ちょっと時間をさかのぼって──、
あれは4月のはじめのことでした。
「ほぼ日」の会議室にあつまった
白いシャツプロジェクトのめんめんで、
「いま、白いシャツって?」
ということについて、
ざっくばらんに話しました。
そのミーティングは、その後、
月例で幾度か重ねていくことになり、
そのなかで、ぼくらはいろんなことを知りました。
まず男性のシャツについて。
「フィット」(体型に沿う、ぴったりタイプ)の
シャツをきれいに着たいという考えで、
そんなシャツを選んだ昨年の私たち。
▲昨年つくったルイジ・ボレッリ社のカッタウェイのシャツ。きれいなフィット感がありました。
イタリア的、ヨーロッパ的な着こなしは、
メンズファッションとして
ひとつの確立されたスタイルであり、
現在も、とくにビジネスシーンにおいては主流。
おそらく先々もこのスタイルが
受け継がれていくだろうという、
いわば「スタンダード」です。
体型をシャツに合わせる努力をするというよりも、
いまの体型のままで「シュッと」して見えるシャツは、
太っているぼく(武井)にとっては
目からウロコが落ちるものでした。
個人的な話ですが、この1年で購入した数枚のシャツは
いずれもこのタイプのシャツです。
こういうシャツを「イン」して着ると、
体型を隠すためにたっぷりめのシャツを着るよりも、
「きちんと」して見えるからです。
そして白だけじゃなくてピンクとかブルー、
茶色も着てみましたし、
夏には「長袖の麻」を選んでみたりも。
▲ルイジ・ボレッリ社のイタリア人デザイナーに採寸してつくってもらったシャツです。
完璧にイタリア的なフィット感。着ると背筋が伸びます。
いっぽうで世の中の気分が
カジュアル寄りになってきたのかもしれません、
「そこまでフィットじゃなくてもいいんだけど」
「ぜんぶが全部、キッチリしているのもなぁ」
という傾向もあります。
たしかにちょっとゆったりしたシャツのほうが、
活動スタイルや気候のことを考えると「らく」。
そして、前言撤回するようですが、ぼくも、
この手のシャツを持っていますし、いまでも着ています。
どっちが好き? と聞かれると、とても困る。
どう使い分けているのかもうまく説明できませんが、
その日の(朝の)予定や気分で選んでいるように思います。
▲ずいぶん前に買ったプルオーバーシャツ。たっぷりしていて着やすいので愛用。おなかもいい具合に隠れます。
また「ハイファッション」の世界では、
丈がうんと長いオーバーサイズのシャツや
レディスのチュニック的なウエアを着る
ファッショナブルな男子も出てきたのだとか。
(「チュニック男子」というそうです。)
この「白いシャツ」プロジェクトに
その考え方に取り入れるのは極端だと思いますが、
「ゆったりめ」が、メンズの世界でも
つよく受け入れられはじめているという
ひとつのあらわれなのかもしれないですね。
▲おもしろい! と思って買ったロングシャツ。じつはパジャマ売り場にありました。
「みなさん、街着として買われていくんですよ」というのでその気になってみたものの、ぼくが着ると白衣みたいだった‥‥。いいんだけど。
女性についてはどうでしょうか。
こちらも、イタリアを含むヨーロッパ的な
「フィット」なシャツは、いまも定番のひとつです。
▲ゆーないとが着させてもらった、フィット系のレディスシャツ。衿と身頃が一枚仕立てになっているので、曲線がとてもきれい。
が、あえてオーバーサイズのシャツを選ぶ傾向が、
男性に比べてずっと増えてきたのだそう!
「ほぼ日」でもそれは実感がありました。
そもそもが「ゆったり」がコンセプトの
大橋歩さんの「hobonichi + a.」であるとか、
伊藤まさこさんの「白い服」シリーズは
多くのかたに支持をいただいていますし、
「LDKWARE」については、
女性が、メンズサイズを着るということを
「ふつうのこと」として表現しています。
それぞれ、ことなるコンセプトから出発していますが、
「おしゃれ」かつ「リラックス」という共通点があり、
そのときに「ゆったり」というのは
とても大事な要素なんだと思います。
▲「ほぼ日」で販売したことがある伊藤まさこさんの「衿つきシャツ」。9号でも身幅が74.7センチ(胸囲は×2です)とたっぷり!
さて、では、女性たちは
オーバーサイズのシャツを、
どんなふうに着るのでしょう?
「オーバーサイズのシャツを着るときは、
襟を“抜いて”着るんですよ」
抜く? その言葉が最初理解できなかった!
でも、じっさいに見せてもらうと、
たしかに女性たち、こういう着方をしています。
あれは、わざと、こうしていたんですね。
▲伊勢丹の大谷さんはまさしく「オーバーサイズのシャツを抜いて」着ていました。
襟を抜くというのは、前ボタンを上からいくつか
(たっぷりめに)開けて、着物の襟のように、
すこし襟を後ろに落とす着方です。
「あえて、オーバーサイズを選ぶ」ことで
この着方ができるわけです。
そして、こういう着方をするシャツは
メンズシャツ的なもののほうが、
いっそう女性らしさをきわだたせる。
さらにこういうシャツを
「インするか、アウトで着るか」。
これ、このごろは「前身頃だけをイン」して、
後ろ身ごろをふわりと外に、
という着方があるんだそうです。
▲ちょっとわかりにくいですが、前を入れて、後ろを出しています。全体的にふんわりして、かわいいんです。
ああ、シャツの着方にも、
こまかな流行があるんだなぁ。
そんな知識を背景にして、
シャツづくりをすすめるなかで、
前回書いたように
「ふたりで」というコンセプトがうまれました。
「オーバーサイズで、メンズシャツの仕立てで、
女性用につくったシャツを、
男性が着るって、ありなのかな?」
というような、クラインの壺というか
メビウスの輪というか、
ひじょうにややこしい疑問も生まれました。
「サイズさえ合えばいいんじゃないの?」
「華奢な男性限定?」
「オーバーサイズだから、身幅は広いでしょう。
だったらふつうの体格でも着られるはずですよね」
「でも、身幅が広いぶん、肩のラインも
けっこう外側になりますから、
肩をきっちり見せたい男性には
おかしくないですか」
「オーバーサイズをかわいく着るのなら、
袖は長すぎちゃ、おかしいですよね。
でもおそらく、男性が袖の短いシャツを着ると、
つんつるてんになるんじゃないかしら」
「メンズシャツ的すぎるシャツは、
いかにも『彼のを着てます』となるのが嫌です。
じぶんで、かわいいから着ているんだ、
似合うから着たいんだ、ということですから、
ディテールは女性的になるんだと思います。
そこが男性に似合うのかどうか」
「どうだろう」
「どうかしら」
‥‥やっぱり頭で考えているだけじゃダメでした。
「とにかくサンプルを!」
ということになりました。
▲ふつうのメンズシャツで大きなサイズを着ても、なんだかピンとこなかったりします。こんなふうに「ただ大きい」感じになってしまったり。
サンプルをつくるために、
メンズシャツのメーカーである
HITOYOSHIシャツさんが長年つちかってきた
メンズシャツのパターンやディテールを生かしながら
それを女性が似合うスタイルにしていこう、
そのために、どんなディテールが
「かわいい」のかも、考えました。
▲HITOYOSHIシャツの松岡さんが持ってきてくれたサンプルを前に、みんなで検討しました。
歴史のあるメンズシャツというのは、
ひとつひとつのディテールが
実用的に生まれたものですから、
それぞれの「役割」「ルール」があります。
(もちろん、形骸化しているものもあります。)
それにくらべてレディスシャツは「自由」。
だからこそシャツづくりのベースをメンズに置いて、
女性が「かわいい」「着てみたい」と
思ってくれるようなデザインの方向に
アレンジしていこうというわけです。
▲HITOYOSHIの松岡さんは、絵でメモをとる。
目の前に並ぶメンズシャツ。
それぞれの襟を、前身ごろにボタンで留めるボタンダウン。
左右の襟をひとつのボタンで留めるタブカラー。
襟のないスタンドカラー。
ネクタイをきれいに見せるため、
襟を金具で留めるピンホール。
その襟がそっくり取り外しできる
仕様になっているシャツもあります。
そしてそのサイズ(台襟、襟の先端、前立ての幅‥‥)を
どうするか、どう組み合わせるか。
メンズシャツであれば「方程式」というか、
これだったらこう‥‥というような結論が
わりとすぐに出るのですが、
レディスシャツとなると感覚的なところが大事で、
「この短さだったらかわいい」とか
「これじゃデコルテがきれいに見えない」など、
ふだんメンズシャツではあまり考慮されないことが
大事になってきます。
▲ゆーないとが着ているのは、タブカラー。ネクタイをしなくても、チャーミングかも!
ほんのちょっとのことで、
まったく印象がかわってしまうので、
じっさいに女性たちが着用して、
そこから微調整をするという方法ですすめました。
さらに、裄丈はどのくらいのあんばいがいいのか、
生地はどんなものが気持ちいいのか、
胸ポケットはあるべき? なくてもいいの?
後ろ身ごろのプリーツはどんなスタイルがいいんだろう?
ボタンは貝素材? 厚みは? 大きさは?
第一ボタンと第二ボタンの感覚はどれくらい?
抜いて着たときに、へにゃへにゃにならないよう、
芯地は厚めのほうがいいんじゃない?
カフス(袖の先端)の長さは短くないとかわいくない!
‥‥などなど、もうほんとうに
「これ、決まるんだろうか」と不安になるくらい
いろんな討論が重ねられていきました。
▲これは「ガゼット」という、脇縫いの裾の部分。補強布ですけど、チャーミング。
▲これは、袖の内側に出た「セルビッチ(生地のミミ)」部分。古い織機で織った布にはこれが出ます。こういうものも、シャツのかっこよさのひとつ。
▲ここは何センチがいい? もっと短く? よし、そのくらいだ! そんなふうに決めていきました。
それをひとつずつ紹介していくと
膨大な連載になってしまううえに
あまりにもマニアックなので割愛しますが、
この、幾度となく重ねた話し合いが、
やっぱり、必要だったと、
いま振り返って思います。
そうです。できたのです。ことしのシャツ!
(つづきます)