ぼくの歩く、まんが道。矢部太郎さんと糸井重里の、漫画談義。 ぼくの歩く、まんが道。矢部太郎さんと糸井重里の、漫画談義。

お笑い芸人の矢部太郎さんが描いた
漫画『大家さんと僕』が、
20万部突破の大ヒットを記録しています。
なぜこの漫画は、ここまで多くの人に
読まれているのでしょうか?

かつて漫画家にあこがれていた糸井が、
漫画家デビューした矢部さんと、
作品の制作秘話や、
日本の漫画が持つ可能性について、
ほどよい熱さで語りあいました。

作品の中では語られなかった矢部さんの
葛藤や苦悩などにも迫った、全6回。
どうぞごゆるりとおたのしみください。

第2回
永遠じゃないもの。
糸井
この漫画は、まだ続いているんですか?
矢部
いえ、いったんは終わりなんです。
でも「ぜひ続きを」といわれていて‥‥。
糸井
ちょっと悩みますよね。
矢部
そうなんです。
それこそ、糸井さんが
ツイッターで書いてくださった感想が、
ずっと心に引っかかっているんです。
糸井
え、なんか書いてた?
矢部
その言葉の意味を考えていたら、
ずっとお返事ができなくて‥‥。
(スマホを取り出す)



あのぅ、ちょっと読んでもいいですか。
糸井
もちろんです。
矢部
読みますね。



「時が止まっているような世界なのだけれど、
秒針や分針が動いているのが見える。
でも、どこかで、
世界の終わりも見え隠れしていて」
糸井
あぁ、なるほど‥‥そうだね。
それ、本気のやつだね。
矢部
ぼくが、
このツイートを読んで思ったのは、
この漫画はユートピアのような
世界に思えるけど、
本当はそうじゃないと。
糸井
うん。
矢部
時が止まっていそうな世界だけど、
ちゃんと時計の針が動いている。
でも、ぼくの時計と
大家さんの時計のスピードもちがうから、
なんか、時空が歪んでいくような、
そんな感覚がぼくのなかにはあるんです。
糸井
うんうん。
矢部
だから、ずっと物語が続いていくような
『サザエさん』とか
『ちびまる子ちゃん』とか、
ああいう感じの漫画ともちがうなって。
糸井
あれは「永遠」ですからね。
矢部
そうなんです。
でも『大家さんと僕』は、
「永遠のように思える」なんです。
糸井
そう思わせるのは、
やっぱりこの漫画が
事実をなぞっているからでしょうね。
矢部
事実を‥‥。
糸井
すごくいいにくいことを、
あえて口にしますが、
命あるものには、
いつか死が訪れます。
矢部
はい。
糸井
そのことを、
ぼくは自分の犬を見ていて、
つくづく思うわけです。



昔、ぼくは自分の犬の写真を
『気まぐれカメラ』というコンテンツで、
ずーっと写真をとって遊んでいました。
それこそ永遠のように。
矢部
はい。
糸井
似たような写真ばかりでも、
ぼくはぜんぜん気にしなかった。



でも、ある時期から
「似たような写真“しか”撮れなくなる」
と思いはじめたんです。
犬がだんだんと老いていくことで。
矢部
‥‥‥‥。
糸井
「人がそれを見て、おもしろいのだろうか」
ということもあったし、
自分で自分の犬をとる動機も、
だんだんうすくなっていたんですね。



それであるとき、
そのことから卒業させてもらったんです。
矢部
そうでしたか‥‥。
糸井
でも、そのときわかったことは、
ぼくが毎日撮り続けていたものは、
フィギュアなんかじゃなくて、
命あるものだったということです。



大家さんが病気になって、
すごくショックだったのは、
やっぱり失ってしまう可能性を、
突然見ちゃったからですよね。
矢部
‥‥ぼく、大家さんとは
すごく仲良くなったつもりで、
家族に近いような気がしてたんです。



でも、大家さんが入院したとき、
けっきょくなにもできないなって、
すごくよくわかりました。
糸井
ちょっと離れますからね。
矢部
はい。なので、ぼくはそのことも、
ちゃんと描きたかったのかなって。
糸井
それはすごくむずかしい部分だけど、
描いてよかったと思いますよ。
そういった事実が持つ素敵さとか、
ゆっくりした速度だとか、
なにが起こるかわからない感じとか、
そういうものが、
この1冊に結実している気がします。
矢部
だからこそ「続きを」といわれると‥‥。
糸井
うん、ちょっと悩ましいよね‥‥。
でも、描けると思うな。矢部さんなら。
矢部
そうでしょうか。
糸井
だって、時計の秒針を眺めることは、
もうできてるわけだから。
矢部
秒針を眺める‥‥。
糸井
それはもう証明されてますから。
だから、きっと、できる気がするな。
矢部
ぼくのなかに
「描くなら、早く描かなきゃ」という
気持ちもあるんです。
なんていうか、大家さんのためにも‥‥。
糸井
あぁ、そうですね。悩ましいね、本当に。
矢部
はい。
糸井
これは、ひとつの考えとして
聞いてほしんだけど、
大家さんとの漫画を描きながら、
もう半分の部分で、
だれにもほめられないかもしれない漫画を、
「やってみたい」という理由だけで、
やってみてもいいんじゃないかな。
矢部
あぁ‥‥。
糸井
矢部さんには、
漫才を続けてきた歴史があるわけだから、
自分の笑いのツボみたいなものは、
わかっていると思うんです。
矢部
はい。
糸井
あんまりぶっ飛んだものじゃなくて、
「こういう笑いがぼくは好きなんです」
というものを、
描いてみてもいいんじゃないかな。
矢部
じつは、いま、まったく別の場所で、
まったく別の漫画を、
ちょっとずつ描きはじめていて‥‥。
糸井
あ、そうなんだ。
それをやりながらだったら、
大家さんとの話も、
描けるような気がするな。
矢部
あたらしいほうは、
もう、こういう感じとはちがって、
本当にいまおっしゃったような、
気楽で、好きなものという感じで。
糸井
へぇ、そうか、そうか。
矢部さんも、
おもしろい立場の人になってきたね。
矢部
毎日、絵ばかり描いてますからね。
もう「なんだこれ?!」って感じです(笑)。
(つづきます)
2018-02-03-SAT