- 糸井
- とまあ、いろいろ話してきたんですけど、
この原稿をどうするかについては、
方法は、いくつか、あると思うんですよ。
ふつうの本のかたちにする‥‥
というのも、選択肢としてありますよね。 - 塩野
- 一般的なやり方ですね。
- 糸井
- あるいは、この原稿を、そのままポンと、
ウェブ上に公開してしまうという方法も、
もう一方で、ありますよね。
田中さんは、どう思いましたか?
- 田中
- そこなんですよ。
ぼくの個人的な話をさせていただくと、
インターネットに
映画評のコラムを書いているんですが、
本にしようと思ったらできるけど、
この人は、この仕事については、
タダで読ませることに意義を感じてるんだから、
それでいいんじゃないか、と、
以前、糸井さんが、おっしゃっていたんですね。
そういう遊び方をしてるんだから、と。 - 糸井
- ええ。
- 田中
- つまり、それは「売る」のではなく、
広く「提示」することによって、
世の中に広まっていく、
そうやって読んでくれる人を増やすということ。
だから、この塩野さんの原稿の場合にも、
デザインを読みやすくするとか、
最低限の整えをした上で、
インターネット上に
「気前よく公開してしまう」という方法は、
大いにあるかな、と思いました。 - 塩野
- そうですね。
- 田中
- 最初に塩野さんがおっしゃっていたことで、
ぼくが「ああ」と思ったのは、
お金以外の評価の仕方があるのか、どうか。
それは「拍手」かもしれないし、
「いいね!」かもしれないし、
なるほど‥‥という感嘆の声かもしれない。
- 塩野
- うん。
- 田中
- だから、この、生っぽい原稿を‥‥。
- 糸井
- 生だよね、だいぶ(笑)。
- 田中
- ええ、この、生っぽい原稿を、
ぼくが読ませていただいて感じたような、
「何だこれは!」「おもしろい!」
という、
「知のよろこび」を感じてくれる人々が、
けっこういるだろうなとも思うので。 - 塩野
- ぼくは、この原稿が
いわゆる「出版、本」の形にならなくても
いいと思っていたので、
こういう状況になってるわけですけど、
読んでいただいて、
「へえ、こんなこと、はじめて知ったよ」
と、おもしろがってくれる人がいれば、
それがいちばんいいなあと、思っています。
わざわざ用語解説を途中に挟んでいるのも、
そのためなんです。
- 糸井
- ふだんの塩野さんの本では、
あまり、なさらないことですよね。解説。 - 塩野
- そう。読む人が、
中国の歴史を勉強しなきゃいけないのは
ダメだなあと思ったので、
そうならないように、解説を入れてます。 - 糸井
- ただ、原稿のクオリティとしては、
当然、ふつうの書籍になるものですよね。
その点は、いかがですか。 - 田中
- もちろんもちろん、
ふつうに本になるのは当然なんですけど、
ぼくは
別の訴え方があるんじゃないかなあって。 - 塩野
- これまでは
本というものはたしかに商品になったし、
家族だって養えたんですけど、
今は、必ずしも、そうじゃないですよね。
うちの娘たちなんかだって、
本は図書館で読むっていうくらいですし。 - 糸井
- ああ、そうですか。
- 塩野
- 出版界のいまのようすを見て思うのは、
これまでのように、
あるていどの自由度を持った出版物が、
本の形で流通する時代は
終わったんじゃないか、ということで。
ようするに
商品であるからには売れなければダメ、
という制約をはめられた途端に、
自由度が、ものすごく狭くなっている。
- 糸井
- そのとおりだと思います。
- 塩野
- きわめて当然かもしれませんけど、
いよいよ本も、
経済原理に組み込まれてしまうように
なったなあ、と感じています。
誰も「売れる本」を予測することが
できないのに、
「経済の原理」にはとらわれている。 - 田中
- なんだか、おかしなことですけど。
- 塩野
- でも、そこに何が書かれているのか、
おもしろがれる素材は、
まだまだこの世の中に残っているし、
中国の職人のことを知ったら、
お隣の国の人に対する見方考え方が、
変わるかもしれませんよね。 - 糸井
- ええ。
- 塩野
- そのとき、
定価をつけなきゃならないから、
世の中に流通させられない‥‥のなら、
ぼくは、定価は要らないなあ、と。 - 糸井
- 今日の座談会で話したことや、
塩野さんがどういう取材をしたのか‥‥
については、
「ほぼ日」読者のみなさんは、
興味深く聞いてくれると思うんです。
いまの時代に生きる人の問題意識と、
重なってくる部分も多いし。
- 塩野
- そうだと、うれしい。
- 糸井
- だから、ぼくらの話をいい導入部にして、
たとえば、1000人の読者が
おもしろいなあと言って読んでくれたら、
まずは、成功だと思うんです。 - 塩野
- それはもう、大成功ですよ。
- 田中
- ぼくについて言えば、糸井さんから
「説明しないけど、とりあえず読んでみて。
おもしろいから」と言われて、
塩野さんの原稿を渡されて、おもしろくて。
で、今日、お会いする前に、
塩野さんの『棟梁』という聞き書きの本を
Amazonで買ってるわけですから、
昨今、何かと話題の
「作品の無料公開とその後の消費行動」
についての、
ひとつのロールモデルになってますよね。 - 糸井
- ああ、まさしく。そのとおりですね。
それに
『失われた手仕事の思想』だったかなあ、
塩野さんの聞き書きの本を、
気仙沼ニッティングの御手洗瑞子社長が
たまたま買ったみたいで、
すっかり夢中になって読んでいましたよ。
編み手さんたちにも、その話を聞かせて、
すごく、おもしろがられてるって。 - 塩野
- それは、本当に、うれしいです。
ぼくとしては、この中国の職人の原稿は、
「包み紙でもいい」と思っていたの。 - 田中
- 包み紙?
- 塩野
- ほら、たとえば、引越しのときに
古新聞でお茶碗なんかを包みますけども、
荷解きのときに、
ついつい、読んじゃいますよね。
ぜんぶ読むかどうかはともかくとしても、
なんとなく、つい、読んじゃう。 - 糸井
- ええ。
- 塩野
- そこへ
「チベットの工場を放棄してきた」
とか
「急須が1500万円」とか書いてある。
つまり、お茶碗の包装紙でも、
襖の唐紙の下張りでもいいんですけど、
何らかのかたちで
「断片」を手に取ることができて、
もっと読んでみたいなという気持ちを
高めてくれる場所が、
「ほぼ日」じゃないかなと思うんです。
- 糸井
- そう言っていただけると、うれしいです。
そして「そういう場所」としては、
「ほぼ日」は合ってるかもしれないです。 - 田中
- そう、「ほぼ日」って、
偶然の出会いに満ちあふれてますしね。
何だかわからないままに
一冊の本を読みはじめるっていうのは、
どこへ連れていかれるんだろう‥‥
という、ドキドキ感が、ありますよね。 - 糸井
- ええ。
- 田中
- 気がついたら、
「あ、こんな遠くまで来ちゃってた!」
というのが読書のおもしろさで、
今回の塩野さんの原稿は、
まさに、そのドキドキを楽しめますよ。 - 糸井
- それも、中国のことに
詳しくなければ詳しくないほど‥‥ね。 - 塩野
- そのきっかけになってくれたら、
ぼくも書いたかいがあります。本当に。
座談会は、これにて終了です。
あす2月24日(金)には
いよいよ『中国の職人』全文を一挙公開!
どうぞ、おたのしみに。