1 なぜ天皇制の問題を考えるのか

 今日の演題は「国家の幻想と反逆の論理」っていうふうに、あまり美的でない(会場笑い)題目がついていますけれども。私が今日お話しようと思って来たのは、なんていうんですか、つまり「宗教としての天皇制」っていうことなんです。「宗教としての天皇制」っていうのは別の言葉で言いますと「天皇制の宗教的側面」っていうふうに言ってもいいんだろうと思います。どうしてこのテーマを選んだかって言いますと、体験的に言えば戦争中、天皇制っていう問題が氾濫、かき回されてきたその年代に属するわけですけれども。このかき回され方には、ちょうどみなさんの年頃だったと思うんですけど、年頃か少し前だと思うんですけれども、戦後に考えてみて、どうもなんていいますか、つまりあの、愚かであるがゆえにかき回されたという面と、それからどうもかき回され方の中に不可解なものがあると、そういうその不可解さというのはちょっと、単にその愚かであったということでは片付かないんじゃないかっていうことがありまして、戦後、見え隠れにそういう問題を考えてきたわけです。
 で、結局、どうしてかき回されたかという問題を要約して申し上げますと、一つはね、法、つまり、(黒板を書く音)、普遍的に申し上げますと法っていうもの、あるいは法としての国家ってもののその繋ぎ目っていいますか継ぎ目っていうのがよくわかなかったというなことがひとつあると思うんです。それはどういうことかと申し上げますと、天皇制ってものの起源を千数百年以降としまして、結局それ以前に、つまりそれ以前にっていうことは日本列島が、その何と言いますか統一国家を形成していないとういうような、そういうつまり国家以前にたくさんの、今で言いますと、ちょっと郡単位と言いましょうか、郡単位あるいは数郡が集まった単位ぐらいの国家というのが分立していたわけですけれども、その統一国家以前の国家における法国家って言いましょうか、法国家というものと統一国家以降の法国家というものとの繋ぎ目っていうものが、継ぎ目っていうものがよくわからない、あるいはわからなかったという問題が一つ、あったと思うんです。
 それから、もう一つの問題は、(黒板を書く音)種族としての、種族としてと言いましょうか、俗な言葉で言えば民族としてなんですけれども、種族としての日本人の起源っていいますか、そういうことと、それから、今申し上げました天皇制、統一国家以降の国家っていうものとのやはり関係っていうものはよくわからなかったっていうような、そういう二つの点にどうも、要約されるんじゃないかっていうのが、現在僕なんかが持っている問題意識です。

2 法的国家のつなぎ目がわからないということ

 説明いたしますと、つまり法国家としての日本国家っていうのは、その繋ぎ目がわからないっていう意味合いを申し上げますと、統一国家以前にも国家はあったわけですし、またあの、国家以前にも一つの村落社会とか村落共同体とかいうような形での社会というものはあったわけです。で、そこで、通用している法っていうものがあるわけですけれども、それは、正確に言えば、村内法とか内法とかっていうふうに言うべきでしょうけれど。つまり村内法的な、あるいは部落内法的なものがあって、それが、作られてきていって、それが部落を規定している。あるいは、ある地域を規定しているってな状態があったわけです。その村内法的な意味で、村内法っていうのはつまり、ある部落ごと、あるいは数部落ごとに作り上げてきた法律で、その法律に従って部落民あるいは村民というようなものがそれに支配されると、つまりそれに従う、その規定に従うってなふうな形で、つまり村内的にあるいは部落内的にできている法があって、その法が一種の法的な国家ってな形の作用をなしていたっていうような状態が考えられるわけです。だいたいそういうふうに考えられて存在していた法って言うものと、どっから来たかわかりませんけれども天皇、あるいはどっかわかりませんけども、そういう集団がいわば統一国家を形成した以降につくられた法律、あるいは法っていうようなものとどんな関係にあるのかっていうことがはっきりわからないっていう問題に集約されると思います。
 別に今でもはっきりしているわけではないんですけれども、そういう場合に、だいたいどういうふうに、つまり、部落内を規定していたその部落法みたいなものがどういうふうにして統一国家の法と関連するかってな問題が生じてくるわけですけれども。この場合に、村内法っていうのが一応、一種の部落内の下からの法っていうふうに考えますと、この法の届く限り、届く範囲っていうものは、少なくとも部落内に住んでいる人間を規定していくという、そういう側面で考えますと部落内法、ないしは村内法、あるいは内法と言われているものは、習慣とか固有宗教とか、あるいは風俗とか、あるいは道徳、あるいは倫理っていうようなものがあるかもしれませんけれども、そういうものとあまり分化できないという面があるわけです。つまり、そういう様々な規定の形で包括していると。そういうものを包括している限り、なかなか法としての純化っていいますか、そういう状態っていうものが、部落内法っていうものの根本的な性格じゃないかというふうに考えられます。その性格はある意味では非常に強い、つまり強力なものなんですけれども、しかし、どうしても引きずっているものが固有習慣であり固有宗教でありって、そういうふうに考えていきますとどうしても、その法が遠くまで行けない。遠くまで行けないということはつまり、何らかの統一性を持つっていうところまで行けない面があります。つまりそういうものを引っ張る面というものが村内法、あるいは内法っていうものにはあるわけです。ただ、それは下からの法っていうふうに一応考えれば考えられるもの。こういうふうな法が規定する部落っていうものは、決して統一国家を形成するだけの高度さを持ち得ないというような、そういう性格があると思います。
 それに対して例えば天皇制の権力が、どういうとこからどうやってきたかは不明として、つまりその上に乗っかって例えば、国家として村内法に規定されているような小部落、あるいは小部族を統一しようと考えた時に、村内法っていうものをどういうふうに使うかって考えてきますと、一つはやはり、一種、接ぎ木をやるわけです。つまり、全く別のところから法っていうものを持ってきて、そしてその上に覆いかぶさるってなことが言えるわけです。それからもう一つは村内法と言われているものを使うこと、ある程度純化してそして使うことです。だから今まで村内法によって例えば、長老会議とかあるいは市長会議とかっていうようなものが村内の政治的支配をやっていたとすると、そういうものを支配することによって間接的に部落全体を支配していくといような。つまり、一つはその、在来からあった村内法的なもの、つまり部落内法的なものを使う、利用すること。もう一つはそれに対して別の、全く別のところから法を覆いかぶせると言いますか、人為的に覆いかぶせてくるという。そういうふうにしながら統一国家というものの性格を決定していくと。そして、それがある一定の時間を経ますと、そのいわゆる繋ぎ目がわからなくなってしまう。ということがあるわけです。そして繋ぎ目がわからなくなりますと、つまりもともと、日本の統一国家を形成したものが、もともと天皇制の権力であって、そしてその天皇制の権力がかなり古いものである。つまり神話時代まで遡れるものであるっていうような一種の神話っていうものがつくられていくわけです。

3 「天津罪(あまつつみ)」と「国津罪(くにつつみ)」

 その繋ぎ目っていうのは、みなさんはあるいは実感としてはよくわからないかもしれませんけれども、大変うまくできていまして、遡って行くとどうしても、なんかあの国家の価値としての天皇制ってなところにどうしても収斂していってしまうってなことが起こりうるわけです。この問題は文化一般の面でも言えるわけで、文化っていうものの本質をずっと突き詰めていきますとそれはやはり、天皇制国家に収斂していってしまうってな、そういうふうに繋ぎ目がスムースにでき上がってくると、そういうふうになっていくわけです。そこの繋ぎ目のところがよくわからない。
 もちろん、その繋ぎ目に対して一般的に、支配者的な、つまり天皇制的な、つまり統一国家的な法を一般的に、古代において天つ罪というふうに名づけておりまして。それから、つまり村内法的なものに規定されて、天皇制統一国家成立以前から存在したであろう日本人の諸部落、諸部族というものを規定していたものを国つ罪っていうふうにつまり分けまして、そしてそれを両方を統合する形で天皇制国家というのは歴史的に存在してきたっていうようなことが言えるわけです。そうすると、一応そこで、いわば遺文(?)あるいは創文(?)された罪と罰の形態っていうのがあるわけですけれども、その際に部落内法的なもののうちで、例えば自然法に属するものあるいは新法といいますか、宗教と結びついた法律に属するものはだいたい国つ罪という方に包括させまして、それから一応、農耕に関する法みたいなものは天つ罪っていう方に全部入れていく。そういうふうな形でいわば国家を小分して二つに分けていくっていうようなやり方をとってきています。だからその継ぎ目を考える場合に、例えば国つ罪的なものというのはどういうものかと言いますと、どういうものがあるかと言いますと例えば、ある悪いことをした家のところに、例えば鳥なら鳥が部屋の中に、うちの中に飛び込んでくる。そういう場合になぜ飛び込んでくるか。ようするにそこの家のやつはなんか悪ことをしているからそういうあれがあるんだと。そうするとどうすれば解消するのか、それは一応それはお祓いをすれば解消するとか、そういうような形でありますし、また、例えば母親とその子供を犯してはならない、それは国つ罪ってなかに含まれるわけで、それはつまり男女っていうか婚姻を否定するもので、男性がその娘と同時に母親と関係してはいけない。そういうふうなこと、わりあいに自然法的なといいますか、そういう面は、みんな国つ罪っていう方に入れておいて、おそらく国つ罪っていうものの中にも農耕法的な要素っていうのもあったんでしょうけれど、それらはだいたい天つ罪っていう方に包括させてしまうと。そうしますと国つ罪っていうふうに入ってくる範囲が非常になんて言いますか未開法みたいなもので、大変古いものであると。天つ罪っていう概念の中に含まれてくる法が社会的であり、法国家的であり、また、生産関係を規制するものであるというような意味合いでは、非常に高度なものであると。そういうような形にもってきまして、そして天つ罪っていうものの範囲を背負うものとして、天皇制の集団ていうものが存在するというふうに作り上げられてきたわけです。だからそこのところの継ぎ目がよくわからないってことは、大変重要な問題になるわけで、その継ぎ目をはっきりさせれば、必ずしも千数百年前を起源とする天皇制統一国家というものがそれほどの例えば根底があるんじゃないんだということが次第にはっきりしていくというようなことがあるわけです。

4 種族としての日本人の起源

 そうしますと、もっとその、もっとはっきりさせていきますと、そうすると、種族としての、つまり日本民族っていうような場合には非常に単一の純血種みたいな感じを持たせることになるわけですけれども、種族としての日本人っていうのは、あるいは人種としての日本人というのは、何なのかっていうような問題が提起されてきて、そのことはつまり種族としての日本人というものを考えていくっていうことを、考えていきますとどうしても天皇制というものとは無関係であるっていうふうになってくるわけで。その無関係に考えられると。つまり、天皇制の歴史を千数百年として、それよりもはるかに以前のところまで種族としての日本人として考えた場合に、はるか向こうまで視野が届くわけで、そういう考え方をしていきますと、天皇制というものが、あるいは天皇制によって統一された国家というものが、いかに根底の浅いものであるかということがはっきりしてくるわけです。これは別問題であると。
 天皇制、いろんな考え方があって、明瞭なあれを言えないわけですけれど、天皇制の集団っていうのはどこからやってきたかっていう場合に、それは大陸からやってきた、つまり大陸からやってきた、あるいは大陸から水稲耕作といいますか、稲作の技術みたいなものを持ってきてやってきた、つまり、南鮮からやってきた朝鮮人であるっていうふうに考えたほうがいいだろうと、天皇制っていうのは天皇制の集団っていうのはそう考えたほうがいいだろうっていうような考え方もありますし、そうじゃなくて、現在朝鮮人ていわれている種族を飛び越えて、大陸から、大陸のもっと奥の方から来たんだっていうふうに考える考え方もあるわけです。ところで、朝鮮人ではないのかっていうのは、天皇制、あるいは天皇制集団っていうのは朝鮮人ではないかっていう考え方は、天皇制集団っていうのは北九州の人間なんじゃないかって考えることとは、おそらく同じことだというふうに思われます。つまり言い換えれば種族としての日本人ってやつは、いずれにせよ、大変、幾重(いくじゅう?)にも混血にしていて正体がわからなくなるほど混血しているわけです。だから、いずれ北九州起源と考えても朝鮮から来たんだと考えてもまったくおんなじことだろうというふうに思われます。だから、そういうことは騎馬民族説ってなものをとろうと騎馬民族説を否定しようと、まったく意味は無いだろうというふうに僕には思われます。つまり、代々大陸との混血が著しいわけですし、また南方的要素をとってきては東南アジアとか、インドネシアとか、そちらの方からの混血が著しいわけですし、その混血の仕方もまた相当古くまでさかのぼることができるわけです。そうすると、種族としての日本人というのは決して、別に純血種でもなければなんでもないわけで、別の意味で言えば、世界で一番混血が著しい人種だって言えば言えるわけです。だから例えば、みなさんなんかはきっと世界中どこへ言ってもだいたいなんとなく、そこのやつと似てるってい事になるんじゃないかって思います。(会場笑い)これは日本人がヨーロッパへ行っても、どことなく似てるじゃないかってなりますし、またニューギニアの未開種族のなかに入ってもやっぱり似てるじゃないか。もちろん東南アジアか中国でも似すぎるほど似ているわけですし、それから、アフリカ行っても***行ってもどこか似てるじゃないかと。そういう感じで。日常的に国連か何かの中でマイク立ってるやつの顔を見ても、これがおんなじ人種かな思われるほど違う顔にお目にかかることができます。だからそういうな意味で、世界でもっとも混血著しいものであるかもしれません。その中で天皇制っていう全く正体不明なんだっていう、つまり生まれつきが不明なんだって、これをある時期、千数百年前に朝鮮からやってきた朝鮮人であるっていうふうに考えてもよろしいでしょうし、また北九州人であるっていう、大変朝鮮の人も文化高いですから、高い文化と接触して、***したやつが中央までつまり畿内まで進出してきたっていうふうに考えてもよろしいでしょうし、また南方からやってきたというふうに考えてもよろしいでしょうし、結局そういう様々な考え方がありますけれども、その考え方を辿って行けば結局僕らなんであるか、どっから来たかっていっても、大して変わりがないっていう、つまり代わり映えがしないっていうことになるだろうというふうに思われます。

5 天皇制の核心にある宗教性

 そうしますと、問題はどういうところに出てくるかっていいますと、天皇制っていうものが一番なんていいますか、キーポイントっていうものをなしているのはやっぱり、どうも宗教的、宗教性っていうもののなかにあるように思われます。その宗教性の儀式っていうものは、現在でもよくわからないわけです。つまり推測する以外にわからない部分があります。そのもっとも著しいのが、天ちゃんが交代する時(会場笑い)、そういう時にやる大嘗祭っていうのがあるのですけれども、その大嘗祭っていうのの儀式っていうのの非常に中核の部分て言うのは今でもよく本当はわからない。つまり誰も見たことはないんです。つまり見たことはないっていうことはどういうことかって言いますと、それはその当時における、今で言えば佐藤でしょうけども、その当時における関白太政大臣かなんか知らないけども、そういうやつと天ちゃんしかわからない。天皇しか、その非常に中枢の部分はわからない。そういう儀式が、つまり世襲儀式っていうものの中にあるわけです。だから、それはいまだにわからない。つまり公開されているわけでも何でもないし、わかっていないわけです。ただ、様々な記述からそれを推測、こうであるまいかって推測ってのはできるわけで、その推測はまた、人によって違うわけですけども。(黒板を書く音)この即位式みたいなときにはどうするかっていうと、結局、ある方向なんですけども、ある二つの方向からの、二つの方向にある田んぼです。つまり稲作、田んぼなんですけど、田んぼっていうものを設定しまして、その田んぼから採れる稲なんですけど、それを***に持ってくるとそして、大嘗殿(?)っていう中に二つの悠紀殿と主基殿っていう、わからないですけど本当は、この二つのあれを設けて、その両方でできてきた**して採ってきた稲、穀物とかなんかを食べるっていう、食べる儀式があるわけです。食べる儀式ってのは何を意味するかというと、つまり、一種の共食儀礼っていうやつで、つまり、神と一緒に何かを食べるということでなんかその、神霊っていうものを自分の中に体得する宗教的な意味合いの儀式なんです。もう一つは(黒板を書く音)、ベッドを敷きまして、その中で、さぁそこは見てきたような嘘になるわけですけど(会場笑い)、その中で、それにくるまるというような儀式があるとされているわけです。つまりくるまるという儀式はなにかと言いますと、僕の考えは性行為だって言うふうに言います。それで、性行為で、こっちのほうは神様でこっちは天皇であるのですけれど、こういう儀式、こういうあれだと思います。それは、神またはその体現した人との性行為であるというふうに思います。うんとさかのぼった時期、近代ではこっちの方の女性は居ないんだっていうふうに思いますけども、それも推測だからわかりませんけれど、居ないと思います。ある時代には、これがいわゆる、太夫っていいますか、つまり巫女さんだと思います。巫女さんの最高の位にいるそういう巫女さんだと思います。そういう巫女さんと実際的に性行為がしたっていう時期があると思います。今ではおそらく形式だけでこっちは誰もいないってことになっていると思いますけれど、それもよく本当はわかりません(会場笑い)。それが性的行為の象徴である。そういうことによって、なんでしょう、これは一面では、つまり農作物に対する、つまり農耕の儀礼ってな意味合いで、つまり農作物が実るようにっていうような意味合いの儀礼と結び付けられた性行為の象徴であると思います。基本的に言いますと、例えば、天皇制の世襲の際に行われる儀式は、神との共食というような意味合いの儀礼と神との性行為というような儀礼、その二つからなっているだろうと推測します。そのようなものの中の本体っていうものは、公開されているわけではありません。依然として中核部分はわからないってことがあるわけです。

6 天皇制の命運は宗教的タブーの問題

 もう一つわからないということは、これをやらしてくれればすぐにどういうやつかわかっちゃうっていうことがあると思います。一応、畿内とか大阪府下、奈良とかそっちのほうに行くと、天皇の墳墓だっていわれている古墳があるわけです。これを調査さしてくれれば、すぐにわかると思います。調査させてくれれば、天皇がどっからきたのか、どういうやつかっていうのはすぐにわかると思います。ところで現在でもこれは、許されているわけではないわけです。つまり許されておりません。そういうな意味合いでのタブーってのは、たくさんあるわけです。タブーってのは禁制ってのはたくさんあるわけです。だけどももしこの禁制が解けてしまえば、解いてしまえばおそらく天皇制は命運は尽きるっていうふうに僕には思われます。
 現在でも例えば、政治的に言えば命運は尽きているわけで、しかし僕には命運は尽きている言い方っていうのの中には大変な安直さっていうのが含まれているような気がします。それはなぜかって言いますと宗教性っていう、宗主としての天皇制っていうようなものの側面が無にされてしまうからです。たとえば、みなさんはご存知かどうかしらないですけれど、六十何年ごろだったと思うんですけど、深沢七郎が『風流夢譚』っていう小説を書いたんです。『風流夢譚』っていうのは、一種の荒唐無稽な高級落語みたいなものなんですけども、その高級落語のなかで例えば「天皇の首がコロリと落ちる」とかってさかんにそういった描写がたくさんあるわけです。それで、引っかかって、引っかかってっていうことはつまり、なんて言いますか、怒るやつがいて、版元の全然関係のないお手伝いさんを殺してしまうってな、そういう事件があったわけです。そういう事件でさえ、いろんな人がいろんなことを言ったんですけど、ひとつは、例えば中野重治なんかはどういったかというと、深沢七郎の「天皇の首がコロリと飛んじゃう」とか「皇后の首がコロリと飛んじゃう」とか「皇太子妃の首がコロリと飛んじゃった」っていう、そういうようなことを書くのはよろしくない。なぜならば、革命が起こった暁には、ちゃんと正規に裁判にかけて(会場笑い)、そしてすべてであるものだとそういうふうに、そういうふうに天皇制というのはあるものだと。それを「首がコロリ」っていうのは良くない(会場笑い)、それは象徴であろうとそれは良くない、っていうふうな発言をしてるわけです。
 しかし、僕の考えでは、天皇制っていうのは例えば現在の資本主義が倒れれば、倒れます。倒れると僕は思います。つまり一緒に倒れるわけです。だけど、その時倒れるということはあんまり問題じゃないんです。問題じゃないっていうのは、そういう意味であって、日本国憲法っていうのは、天皇に政治的な権力を付与していない、与えていませんからそういう意味では問題にならない。だけども、裁判にかけるっていうのは問題で、僕は無いと思います。そういうことはあんまり重要でないし、また、政治権力としての天皇制っていうのはあんまり重要、問題、重要ではないと思います。それは現在の政治権力が倒れれば、根底的に倒れれば一緒に倒れるというような。しかし問題はそういうことじゃないのであって、そんなこと倒れるとか倒れなくてもね、依然として宗教性としての天皇制ってのは残るんですよ。もし今日来てなければ(?)、残るわけです。そのことは大変、重要なことなんで、いくら政治的に処理してもどうしようもない重要な事なんで。そのことはやっぱりはっきりさせなければいけない。つまり、タブーっていうのは全部はっきりさせなければいけない。つまり、はっきりさせるようなあれを設けなければいけないっていうことがあるわけです。だけれども例えば、そういうフィクションの中では、あるいはその、首がいきなりコロリっていうような、そういうことを書くのはよろしくないっていうような、そういう左翼的な文学者っていうものの言い方の中に、たくさんの虚偽が含まれているので、本来的に言えば僕はそういうものじゃないだろうというのは、裁判する必要もなしに政治的には、現在の日本資本主義が倒れればいっしょに倒れると思います。
 だけれどもそうじゃなくて、問題はそんなところになくて、つまり裁判なんかで律しられる何かではなくて、もっとタブーであり、宗教性でありってのは、そういう部分が天皇制の非常に重要な部分だっていうふうに思われます。これは、歴史自体ってものを考えてみても、天皇制が直に、天皇が直に政治的権力も同時に掌握したっていう、掌握し、かつ律令制的にも手腕を発揮したっていう事例っていうのはおそらく数えるほどしかないので、大部分は間接的に、つまり一種の宗教性として、あるいは宗教的な司祭と言いましょうか、神主と言いましょうか、そういうな集団として存在してきたのです。そしてしかし、依然としてそこにあるタブーってのは、非常に基本的なもの、本質的なものであるために、そのタブーに手を付けない限り、直接的に政治権力を掌握してなくても、あるいは単なる神主に過ぎなくても、しかし、その神主性の中に非常に本質的な問題が含まれているために、世々存続してきたというふうに思われます。そのことは、裁判沙汰でもなければ首がコロリっていう問題でもない。両方でもないと思います。つまりそこのところは、一種の天皇制にまつわるタブーってのは、現在でも現に存在するわけですけども、そういうことってのは例えば、無いわけです。例えばイギリス、英国なら英国の君主ってのがいるわけでしょうけれども、しかしその場合にその祖先はどうであったとかなんとかっていうことについて、調査したり研究したりすることはタブーであるなんてことは、全然ないのです。その逆なんです。つまり、そういうことはもう徹底的に調査もさせますし、研究もさせて、はっきりしてるわけです。ところで日本の場合だと、いくら新憲法のなかで単にその国民統合の象徴だっていうふうに言われている、つまり政治的なあれがないように見えても、しかし依然としてそういう法律があって、決してそれを調査することもできない。研究することもできない。そいで何やらわからない儀式をやるっていうのは、依然としてあるわけです。こういうタブーっていうものが存在するっていうのはちょっと、日本は例えば近代、世界に冠たる近代国家だとして、しかしそんなタブーが存在するなんてことは、どこにもないわけです。そういうことに手を付けられない限りは天皇制っていうのは本質的な意味合いでは、なかなかなくならない。つまり政治権力から遠ざけることもできますし、あれもできるでしょうけれど、なかなか威力を失わないってことがあると思います。それはフロイドではないですけれど、タブーがあるところに関心が集まり、またもっとも関心が集まるべきところにはタブーが設けられている、ってそういうなもんで。つまりタブーを破れない限り、本当の意味では破れないのではないかっていうふうに思われます。

7 天皇制のふたつの軸──海来神信仰と祖先信仰

 そうしますと、例えば天皇制が宗教的な権力として持っている、権力の構造ってのは、いったいどういうことを意味するかと申し上げますと、それは一つは、この方位性といいますか、方角性といいますか、そういうものに還元できるわけですけれど。一つは(黒板を書く音)、一つは、外来神といいますか、海来神といいますか、その宗教性の一つの軸は、つまり、どっか外から来た神、あるいは海の向こうとか海の彼方とか、そういうところから来た神というものに対する信仰っていうふうなことが非常に基本的なことなんです。どっかの方向のこの土地でないどっかから神はやってきたっていう、そういう宗教性で、そういう信仰ってのは一つの基軸なんです。それは例えば、日本なら日本が島っていうことに多く依存するわけですけれども、あるいは島を、海をわたって、いずれにせよいつかの時代に来たんだっていうなことに関係するわけですけども。その外来神、あるいは海来神っていいますか、どっか向こうから、どっかほかのところから来たんだって言う、それは、どっかの方角、どこの方角かわからないけれども、とにかく海の向こうから神がやってきた。あるいは自分らの祖先がやってきた。そういう意味合いの信仰っていうのが一つの軸で。この軸は(黒板を書く音)、その軸は、一応、天っていう、天というのは上方っていうことですけども、天皇とか天孫とか天つ罪とかっていうふうに、天っていう字を当ててありますけれど、この天なる意味っていうのはつまり上の方、なんか人間よりも上の方っていうことなんでしょうけれど、その上の方っていう概念は本当は、単に上の方っていう意味合いでなくて、むしろ海という字を当てたほうがいいってぐらいに海来神っていう、海の向こうになんかあの神が居て、あるいは神の領土があって、そこからやってきたっていうような意味合いで、つまり海来神って言ったほうがいい意味の、海という意味の「アマ」っていうのを当てたほうがいいくらいに、外来神信仰っていうもの、つまり外から神がやってくる、他からやって来る、海をわたってやってくるというような、そういう信仰の構造、あるいは宗教の構造ってものが、天という字を当てる、つまり元来人間よりも非常に高いところにいる、つまりキリスト教的に言えば「いと高きところにいる」っていうそういうふうに当ててありますけれど、それは空間的に言って、向こうから来たんだ、つまりどっか海を渡ってきたんだ、あるいは海の向こうにはなんか非常に極楽浄土みたいなところがあるんだ、神の国が在るんだ、そういう宗教構造の表れというふうに理解したほうがいいと思います。だからむしろ、天という字よりも海という字を当てたほうがいいくらいに、それが天皇性の持っている宗教的な側面の一つの重要な軸をなしていると思います。
 それから、もうひとつの軸は、一種の祖先崇拝みたいなものが、祖先崇拝が極まるところ、先ほど言いましたように、法的な継ぎ目っていうのをなくしてありますから、祖先崇拝が極まるところずっと突き詰めていくと、宗教性としての天皇ってものに行き着くっていうのは、世代的なといいますか、時間的なといいますか、そういうものをさかのぼった時に天皇に収斂するっていう、そういう軸があります。つまり、その軸は一見すると非常に時間性なんですけれども、時間的な構造なんですけども、しかしそれは本来的に言えば、かなり天皇制以前に存在した、つまり国家以前の国家とか、あるいは部落とか村落とかそういうものの祖先崇拝っていうものに行き着くわけで、わりあいに本来的にはそういう時間性と見えるものは本来的には空間的なんです。つまり土地とか日本国国土とか風土とかそういうものに結びついた信仰概念なんです。つまり、宗教概念なんです。それは、それをいわば時間性として、祖先をずっと遡っていきますと、どっかに本当は継ぎ目があるはずなんですが、継ぎ目が無くなっているから天皇に行き着いてしまう。宗教性としての天皇に行き着いてしまう。つまり時間を遡って行くとそういったふうにできているんですけれども、人為的に出来ていますけれどしかし、本来的に言えば大変空間的な、土俗的な概念です。つまりその土地に住まったものが、本来ならば部落のあるところに、部落共同のお祀り場所を設けて、そこを拝むっていうような、そういうものであり、本来は非常に土俗的な、ゆえに空間的な概念なんです。だけども、法的な体系、あるいは宗教的な体系としてそれらの繋ぎ目がなくなっていますから、それをずっとたどっていけば天皇制の宗教に収斂してしまうっていうふうに、かえって時間構造的になっているんです。しかし本来的には、大変空間的なもの、あるいは土俗的なものなわけです。それから、本来、向こうからやってきたっていう、本来は空間的な、つまり海の向こうから神がやってくるとか、海の向こうには神の国があるとか、そういうような本来空間的な形で出てくるのが本当は時間的な概念であろう。信仰概念であるというふうに言うことができます。おそらく天皇制の持っている宗教構造は、おそらくその二つから成り立っているわけです。

8 天皇制国家の構造

 その二つの最も、実証的な本質っていうものが、依然として現在も存在する法的なタブーのために、依然として不明なままでいるわけです。だから、外来神信仰でも天皇制集団っていうものが、海の向こうからやってきたということをイメージするから外来神信仰ってものが出てくるっていうふうに言えるかどうかっていうことは、本当は未確定です。本当は確言することはできません。ただ、天皇制が持っている宗教的な側面っていうのは良く分析してみますと、いずれにせよ祖先崇拝みたいなものの行き着くところの天皇制であるということ、それから、外来神信仰というものが行き着く果てとしての天皇制っていうようなところに、天皇制の宗教的な側面というのが収斂すると思います。その収斂の仕方、本来は別に天皇制に固有なものでないはずなんですけれども、それを固有なものであるかのように、作り上げられているのは、最初に言いましたように法国家、あるいは法権力としての天皇制国家というものがわりあいに、法の繋ぎ目っていうもの、つまり在来的なものとの繋ぎ目っていうものをわりあいにうまく包括しているというところによると思います。だから包括しているところをたどっていく限りどうしても、収斂するところは天皇制ってなところに行ってしまうっていうのは、それは単に宗教、法、あるいは国家っていうようなことだけではなくて、文化、つまり一般に上部構造、あるいは観念(?)構造といわれているもの、それら全部なんとなく**に収斂するところは天皇制ってなところに行っちゃうっていう、そういう構造があって、それがおそらく例えば、僕らがあの戦争中に単に自分が無知であったっていうことだけではなくて、どうも**解けない問題があるっていうふうに感じたことの非常に基本的なところにある構造だと思います。そして、それはまた、逆な意味ではみなさんにとってはあんまり、天皇制なんかってのはあんまり**には普段**ってないってのは、かえって逆にそんなのは全然関心ない、あるいは関係ないってなふうにみなさんの方で、ということは戦後に成って思われてきていて、れっきとした左翼文学者でさえ、首をコロリってのはよくないとか、裁判にかけてあれするべきだとかいうことを言うっていうのは、そういうような逆な意味での、無関心て言いますか、そういうなところに到達していると。僕らの戦争中のなんか愚かさと現代におけるみなさんの鼻にも引っ掛けないっていう、そういう面、あるいは全然違うんだ、あれは別問題だ、世界が違うんだから関心ないっていうような、そういう意味合いの無関心の関心みたいなふうに戦後はなっていって、戦前はまた愚かしくなっていってっていう、そういう、裏目返したいなふうになっている点はおそらく、今申し上げましたとおり、天皇制の宗教としての側面と言いますか、そういうものの基本構造っていうものがうまくつかめていないっていうことに由来するだろうと思われるのです。僕らは、そういうふうなことに引っかかってきましたから、どっからそれじゃぁ、天皇制の持っている宗教的な構造って言いますか、宗教的な権力と言いますか、そういうものがどっから崩せるかってふうに考えた場合に、どうも今申し上げましたとおり、繋ぎ目、法国家としての法権力としての繋ぎ目ってものをはっきりさせるということが一つであります。もう一つは天皇制以前の国家、あるいは天皇制ならざる国家、以前から存在した国家、国家以前の国家とか、部落の集合としての国家とか、そういうものの性格を非常にはっきりさせるってのは、そういうことをもう一つは、明らかにすることによって、おそらくは突き崩れるのではないかと考えているわけです。なんかこういうところ、みなさんの問題意識からかけ離れてしまうかもしれないですけれど、僕はやっぱり無関心の関心というのは、わりあい危なっかしいんじゃないかっていうような感じがしないでもない。それから、天皇制の問題を、つまり政治権力の問題として捉えればすでに政治権力としての天皇制ってのは存在しないわけですから、だから、象徴としての権力でしか存在しないわけですから、そういう象徴としての天皇っていう曖昧な言い方の中で、言い直されてしまうような問題ってのがあるわけで、だから、単に政治的側面、あるいは経済的側面ということだけではなくて、わりあいに宗教性として持っている基本構造ってなものをはっきりさせるっていう課題は、今でも依然としてあるんじゃないかっていうふうに思われます。

9 沖縄には天皇制をくつがえす理論的根拠がある

 それから、今のところ僕らが考えている、材料としてといいますか、そういう候補として考えられるのは、だいたい日本の南の方、琉球沖縄の問題なんですけれども、琉球沖縄の問題は決して単に米軍基地が存在して、基地の連中に迷惑しているという意味合い、また基地の存在なしには経済的に成り立たない部分が多数存在するってなことでもないし、ことだけで終わるわけではないし、また、本土復帰なんてことを言って、それで終わることでもなんでもないんで。本来的に言えば彼らが、彼ら自身で本土中心、言ってみれば天皇制統一国家中心に描かれてきた本土の歴史っていうものを根底から突き崩すだけの問題意識と研究と学問と思想と引っさげて、そして本土と一体になるんでしたらそれなりにも意味合いがあると思うんですけれど、そういうことを抜きにして、本土と復帰したってどうっていうことは無いわけで、つまり「行くも地獄、帰るも地獄」っていうやつで、あまり良いことが無い。どっちにしたって良いことは無いに決まってる。その良いことは無いに決まってるっていうことは、どういうことかって言いますと、仮に例えば復帰したっていうふうにしても、考えたとしても、つまり、本土から見ると国家の一つの僻地って言いますか、僻地とか辺境とか、つまり離れ島とかね、そういうような意味合いのイメージしか持ち得ないって言うことなんです。僻地とか辺境とか後進地帯とか離れ島とかっていう概念があるわけですけど、例えばアジア**の後進地帯とか、後進地区とかそういう言い方が在るわけですけど、その言い方っていうのは、先程からのあれで言えば、大変空間的な概念に過ぎないので、つまり僻地とか辺境とか後進地帯とかって言うのは、そういうものっていうのは、一般的に文化、あるいは文明の遅れた地帯とか遠いところってのは、空間的概念ってのは、本当はそのまま真っすぐに時間的な概念に変えられなければいけないわけなんです。つまり変えられる原則が無ければ、いけないわけです。だから、後進地帯あるいは後進国とか、未開地帯とか未開国とか、そういうような**に地域的な概念、あるいはアジアとかヨーロッパとか、わりあい地域的な概念っていうものは、すぐに時間的な構造の中に入れられなければならないわけです。だから例えば、マルクスなんかが、アジア的生産様式とかアジア的専制っていうそういうな言い方をするときには、たしかにインドならインドをモデルにして、アジア的生産様式っていうような概念を掴んでくるわけです。すぐに、例えば古代なら古代に対して前古代的というような、つまり歴史概念の中にすぐに直せるような意味合いで、アジア的生産様式っていうような言葉、概念が使われているわけです。だから、そういうことは例えば、琉球沖縄っていうのはいずれにせよ本土に復帰したってそれは僻地だろう、あるいは辺境地帯だろう、あるいは南の方の果てにある不毛な一つの県ですね、以前沖縄県っていう一つの県に過ぎないっていうふうにしか、見ないわけです。しかしそうじゃないんだ。県にしか過ぎないっていう例えば、琉球沖縄ってのをとってくると、そこを根底的に突っついて行きますとだいたい日本の統一国家、言い換えれば天皇制国家っていうものよりはるかに以前に、はるかに根底かつ、わりあいに種族的な、混血した種族ですけれど、混血した種族にかかわらず種族的な根底が天皇制国家の起源っていうものを、いかに脆弱かっていうことを、脆弱な根拠しか持っていないかってな、そういうことを本当は、そういう問題を突きつけることができるってな、そういう意味合いを、つまり天皇制国家以前的って言いますか、国家以前的国家っていうものの本質が、例えば沖縄とか琉球とかにあるんだって、例えば、問題を解けていけば、天皇制国家っていうのは根底から、国家の歴史ってのは根底から、ホントは覆すことができる理論的根拠が得られないことはないというふうに思われます。つまりそういう意味合いでは、ちっとも辺境ではないわけです。辺境の離れ島でも何でもないのであって、そういう意味合いでは、歴史概念の中に、あるいは歴史概念の中で位置づけることができるってのは、そういう意味合いを持っているわけです。
 だから、そういう意味合いを踏まえないような本土復帰運動っていうのは、それは一種の民族歴史的な形になっていくのであって、さて本土復帰してみたけれども、本土復帰の名目ってのは例えば、自民党がみんな取り付けてしまった、アメリカが取り付けたと、そうしたら名目が何もなくなっちゃってどうしていいかわからない。それで、本土のやつらは冷淡でしょうがないっていう沖縄の労働運動の指導者がほざいたってそんなのはしょうがねいわけで、てめえが馬鹿だからそういうだけ、つまりてめえが馬鹿だってことは、ようするに自分たちが自分たちで持っている、単に空間的に日本の本土から離れた離れ島であり僻地であり、ってのは、そういう概念しか、いつも、昔からそうなんですけど、無いもんですから。つまりしかし、そういう僻地であり辺境であるっていう概念の中には、根底としては日本国家、言い換えれば天皇制国家ってものを**な根底を突き崩せるの、ちゃんと根拠があるんだってのは。一種の辺境である、あるいは離れ島であるってのはそういう空間的概念をつねに僻地性、あるいは時間的概念に直せるだけの思想原理っていうなのを、彼らは持たないで、そういう復帰運動みたいなのをやるもんだから、なんか名目をとられたらどうしていいかわからない。それじゃ、どうせ返すんだから、少し意地悪なことをしてやれって言うわけで、基地労働者の首を切ったりされるとどうして良いかわからないっていうなふうになるでしょう。労働運動なら労働運動を支配している一種の思想なんですけど、そういう思想っていうものが大変一面的だからです。言い換えれば、単に空間概念に過ぎないからです。つまり後進国とか先進国とか未開国とか、あるいはアジア・アフリカ革命とか毛沢東のように言うんでしょう、つまり後進国革命ってな、そういう空間概念しか持っていないからだと僕には思われます。だからそういう空間概念というのはすぐに、すぐに歴史概念に変えられなければならないということはあると思います。だから、おそらくそれは現在の単に沖縄琉球の問題だけではなくて、ベトナムの問題を考えても、カンボジアの問題を考える場合も、これは後進国における、ある局地的ななんとかだっていうふうに捉えたら、間違えるんだって。そういう捉えから自体の中にすぐに一種の歴史概念としてすぐに、その問題はここだっていうような問題に、つまり自分たちの問題に、転換して考えることができるというそういう考え方を持てない限り、やはり依然として後進国革命とか、辺境地区の戦争だとか、局地戦だとかそういうような概念でしか、それを捉えることができないということが起こると思います。

10 天皇制の課題と普遍的な課題

 この問題は、様々な形でこれからも問われていくと思いますけれども、なにせ本来的に言えば、日本の天皇制の出身、あるいは起源がわからないし、また、そこに依然としてタブーがあって、法的なタブーがあって、そこを手を付けると怒るというな、罰せられるというな、そういうようなあれがあるんで、そういうものがあれがある限りは問題にならないわけで、それをタブーにしたまんまで、資本主義が倒れれば倒れるんだというようなところで片付けても、また裁判にしてあれすればいいんだとか、民主的裁判にするんだとか。***首をコロリというそういうフィクションを書くやつがいるという、そういう塩梅でして、つまりそういう問題というのは、わりあい、扱いとしては非常に特殊なものを扱っている、あるいは特殊な日本国家、日本統一国家の特殊な側面を扱っているにすぎないのですけれど、特殊な面を扱っているにすぎないけど、その中からやはり一つの普遍的な課題、つまり空間的にも時間的にも直ちに転換できるような普遍的な課題っていうものが、同時に解かれるっていうような形が、存在しない限りは、依然としてタブーはタブーとして、依然としてあんなものは大したことねえんだっていうものは大したこと無いんだっていう形で続くし、無関心の関心は無関心の関心で続くわけです。また、僕らがかつてやったように、愚かなことをやるやつはまた愚かな、愚かな考え方をとるやつはまた依然として愚かな考え方をやめないっていう、そういうことが続くんではないかっていうふうに思われます。
 わりあいに、習性ってのは、そういう危険っていうものを外してしまいますと、わりあいにアジア的な特殊性、アジア的様式ってものの中に解消することができるもんで、アジア的様式の最たるポイントっていうのは、やはり共同体の規制っていうものが経済的にも、あるいは政治的にも、あるいは宗教的にも、あるいは風俗習慣としても大変強いっていうこと。だいたいアジア地区ってのは不毛地帯が多いですから、つまり、少なくとも農耕的には不毛地帯が多いわけです。その不毛の最たるものは水、水ですよ。つまり灌漑、田んぼやなんかの灌漑、水利構造どうするかっていう問題に帰着するわけで。そういう点で不毛なわけだから、元来、田んぼの灌漑工事ってのは、大規模な工事ってのは、個人あるいは村落内で処理しきれないで、大規模な工事を必要とする。そうすると大規模な統一的な共同体の支配者が、それを担当してやらせるというのは、そういうようなことから強大な力、あるいは権力が共同体の中に与えられてしまうというような、そういう面とそれから、いずれにせよ、文化的には**から大陸に向かって大変遅れているわけで、上層だけはそれをすぐに****、技術だけでなくて、人間も一緒に連れて行くってのもできたわけですから、わりあい安直に文化は文明問題は考えられやすいってのは、そういうことがおそらくアジア的な特徴の一番基本にあるところで、そういう問題ってのもまた、現在に至るまで、依然として解かれてはいない。つまり現在に至るまで持ってくりゃいくらだって簡単に文化文明の波を持ってこられる。そういうな面が、そういうな安直な面が依然としてあります。また安直さの中でのインターナショナリズム、******もありますし。
 そういうような形で、依然としてその問題ってのは、様々な側面で引きずっているように思われます。こういう面が、解かれていくのはこれからなんでしょうけれども、しかし、********なところに依然としてタブーが存在するってなことは、やはり、僕らが考えの中にあえて入れておいたほうが良いのではないかっていうように思われます。これからこういう問題は、はっきりされて行くと思いますけれど、問題はそのはっきりされ方が、正当かどうか。正当な意味合いではっきりさせられるかどうかってなことが依然として思想的な問題として、今後の課題としてかかっているというふうに思われます。この問題に対しては、みなさん***、僕には免除されているわけではないんだって思われるんです。だから、この問題も、解決っていうのは依然として、ある考え方からすれば大変重要な課題ですし、また、ある考え方からすれば緊急な課題であるというふうに思われます。別に国家権力の側面というのは、単に宗教的な側面でも無ければ、経済的な側面だけでも無いわけですし、また社会的な側面だけでも無いわけですけれども、ここでは、特に、すでに成立している権力としては無くなってしまうように、無くなってしまっているように見える象徴権力ってものが、国家として本当はかなり、根深い意味合いを持っているものだということを今日はお話をして、と思ったわけです。一応これで終わります。(拍手)

 

 

 

テキスト化協力:まるネコ堂さま