「おれ、オーダーメイドっていうものも、
やってみようと思うんです!」
そう西本が言います。
ぼくはてっきり、
「いずれ、やってみる」という話だと思って、
かるくスルーしておりました。
しかし西本はこう続けます。
「きょう、これから、
つくってみようと思うんです。
僕はこういうシャツが好きで、
どういうシルエットのものが似合うかが、
きょう、やっと、わかったわけですよ!
つくるなら、今です!
身体にフィットさせることで、
着心地だけでなく、
シルエットも、大きく印象がかわった。
ならば、究極のフィットともいえる、
オーダーメイドはどういう感じなのか、
知りたいんです」
そりゃ知りたい。すごく知りたい。
きみは、そのためにみずから、しかもきょう!
「それに、これからぼくらは、
自分たちで白いシャツをつくろうというんですよ。
オーダーメイドをする過程で
チェックポイントを知ることも
できるんじゃないかなあ」
うむ。そのとおり。
ある意味、シャツをつくる過程を、
一気に知るいい機会だとは思う!
ということで
今回と次回にわけてじっくり更新する
「オーダーメイド編」、
もしかしたら退屈に思われるかもしれませんが、
「こういうチェックポイントがあるのね」
という感じで読んでもらえたらうれしいです。
伊勢丹のバイヤーである
佐藤さんが大きく頷きます。
「そうですね。シャツは、スタイルとサイズのかけ算です。
ですから自分のスタイルが曖昧なままだと、
オーダーメイドのコーナーに行かれても、
『あなたのサイズで作ります』という以上のものには
ならないかもしれません。
そういう点では、西本さん、
いま見ておかれると、
とても理解しやすいかもしれないですね!」
「ハイっ!!」
すっかりその気の西本を先頭に、
エスカレーターに乗って5階に向かいます。
「さあ、着きましたよ」
伊勢丹新宿店が大好きなぼくも、
足を踏み込んだことがなかったこのコーナー。
うわあ‥‥、生地がたくさん!
それに襟の形も、あんなに!
そこで待っていてくださったのは、
担当の松井宏泰さんでした。
松井さん、ここに来られるお客さまというのは、
どんなかたがたなんでしょう?
「やっぱりいちばん多いのは、
自分のスタイルを選びたいというお客さまですね。
世界に一枚だけの自分のシャツが欲しい、と。
自分のスタイルがあって、
この生地でこうしたいと、
はっきり決められている方が多いと思います。
もちろん、既成のシャツではサイズが合わない、
たとえば腕が長いとか、首が太い、
そういう皆様のなかにも、
お仕立てをする方が多いですけれども」
西本が訊きます。
「今着てるシャツがすごく気に入ってるから、
この形を違う生地で作りたい、
っていうのもオッケーなんでしょうか」
すると松井さんは、にこりと笑顔でこう答えました。
「可能は可能です。
似た形には作れますよ。
けれども、まったく同じものは、
基本的に、できません」
オーダーメイドのシャツは、
既製品とまったく同じものは、
逆に、できない?
それはなぜですか?
「それは工場が違うからです。
工場が違うと、縫う人も当然違いますよね。
人はやっぱり100%同じものは作れないので、
そういう要望のお客さまがいらっしゃると、
お預かりして、寸法を取るんですが、
実際にぴったり上がってくるかっていうと、
まず上がってきたことはありません。
どうしても違いが出てしまうものなんです。
ですから、そういったご要望の方には、
そのご説明をさせていただきます。
それでもいいよ、という方に関しては、お受けします。
その場合は、そのシャツの寸法を計る
『シャツ寸』という形になるんですけれども、
オーダーメイドの基本は、やはり身体ですから、
極力、身体の寸法を採らせてもらうことを
勧めております」
なるほど、同じシャツをつくりたいとしても、
シャツそのものから採寸するのではなくて、
身体を計り直してつくる、と。
そちらのほうがきれいにできるということですよね。
「そう思います。
既製服で、たとえばブランドのものですと、
襟ひとつとっても特殊だったりしますし。
ある程度細かくは、うちもできるようにと
覚悟はしておりますが‥‥」
そうなのです。壁面には、サンプルの襟がずらり!
襟だけでも、こんなにあるんですね。
「ううむ‥‥1Fと同じようなかたちを
オーダーしたら、どうなるか、
それが知りたかったんだが、
どうやらそういうわけにはいかなさそうだ‥‥」
「既製品とオーダーメイド。
縫い方ひとつにしても、国内で縫うのと、
海外で縫うのと、当然、
気候が違いますし人が違いますから変わります。
水が違うとかで、
できる糸も変わってきますしね。
既製品のよさとオーダーメイドのよさ、
それぞれ、ございますから」
松井さんの話を聞きながら
しばらく生地を眺めていた西本でしたが、
やはり「つくってみる」方向で
覚悟を決めたようです。
「松井さん、採寸をお願いします!
いろいろ相談に乗ってください!
でもその前に‥‥あの、予算を‥‥
この価格、たとえばいちばん安いものが
1万円と書かれています。
これは、1着ぶんの、生地代ですよね?
身体の大きさによってそれがまず変わり、
さらに、仕立て代やらなにやら、
加算されていくわけですよね?」
「いえ、こちらの価格ですべてです。
もちろんプラスの加工賃をいただく場合もありますが、
基本、生地のところにある価格で、
シャツをお作りしていますよ」
その価格は、オーダーメイドって高いんだろうなと
思っていたぼくらからすると、驚くものでした。
1万円プラス消費税で、
きちんと手間をかけたシャツができるんだ‥‥。
「簡単にご説明すると、生地を、
これだけある中からお選びいただきます。
そして、スタイル、襟型やシルエットを含めて
選んでいただくというのが、基本的な流れです。
その時に、採寸もさせていただき、
もちろんお話をさせていただきながら、
理想のかたちを探してゆきます。
生地としては、国産の生地も、
海外のブランドの生地もあります。
基本的には、綿100%がほとんどなんですけど、
国産のものに関しては、混紡で、ストレッチ、
伸びる素材のものや、形態安定のものもございますね」
ちなみに、このシステムは、
女性のお客さまにも対応をしているのだそうです。
けれども、パターンの細かさでは男性に比べると少なく、
あるていどのなかから選んでもらう、
という感じなのだそうです。
そして今回の西本くんのように、
「はじめて」というお客さまも、
あんがい、大勢いらっしゃるのだそう。
「では西本さま、
どんなシャツがお望みでしょうか」
「ぼ、ぼくは、手が短いので、
袖丈がピッタリしたシャツを!
それから、1Fでは『イン』のシャツを買ったので、
『出して着る』ふうにしたいです。
生地は、先ほど、既製服のシャツを選んでいて、
肌離れがいいということに感動したんです。
だから、白で肌離れがいい素材で、
ネクタイはせず、
外に出して着れるいう形に。
アイロンはふだんはかけないんですが‥‥」
「アイロンをお使いにならないとすると、
形状記憶の素材になるでしょうね。
綿100%の素材は、
アイロンを必ずお使いいただきたいのです」
「じゃ、かけます! アイロンを勉強します!
プロに聞いて、上達します!」
ああお調子者よ。でも、いずれ、
このシャツのプロジェクトに、
その知識が必要になるときが来るよね。
アイロンについては、
あらためて取材をすることにしましょう。
そうそう松井さん、
生地にも、さまざまな
インポートものがあるじゃないですか。
それって、襟や、全体の形との相性が
あるんじゃないかと思うんですが。
ブリティッシュトラッドはこの生地でこの襟、
アメリカンカジュアルならこの生地でこの襟、
イタリア風だったらこの襟でこの素材、みたいな?
「そうなんです。ですから襟をふくめた
スタイルのイメージがあると、
素材の提案もしやすいんですよ。
大きな襟がお好きならば、
イタリアの素材でお作りしませんか、であるとか、
ブリティッシュの特殊なラウンド襟でしたら
英国調の生地になさいませんか、というふうに」
「ラウンド‥‥かわいいかもしれない」
西本が「かわいい」と言い出すのも妙なんですが、
まあ、たしかにかわいいですね。
「ネクタイをしない前提とおっしゃっておられましたから、
ラウンドみたいな襟のほうがいいかもしれないですね」
「じゃ、これ、ラウンドで、僕、作ります。
そうすると、生地は‥‥」
そのあとのこまかなやりとりは、
すこし省略をすることにいたしましょう。
なぜならば、その過程は、
ひじょうに細かいものだったからです。
袖のカット型を丸くするか角にするか
(小さな丸にしました)、
その長さはどうするか
(手が短いので大きすぎないように標準で)、
ボタンはカフスにするかどうか
(ボタンにしました)、
身頃の前立てをどうするか(縫い目を出すかどうか)、
胸のポケットをつけるかどうか‥‥。
そういえば、海外の既製品シャツって、
胸のポケットがないものが多いって聞いたことがあります。
実用品として使わないから要らないという考えだそう。
でも前立てを表にする(縫い目を出す)人は
ポケットをつけると、おなじように縫い目があるから
バランスよく見える、
逆に裏の前立て(縫い目が出ない)ようにする人は
ポケットもつけずにすっきりさせること好む、
って、どこかで教えてもらったんですが、
でもじっさいのところ、胸のポケット付きの
海外の既製品のシャツもあるみたいですね。
にしもっちゃん、どうするのかな?
あ‥‥女子のみなさん、このあたり、
読んでいてだいじょうぶでしょうか。
「ああ、男ってめんどくさい!」と
思われてやしないかと、
武井、ちょっと心配しております。
「どうでもいいじゃない、そんなの。
似合うかどうかでしょう。
似合うの選んでもらってきなさいよ」とか。
(言われたことがあるもので。)
でもね、男子、このへん、楽しいんですよ。
もうすこしおつきあいください。