」を創造するたのしみがあると思います。

──:
ああ、私もガープがずっと、ロビン・ウィリアムズです。

恩田:
そうそう(笑)。小説のほうが自分なりのキャスティングをしながら読めるという利点があります。映画は映画で、もちろん大好きですが、小説はそんなたのしみ方があるんじゃないかなと思います。

──:
そして、なんといっても小説は、物語を読んでいるかのようですが、作家の考えが、言葉に入っていますよね。宿っているというべきか。


恩田:
そうですね。今回は特に「創作物」を扱っているので、「いかにクリエイトするか」に対する私の考えのようなものは、けっこう反映されているかなと思っています。

──:
「芸術作品を作りあげる」ということについて。

恩田:
そうなんですよね‥‥それはつまり、才能ということです。
私は以前から「才能」についてすごく興味があるんです。才能にもいろんな種類があって、それこそ、この物語の主人公のように自分自身がダンサーとして踊れる、そんな才能もあります。一方、そういう人を指導し、教える才能がある人もいる。また、きちんと鑑賞し正しく批評できる才能がある人もいる。
「ものを作る」というのは、実際に作っている部分だけではなく、その作品や人物を支える行為もクリエイションのひとつだと思います。きっと私はこの作品で、そういうところをいちばん書きたかったのかな、というところがあります。

──:
私はこの作品をひととおり読んだだけなので、カッコいい登場人物にまだまだ心を奪われてしまってるんです。途中から、カッコいい人が頭に誕生してしまって。だからこれから何度も読み返したいと思います。


恩田:
ははは、とてもうれしいです。そこに私の理想と妄想が入っているので(笑)。

──:
このカッコいい人が薄っぺらい聖人君子じゃないというところが魅力的で、とても信用できる作品になりました。

恩田:
そうですよね、じつは書いている私も、最初の3章を書いてるうちは「どうもこの人、よくわからないな」と思っていて。

──:
わー、読者の私とまったく同じ心の動きです(笑)。


恩田:
最後まで書いてみたらやっと「こんな人だったのね」とわかったところがありました。

──:
「世界のカタチをつかみたい」なんて言ってるけど、こいつ何だろう、っていう。

恩田:
ですよね。

──:
そのことをうかがえて感激です。作家の方とファンが物語に対して同じ気持ちって、確認できる機会はそうそうありません。しかし恩田さんは「この書き方で伝わるかな」と、心配になることはないでしょうか。


恩田:
それは最初からずっと心配です。特にダンサーが躍っている場面がちゃんと想像してもらえるかどうかは、すごく心配。
だから、こうして直接感想をうかがえたことは、とてもうれしいし、ありがたいです。

──:
『spring』を読まれた方が、WEEKLY宛に感想をお送りくださいましたら、恩田さんにお送りいたします。

恩田:
ああ、とてもうれしいです。

──:
長い時間、お話をうかがいました。ありがとうございました。

恩田:
こちらこそ、ありがとうございました。



おしまいです。ありがとうございました!

写真:金川晋吾

恩田陸さんの新著
『spring』(スプリング)

8歳でバレエに出会い16歳で海を渡ったある少年を中心に、ひろがっては集結していくストーリー。いつもとらえどころのない視線で彼が見つめようとしていたのは「この世のカタチ」だった──物語に次々に登場するのは、彼と同時代に生きた4つの視点。芸術とは何か、創作とは何か。何度でも読みたくなる、構想・執筆10年、恩田陸さん渾身のバレエ小説です。

今週の一枚
やぁ、カワイコちゃん。

リラさん
ちょ待って。いったいどこからどうやって、そこに‥‥。

リラさんのドコノコブック
最近の「今日のダーリン」をご紹介
糸井重里が毎日書く ほぼ日目次ページのエッセイです。
「日本人はなんでも道にしちゃうんだよなぁ」という言い方はずいぶん聞きました。剣道、柔道、華道、書道、茶道、場合によっては、野球道やらサッカー道もありそうです。
ま、昔ながらの言い方をすれば、指導者が弟子たちに、定まった方法を強制しようとする、そういうことに反発したい気分が「なんでも道にしちゃう」という嘆きになったのでしょう。もっと自由に、もっとその人の個性を生かした方法で、という近代的な考えがその批判にはあったのでしょう。
みんなが自由に、それぞれ個性的にやっていたら、たしかに「道」はできにくいですね。


ぼくも「道」と名の付くものはちょっと面倒な気がして、なるべく近寄らないようにしようと思っていました。 
ところが、ですね。剣道だの茶道だのという概念の「道」のほうじゃなくて、現実の、人やらクルマやらが通行するほうの具体的な「道」のことを考えていて、「道って、なんて都合のいいものなのだろう」とちょっと感心してしまったのでした。
たとえばですね、関越道という高速道路があります。この「道」には、同じこの道を何百回も走ってきた人も、昨日免許をとったばかりの初心者もいます。最低限の規則さえ守っていれば、関越道は、どこのだれでも走っていいことになっています。そして案内どおりに走っていれば「目的地」に着きます。故障したクルマや、途中で事故を起こした運転者以外は、ベテランもシロウトも、みんな終点の新潟に到着します。どうしてかといえば、「道」だからなんですよねー。
これは、すげぇことだぞ、と思ったんです。山の中で迷って道から外れたら命の危険もありますが、道がはっきり見えているところでは、道の上にさえいたら、だれでもが、ある場所にまで行って帰って来られるんです。だれも自由だの個性だの言う必要もないんですよね。
「そこに行きたいなら、この道で行けるよ」ということ。「なんでも道にしちゃう」ことの目的、これだったのか。と、急に「道」に興味がでてきたわたしでした。道を開いた先人たちへの尊敬も、当然生まれてきています。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
たぶん、論語とか俳句に興味を持ったことも関係あります。


──2024年4月28日の「今日のダーリン」より
糸井重里の
ひとことあとがき
これ、読んでる人に、ぼくが「道ってみんなが行ける仕組みなんだ!」と驚いた気持ちは通じているでしょうか。ほんとにびっくりしたんです。だって、「生まれて初めてその道を歩いてるこども」でも、「飽きるほどその道を行ったり来たりしてる名人」でも、おなじようにその道の上にいるんですよ! そして、行きたいところまで、その道は行かせてくれるんですよ。
道をまず覚えろ、まずはその道を行けということが、よくわかります。いずれ、道を外れる冒険もしてもいいでしょうが、まずは道を行けということが、よくよくわかりました。
いま、ぼくは「歳時記」と「国語辞典」を買い直しました。じぶんのための「地図」だと思ったので。

(糸井重里)

今日の「今日のダーリン」もぜひごらんください。
※糸井重里の「今日のダーリン」は、ほぼ日刊イトイ新聞で毎日更新しています。
いまのほぼ日
おすすめのコンテンツを紹介します。
いまのほぼ日、どうなってる?
読みのがしたら、もったいない。
強さの基準、いろいろだ。
私(菅野)はかなり小柄なので、以前から「どうやったら喧嘩がうまくなるのかな」と思い続けてきました。腕っぷしの強さは生きる自信につながります。脅迫されても襲われても最後は防御できると思えるから。ですから格闘技ドクターの二重作拓也さんのコンテンツは熱心に読んできました。この連載は二重作さんが、陸上の為末大さんとはじめて顔を合わた鼎談です。橋渡し役はもちろん糸井重里。これを読むと、強さや速さは「ひととおり」じゃないということがよくわかります。たとえ腕っぷしに自信がなくても、フェイントという手がある。「ひょっとしたらいけるかも」はマイナスイメージからのスタートというのも、大ヒントでした。必読!
いい表情の先生がいるかどうか。
現役の保育士「てぃ先生」と糸井重里の対談です。私はこの連載を読んで自らの幼少期を思い返しました。保育園や小学校から、私はたくさんのプレゼントをもらってきました。意識していなかったけど、あの時代にふれた大人の言ったこと、表情が、いまも心に残っています。それだけに、てぃ先生がおっしゃるように、先生の「いい表情」は子どもにとても伝播するんですね。ほんとうに何事にも余裕が大事。目の前のことで心がいっぱいになっていると、まわりによくない。これは育児や教育現場だけではなく、組織ではとても重要なことです。いつなんどきも自分がいかにたのしむかが基本。糸井さんのお父さんの「俺には書けない」って、最高の言葉だなぁ。
ほぼ日のページへ

今週のおたより
恩田陸さんのインタビュー、最終回でした。『spring』を読まれた方、いらっしゃいましたら感想をお寄せください。恩田さんにお送りします。


「変わらないために、変わり続ける」まさにいま、私にとってもっとも必要なことです。あまりにも、ジャストミート! 驚きました。
(福笑い



今週はすっかり縮小再生産気味の自分に刺さりました。「変わらないために変わる」はその「変わる」が関わる万人にとって好ましいものになればよいのですが、なかなかそうはいかないところがむずかしいと思っています。仕事の部分でも、たのしみの部分でもそう感じています。自分「老舗化」にチャレンジ、でしょうか。
(ほ)

自分老舗化、いい言葉! つまりそれは持続可能な自分ブランド化ですね。


恩田陸さん、気になっていたけれど未読の作家さんでした。が、インタビューにつられて『spring』読みましたー。バレエぜんぜん知らないのに観たくなりました。HALが梅の木になるシーンで、見えそうな気がしてドキドキして。直前に『カワセミ都市トーキョー』も読んでいてちょっと頭の整理がついていませんが(笑)、それぞれにおもしろくて、読みながらワクワクしました。
恩田さんのインタビューは終わりなんですね。ちょっとさみしい。でも次からもWEEKLYが私の世界を少しずつ広げてくれるのをたのしみにしてます。
(ぽんすけ)


『六番目の小夜子』読みました!恩田さんって、このような、超自然の恐怖を含んだ作品がデビュー作だったんですね。『夜のピクニック』も『蜜蜂と遠雷』にもホラー要素は見当たらなかったと思うのでびっくりしました。
(かなえゆい)

 
恩田さんは「前と同じ作品は書かない」とおっしゃっていましたね。ほんとに実行なさっている!


ほぼ日通信WEEKLYが1回お休みでそのあと最終回が届くと知って、なんとなく、最終回を読む前に恩田陸さんの『spring』を読んでおこうかな、と思いまして、今日、買ってきました。お店には、初版と2刷のサイン本があって、初版の帯には、「初版限定 書き下ろし番外編」の文字が。
もちろん、サイン本欲しい! けれど、それだと書き下ろしが読めない。ぐぬぬぬぬぬーっとなって、初版を持ってレジへ向かいました。さあ、読むぞー。「やぁ、カワイコちゃん。」のたびさん、めっちゃかわいいですね!上目遣いがたまらんです。ドコノコでいろんなたびさんを見てきましたが、どの写真もすばらしくかわいかったです。
(T)


このメルマガからドコノコのコーナーははずせません。今週、てぃ先生の連載を読んだときに「余裕が大事」と改めて気づきましたが、自分だけの価値観に浸っていては、余裕はなかなか生まれない。自分からもっと目をはなすために、動物や植物の力を借りていると 個人的に 思うことがあります。

連載中の二重作拓也さんと為末大さんと糸井さんの鼎談で、強さはひととおりじゃないということを学びました。それは恩田陸さんの「才能」の考え方につながると私は思います。世から与えられる採点や評価は、わかりやすいメダルや賞、報酬という形です。しかし才能の出方というのは、そんなところに押し込められるものではありません。
たとえば、私のまわりには「なんとなく雰囲気がいいなぁ」と思わせる人がいます。その人たちはたいてい人気があるし、話すと「もっと話をしていたい」と感じます。それとは別に、とんでもなく正直な人たちもいます。やること言うことがいちいち芯をつくので、おもしろいったらありゃしない。また、広い知識と経験をもって、ものごとを独自の視点で見る人もいます。感心するし、とても参考になり、なんでも訊きたくなります。そんなふうにまわりを見渡すだけで、定規で測れない「才能」がボコボコと湧いています。恩田さんのような方から見れば、ひとつひとつの才能を描くだけできっとペンのインクが足りなくなりますね。
ほぼ日やこのメルマガでやることも、その一翼を担えればと思います。Web版の「ほぼ日通信WEEKLY」恩田陸さんのインタビュー連載はこれでおしまいです。メールでお送りする「ほぼ日通信WEEKLY」はもちろん続きます。次はエッセイの回。私がこの数ヶ月でもっとも、本を読んで手を震わせ感動した(つまり、個人的に身に迫ったということですが)著者に依頼しました。この方も、えも言われぬ「才能」の持ち主です。メール版の「ほぼ日通信WEEKL」を受信するには、申込みフォームにメールアドレスを登録し、お手続きください。火曜までにお申し込みいただければ、翌日水曜の号から届けます。無料ですし、解約もかんたんにできます。それではまたいつか、お目にかかりましょう。ありがとうございました!
(ほぼ日 菅野綾子)

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