──:
これから『spring』を読む方がおられると思いますので、具体的には伏せておこうと思いますが、じつはいったん4章まで読み進んで、もういちど1章を読み返しました。
恩田:
ああ、そうですよね。
──:
恩田さんは、最後の展開に合わせて、前に戻って何かを書き加えたりしないのでしょうか。
恩田:
ないです。私は直さないほうなんです。
──:
じつはいろんなところが鏡構造になっているのに、最後に伏線回収的な感じがしないのは、そういう書き方だから、ですね。
恩田:
あ、そうですね。回収しきれてないだけかもしれないですけど(笑)。
──:
「恩田先生は伏線と思って書いておられないんだな」と読んでいて感じる、すがすがしい読後感が私にはありました。
恩田:
そうですね。そう思っては書いてないです、たぶん。
──:
恩田さんにとって「小説のおもしろさ」はどういうところにありますでしょうか。
恩田:
小説のおもしろさは「他人の人生を追体験できるところ」にあると思います。
自分って、自分の考えてることしかわからないし、自分の人生しか生きられないです。でも本を読むと、たくさんの人生を生きられるし、いろんな世界が見られます。やっぱりそこが大きいと思います。
──:
私は映画やドキュメンタリーも好きなのですが‥‥。
恩田:
ああ、私も映画がすごく好きだし、わかるんですけれども、映像と本は、ちょっと違うんです。
本の特徴は、登場人物を自分の想像でイメージできるところなんです。映画のようにビジュアルがあると、人を固定して考えてしまうでしょう。
たとえば私は『風と共に去りぬ』を本より先に映画で観ました。そうすると、主人公のスカーレットが、確実にビビアン・リーになっちゃった(笑)。その意味では、本のほうが「自分だけのスカーレット」を創造するたのしみがあると思います。
──:
ああ、私もガープがずっと、ロビン・ウィリアムズです。
恩田:
そうそう(笑)。小説のほうが自分なりのキャスティングをしながら読めるという利点があります。映画は映画で、もちろん大好きですが、小説はそんなたのしみ方があるんじゃないかなと思います。
──:
そして、なんといっても小説は、物語を読んでいるかのようですが、作家の考えが、言葉に入っていますよね。宿っているというべきか。
恩田:
そうですね。今回は特に「創作物」を扱っているので、「いかにクリエイトするか」に対する私の考えのようなものは、けっこう反映されているかなと思っています。
──:
「芸術作品を作りあげる」ということについて。
恩田:
そうなんですよね‥‥それはつまり、才能ということです。
私は以前から「才能」についてすごく興味があるんです。才能にもいろんな種類があって、それこそ、この物語の主人公のように自分自身がダンサーとして踊れる、そんな才能もあります。一方、そういう人を指導し、教える才能がある人もいる。また、きちんと鑑賞し正しく批評できる才能がある人もいる。
「ものを作る」というのは、実際に作っている部分だけではなく、その作品や人物を支える行為もクリエイションのひとつだと思います。きっと私はこの作品で、そういうところをいちばん書きたかったのかな、というところがあります。
──:
私はこの作品をひととおり読んだだけなので、カッコいい登場人物にまだまだ心を奪われてしまってるんです。途中から、カッコいい人が頭に誕生してしまって。だからこれから何度も読み返したいと思います。
恩田:
ははは、とてもうれしいです。そこに私の理想と妄想が入っているので(笑)。
──:
このカッコいい人が薄っぺらい聖人君子じゃないというところが魅力的で、とても信用できる作品になりました。
恩田:
そうですよね、じつは書いている私も、最初の3章を書いてるうちは「どうもこの人、よくわからないな」と思っていて。
──:
わー、読者の私とまったく同じ心の動きです(笑)。
恩田:
最後まで書いてみたらやっと「こんな人だったのね」とわかったところがありました。
──:
「世界のカタチをつかみたい」なんて言ってるけど、こいつ何だろう、っていう。
恩田:
ですよね。
──:
そのことをうかがえて感激です。作家の方とファンが物語に対して同じ気持ちって、確認できる機会はそうそうありません。しかし恩田さんは「この書き方で伝わるかな」と、心配になることはないでしょうか。
恩田:
それは最初からずっと心配です。特にダンサーが躍っている場面がちゃんと想像してもらえるかどうかは、すごく心配。
だから、こうして直接感想をうかがえたことは、とてもうれしいし、ありがたいです。
──:
『spring』を読まれた方が、WEEKLY宛に感想をお送りくださいましたら、恩田さんにお送りいたします。
恩田:
ああ、とてもうれしいです。
──:
長い時間、お話をうかがいました。ありがとうございました。
恩田:
こちらこそ、ありがとうございました。
(
おしまいです。ありがとうございました!
)