- 糸井
- 塩野さんから
「こういう原稿があるんだけど」って
連絡をいただいたところから、
今回の物語は、はじまっているんです。
- 塩野
- ええ(笑)。
- 糸井
- つまり、中国の職人について書かれた
未発表の原稿があって、
これをどうしようか‥‥というときに、
「糸井さんのところは、
いろんな商品を店先に並べてるから」
という理由で(笑)、
ゆるやかに持ってきてくださいました。
- 塩野
- はい、そうでした。
- 糸井
- ぼくは、当然のように
出版社から出さないんですかと聞きました。
そしたら、出版社のほうで、
よろこんで出しましょうとなっていないと。
- 塩野
- そう。
- 糸井
- 塩野さんの、これまでのお仕事を考えたら、
ちょっとめずらしいこと、ですよね。
- 塩野
- はじめてでしたね。
- 糸井
- ですから、まずぼくは、
「ええ、そんなことが、あるんだ!」
とびっくりしたんです。
塩野さんのお書きになる聞き書き作品は、
自腹で取材してるわけで、
もともと、労力もお金もかかっています。
- 塩野
- ええ。
- 糸井
- つまり、そこまでご自分で負担してから
出版社へ持ってってるわけですが、
「うーん‥‥」
という反応が返ってくるというのは、
ぼくとしては、
出版社の側の理由も知りたいなあ‥‥と。
- 塩野
- それはもう簡単でね、
「売る自信がない」っていうことでした。
ぼくは、それもおもしろいなぁと思って。
- 糸井
- おもしろい‥‥ですか。
- 塩野
- 「売る自信がない」ということは、
「商品にならない」ということですから。
そこから「じゃあ、商品って何だろう?」
って考えはじめちゃったんです。
- 糸井
- なるほど。
- 塩野
- この『中国の職人』という原稿は、
自分としては、楽しんで仕事をしました。
お金も時間もたくさん使ってるんだけど、
仕事自体、すごく楽しかったんです。
- 糸井
- ええ、わかります。
- 塩野
- ぼくの書いた日本の職人の仕事の本って、
信じられないけど、
中国でたくさんの人が読んでくれていて、
一応、あっちでは
ベストセラーの本だったりするんですよ。
- 糸井
- そうなんですか。
- 塩野
- つまり、中国の人が、日本の職人のお話を
よろこんで読んでくれているのに、
日本人のほうでは、
中国の職人の話を「商品として難しい」と。
そこで、ぼくとしては、
商品にならないというのなら仕方ないから、
どうにか、
読んでいただける別の方法を考えよう、と。
- 糸井
- それで「ほぼ日があった!」と(笑)。
- 塩野
- そう、ほぼ日って「市場」みたいだからね、
その端っこに並べてもらえないかって。
商品代金「0円」の本として、
並べてもらえないかなあと、思ったんです。
- 糸井
- そうおっしゃってました、はじめから。
「定価は0円でどうか」って。
- 塩野
- 0円の商品は商品といえるのだろうか‥‥
という問題意識と、
すべてを「お金」に換算しなければ
評価できない、というのも、
なんだか、悲しい世の中じゃないかなと。
- 糸井
- ええ、ええ。
- 塩野
- じゃあ、お金以外の評価って何なのか?
拍手なのか、「いいね!」なのか、
それともぜんぜん違う何か‥‥なのか。
- 糸井
- おもしろいところですよね。
- 塩野
- もちろん「本」にするとなれば、
紙代、印刷代、製本代‥‥がかかりますが、
少なくとも、
「ぼくの仕事」についてはタダでもいい。
そこから先は、誰かと話してみないと
どう転ぶかわからないので、
じゃ話し相手は糸井さんだと勝手に決めて、
久々にメールを差し上げたんです。
- 糸井
- ぼくは両方の気持ちが、わかるんです。
塩野さんの気持ちと、出版社の気持ちとが。
つまり、出版社が「難しがってる」のは、
今の時代って
こういう本を出せばいいという「枠組」が
あらかじめ決まっているので、
どこの出版社も、
最初から「買う人」を当てにできる本だけ、
つくっているわけですよね。
- 塩野
- まさに、そうです。
- 糸井
- そういう状況では
『中国の職人』というタイトルの本を、
誰が読むんだと上司に聞かれたら、
編集の担当者も、
ハッキリとは答えられないわけですね。
『中国の美人』だったら、まだしも。
- 塩野
- うん、うん(笑)。
- 糸井
- ようするに、どれだけ、
この原稿に「価値」があったとしても、
その価値を「表現できない」という理由で
商品にできない‥‥。
- 塩野
- そういう状況なんですよね。
- 糸井
- そこで、ほとんど何も説明しないで、
「あのさ、
こういう原稿があるんだけど」
と言って、
ここに座っている田中さんという人に‥‥。
- 田中
- 田中です。
- 糸井
- ‥‥お渡ししたんです。原稿を。
- 塩野
- ああ、そうでしたか。
- 田中
- はい、田中泰延(ひろのぶ)と申します。
はじめまして。
今回、こちらを読ませていただきまして、
「何だ、これは」と2回、読みました。
- 塩野
- ありがとうございます。
- 田中
- さらに、塩野さんといえばアレだなと、
『木のいのち木のこころ』を、
ひさしぶりに、拝読しなおしたんです。
- 塩野
- そうですか。
- 田中
- 今回、あらためてAmazonで注文したら、
建築部門の文庫本で、
ずっとベストセラーに入ってるんですね。
- 糸井
- あ、建築部門なんだ。
- 田中
- もちろん、『木のいのち木のこころ』も、
『中国の職人』も、
どっちも本当におもしろかったです。
こんな素晴らしい本をお書きになってる
塩野さんの書き下ろしを、
出版社が「はい、ぜひ、出しましょう」
とスンナリならない状況に、
まずは「え?」という驚きがありました。
<つづきます>