今、おほめの言葉ばかりで困ってしまうんですけれども、今司会者の方が言われたように、「いじめと宮沢賢治」という短い原稿をある人に頼まれて書いたのが、きっとお目に止まったんだと思います。それはちょうどいじめで遺書を残して自殺した中学生のことが話題になっていたときであり、それをそのまま直接的に結びつけて書くだけの自信がなかったといいましょうか、新聞みたいな独特の表現法がありまして、そういうふうにいじめ問題を説得力があるように書くというあれもなかった。関心は、そのとき自分も親としてあったんですけれども、そういう書くあれはなくて、それでは何を書こうかと。向こうのほうの注文は何でもいいですよと言われたんです。何でもいいですよと言われますと、かえってやりにくいということがあったんです。
それで、困ったんですけれども、あたかも思い浮かべたのは、宮沢賢治という人の童話は、ある意味では、ほとんど全部がいじめ問題ではないかというふうに読むことができるわけです。それで、自分がそのとき感じたものとか、新聞で?関心を喚起されちゃったそのいじめの問題と、宮沢賢治と僕は長い付き合いですから、そういうことを絡めて何か短い文章を書けということで書いたわけです。
僕は学生時代、旧制の高等工業学校時代、山形県にいまして、そのころが宮沢賢治にいちばん最初に引かれたという時期で、僕は宮沢賢治の生家を訪ねたファンのなかではたぶんいちばん古いほうなのではないか。もう半世紀以上たちますけれども、訪ねていったんです。花巻駅で降りて、道を歩いているとおばさんがいて、宮沢賢治の家はどこなんだろうかと言ったら、非常に親切に教えてくれました。
そうしたら、これはもう印象があやふやなんですけれども、荒物屋さんというか、雑貨屋さんか、何かそういう印象の店だったと思いますけれども、そこに案内してくれまして、弟さん、清六さんという方もいまして、出てこられまして、詩碑だけはそのときにもう立っていたんです。…?…協会というのをやっていた…?…の一画なんですけれども、そこにあって、その詩碑のところに行くにはどういったらいいでしょうかみたいなことを言ったら、その弟さんという人が親切にしてくださって、そこを訪ねていって、米沢市にいたんですけれども、そのまま米沢市に帰ってきた。学校はサボったんですけれども、帰ってきたのを覚えています。
それがいっとうはじめの、僕の宮沢賢治の付き合いだったわけです。いじめ問題ということで、それと絡めて作品を読みまして、いくつかの思いがけないいじめ問題についての考え方というのが宮沢賢治にあるわけです。いじめの問題の専門家みたいな人とか、今のいじめ問題でいろいろ言われている考え方と、一つだけものすごく違っているところがありますけれども、それは何かと言ったら、いじめるほうについては、それほどあれがないんですけれども、それを何か言っていないんですけれども、いじめられるほうの人間といいますか、子どもといいましょうか、子どもは要するに聖だと言っていると思います。
つまり聖というのはセイントといいますか、つまり非常に尊い人だといいますか、尊いものだということを宮沢賢治はおのずから言っているように思います。それはあらゆるいじめ問題についても、その当時だって、今でもそうですけれども、見解のなかで著しくほかの人と違うところで、いじめられるほうが偉いんだと言うと、ちょっと違うんですけれども、人間として純粋なんだとか、人間以上の何か持っているんだというふうに言っているところだと思います。つまり聖だと言っていると思います。
それは、もちろんいじめられるほうに対する一種の同情といいますか、応援するといいましょうか、同情するといいますか、そういう意味合いもないことはないんですけれども、宮沢賢治という人は仏教的な日蓮宗の信仰の人ですから、つまり一種、仏教的慈悲心みたいなものが自分のなかにあって、それでいじめられるほう、そっちのほうが純粋で、ある意味で人間以上の存在なんだということを言っているところが、今のいじめ問題のいろいろな考え方と違うところだと思います。
そういう問題を少し整理してお話ししてみたいと思います。宮沢賢治には、まるでいじめ問題の典型みたいな作品というのがいくつかあります。そのなかでわりあいに僕らもよく知っているし、一般によく読まれてきている作品のなかに『よだかの星』という作品があります。よだかというのは醜い鳥だということを、宮沢賢治の描写で言いますと、よだかというのは、顔が醜くて、ところどころにみそをつけたようなまだらになっていて、くちばしは平たくて耳まで割けている。足はまるでよぼよぼで一間とも歩けません。ほかの鳥はよだかを見ただけでいやになってしまうという具合だというふうに描写されています。つまりそのために鳥の仲間から仲間はずれにされているわけです。
それから名前からいってよだかですから、よだかという名前ですけれども、別にタカの種族ではなくて、かわせみとか蜂すずめとかそういう種の仲間の鳥なんですけれども、ほかのかわせみとか蜂すずめなんていうのは、食べるものも魚をとってとか、花の蜜をとって食べるとか格好いいわけですけれども、よだかというのは羽虫をとったり、甲虫を取って食べるという、言ってみれば、同じ仲間から悪食であるといいましょうか、そういうのと顔が醜いということで、いじめられているわけです。
いちばんひどいいじめ方をされたのは鷹からであって、お前、よだかという名前が付いているけど、お前、鷹とは全然関係ないじゃないか。われわれとは関係ない。だからだいたい名前を変えろと言われるわけです。どう変えるか。それは童話によりますと、市蔵という名前に変えろと。市蔵という札を首に引っ掛けて、鳥の仲間を全部訪問して、市蔵と改名したとやってこいと。もし少しでも行かないところがあったら、おれが明日つかみ殺してしまうからというふうに鷹に言われて、しかたなしに首に市蔵と書いた札をひっかけて訪問していくわけです。
そして、よだかは途中で自分はとうてい鷹の注文どおりに、どこもくまなく回って、市蔵だというような妙な名前に改名したということを告げられるという自信はない。そうすると、やっぱり明日は自分は鷹につかみ殺されることになってしまうと考えて、つくづくいやになるんだけれども、どういうふうにいやになったかといいますと、つまり自分はそういうふうに鷹に仲間はずれにされているだけではなくて、つかみ殺されてしまうような存在だ。しかし、逆に今度は羽虫とか甲虫から見れば、自分は羽虫や甲虫をえさにして食べることで自分は生きて、甲虫とか羽虫は死んでしまうんだという一種の生物のそういう循環みたいなものがあって、それがつくづくいやだというふうに思うわけです。
それで自分はもう死んでしまおうと思って、飛びながら、どんどん上空のほうに飛んでいくわけです。空気が薄くなるし、ぼんやりするしという感じで草むらの中に落ちてきて、また思いなおして、また空に飛び上がるというふうなことを何回か繰り返して、空気は薄くなるし、頭はぼんやりして、何が何だか、空へ上っているのか、下りているのかもわからないというふうになりまして、それでよだかは星の近くまで行くんです。
本当を言うと星の王様である太陽のところへ行って、自分は死ぬんならそこへ行くんだというふうに行くわけですけれども、途中で太陽に話しかけると、お前が考えているようなことは、星に聞いたほうがいいと言われて、大熊座みたいな星座を訪ねていって聞くんですけれども、やっぱり親切に答えてくれる人はいなくて、要するにどうせお前はみそっかすなんだみたいな対応といいますか、言い方をされるわけです。それでもう自分には生きていくよすがみたいなものはもう何もなくなったというふうに思って、それでどんどん意識がなくなるんですけれども、どんどん上空のほうに上がっていく。
いつの間にか、自分の体が燃えるような感じがしてくる。そこのところで、息絶えてといいましょうか、自分はよだかの星といいますか、星に自分が変身して、それは死んでということですけれども、自殺して変身してよだかの星になった。そして、それは今でも燃えるような輝きをしているというふうなのが『よだかの星』の粋なんですけれども、これはよだかというものの代わりで、たぶん最初に遺書を残して自殺したという中学生のことを本当に象徴して、そのとおり象徴しているような作品だと思います。
なんて言いますか、結局ここでも宮沢賢治はいじめられて、だれもちゃんと相手にしてくれないというよだかを最後には燃えて、そして星になったというふうにさせているわけで、つまりこれも一種のいじめられた者は聖なる人間になるということで、あるいは聖なる人間なんだということの非常に象徴的な描写だと思います。
そういういじめの話になってしまうと、生々しくリアルになって、童話的感動が中断されてしまうんですけれども、今のいじめの一般的に言われている考え方とか、学校の扱い方とかというのに、僕もちょっと違う考え方を持っているところがあります。それは何かと言いますと、宮沢賢治のような立派なものではないんですけれども、ただ実感的にいじめの経験もありますし、いじめられた経験もあるということから言いますと、僕は子どもたちのいじめ、いじめられの世界に対して、親とか先生とか文部省とか、そういうところが介入してくるということにまったく異論を持っています。介入すべき問題ではないと思います。介入したって、それは不可能でしょうと。
つまり子どもの心の世界というのは、もし皆さんが覚えていたらすぐわかると思うんです。忘れたらもう忘れちゃっていると思いますけれども、僕は少し覚えているからわかりますが、小学校の上級生ころから中学の最上級になる手前くらいの年齢の子どもの世界というのは、少し誇張して言いますと、魔法の世界だと思います。つまり普通の常識が全然通用しない、少なくとも大人の常識は全然通用しないと自分の実感ではそう思っています。
つまり、それは一種の魔法の独特の価値感を持った、独特の閉じられた子どもだけの世界で、それは大人がいかに介入しようとしたり、理解しようとしたりしても、それは無理でしょうというところが、どこかにあるという世界だと思います。だから先生とか父兄とか文部省とかが介入する余地はないでしょうと僕は言いたいところがあります。つまりわかるはずがない。大部分のところはわかっても、ある非常にいちばん重要なところ、そういう年代の子どもたちの世界はわからないです。わからないのが本当ですよというふうに言いたいところがあるわけなんです。
それだけのばかばかしい世界だと言えば、ばかばかしい魔法の世界みたいなもので、僕は自分の経験がありますけれども、クラスに転校してきて、二年か三年、家の職業の関係であれが遅れているという年長で大人びた悪がきがいまして、それに僕だけじゃなくて、クラスが全部いじめられました。たとえばそういう子どもの世界ではすごく権力を持っている、あるいは何かあるんです。つまり持つだけの理由があるんです。腕力が格段に強いとか、大人びた判断ができるとか、いろいろなことが加わっているわけです。そういう子どもが言うことというのは、もうそのとおりになってしまうわけです。
たとえば僕の経験だと、そのガキ大将、悪がきは、うちのおやじなんていうのは、船を片手で持ち上げることができるんだぞというふうに言うわけです。そうしたら、そんなばかなと普通なら言うところなんです。もちろん普通の場面ではそういう判断がだれでもできるわけですけれども、ある雰囲気の場面で、そういうふうに言われると本当にそう思ってしまうといいましょうか、本当にそう思えてしまうということがあり得るわけなんです。つまり、そういうところがいじめの対象が権威を振るえる根拠でもあるわけです。
子どもの世界というのはそういう一種の魔法の世界で、そんなことを父親、母親、兄弟でも、兄貴でもいいですけれども、こいつのおやじは船を片手で持ち上げることができるんだぞなんて言ったら、ばかと、相手にしてくれないです。兄貴でもおやじたちでもそんなあほらしいというふうになってしまう以外にないわけですけれども、ご当人たちのある雰囲気の世界ではそれは疑いを持たれないというふうに信じられてしまうわけです。だから権威、猛威を振るうこともできるわけです。
それで、ある意味では、その時代の子どもの世界は親には内密であって、しかも仲のいい友だちにはよくわかるし、相談もできるんだけれども、親にはもう内密の世界であって、それは内密にせざるを得ないという意味と、仮に親に言ったってばかにされるだけだ。お前はばかなやつを相手にしているんだと言われるだけだよと、両方の意味で、親に言ったって、それは通用しない。だから通用しないんなら言わないということで、僕らもそういうことでいじめられても言わなかったように覚えています。
それで結局、長い間といいますか、クラス中ずいぶんいじめられていましたけれども、何かある契機がありまして、そのときになんていいますか、いっせいに口々にそいつにみんなで文句を言い出して、そうしたらそれ以降はその子どもはそんな無茶なことをしていじめるということをしなくなったのを覚えています。
これは自分がいじめの場合もそうで、いじめられそうな子が近所にいて、みんなでいじめるわけですけれども、僕はあるとき、いじめだって根拠はあるというのが本当なのに、本当にいじめのためのいじめというか、ちょっといいかげんな気持ちでいじめたら、そうしたらはいていた下駄をさっと脱いで、ババッと頭をぶたれて、いわゆる脳震盪みたいな、一瞬ふらっとわからなくなったみたいで、膝をついたみたいな、そういうふうになったことがあります。その間にさっと逃げられちゃったみたいなことがありました。
僕はそのときに、いや、これはうかうかといじめるものじゃないな。いじめるというのはうかうかというのと、真剣だというのとちょうど中間にあるわけなんです、子どものいじめの世界というのは。それで、うかうかというのはやっぱりやるべきじゃないなとつくづく思いまして、それでうかうかといじめるということは、それからしなくなったように思うんです。
今でも記憶に残っているくらいだから、ずいぶんいろいろなことを考えさせられたんだと思うんですけれども、いちばんのあれは、その子どもが下駄をいきなりバカッとやったときのなぐり方というのは、つまりどう言ったらいいんでしょう。配慮なしのなぐり方といいましょうか。これだけきつくなぐったら、こいつはけがして血を流すに違いないとか、こいつはもしかすると死んでしまうかもしれないなんて一切考えていないということがすぐにわかるような、もう本当に渾身の力を込めて、渾身のまじめさで、バカッとなぐられたというのを覚えています。
あとで考えると、それがいいといいますか、それはいいことなんだと、またこっちはああいうふうに、うかうかといじめるもんじゃないなという、いじめが遊びの要素が入っていたり、真剣さと、そうじゃないうかうかというのと、その中間で、まだどこかに抜け道があるというふうないじめだったら、これはやめろと言ったって子供の世界ではやむことはない。そういう意味では全然効力はないんですけれども、それはもうちょっとうかうかだけはやるものじゃないというのはつくづく僕も感じましたし、やっぱり自殺するよりも、相手はどうなるかわからないけれども、そんなことを考えもしないで、本当にしゃくに触ったというのでバカッとやったら、やったほうがいいと僕ならそう思います。そういうのがいいんだと思います。
その中間のところ、つまり「うかうか」ということと、多少ユーモアもあって抜け道があるんだという子どものいじめの世界を、大人とか先生に外から観察されたり、外から推察されると、まじめになっちゃうんですよ。真剣になっちゃうんです。だから、たとえばいじめられてお金を持ってこいとせびられたというふうなことも、それが父兄とか先生のあれになってくると、一種の盗みの世界になってしまうわけです。
しかし僕の理解の仕方では盗みの世界ではないんですね。子どもの閉じられた世界での金銭のせびりとかというのは盗みの世界ではないんです。だから犯罪の世界ではないんです。微妙なところが違う。犯罪に近いようなあくどいといいますか、ガキらしくないということもあり得るわけですが、それは犯罪の世界とは違うということなんですけれども、もういったん大人が介入したら、先生でもいいんですけれども、介入したら、それはちょっと取り返しがつかないといいますか、まじめな世界、まともな世界になってしまって、せびったやつは犯罪者だ、けがをさせたやつは傷害したやつだというふうになってしまうわけです。
でも、僕はあくまでもそう思いますけれども、一般的に子どものいじめの世界には、いじめるほうにもいじめられるほうにも、どこかに遊びといいましょうか、ユーモアとか遊びとか出口といいましょうか、それがあると僕は確信しています。それは犯罪みたいにはならない。ですから介入できない。大人の人は介入するというのは、ある程度までというよりも、本当は全然介入しないで、子どもたちの自主的な判断で。
二つあって、いじめられるほうに、本当に気持ちを打ち明けられる同級生でも何でもいいですけれども、友だちがいたら絶対に大丈夫なんです。自殺したりとか何かそんなことはあり得ないというふうになり得るわけです。つまり親友がいて、おれはこうなっているんだよということを打ち明けられて、その親友が助けてくれないまでも、よくわかっている、お前のあれはわかっているというふうに了解してくれれば、よだかの星じゃないけれども、そういうあれがあったら、よだかも自殺しなかったかもしれないんですけれども、そういう人がいたらいいということ。
もう一つは、子ども同士のなかでいじめられっ子同士でもいいし、それを不当だと思っている子どもでも仲間でもいいんですけれども、それが集まって、よくないよなということをグループで了解できるし、それはおかしいという声になるというようなことができたら、いじめというのはなくなる。あったって大したいじめは行われない世界になると思います。それ以外に大人、先生が介入していじめがなくなるなんていうのは幻想にすぎない。僕はそんなことはあり得ないと思います。
もう一つ言いますと、親には打ち明けられないけれども、友だち同士あるいは親友同士だったら、打ち明けられるという世界を成長の過程で持つというのは必然でありますし、また非常に重要なことで、それがないと母子あるいは父子密着みたいになって、非常によくない世界になります。成長してもよくないし、それ自体もよくないというふうになります。だから子どもがある何年間でも、成長の時期で大人には、おやじさんにもおふくろさんにも打ち明けられないんだけれども、親友には打ち明けられて、親友ならよくわかってくれているんだという世界を持つというのは、人間の精神の成長過程で非常に重要だと僕は思います。
ですから親にわからない世界を持つというのはいいことなんです。それがないと、どう言ったらいいんでしょうね、仮面だけのといいますか、うわべだけの親と子の仲のいい世界、円満な家庭みたいなのができあがっちゃうんです。それはものすごく病的な世界であって、それはどうしてかというと、ひとたび親のほうも、子どものほうも、親にはわからないけれども、友達にはわかるんだよなという世界をつくる機会があったか、ないかということよりも、それがなかったら、やっぱり一種の母子密着とか父子密着というふうな育ち方をするようになると思います。それは非常によくない、若者になっても抵抗力のない人間になると僕は思います。また自立していくという過程がなかなかつかめないというふうになるような気がします。
ですから、それが僕は一つの典型的ないじめに対する典型的な対応の仕方だと思います。先生とか親というのは、子どものほうからつくづく言われた。つまり助けてくれといいましょうか、つまりわかってくれ、こうなんだというふうに言われたら、もう全身全霊をあげて、その子どもの声に応じて応援してやるとか、身を乗り出してやるということが重要なので、自分のほうから乗り出すということは、ちょっとそれはだめなことだというふうに僕は思っています。
けれども、いよいよ切羽詰って子どものほうからちょっとこれはなんとかしてくれよみたいな雰囲気、先生なり、親にも言ってきたときには、もう先生なり、親というのは全力を上げて自分の生涯の経験を全部あげて、それに応じてやるというふうにするのがいいと思います。それ以前はいろいろなことがだいたいおぼろげにわかっていても、あまり口を出さないで、自分たちの世界のあれに委ねるというようなことで、じっと見ているくらいのところがいちばんいいと思います。
けれども、本当に切羽詰ったときには、大人に言ってくることはめったにないんですけれども、仮にそう言ってくることがあったら、そのときは変な小言なんか言わないで、よしということで、自分の生涯の経験をあげて、自分の生涯の行動パターンといいますか、行動の仕方をあげて、父親なり、先生なりが一緒にやるというのがいちばんいいと思います。小言なんか言ったってしようがないから、そんなことは一切言わないで、よし、それじゃあ、お前と一緒にやってやるというふうに、そういう引き受け方をして黙って自分の全力をあげて、全経験をあげて、全判断力をあげて応じるみたいなことをするのがいいと思います。それ以前は、僕は親とか先生とか文部省とかというのが、いじめなんとか組織をつくってどうしてというのは、ちょっと考えられないほど変な世界だと僕は思います。それはろくなことはないだろうというふうに僕はそう思っています。
宮沢賢治の『よだかの星』の場合でも、たとえば太陽とか星とかに相談に行ったときに、冷淡に扱われなくて相談に応じてくれて、こうしたらいいみたいなことを言ってくれたら、よだかの自殺願望はなくなってしまったはずなんですけれども、全部が冷淡だとなってきて、明日になったら自分はもしかしたらつかみ殺されてしまうかもしれないと思うから、もうそれは死ぬ以外にないみたいなふうになっていって、よだかは死んでしまうと思います。
でも、死んだ子どものほうが聖なんだよといいますか、人間以上の存在なんだよという気持ちの持ち方、あるいはそういう追い詰められ方をする心を持った人間というのは本当は聖人といいましょうか、人間以上の存在なんだよというのが宮沢賢治の言いたいところだったと僕は思います。僕らはそんなに偉くないですから、そういうふうに宮沢賢治みたいに考えることはできないですけれども、でも宮沢賢治のその考え方は実にいいなと。消極的と言えば消極的なんですけれども、いいなというのが僕なんかの宮沢賢治の童話全般に関して考える感想です。
もしかすると、それはいくじなしだとか、そんなのは何の意味もない、現実的じゃないじゃないかと言われるかもしれないけれども、僕はそうじゃないと思います。いじめというのは、いじめられるほうが聖の領域に近づくというようなことがいいんだという、そういう考え方はとてもいい考え方なんだと。つまりその考え方にどこかに救いといいましょうか、抜け道といいますか、出口にどこかに設けられている考え方だと思いますから、それ自体はよくないとしても、そこから出口を抜けていくということはできると思います。だからその考え方はいいなと思います。いい考え方だなと思うわけです。宮沢賢治の童話は概して言うと、みんなそういうふうになっています。
もう一つ、やはり一種のいじめの世界なんですけれども、違うところに宮沢賢治が抜け道を設けているのがわかります。それはこれもよく知られている作品ですからご存じだと思いますけれども、『虔十公園林』という作品があります。それは農家の次男坊か三男坊でみそっかすで、それで少し知恵遅れみたいに描かれています。そしておやじさんの農業の手伝いをしながら成長していくというふうにはじめに設定されています。
そして、自分のうちの畑の後ろのほうに荒蕪地といいますか、野原みたいなのが少しあるわけです。それであるとき虔十というやや知恵遅れというような感じのする子どもが、自分にスギの苗を何百本か買ってくれないかというふうにおやじさんに言うんです。おやじさんが何にするんだと言ったら、後ろの原っぱにそれを植えたいんだと言うわけです。あそこは荒れた土地だからスギ苗なんか植えたって育たないとよくよく言われるんですけれども、いいからというので、おやじさんが納得してあげてスギの苗を買うわけです。それからその日から虔十はそこをほっくり返して、穴を掘ってスギの苗を一本一本植えてみたいなことをやるわけです。
けれども、おやじさんも兄さんもそうですけれども、あんなところにスギの苗を植えたって育つわけがないよと言われるわけです。通りがかる村人たちも何をしているんだといって、スギの苗を植えて林を作りたいんだと言うと、そんなことができるわけがない。あそこはそんな土地じゃない。少し掘ると固い地盤にぶつかってしまうわけで、とてもスギ苗を植えたって育つわけはない。そういうところじゃないんだ。お前はばかだからそういう無駄なことをしているんだと散々言われるんですけれども、めげないで植えて見ているわけです。
そうすると一メートル近くまではなんとなく育つんだけれども、根がちょうど固い岩盤みたいなところに達したところで、もう成長が止まってしまうわけです。村人からも親からも、それ見たことか。それ以上は育たないんだというふうに言われるわけです。でも植えたところに子どもたちがたくさん集まってきて、子どもたちがその間をくぐったりしながら遊んで、毎日のように子どもたちがやってきて、そういう遊び方をする。そういう意味ではいい遊び場ができたというふうになるわけです。
ところで、村から出ていったすぐれた人がアメリカへ行って、アメリカで博士になって帰ってくる。そういう郷土の英雄といいますか、そういうふうな人がいて、帰ってくるわけです。帰ってきて、それを見ると、昔何十年か前に出ていったときとはまるで様変わりのように変わっているんですけれども、その虔十のスギを植えた野原だけでは、あまり前とそれほどかわり映えがなく、でも自分が子どものときたしかにあそこの間をくぐってみんなで遊んだという思い出が思い浮かべて、大変いい記念だ、自分も故郷へ帰っていい思いをすることができたというふうにほめてくれるわけです。
それで、虔十が死んだあとに学校の校庭と一緒にして公園をつくりまして、そして虔十公園林というふうに名付けて、そこはあとあとまで残った。虔十のやったこともすべて残った。おやじさんたちも虔十の公園林の世話をしながら過ごしていくというふうな童話なんです。
何かといいますと、つまり宮沢賢治の「雨ニモマケズ」という詩に「サムサノナツハオロオロアルキ」とか「ホメラレモセズクニモサレズサウイフモノニワタシハナリタイ」みたいなのがありますけれども、つまり、その典型的なモデルになるように、虔十という少し知恵遅れの子どもはそういうふうに描かれているわけです。そういうことはときどきあるんですけれども、『虔十公園林』のなかでも、宮沢賢治が言いたいことは一つ、つまりさりげなく一行くらい挟んであるんですけれども、宮沢賢治が特にお説教をしているわけではないんですけれども、ちょっとまじめな調子でといいますか、ちゃんとした調子で一行くらい挟んである言葉があります。
それは何かというと、人間というのはだれが賢くて、だれが賢くないかというのは本当はよくわからない。それは決められないんだと。つまりその場、その場で賢く振る舞ったとか、そうじゃなかったとかということはあまり本当の意味の賢いとか賢くないということは関わりないんだよということなんですけれども、だれが賢いか、だれが賢くないかというのはまったくわからないことなんだということが、ちょろっとまじめに書いてあります。つまり宮沢賢治は『虔十公園林』では、そういうことがいちばん言いたいモチーフだったんだろうなというふうに思います。
宮沢賢治がどういうのが好きか。つまりでくのぼうと呼ばれて、「ホメラレモセズクニモサレズ」というのが宮沢賢治の理想的な人間像なんです。それから宮沢賢治が、聖なる人間だといいますか、天上的なものを持っている人間だというふうに言う場合の聖なるものというのは、「ホメラレモセズクニモサレズ」という人間存在のなかにそういう聖なるものがあるんだというのは、宮沢賢治の根本的な考え方で、自分はそれに近づこうということで一生懸命になったわけですけれども、そう理想的にはいかなかったというのが宮沢賢治の生涯だと思います。
つまり、聖なる人に本当はなりたくて、あるいは人間以上の人間になりたくてというのは、宮沢賢治が終始抱いた願望なんですけれども、そういうふうになれないで、非常に頭のいいすばらしい童話や詩を書く人だという評価に現在でもとどまっているわけですけれども、本当はもっと夜の星になりたいというような意味合いで、もっと聖なる人間になりたいというのが願望だったと思います。その聖なる人間とは何なんだと言えば、こういう、人から知恵遅れなんていうふうに言われそうな、そういうぼんやりして、あまり憎しみとか鋭さみたいなものを持たないというような人間というのが聖なる人間の典型だといいましょうか、宮沢賢治が抱いてきた聖なる人間は、少なくともそういうふうに描かれていると思います。
これは宮沢賢治の信仰していた日蓮宗、特に法華経信仰なんですけれども、法華経のなかに眼目がありますけれども、そのなかの一つに常不軽菩薩品というのがありまして、それはつまりお坊さん、僧院で修行しているんですけれども、あまり座禅を組んだり、書物をもって自分をあれしたりとか、そういうことをしないで、ただ人の炊事の世話をしたり、畑仕事ばかりしているお坊さんがいて、みんなからは軽んじられたり、無視されているというか、あまり勘定に入れられなかったりするんですけれども、それは非常に法華経の理想とする菩薩なんだという一章があります。そこからたぶん宮沢賢治は学んだんだと思います。
自分の資質といいますか、性質、性格もそうありたいと思ったんでしょうけれども、実際の宮沢賢治という人は逆といいましょうか、非常に鋭敏な知力と感覚とを持った人で、死んでからが主なんですが、生きているときからかなり特殊な人だといいますか、特別偉い人だというふうに思われて尊敬されていた人です。だからそこまでは宮沢賢治は到達できなかったんでしょうけれども、自分の理想の人間像は何なんだといったら、そういうのが宮沢賢治の考え方だと思います。これは『虔十公園林』という童話のなかで、虔十というのは典型的にそういう性格がきっちり描かれています。
この手の宮沢賢治の考え方が少し追い詰めてきわどくなったといいましょうか、少しきわどい問題になるという童話もあります。これはあまりのんびりした雰囲気というのはないいじめの世界と、いじめの結果の世界なんですけれども、たとえばそれは『祭の晩』という童話があります。村の神社のお祭の晩に亮二というおじいさんと一緒に住んでいる子どもが、十五銭くらい小遣いをもらってお祭を見にいくわけです。そういうお祭によくかかっている小屋に空気獣というのがあって、本当はウシの胃袋か何かをつなぎ合わせて袋にして、空気を入れて、生きている空気獣という獣なんだというふうな見世物小屋なんですけれども、亮二という主人公の男の子が見たくなって見るわけです。
そこに一人、大きな図体をした男が珍しそうにそれを見ているわけです。二人とも終わって出てくる。僕らはヘビを食べるなんとか、そういうのは見たことがあるんですけれども、それを見て出てくると、中で見かけた大男が盛んに村の人たちにいじめられているわけです。どうしていじめられているのかといったら、要するに茶屋でお団子をあつらえて食べたんだけれども、よく考えると、空気獣の小屋で使ってしまって持っていないわけです。持ち合わせていないけれども、すぐに薪を百束作って弁償しに来るからと言うんだけれども、そんなこと信じられるかというので、村の若者たちにさんざっぱらいじめられているわけです。大男はもう恐縮して謝るばかりで何も手出しもできないで、いじめられているわけです。
それで亮二という主人公がかわいそうだというか、気の毒だと思って自分の残っている小遣いを人垣をかき分けていって、その男のそばへ寄っていってしゃがんで、その男の足の上にそっとわからないように銭を落として帰ってくるわけです。それで帰ってきて、おじいさんに今日こんなことがあったよ。こういうあれでいじめられていたからこうしたとかという話をしていたら、おじいさんがそれは山男だろう。山男なので珍しくてそれを見てきて、ついお腹が空いて食べたくなっちゃったんだろうというふうに言うわけです。それで、そういう話をしていると、表のほうでドサッという音がして、何だろうと思って出てみると、薪百束と、とったクリがざるいっぱいそこに置いてあって、もう姿を見えない。置いてあるわけです。
ああ、あれは山男なんだ。お返しをしたつもりなんだと。だけど、あれっぽちのお金をやっただけで、こんなにたくさんもらっていいものかななんていうんで、それじゃあ、もっと役に立つものを今度はこっちが持っていって、そっと置いてきてやればいいということで、おじいさんと二人で相談してみのか何か、着るのにいいものを作って置いてきれやればいいというふうに考えます。
それで亮二という主人公はそれでもなんとなく、どう言ったらいいんでしょう、薪一束がいくらだか、百束だったらものすごい膨大なお金なので、ちょっと小遣い銭の余ったのを置いてきただけでこれだけくれちゃうということが、ものすごく大変なことのように考えて、いくら何か役に立つものを置いてきたって、それでも報いが足りないんじゃないかと思って、何かもっとしたいという願望を持って、おじいさんと二人で薪の束を眺めているというところが、この作品のおしまいのところです。
このいじめは村人との間に起こるわけなんですけれども、このなんていいましょうか、今度はいじめるほうの側の問題なんですけれども、宮沢賢治はいじめられるほうこそ尊い人間なんだという位置づけをしてくれている。それ以上のことはわれわれには考えられないというふうになるわけですけれども、いじめるほうはどうしたらいいんだというか、どうすればいじめるほうがなんていうんでしょう、いじめることはいいことだとは言えないんでしょうけれども、いじめることが悪から脱却できるといいましょうか、悪から脱せられる道はあるんだろうか。それともいじめるほうは悪いんだろうかという問題になるわけです。
それは非常に微妙な問題として現在でもあります。たとえば僕がつい最近見ていたテレビで、薬害エイズ問題というのがあって、厚生省が任命した医学班の班長だったという血友病の大家である安部という人がテレビでゲストに呼ばれていて、それで筑紫哲也とか僕ぐらいのスタッフ二、三人に盛んに突っ込まれているわけです。要するにいじめているわけですけれども、僕が聞いていてもあれなんですけれども、どうしたらいいんだということがちっともわからないようないじめ方……、いじめというのはみんなそうかもしれないんですけれども、わからないようないじめ方なんです。
結局、安部という人は、私はどういう責任を取ればいいというわけですか、筑紫さん、なんて言うわけなんですけれども、それについては答えられないわけです。それで、安部という人は私が医学者として未熟でだめであって、それでその結果、こういう災厄をもたらしたというふうな責任を問われるならば、それは医学者として納得していい。しかし、それ以外の責任を取れという言われ方は、自分にはどうしていいかわからないと言うわけです。ところが、筑紫哲也のほうは直接、被害者の家族と同じで、お前、ここで私は非常に悪いことをしましたと言って土下座して謝るということ、結局はそういうことをさせたいんだなと、聞いていると思えるわけです。
これは人さまざまですけれども、なんて愚かないじめ方をするんだというふうに、僕なんかはそういうふうにそれを見るわけです。もちろん新聞や世論は逆で、要するに安部氏が当時の医学的責任者であるにもかかわらず、するすると逃げているみたいなことを書いているんだけれども、僕が聞いていた範囲で、僕の判断で言えばそうではなくて、医学者として未熟という責任があるというのならあれだけど、加熱製剤と非加熱製剤とどちらがいいという医学的に決定するまでに、当時のあれは及んでいない。どちらかに決めることができなかったというのが医学的な実情であるというのが安部氏の答え方で、僕はそれもうそかもしれないんですけれども、それがうそかどうかというのは僕らには、視聴者には確かめようがないから、うそかどうかということを問わないとすれば、それが一つの答え方になっているわけなんです。
それで、追及するほうはどうなのかといったら、たとえば土下座して謝らせたらいいのか、それで済むのかといったら、何にも済まないわけです。何の意味もないというふうに僕は思います。つまり問題は何かといったら、厚生省の薬事行政というものと、それからそれが任命したといいますか、委託した専門家の委員会の連結が取れていないし、どうすればいいのかということについての権限も明確ではない。行政と医学的な内容の連絡が取れていない。だからそれぞれになってしまうということをめちゃくちゃ突っ込んで、そこで責任を追及して、責任を取らせて、これからどうしたらいいんだという具体的なあれをやっていくということは、責任の追及としては、それ以上のことは現在のところできないので、あとは非加熱製剤でエイズになってしまって、それで死んでしまったという人の遺族がいるわけですから、遺族の人は、あの野郎、けしからん。厚生省もけしからんし、班長をしていた医者もけしからんというふうなことで、あいつは殺してもあきたらない。あれは殺人罪で告訴するというような話は、僕はわかるような気がします。それはいいと思うんだけれども、筑紫哲也がテレビキャスターとして追及している仕方は、まったくこれには意味がないと僕には思える。
こうなってきますと、今の問題で、いじめるほうが聖なる人といいましょうか、つまり尊い人なんだというふうに言える場所というのは何なんだろうかということをさっそく決めないと、筑紫哲也なんかやっぱり悪党だということになってしまいます。つまり人の弱みに付け込んで悪党だということになってしまいます。
安部という人が悪党だ、悪いというふうに言うことができる資格があるのは、自分の肉親、近親が非加熱製剤を使ったためにエイズになってそれで死んでしまったというふうな遺族は、あいつは悪党だと言う資格は僕はあると思いますけれども、そのほかの人にはあいつは悪党だといじめる資格はないと僕は思っています。だからいじめるほうの資格といいますか、いじめるほうはどうしたら悪ではなく善になるんだということの問題はやっぱり非常に重要な問題になると僕は思います。
宮沢賢治はいじめるほうの側については、あまり言及していないんです。解決策といいましょうか、自分が抱いている解決策を宮沢賢治は述べていないんです。僕らもしきりに宮沢賢治に執着して、ときには浮気をしたり、忘れても、半世紀以上たっていますし、一冊の本を持っていたりしていますから、やっぱり相当執着してきたので、それではいじめる側が聖なるものになるというのは、どういうときになれるんだろうかということを、僕は僕なりに考えてきたわけです。
それで、僕が今思っている僕の考え方の結論は、いじめる子というのは要するになんていいましょうか、ピタッと当てはまる言い方がないんですけれども、いじめ方が風土に根ざしていたらと言ったらいいんでしょうか、伝統の流れにちゃんと入っていたらと言ったらいいんでしょうか、なんとも言いようがないんですけれども、つまりいじめ方に風土的というか、風俗習慣的と言ったらいいんでしょうか、代々の日本人の風俗習慣的な考え方があって、いじめ方がその流れのなかに入っていたら、ちょっと救いがあるんじゃないかというのが、僕が現在得ている結論といいましょうか、僕はそうじゃないかなと。それ以外だったらいじめというほうには色を付ける付け方がないのではないか。つまり救われ方というのがないのではないかと思えるわけです。
だから、ただいじめるやり方とか、いじめる場合の考え方のなかに風土に根ざしたものがあったら、ちょっといじめるほうにも救いがあるんじゃないかというか、いじめるほうも肯定できるじゃないかと言うとうるさくなってきますから、肯定できるとまでは言わないけれども、それはある意味、許され方というがあるんじゃないかというのが僕……
【テープ反転】
……ので、うまく具体的な例は浮かんでこないんですけれども、たとえば中学生のいじめのなかに金銭のせびりというのがありますよね。僕は金銭のせびりというのは、やったこともやられたことも経験があるんです。いじめにはかなりの程度、付きまとうわけです。それはせいぜいのところ、おやじさんがそこらへんに置いておいたばら銭をちょっと失敬して、自分がいじめられて、お前、持ってこいと言われたほうの側だったら、それで持ってきて、みんなでガキ大将の言うところに従ってお菓子かなんか買って、みんなで分けて食ってしまうということなわけです。
けれども、これだって高じていけば、額がだんだん多くなっていくとか、要求の目が詰まってきたぞというようなことになってくるから、どこからどこまでが、つまり冗談がまだ入っているとか、ユーモアが入っているとか、ゆとりがあるということになるのか、どこからどこまでが本気に似てきた、大人の世界の盗みとかそういうあれに似てきたというふうに、どこかではなるということがあり得ると思うんです。
それで、たぶんなると判断した父親が子どもに、お前たくさんお金を持っていって何に使うんだとか、ものすごく追及されて、どうしようもなく追及されて、ついにこういういじめで持ってこいと言われて、持っていかないといじめられるから持っていくようになったんだと。お前、そんな仲間と付き合うのはよせとか、あるいはもっときつい言葉で、そんなことをあれするお前なんか死んじまえとか、自殺した人はきついことを言われたんだと思います。
けれども、親としては額が多くなって、これはちょっととなったときにそう注意するというのは妥当なような気がするんです。ただ、お前、そんなことをあれしているなら死んじまえみたいなことはあまり言わないほうがいいでしょうけれども、そこのところのけじめをつけるということは、親として決して悪いことではないような気がします。
その場合に、たとえばこれは今の子どもだけではなくて、昔から子どもというのはおやじさんがそこらへんに置き忘れたばら銭を失敬して使っちゃったとかというようなことは、昔から子どもというのはあるわけです。それに類したことはあるわけで、僕もありますけれども、お前持ってこいと言ったときもありますけれども、持ってこいと言われたこともあります。おやじのそこらへんにルーズに置いてあったばら銭を持ってきてしまうという程度で、僕らの場合には済みましたから、それでよかったけれども、それだって目くじら立てれば、やっぱり盗みだと思います。
けれども、親のそういうあれを失敬してという範囲で済んでいるくらいのところだったら、まずそれは盗みというのとはちょっと違うので、それは子どもにはよくわかっていて、持ってこいと言ったほうも、持っていくほうもよくわかっていて、僕はそれは盗みには入らないし、それを盗みと言ってはいけないと。言ったらもう違うものになってしまうと思います。
それは今僕らのときの額と今の額とは金額としては違うでしょうけれども、ただ金銭の価値としてはそんなに違わないんじゃないか。だから相当大きな額に見えても、まだそこらへんに引き出しにぽっと放り込んでおいたという程度のお金ということになるのかもしれませんし、もうそれを越えてしまって、他人のあれを盗むというようなことにまで発展したら、また全然違うことになりますけれども、親のルーズな金を失敬してという範囲で済んでいる限りは、大したことはないんだろうと思います。
つまり、そういうことは僕の理解の仕方では金銭のせびりとか、金銭を持ってこいとか、持ってこないといじめるぞとかということは、いじめとしては決してよくはないけれども、しかし伝統的に言いますと……、伝統的に言いますと、と言うとおかしいですが、それは昔からの風俗、習慣のなかにあった問題だというところで、いじめるほうもそういう流れのなかに伝統とか風俗、習慣の流れのなかにすっぽり入れるといいますか、はまってしまう範囲のところのいじめとかせびりというようなものだったら、僕だったら許されるんじゃないかという感じがするわけです。
僕らの子どものときには、もっと乱暴があって、いじめ、せびりということでなくても、原っぱに行って石合戦をするとかと言って、石の投げっこをして、当たるとちょっとこぶができたり、血が流れたりするんですけれども、そのくらいのことというのはしょっちゅうやりましたし、そういうのを考えると、石合戦とか雪合戦とかという、そういう伝統の流れのなかで、ややそれを逸脱して、ちょっとこれはひどいけがができてしまったとかというようなことになることはあるわけですけれども、まあ、伝統の流れというのはおかしいけれども、そういう伝統の子どもの遊びのなかにそういうのがあって、これはある意味で残酷だけれども、ある意味で、やっぱりその程度の乱暴というのはやったなということは代々大昔からあると思います。その伝統の流れに気分から何からやることから全部入っていて、多少の逸脱があるということだったら、僕はいじめるほうも聖人だとは言えないでしょうけれども、いじめるほうも許されるんじゃないかなと、僕にはそういうふうに思えます。
ですから、それは一つの例なんですけれども、いじめるほうに救いがないかといったら、ないことはないんだと。それはやっぱり伝統の子どもの遊びとか、いたずらとか、悪たれとかということの流れのなかに入っていた出来事としたら、それはいじめるほうにも救いがあるというのはおかしいですけれども、許されてしかるべきところがあるんじゃないかというふうに、僕なんかはそういうふうに考えます。
これはなかなか難しい問題なんですけれども、大人の世界はもっと複雑ですから、いじめられているほうは正義ではなくて、いじめているほうは正義だというふうに、一見するとそう見えるんだけれども、本当はよくよく考えてみると、そうじゃない。いじめられているほう、つまり悪をしたというふうにいじめられているように見えても、こいつの言っていることのほうが、もしかすると合理的で妥当なのかもしれない、もしかしてこっちのいじめているほうのやつは、自分はそのことにかかわって責任を取るあれもないし、まったくの正義派になり得るものだから、いい気になっていじめているんじゃないかというふうに言われてしかるべきときもあるわけです。そういうことというのは大人の社会では満ち満ちているわけです。だから、やっぱりいじめられるほうにも救いがあるということは考えるに値するように、僕はそういうふうに考えています。
宮沢さんは、いじめる方に救いがあるかという問題に対しては関与していないんです。いじめられる方にはありますけれども、いじめる方にはそれはないわけです。けれどもいじめるほうが復讐されて殺されちゃうみたいなのは、宮沢賢治は嫌いな人ですから書いてないんですけれども、暗示的には書いている作品があります。それは『オツベルと象』という童話があります。
これはオツベルという大地主がいて、人を二十人くらい雇って畑仕事をしたり、いろいろな作業をさせたりしている大地主、農家がいるわけですけれども、そこに白い象さんがぷらぷらと森というか、林から出てきて、ふらふらとそこに立ち寄った。はじめはおっかながっているんだけれども、だんだん慣れてくると、オツベルという大地主の人はこの象を労力に使ってやれとだんだん考えていく。
そして、象さん、足飾りとか首飾りをはめたほうが格好いいよと言いながら、それに鎖を付けたり、分銅を付けたりして逃げられないようにして、象さんに労働をさせるわけです。稲こきの…?…したり、運んだりというようなことに象さんを使うわけです。はじめのうちも象さんもおもしろがっていたんですけれども、だんだんむちゃくちゃな使い方をするので、象さんはだんだんくたびれてきて、しまいにもうふらふらになってしまうわけです。ぶっ倒れそうになってしまう。
そのときに象さんに、これも宮沢賢治はさりげなく入れている例ですけれども、ふらふらになってもうぶっ倒れてしまっている象さんのところに、赤い着物を着た子ども、聖なる子どもが降りてきて、仲間のところに手紙を書いたらいいじゃないか。今こうで痛めつけられて動けなくなっているから助けてくれという手紙を書いたらどうかというふうに言って、象さんの手紙を代筆して、自分が持っていってやると言って、森の仲間のところに持っていってくれるわけです。
そして森の仲間が怒り出して、たくさんの象がオツベルのところに押しかけてきて、オツベルの小屋だとか何かをみんな踏み潰して、それからこれもさりげなく書いてありますけれども、一頭の象が前足でオツベルを踏み潰してしまうという描写があります。つまりいじめたやつが復讐されて死んでしまった、殺されてしまったということになっているわけですけれども、殺されちゃったということを宮沢賢治はあからさまに書きたくないものですから、あからさまには書いてないけれども、さりげないかたちで、そういうふうに書いています。それから宮沢賢治のもう一つの特徴である何かちょっと救いの主みたいなものがすっと出てきて、それが救ってくれる、救う役をしてくれるというようなことは書かれています。
しかしながら、オツベルのほうにはどこかに救いがあったのか、オツベルのやり方にあったのかということになると、そこは時代性もありますけれども、宮沢賢治はこれもさりげなく書いてあるんです。これも露骨に書くと、当時のプロレタリア文学と同じになってしまうわけです。だから露骨に書いてなくて、さりげなく書いてあるんですけれども、言っていることはすごいことを言っていて、『オツベルと象』には、今にいい社会がきたら、こんなことをするやつはもう生きていられなくなっちゃうぞというようなことが書かれています。それだけです。
じゃあ、オツベルみたいな立場と、オツベルみたいなやり方をして象をこき使っているという人間、象をいじめにいじめ抜いて、使いに使い抜いてというやり方をするやつに救いがあるのか、救いがあるということを書いているか、それは全然救いがないというふうに、宮沢賢治は断言するように……。よく読むと、ちゃんと言うことは言うねというか、すごいねということはちゃんと書かれています。救いのことについては何も書かれていないです。たぶん『オツベルと象』というのは、そういうあれではいちばんはっきりした結末を書いている童話だと思いますけれども、それは書かれていないです。救いがあるか、救いが全然ないというふうには書かれていますけれども、救いがあるというふうに書かれていません。
けれども、僕はやっぱりなんていいますか、この場合でもオツベルのほうに救いがあるかということは、救いがあるとすべきだというふうにはならないのですけれども、救いがあるかということについては、宮沢賢治が考えた以上のこと、あるいはその先を考える根拠はあるのではないかというのが僕の考え方です。そういうことは一つの課題として現在あるのではないかと、僕の考え方ではそうなります。これだって救いがあるんだという言い方はなかなかできないし、僕らがいくら考えても救いがあるというふうに言うことができないんですけれども、これに救いがあるかどうかという問いを発するといいますか、問いを発することは現在の社会では非常に重要な課題の一つなのではないかと、僕自身はそういうふうに考えているわけです。
宮沢賢治は非常にそこはすっきりしていて、珍しくすっきりしていてと言ったほうがいいんでしょうか、すっきりしていて、もうオツベルみたいなやつには救いなんかないんだということを非常に明瞭に『オツベルと象』のなかでは書かれていてしまいます。
その種の宮沢賢治の童話のなかで僕がいちばん好きなのは、『猫の事務所』という童話です。これはものすごく好きなんですけれども、ここではいじめの問題はどうなっているかといいますと、猫の事務所には事務長がいて、下に四人書記がいて、何をしているかというと、猫の歴史とか地理とかを調査、研究しているという猫の事務所がある。研究してどうするんだということについても書いてありますけれども、人が自分はベーリング海のどこそこに行きたいんだけれども、それにはどういうふうにして行ったらいいのかとか、そこで有力な人に会いたいんだけれども、そのときはだれを訪ねればいいのかという村人の質問があったら、それに対してすぐに答えられるみたいなふうになっているような、歴史と地理の調査機関みたいなのをやっている事務所なわけです。
その事務所で四番手の書記の竃猫というのは、冬なんか夜寝るとき、かまどの火を消したあとのまだぬくもりが残っている、そのなかに入って寝るから、いつでも体がすすけていて、汚くて、ほかの書記から敬遠されているわけです。いつでも汚くてみそっかすなやつと思われています。猫を好きな人はご存じのように、夏方に生まれている猫というのはそういうあれなんです。つまり大変寒がりなんです。なかなか冬を越すのは大変だなとなるわけです。それはかまどのなかで過ごすみたいなやり方をするものですから、四番手の書記だけはいつでもすすけていて、いつでもほかの猫からばかにされていじめられているわけです。
それであるとき、竃猫が風邪を引いて一日休むわけです。そうすると、ほかの猫が意地悪して、竃猫の担当する仕事とか帳簿とかそういうようなものを全部分散してしまって、自分たちがやって、竃猫が翌日事務所へ出てきたら、やるものが何もないわけで、みんな聞いても知らんぷりしているというような、そういういじめられ方をするわけです。事務長というのは普段はかばってくれるんだけれども、竃猫が休んでいる間に、あの猫は次の事務長はおれがなるんだみたいなことを方々で言いふらしているぞみたいな、うそなんですけれども、そういう讒言をされてといいますか、でまを流されて、それを真に受けて事務長は竃猫が出てきてもかばってくれないわけです。竃猫はとうとう仕事をするにも仕事がなくて、ぼんやりして午前中は過ごしているんだけれども、だんだん情けなくなってしくしく泣き出してしまうんだけれども、ほかの猫は仕事を続けて知らんぷりしているというふうな雰囲気になるわけです。
この雰囲気は、たぶん宮沢賢治は農学校の先生として勤めたことがあるわけです。きっとそれは体験しているんだと思います。つまり実体験だと思います。それはご存じでしょう。僕らも経験がありますけれども、会社でなんとなくそういう感じになる。休んで出てきたらいやな顔をしてしまう。別にいやな顔をしているわけではないんだけれども、被害妄想でなんとなく疎遠な感じになっているみたいな体験というのは、たぶん勤めている人は一度や二度は体験したことがあると思うし、また自分のほうもなんとなく適当にいっぱい休んでしまったようなやつが来るとおもしろくないなというのが、どこかにきっと潜在的にあってでしょうけれども、ちょっとなんとなく冷たい感じで、また元通りになるまで二、三日かかるみたいな、そういう感じというのをたぶん体験していると思います。だからこれは宮沢賢治の体験に基づくと僕は思いますから、実に見事にいじめの雰囲気というか、そういう状態を描いていて、いい作品です。
そういう状況になって、竃猫のほうはしくしく泣き出す。そしてほかの人たちは知らんぷりしている。僕らはそういうときにしくしく泣きはしないけれど、おもしろくないなと思うから、わざとまたサボってみたりとかということをするわけですけれども、そういう雰囲気になるんです。そうすると、事務長の後ろに窓がありまして、窓ががらっと開いて、窓の外から獅子が首を出してぎろっと室内を見渡して、すぐにいじめの雰囲気がわかるわけです。ああ、こういういじめられ方をしているというのがわかるわけだし、こういういじめ方をしているというのがすぐにわかってしまう。
それでライオンが窓から首を引っ込めて、戸口から入ってきて、こらっとか言って怒って、お前らはそんなことをしていながら、猫の歴史とか地理を調べるもへちまもないから、やめちゃえ、こんなところは解散してしまえと怒って言ってしまうわけです。それで、締めくくりのところは、それがまた宮沢賢治の特徴なんですけれども、そこまではなかなか宮沢賢治ははっきり言わないで、自分も半分くらい獅子の言っていることに賛成だみたいなことが最後に一行だけ書いてあります。つまりそれがオチになっているわけですけれども、『猫の事務所』なんかは典型的にいじめの状況、しかもかなりリアルにというか、社会に出た人たちはだれもが体験しているんじゃないかという、その体験の仕方はそこに描かれていると思います。
このいじめをなくすにしたらどうしたらいいんだという、つまり社会で――この場合は猫の事務所ですけれども、われわれで言えば会社とか勤め先とかということになります――いじめるやつとか、いじめられるやつとかというのはいったいどうしたらこれがなくなるのか、どうしたら解決するのかということを考えます。これはなかなか難しいので、宮沢賢治みたいに、獅子みたいなのがいて、お前ら何だ、何してるんだ、そんなけちなこと言ってというふうに言ってくれる人がだれかいればいいんですけれども、やっぱり人間会社にはそういうやつはいないので、総理大臣も言ってくれないし、だれもいませんから、そういう獅子というのはいないわけです。
だれかがそれは解かなければこの状態は解けない。いじめるほうも、いじめられるほうも解けない。自分がいじめる側になるということも、たぶんだれもがある場合、免れないというふうに人間はできていますから、いじめるほうと、いじめられるほうはどうしたらいいのかということは、なかなか難しいように思います。つまりそれこそ獅子でも持ってきてというより仕方がないみたいなふうになると思います。本当に難しい問題です。
それでは難しいからどうしていいかわからないと言って済ますわけにもいかないから、少しくらいは、つまり両者に一種の見識といいましょうか、英知といいましょうか、そういうものがあれば、そういうあれはなくなってしまうという部分もあるわけです。けれどももう一つはやっぱり要するに宮沢賢治的な言い方をすれば、世界全体、いじめる者といじめられる者とに分かれるということがなくなって、平等にならない限り、これはなくならないと言わざるを得ないいじめの場面は、やっぱり社会的に言うと現状では避けられないように思います。
その場合には、自分がいじめる立場になるときもあるし、いじめられる立場になるときもある。両方の役割を人間は演ずる精神内容を持っていますから、おれはいじめるほうにはならないということは絶対にあり得ないですから、やっぱりいじめるほうの側に、ある場面ではなることもあります。この問題の解決というのは見識さえあれば解決できるという面と、見識の問題ではない、これはやっぱり社会がうんと進んでいって、いじめる者、いじめられる者の区別は不必要であるとならない限りは、これは存続していて、存続するならば、この問題はやっぱり僕らはいつでも頭に置いておかなければいけないのではないか、考え抜くことを要求、要請されているのではないかと考えるのが、いちばんいいような気がします。
そこは宮沢賢治は法華経の信仰の人ですから、安易ではないけれども、獅子みたいなものが窓の外から首を出して、こらっと怒れば、そういうけちなことはするなという、あるいはそんなけちな振る舞いをしながら、歴史も地理もへちまもないだろうと言う人がだれか出てきて、それでそれが一種のさわやかな解決になっているわけです。これは宮沢賢治の信仰があって、それは宮沢賢治の願望であって、みんながそうなってくれればいいなという願望でもありますから、どちらかと言えば、その解決がつくまでは自分が被害者の場所といいますか、しかも被害者であって、人には反発できないような、人からはでくの坊だと言われるような被害者の場所に自分を置いて、そしてそれに耐えていこうじゃないかといいましょうか、それで解決を見つけるというあれをやろうじゃないかというのが宮沢賢治の考え方だと思います。それは信仰の人としての非常に妥当な考え方みたいに僕は思います。
そして、僕らもどうしたらいいんだということをさんざん考えたりするんですけれども、少なくとも僕には今のところ、こうすればいいよという解決策みたいなものは見当たらないので、見つけることはできないので、その場面、場面で自分の最善と思うあれを選択するということにおいて、できるだけ間違えないというように、せいぜい思う以外にないというのが僕が思っている現状で、ちっとも解決にならないんだということになっていると思います。
ただ、この種の社会にあるいじめの問題は、政治制度の問題というのはまた別ですけれども、そうではなくて、社会の問題、もっと言って職業場面の問題だったら、間接的であるより、直接的であったほうがいいと僕は思います。たとえば夏目漱石の小説に『彼岸過迄』というのがありますけれども、そのなかで敬太郎は須永という友だちがいて、須永の親戚に会社の重役をしている人がいて、就職がないんです。それでは親戚のおじさんのところに行きなというふうに紹介されて行くわけです。そうすると、重役のおじさんが敬太郎に対して、明日の午後、神田の神保町なら神保町の電車の停留所のところに何時ごろ一人の男が降りてくるから、その男のあとをつけていって、男がどこへ行って何をするかを探るといいますか、それを確かめて自分に報告に来てと言われるわけです。
そのとおりに行って、一人の中老の人が降りてくるわけです。そしてそのすぐあとに若い女の人が降りてきて、それで二人で二言、三言話し合って、少しそばのレストランに入るわけです。敬太郎はそのあとをつけていって、ちょっと隣みたいなところに座って聞き耳を立てているんです。ところどころ聞こえるんだけれども、全体として何を言っているのか、そして二人の間柄は何なのかというのは本当はあまりよくわからない。
わからないうちにその二人は出ていってしまって、若いほうの女の人をまたもとの電車に乗せると、そのおじさんはすたすた歩いていって人力車に乗るわけです。そうすると敬太郎もあとから来た人力車に乗って、あの車のあとをつけてくれと言って、つけていくわけです。ぐるぐるおじさんが回っていくとおりに回っているうちに、なんだか夜になってきて、ボーッとしておれはいったい何をしているんだかわからないけれども、町を無目的に乗って歩いているという感じになるわけです。
そのおじさんが人力車を降りて、自分の家であろうところのほうに行くというところまではちゃんと確かめて、就職を頼んだそこへ報告するわけです。それでこうだと。しかし、自分は途中で考えたけれども、こんなふうにして本当はあとをつけて歩いて、そばで聞き耳を立てていたんだけれども、それでもあまりはっきりしない。こんなことをするくらいなら、もう直接その人に聞いてしまったほうが自分は早いと思ったというふうに答えて、いささか振り回されたということがしゃくに障っていることもあって、敬太郎はそういうふうに言うわけです。
そうすると、須永の親類の重役の人がそこに気づいたら大したものだと。あなたはそれに気づいたら大したものだと言って、あなたの言うとおりなんだと。直接聞いてしまったほうがいい。そうじゃないと不確かであるし、またなかなかわかりにくいし、苦労することになるから、やっぱり直接聞いてしまったほうがいいんですよと。どうやら就職には合格点だという暗示があって、その話は終わるわけなんです。
それがものすごくおもしろいところで、つまりその手のこと、いじめ、いじめられることが社会的になった場合に、これは制度の問題というのはなかなかそう簡単ではないんですけれども、少なくとも上役とか同僚となんとかということ、あるいは職場の内部ということで、いじめ、いじめられの問題だったら、ほかのところで顔も合わせないで、飲み屋で恨み言を言っているとかというような、それは気持ちいいですけれども、僕もやったことがあるけれども、会社の帰りに上役の悪口を言いながら飲むというのはものすごくいい気持ちなんですけれども、それよりはどうしてこうなんだというふうに直接、いじめる者と、いじめられる者とが直接会話しちゃったほうがいいわけです。
それでも解決がつかなかったら、本当にお前、いじめてみろ、それじゃあ、おれはいじめられないようにするからなというふうに対抗意識を燃やすのもいいわけですし、どうでもいいわけですけれども、とにかく直接なぜお前はおれをいじめるんだとか、なぜおれだけ給料が少ないんだとか、つまりそういうことは何か文句を言うより、まず直接やっちゃったほうがいいし、それでだめだったら組合を通じて団体交渉をやってしまえというふうになるわけです。
それもストレートなほど、その手のことというのは、わりあいに単調化、単純化することができますから、そういうのがいいんだと思います。そういう問題というのは社会から、見識さえあればそこで解けてしまう問題とか、見識がいくらあったって、社会全体がそういうふうになっている。平等でも何でもないんだから、そういうことはちょっと消えないよということがどうしても残るわけです。そしてどうして残るものであれば、どうしても生きて考えている限り、あるいは共存している限りは、それはやっぱり自分なりの解決の仕方というのをちゃんと考えていくということがとても大切なような気がするんです。
宮沢さんは信仰が一つになれば、多くの人の信仰、考え方が一つのものに集約できる。一つのものというのは一つの組織とかということではなくて、一つの方向を目していくことができれば、それは解決になるということを考えていたと思いますので、ここで獅子を連れてきて怒らせれば、これが解決だというのは、『猫の事務所』の解決だというふうに思います。
だいたい宮沢賢治の解決の方法というのは、そこに尽きるわけですけれども、もう一つあえて言うとしますと、一種のずれというものが、こういう問題の解決になるという考え方があるように思います。ずらせばいい。真正面からではなくてずらしていけばいいんだという問題意識はあるように思います。
たとえば僕は好き嫌いじゃなくて、いい作品かどうかということで、もっともいい作品だと思うんですけれども、『銀河鉄道の夜』という宮沢賢治の作品があります。『銀河鉄道の夜』のなかでいろいろな興味深いところがあるんですけれども、しょっぱなから興味深いところというのがあるわけです。それはしょっぱなから午后の授業というふうになっていると思いますけれども、授業があって、主人公のジョバンニというのがいて、親友のカムパネルラというのがいて、同じクラスで地理の授業を受けている。
そしてこういうふうに書かれているわけですけれども、先生が縷々説明して、天の川はそうですから、本当は乳の流れでもなければ、?いぶし銀の流れでもなく、本当は何でしょうかと言って、先生が質問しているわけです。それで、ジョバンニという主人公が答えてくださいと当てられるわけです。
これも宮沢賢治自身の体験が加味してあるから、それも実感的によくわかるんですけれども、毎日のように学校から帰ると町の印刷工場でアルバイトをして、母親の生活を見ているものですから疲れきっているわけです。疲れきっているものですから、当てられても、なんていうか、本当はそんなことはよくわかっていて、つまりそれは星の固まりなんだ、星の集まりなんだというふうに答えればいいというのは、もちろんなんとなくわかっているわけですけれども、ものすごく疲れていると判断力がものすごくあいまいで不安になってくるということは体験的によくあるわけです。それは宮沢賢治もそういう体験があって、実感がこもっているわけですけれども、ジョバンニが当てられて、たぶん銀河というのは星の集まりだと答えればいいということが頭の中ではわかっているんだけれども、答えられないで、もじもじしているというふうになるわけです。
そうすると、先生がよしと言って、親友のカムパネルラに、カムパネルラさん、あなたはどう思うかというふうに同じ質問をするわけです。カムパネルラはもちろんすぐに銀河は星の集まりですというふうに答えられるわけだけれども、自分がここで答えてしまうと、ジョバンニはアルバイトで疲れきっているというのは自分も知っているから、自分がここであっさり答えてしまったら、ジョバンニを傷つけるかもしれないというふうに考えて、やっぱり当てられてもじもじしてしまうわけなんです。もじもじして答えられないでいるわけなんです。
そうすると、二人のそれを見ていて、なんとなく先生が察しみたいなのがついて、いいですと言って、自分で銀河は星の集まりというふうな説明を自分でやってしまう。そこのところが午后の授業という銀河鉄道のいちばん最初のところなんですけれども、そこの三者三様の気の使い方なんですけれども、要するに宮沢賢治流に言えば、察知の仕方、相手のあれを推察するという察知なんですけれども、三者三様の察知の仕方というのの典型をそこで描写しているわけですが、それは実に見事な描写で、何も書かれていないのに、もう三人が心のなかで何を考えて、こう言ったのか。先生はなんとなく直感的にどういうふうにわかったから、これは自分で説明してしまったのかなというところが、バーッとわかってしまうように描写されていて、見事な作品の出だしなんですけれども、そういう察知の仕方というのがもしあれば、つまり三者三様にあれば、それはやっぱり一つのいじめ的なものに対する解決だということは、『銀河鉄道の夜』で宮沢賢治が言っていることは、暗示している、非常に重要なことの一つのように思います。
これをたとえばカムパネルラがその察知がなかったら、あいつ、そんなはずはないんだけど、あんなことがわからないのか。じゃあ、おれが答えてやろうなんて言って、パッと答えたらいいわけなんだけれども、もしかするとジョバンニが傷つくかもしれないわけです。それから親友同士の二人がもじもじしてわからないようなあれだと、なんだ、おれが教えたのにちっともあれしてないじゃないかと先生が言えば、そうしたら二人は二人、別様ですけれども、傷つくことになるかもしれないので、先生のほうはなんとなく二人のあれがわかるような気がして、自分が答えてしまうということによって、それが一つの解決する場所というふうになるわけです。
それは宮沢賢治が一種の超能力と言えば超能力なんですけれども、一種の察知力があって、人間がそれができて可能で、特に困っている人のことを察知することができる。もちろん目の前の人が何で困っているかということも察知することができる。そういう察知が遠くでも近くでもできるというのが宮沢賢治の仏教で言う菩薩というものの特徴なので、宮沢賢治というのは自分を菩薩にしようと思って一生懸命になった人ですから、察知力、推察する力というのを非常に重要視していて、三者三様の推察する力の場面、それがぶつかり合う場面というのを銀河鉄道の夜では真っ先にあげています。
これもものすごく重要な問題なので、僕らが日常繰り返しているのは、察知力のなさというのと、それからいったん皆さん行動して、まずかったなというふうにあとで後悔するとかというのが、われわれのやっている繰り返しなんですけれども、宮沢賢治の場合は察知力をものすごく働かせて、そういうことが近くのことであっても、また自分が目に見えていないところの問題であっても、それがよくわかるというふうになりたいと心がけたし、それが仏教における菩薩の境地、つまり利他的な行為のもとになる境地だと宮沢賢治は考えていましたから、『銀河鉄道の夜』なんかは、その問題がもうしょっぱなから出てくるわけなんです。
これは僕らはある時代まではそういうことはあまりよくわかっていないというか、そういう読み方はできなくて、そういうふうに読まなかったんですけれども、午后の授業というしょっぱなのところをよく読んでご覧になればわかりますけれども、実に見事で、言っていないことがちゃんと言われているように、ちゃんと読む人に伝わってしまうくらい、見事な伝え方をしています。
それはイメージで伝わるという面もあるんですけれども、そうではなくて、なんていったらいいんでしょう。一種の意味の、また意味みたいなものが宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にはあって、それで伝わってしまうところがある。それはよく読むと、そういうのがとてもよくわかります。人の書いた作品を読むというところで言えば、そこまで読めればそれで十分だということになるのではないかと思います。ついすっと流してしまえば、それは気が付かないで、この午后の授業というのは余計な入り口だなと思われたりすることもあるわけですけれども、本当はものすごく見事な描写をやっているということがわかります。
これはなぜ見事かというと、宮沢賢治という人はしょっちゅうそんなことばかり考えていた人ですし、またしょっちゅうそうなりたいという、察知力を自分が持ちたいというふうに思っていた人なものですから、そういうことは非常に鮮明にその作品のなかに、表現のなかに出てきているんだと思います。つまり察知力の世界というのが、もしわれわれが通常やっているよりも、通常大してできなくて、それを後悔してということを繰り返し繰り返しやっているにすぎないわけですけれども、そうではなくて、本当に察知するということができるような世界になったら、人間関係ができたら、それはやっぱり救済、いじめ、いじめられの問題とか、差別、被差別の問題というのはなくなってしまうのではないかと、宮沢賢治は考えていたということがとてもよくわかるように思います。
今のあれを一種のずらしというふうに考えると、もう一つ解決策を持っているのではないかなというのは、これは何をその人が持っているのか、あるいは童話作品で言えば、何をその人が持っているかは本来的にはいじめられる対象になるんだけれども、ならないで済むのかということの問題なんです。それでいちばん典型的なのは、『風の又三郎』という作品です。これはリアルに言えば、夏休みが過ぎて二学期から転向してきた見知らぬ生徒が来て、それがみんなが夏休みが終わって学校へ出てくると、そいつが教室の中にいて、見知らぬ子どもがいて、教室の机のところに座ってじっとしている。
これもよく体験した実感で言えば、だれかが転校してきて、今日転校してきただれそれで、これからみんなと仲良くしてくれとか、一緒に遊んでくれとか先生に言われて紹介されるみたいな、そういう場面に直面してわけです。そういうことなんですけれども、この『風の又三郎』の一種のなんて言ったらいいんでしょうか、意識されたずらしなんですけれども、少しだけ神秘めかした雰囲気といいますか、性格をこの又三郎に与えているわけです。
だからえてして転校してきたばかりで、下手すると、その次の日からみんなのいじめの対象になってしまうみたいな場面にいるわけなんですけれども、『風の又三郎』はちょっとずらして、普通と違った何かを持っているみたいな雰囲気が又三郎にあるものだから、いじめの対象にはならないし、またいじめられそうな場面というのはいくらもあるわけですけれども、嘉助がいじめられてきたみたいな場面はあるわけですけれども、いじめまでいかないで、やっぱりずらしている、差し替えてしまっているといいましょうか、それで仲良く遊んでしまっている。また転校していつの間にかいなくなってしまうというふうになって、なんとなく一種の神秘めかしてというんでしょうか、一種のずらしの性格を又三郎に与えることで、本来的にはいじめの場面のなかに入ってくるわけですけれども、それがいじめにならないで済んでしまう。逆にある意味で、あの子がクリの木か何かが座っていると急に風がゴーゴーと吹いてくるみたいな、そういう描写をされると、なんとなくその子にそういう雰囲気があるんだというふうに描かれています。
つまり、そういうことで、いじめられの場面に本来なら到達すべき、いくべき主人公がそうならないというのは、一種のずらし方というのを宮沢賢治が一生懸命考えていると思います。このずらし方というのは、僕がさっき、いじめるやつが伝統とか習慣とかという流れのなかに入っていたらなんとなく救いがあるんじゃないかと申し上げましたけれども、これとわりあい似たところがあって、いじめられるべき対象である者はなんとなく神秘めかしたずれのなかに入れ込んでやると、それはいじめの対象にならないで済んでしまうということがあるわけです。宮沢賢治のいじめ文学といいましょうか、童話のなかで『風の又三郎』みたいなものは非常に特異な内容で、それはやっぱり一種の民族とか伝統とか伝説とかという流れに近いずらし方をしているというふうに思われます。
宮沢賢治の童話作品の持っているずらしの世界は、だいたい今申し上げたところで尽きるのではないかと思いますし、また子どものいじめの世界もだいたい宮沢賢治の童話が描いているところのなかに全部いじめの種類は入ってしまうのではないかと僕は思います。その範囲を出てしまういじめというのはちょっと考えられないのではないかというくらい、非常に用意周到に描かれています。
これもやっぱり宮沢賢治の宗教意識にもよりますし、また宮沢賢治の実感的ないじめた経験はないでしょうけれども、いじめられた経験はあるということに基づいているのではないかと僕は思います。それは僕らが考えている精神の範囲よりも、もっと一回り大きく精神の範囲がとられていて、その範囲のなかで考えられているから、それで救いが出てきてしまうということではないかと思われます。
宮沢賢治は法華経の信者です。宗教的な人間のほうが、文学的な人間よりも自分のなかで重たいんだと考えていた人だと思います。僕らは文学的に読むほうが主なんですけれども、自分はそうではないと思っていたと思います。この人の宗教性のなかでも、あるいは宗教観のなかで、実際は法華経ですから日蓮宗に属するわけですけれども、ある意味で言ったら、もうそれは超えていると思います。超えているというのは、その垣根を取っ払ってしまって、法華経の信者でありますけれども、日蓮宗だとは必ずしも言えないと思います。
それから何を考えていたかというと、一種の普遍宗教、宗派に入っていかない、宗派ではない宗教を考えていたと思います。それは何かと申しますと、宗派の宗教というのは必ず対立すれば、おれの宗派のほうがいいんだから、おれのほうへ来いとか、おれの宗派のほうがお前のところよりいいんだから、お前のところはだめだというふうな宗派的対立というのは、宗派をこしらえれば必ずそういうのが起こってくるわけです。
宗教も同じような?くくりですけれども、宗教ではなくて思想というのがあります。社会をよくするにはこうしたほうがいいとかという考え方がいくつもあって、それぞれの宗派といいますか、党派をつくって対立する場面がある。やっぱりあいつの言っていることはだめだと言って、おれたちのほうが正しいというので対立するわけです。それが今の?言語で言えば、内ゲバというやつですけれども、内ゲバになってみたり、外ゲバになってみたりというふうに、対立がきわまるとお互いに殺戮し合うというようなことになっていったり、そういうことはあります。
つまり宮沢賢治が考えたことは、党派あるいは宗派となって具現してしまって、それぞれが信じていることがみんな違うという、そういうのではない宗教、あるいはないこと、普遍宗教といいましょうか、そういうものが可能であるか。可能であるとすれば、自分はそれを望みたいみたいな、そういうふうな考え方を持っていた人です。実際には法華経の信者であることは間違いないんですけれども、自分自身の考え方としてはそんなんじゃなくて、だれにとっても普遍的だという、そういう宗教は可能ではないのだろうかということを考えていたと思います。
もう一つあるのは、自分は農学者、あるいは農業科学の専攻者ですから、科学というのと宗教は自分のなかでも分裂しているわけです。つまり科学的に言えば、僕はあの世というのはないんだと思います。つまりこの世で死んでから、あの世というのはあるんだと宗教はみんな言うわけですけれども、科学的にはそれはちょっと考えられないというのが妥当だと思います。だから科学者としての宮沢賢治がどこかでそれを疑っていると思います。あの世があるという考え方は疑っているけれども、けれども宗教家としての宮沢賢治はあの世はあるんだ。死んだらそこへ魂は行くんだということを信じていたと思います。信じたり、実験してみたりというようなことをしていたと思います。
ですから自分のなかでの科学と宗教というのは分裂しているわけです。それをなんとかして宗教も科学も同じものにならないかということが、宮沢賢治が絶えず考えていたことです。ですから、それにはどうしたらいいんだ。『銀河鉄道の夜』のいっとうはじめの原稿にはそういうのがありますけれども、神秘的な偉い人が出てくるんですけれども、その人にジョバンニが聞くところがあります。
そうすると何か答えるかというと、答えないで、自分もずっとそのことは考えているんだ、考えなくてはいけないと思っていると。何だというふうに言えない。しかし、自分もそれを考えていると答えるだけになっているわけです。宮沢賢治自身は、けれども実験方法があって、実験があって、実際に試せる方法があって、実験で本当の考え方と、うその考え方を分けることができたら、やっぱり宗教、信仰、科学というのも同じになるんだということは作品のなかで言わせています。じゃあ、その実験の方法って何なんだ。それはわかりませんという答え方だと思いますけれども、宗教と科学というのは一致しなきゃいけないということを絶えず考えて、やっぱり自分なりに思い悩んでいた人だと思います。
僕らは、並みの宗教家よりは、この人はずっと考えているなと思えるところは、宗派というものに分かれて、それぞれの信仰している神様とか仏様がいるんですけれども、それが違ってしまったら、もう必ず対立が起こる。それはきわまっていくと殺し合いが起こってしまったりする。だからこれはあってはならないといいますか、それがない宗教というのがあるなら、それは普遍宗教であって、それならば信じるに足ると考えて、そこまで考えていたということは、やっぱり並みの宗教的な人格と違うところだと思います。
僕らは宗教なんか持たないというふうに思っていて、そのくせというのはおかしいけれども、家の宗教というのがあるわけで、習慣としてはそれに従っている。法事とかなんとかはそれに従ってやって、のこのこやっている。けれども本当を言うと、信じていないような宗教なんて、というふうに僕らはそう思っています。だからいちばん好きな言葉は、高村光太郎という人の言葉で、「死ねば死にきり、自然は水際立っている」という詩の言葉がありますけれども、それがいちばん見事じゃないかと思って、信仰というのはないんですけれども、じゃあ、お前に思想があるかと言われれば、まだあるよと思っているわけです。それは宗派的とか、党派的ということになったらもう絶対だめだし、それはしこたま体験しているので、その一連で考えたら?いけないよなと思うけれども、やっぱり宗派、党派、そういうのがないという思想というのは可能であろうかということは、やっぱり絶えず自分なりに考えてきていると思います。ちっとも解決していないんですけれども、考えてはきているというのが現状だと思います。
宮沢賢治の童話を何か特定の主題と結びつけて論ずるというのは、本当は邪道であるような気がいたしますけれども、しかし宮沢賢治の童話のなかには、今日の主題のように、いじめということにもし普遍性があるとすれば、普遍的な意味でのいじめを主題にした文学だということは言えるような気がします。ですから、それほどおかしくはない気がして、おしゃべりをしてまいりましたけれども、本当はそうじゃなくても、一種の芸術性として読む。先入観なしに読んでくれたら、はるかに多くの受け取り方ができると思います。けれども、いじめの問題と結びつけてみても、それほどおかしいことにはならないだろうということで、今日そういうお話をしてみました。
僕はまだ宮沢賢治について書いて論じたいことはいくつか、それはできるかどうかわかりませんけれども、残っているんですけれども、時間だけの付き合いとすれば、だらだらもう半世紀以上付き合ってきたという気がします。たいていのことは全部、僕は宮沢賢治はあきらめたと思っているわけです。いちばん最初に宮沢賢治に打ち込んだのは、十代の半ば過ぎたころ、おれはもしかすると、宮沢賢治的な生涯が送れるのではないかとそのときは思い込んで打ち込んで入ったように思うんですけれども、だんだん堕落して、だんだんだめになって、もうほとんどあきらめたといいますか、もうこの人はあきらめたという自分が思っているんですけれども、わずかになんていいますか、何が本当の考えで、何がうその考えかということを分けられたらなということについては、自分なりに今も問題意識を持ち続けて、わずかに残っているような気がいたします。
そのほかのことは全部あきらめました。全部もう、とんでもなく堕落してしまいましたというふうに言うよりいたし方ないんですけれども、いじめの問題にかかわるところで言えば、自分なりの実感も含めて、だいたい宮沢賢治の童話はいじめという言葉の意味を非常に普遍化して考えれば、だいたいいじめの文学の最たるものであると思います。どれでもいいですけれども、僕は『銀河鉄道の夜』という作品は二十世紀に書かれた世界中で書かれた文学作品のなかでも、やっぱり指折りの一つに入るというふうに、今でもそう思っています。
これは読むたびに少しずつイメージが変わってきたりしますけれども、大変な人で、まだまだ読み尽くすというところに自分がいっていなくて、まだまだ?考証するところでは近づくと思います。続くと思いますけれども、聞くところでは生誕百年になるんだそうで、司会者の人が言われたように、生誕百年目のときに宮沢賢治のことと、いじめのことということを含めておしゃべりできたのは大変幸運だったというふうに、僕は思っていますけれども、皆さんにとってはちっともお役に立たないかもしれませんが、これでいちおう僕なりのお話を終わらせていただきます。(拍手)
(質問者A)
質問というわけではなくて、感想になると思うんですけど、私は今日のお話でいえば宮沢賢治の熱烈な読者というわけではなくて、吉本さんのほうも20年来、これも申し訳ないんですけど、熱烈な読者というわけではなくて、つまみ食いのように読んできたもので、そんなところで、今日は来させてもらいました。
私はいま、中学校と小学校の教員をしているんですけど、幸いといいますか、大きないじめというのには、いまのところ出会ったことがない、ただ、一人ひとりの子供にとっては、ちょっとしたいさかいなんかでも大きな問題だろうということはわかるんですけど。そんなことでいろいろトラブルがあった時に、子供たちを集めて、このような部屋で話をしたことも何回かあります。そのときに話をしていて、子供たちに染みとおっていくかどうかというのは、なんとなく直感でわかるんですけど、なんとなく上を通り過ぎていっちゃう、いくらこっちが真剣になって、いろんなそういう関係の映画をみせたり、いろんなことを話してもしっくり聞いてくれないなという感じをずっと味わってきました。
今日、吉本さんのお話の中で、大人とか教師が介入するとあまりうまくいかないよ、おかしくなっちゃうよという話を聞いて、そういうことだったのかなというので、なんとなくちょっと腑に落ちたというか、わかったような感じもしました。それを聞いて、じゃあ我々は何もできないかな、残念な感じもするのですけど、いままで感じた齟齬というか、ずれというのはそういうことだったのかなというのはわかった感じはありました。
この中で、やっぱり先生方もいらっしゃって、いや私はそうではないと、こういう経験があった、こういうふうに言ったら子供たちとスッとわかり合えたという人もいるかもしれませんので、私の体験だけではなくて、そういったこともあったら、お話を聞けたら参考になるし、みなさんも参考になるのではないかと思って、つまらない話ですけどさせていただきました。
(質問者B)
感想を申し上げますと、宮沢賢治の世界の頃には、原罪のような、いじめの世界というものが、時代を超えて存在するものだとはいいならんも、やっぱりいまの時代とは違ったものがあるような感じがするんです。特に、いまのいじめをみると、昔は、自殺というのはあまりなかったように思うんです。いまのいじめは必ず自殺がくっついてくるんですが、我々の頃のいじめというのは、いじめでも怪我をするとか、その程度ですけど、いまのいじめは自殺する。
初めにお話があったように、やはり、いじめられた側にひとつの聖なるものがあり、そこに宮沢賢治は癇に障るものを感じているんじゃないかと、たしかにそういう意味では、いじめられるということも非常に尊い、そういういじめられたものに対して、ひとつのポエジーがあると思うんですが、ただ、いまのいじめというのは、なにかもっと違うものがある気がするんです。だから、もしも宮沢賢治がこういう時代に生きていたら、もっと生命の尊厳さとか、そういうものが取り上げられたんじゃないかな、新しいもうひとつ童話が生まれたんじゃないだろうかという感じがしたのですが、私の意見はいかがなものでしょうか。
先ほどの哲学堂の話なんですが、哲学堂を作っていないということはたしかに申し訳ないことで、はやく眼の明るいうちにと思いますが、非常にこれはむずかしい問題でもあるので、ただ、私どもは哲学堂という建物もそうだろうけど、しかし、こうした会合をもつこと、そのなかにも哲学堂の意義というものが相当あるんじゃないかと思うのですが、そういう意味で、哲学堂を建てるということもあれですが、しかし、こういう会合を日々日々充実させていくことこそ哲学堂の設立になるんだよと、そういう考え方も一部にあるんだということをご理解いただきたい。
(吉本さん)
きっといじめということの具体的な問題も、時代をおってそれぞれの様式といいますか、変化があるんだと思います。だから、宮沢賢治時代のいじめというのと、ぼくの子供のとき体験したいじめ・いじめられというのとも、違う要素が必ずあるに違いない、だからもし、いじめということに、ほんとうの処方箋みたいなものがあるとすれば、その処方箋の薬の中のひとつには、いまでいわせれば、こういういじめ方の問題は起こってこないんだという、その要素が入っていなくちゃいけないことは確かだと思います。
それについて、ぼくはちっとも、じぶんの子供はそこをくぐってしまっている実感はないので、大過なく、グレたことは二人ともグレたんですけど、大したグレ方じゃなく、大過なく通っちゃったというのは、偶然の状況かもしれないし、たいして参考にもならないので、おっしゃるとおり、それは生命の尊重ということが、いま現在のじぶんには不可欠の薬の一種類としてあるのかもしれないということは感じないでもない。
子供のそういうグレるにはグレたと申し上げましたけど、グレたけど、これ以上グレることはあるまいなと、ないと言っていいんじゃないかなと、ぼくが実感的に信じられたところはどこかということを考えてみますと、だいたい育てるときに、55点ぐらいで、かろうじて四捨五入すれば合格点というくらいはやったというあれがあるんです。結局、何を根拠に子供はこれ以上グレないというふうに、ある程度はグレるけど、しかし、これ以上はグレないというふうに何を根拠に信じたんだといったら、実感を含めそうなんです。55点ぐらいはやったような気がするなという気がするんです。
ぼくは、生命の尊重というふうにおっしゃられたことと対応することで、実感的に覚えていることがあるんですけど。ぼくは55点ぐらいの育て方をしたなというふうに、それ以上はちょっとできなかったなというふうに思っているわけですけど。
もうひとつは生まれてから1歳くらいまでの間です。だから、母親がおっぱいを飲ませてとか、母親の代理の人が牛乳を飲ませるとか、おしめを取り替えてとかいう、つまり、それをしないとやっていけないという、ご本人がやっていけないというのは、1歳くらいまでだと思いますけど。ぼくの理解の仕方では、そこまでの子供の育て方が、100点だよとか、95点だよとかなってたら、たぶん、いじめ・いじめられる世界を回避できるんじゃないかなというふうに、ぼくはそう思っています。
それはおっしゃる生命の尊重ということが重要になってきて、つまり、自殺はなかったことと、対応して申し上げますと、ぼくは0歳から1歳くらいの間の育て方が、非常に完璧に近かったら、近いというあれが親のほうにあったら、いじめ・いじめられの世界が回避できるはずじゃないかなというふうに、ぼくはそういうふうに思っているわけです。
この問題はたぶん普遍的だといいましょうか、時代によって変わることじゃなくて、時代によって100%がむずかしいか、むずかしくないかはありますけど、100%あるいは90%やったという確信が1歳までの育て方であったら、ぼくはいじめ・いじめられの世界をその子供は回避できるんじゃないかなと、ぼくはそういうふうに思うんです。思っているんです。
だから、なぜいじめで自殺するかということと関連するわけですけど、たぶん、いろんな手本はあるわけですけど、たとえば、ぼくらはお粗末な同業者であるというふうにもいえるのですけど、たとえば、太宰治という文学者がいて、それから、ぼくらと同年代の人だと三島由紀夫という同業者がいて、これは、この二人とも自殺しているわけです。
考えてみると、ぼくらの桁違いな天才的な大才をもった文学者ですけど。逆な意味からいいますと、大才をもった文学者であったということは欠陥のような気がしてしょうがないのです。この人たちの1歳未満までの育ち方と育てられ方の、ぼくらが調べた範囲ではひどいものなんです。ちょっとひどいもので、やっぱり親からこんな育てられ方をして、これで生きていけというのは無理だよというくらい、二人ともひどいものです。
ひどいということは、経済的にはちっともひどくないんです。むしろ日本の上流に位する経済的に豊かな家なんだけど、ただ僕が言っている育てられ方というのは、親と子の関係ということ、特に1歳未満の関係をいうわけですけど、それはちょっとひどいものだなと、こんな育てられ方をされて生きろと言ったって、それは無理だよということで、ひどいと思います。
そうすると幸いなことに、それほど僕なんかはひどくなかったから生きている、なんとかかろうじて生きていますけど、じぶんのあれと比べると、ちょっとひどいなという育てられ方を親からされています。僕のこれは思い込みなんですけど、だから、この人たちは心の中で他人には言えない葛藤といいましょうか、他人に言ったってわかってもらえないよというような、無駄な精神のあがきなんですけど、それを他人よりもたくさんやったと思うんです。それでかろうじて生きてきたと、あるところまできたんだけど、とうとうダメだったよということだというふうに思うわけです。
それは他人に言うことはできないのです。もともとなぜそういうのができたかというと、1歳未満で母親との間でしか通用しないことですから、育てられ方についてですから、それは他人に言ったって、ほとんどわかってもらえないです。そういう実感をもっている人は、きっとそういうわかり方をされるでしょうし、とにかくこんなことは他人に言ったってわかってもらえない。自分でもって考えあぐねても何しても、とにかく生きる方向へいこうと、それを乗り越えていこうと思う以外にないというふうなことで、人一倍、たぶん苦労したと思います。他人に言えない苦労で、言っても無駄だという苦労をしたとおもいます。
それが逆に言いますと、あの人たちを偉大な文学者にしたということに結果的になったんじゃないかと、ぼくはおもっているわけです。だからまた逆にとると、それなら意図的に1歳未満までひどい育てられ方をしたほうが偉くなりそうだと、そういうふうにとられたら困るわけです。
偉くなるかならないかというのは、これは社会がなんとか言ったって、評判がどうだという問題だけであって、そんなことはちっともご当人にとってはあまり意味がないんです。もともとお金持ちですから、お金に困っているわけじゃないし、いい作品を書いて、他人を慰めることとか、他人を幸福にすることはあっても、じぶんにとっては、そういうことで評判をとったりということは、あまり意味がないんです。だから、そう考えて、ものすごく大変なこの人たちは無駄な、他人には告げられないような、言うに言えない苦労であり、それを克服してきたという意味あいが、たぶん人一倍やった、それが結果として言葉の表現でいい表現で残ったということになったと言ったほうが、ぼくはいいんじゃないかと思えるくらい普通のほうがいいです。
いい母親で、1歳未満を100%近い、そういうふうに育てたとか、たとえば、それはすごいことで、1歳未満の時に母親と父親が夫婦仲が悪くて、しょっちゅうイライラしながらとか、しょっちゅうこんな亭主の子供なんか育てたくもないわと思いながら、でも見かけ上はおっぱいをやって、たとえば、そういう育て方をしたら、絶対ちゃんと刷り込まれますから、つまり、動物だって刷り込まれるわけですから、まして人間ですから、もっと刷り込まれますから、それは思春期になったら完全にあらわれるんです。
だから、そんなのいくら誤魔化したってダメだし、それでお母さんでもお父さんでも、ようするに、学童期になりますと、たいてい、いい母親、いい父親になっているんです。なっていない人もいるかもしれないけど(会場笑)、だから、いくらなっても、それは1歳くらいまで、そのときにどう育てたかということに対しては、影響を与えることはできないのです。いってみれば宿命なんです。宿命というくらい大変なことなんです。
だけど、人間はそういう宿命をもったからといって、ポカンとしているわけじゃないんです。それを乗り越えよう乗り越えようと思って生きるわけです。その乗り越えよう乗り越えようというのは他人に告げられない苦労なんで、生き死になんですけど、でも、それをやることが人間が生きるということですから、それで、三島さんも太宰治も、それは人一倍そうだったんです。それをやってきて、かろうじて生きてきたんだけど、ある時期で進退窮まったよというふうに、ぼくは二人ともなったというふうに、ぼくはおもっています。
これは、ご当人はいろいろ理屈をつけておられるけど、三島さんだって、天皇制文化とか、いろいろ主張しているけど、もっともそれは後でつくったといいますか、じぶんで考えた思想なんだけど、そうじゃなくて、じぶんが考えていないところで生きられることに、ものすごく苦労して、それを克服するために、うんと苦労しているということがあって、それでやっぱり生きるのは無理だよというふうになっていたというふうに、ぼくはそう思います。そういう要素を加えて考えないと、あの人たちの文学とか、それから、生き方とか、自殺とかいうことは、充分といいますか、完全には考えられないよと思っているんです。
ですから、おっしゃる、生命が尊いものだというふうに、もちろんそう言うことも大切だろうし、外から教育することもいくらかの効果はあるのかもしれないけど、ぼくはちょっとそれは信じられないんです。それよりは、ぼくのもっと信じられることは生まれてから1歳くらいの、いってみれば授乳期ですけど、それの育て方がうまくできたら、その人はもう青春期になって、また1,2年で青年期、壮年期になって、あるいは、お年寄りになってでもいいですけど。この人は相当な困難なことにぶつかっても、死のうなんて思わないで、それを克服することができるだろうなと思います。
だけど、そこの育てられ方で、45点以下だというふうになったら、ぼくは生きるのは無理だよという、よくよく気をつけて、よほど自分で苦労してとやらないと、生きるのは無理だよというふうに、ぼくはなるように思います。第一義的な宿命のように思います。だけど、いざそういうふうに育てられたやつはみんな死ぬかといったら、みんな自殺するかといったら、それはそうじゃないんです。逆はそうじゃないんです。克服しつくす人もいるわけです。だけど、えてして自殺しやすいです。
それから、いじめ・いじめられる世界の子供というのは、ぼくの言い方をすれば、やっぱり、そこの問題が関与しているとおもいます。1歳未満に父親・母親にどういう育てられたかという、育てられ方をしたかということと関与するというふうに僕は思っています。
つまり、それは一種の無意識の荒れ方ということに関係するわけですけど。ようするに、太宰治も三島由紀夫も、見かけ上は申し分ない立派な紳士なんだけど、無意識が荒れていたと思います。荒廃してどうしようもないというくらい荒れて、それを克服するのは大変であって、他人には言うことができないし、兄弟にも言うことができない。親のせいにすることもできない。じぶんで克服するより仕方がないという苦労だとおもいます。
それだから、死んだ人はみんなそうだというふうには言えないのですけど、あるいは、そういう人はみんな自殺するとは言えないのですけど。逆でいいますと、死とか、極端にいいますと自殺するとか、精神の病とか、それからもうすこし軽くいえば、いじめる・いじめられるとかいうことが入りますけど、それの世界に没入していきそうな人というのは、1年未満までの親からの育てられ方とは、ぼくは密接に関係していると思っていますから、これ偶然に1歳までに親から育てられていたら、絶対に人間社会の相当なむずかしい局面にぶつかっても、まず死ぬことは、殺されることはあるかもしれませんが(会場笑)、死ぬことはないと僕は思います。それくらい重要だとおもうから、おっしゃることに対応していくと、ぼくはそこのところじゃないかなというふうに考えていますけど、ぼくの考え方はそうなんです。
外から生命を尊重しろ、死ぬなって校長先生が説教したって、そんなのが効くなんてことを考えることは、ぼくは不可能なんじゃないかと、冗談じゃねえって、生徒のほうは何を言っているんだ馬鹿野郎と言っているに決まっているわけです。それは実感からもそうです。よほどの特殊な優等生なら別ですけど。そうじゃない人は、大部分の人は、早くやめてくれないかな、そんなことを言ったって、聞けるわけねえじゃないかって、そういうふうに決まっていると、ぼくは思っています。
それは一種の世論とか、世間的な情報社会の一種の常識みたいなふうに、新聞記事やなんかにありますから、だから、おっしゃることは、一見、いちばん流通しやすいといいますか、いちばん他人の耳に入りやすいし、子供の耳にも入りやすいのでしょうけど、それはすぐに抜けちゃうと思います。ぼくはそう思います。
それよりほんとに、親というか、大人のほうから考えるならば、やっぱり何もないです、言うことは何もないです。おれの生徒になったときにはもう遅いよっていう、親の反省することはいっぱいある、しかし、先生として関与することは何もないというふうにして、何も介入しないと、ただ、それは申し上げますけど、ただ、子供が真剣に助けてくれといいましょうか、どうしたらいいか教えてくれと言われたら、ほんとうに全部の、じぶんの生涯の体験を出し尽くして、ほんとうに本気になって、その子供のためにとか、その子供と一緒にその問題の処理に当たるといいましょうか。それで、原則は決まっているんです。ようするに、できるだけ直接的がいいんです。他人の評判でどうじゃなくて、直接的に当たって、解決に心から向かうという、それをやりさえすればいいのです。
それは言われたらやればいいので、言われたら本気になってやれば、言われて、いい加減な説教で済まそうなんて考えないで、本気になって子供と一緒にやってやるという、その代わり、何も言わないでまだ我慢している程度、つまらなそうな顔しているなとか、学校おもしろくなさそうにしているなというくらいだったら、なんとなくそれはわかると思います。言いやすい雰囲気を作るのが重要でしょうけど、それは何も口出ししないほうが僕はいいと思います。説教なんか、わかりましたなんて、そういうときは追い詰められているんですから、説教はものすごく大きく響きますから、説教なんかしたら絶対ダメだと思うんです。しないほうがいいし、黙って見ていて、何か言いやすいような雰囲気は作るとして、黙って見てて、その代わり、いざ相談にきた時には、じぶんの生涯の経験を賭けて、子供と一緒に解決に当たっちゃうと、なにをおいても当たっちゃうという、会社なんて行かなくてもいいから、そのくらいやらないとダメです。会社なんかどうでもいいですから、ひと月やふた月休んだって、そんなことよりも相談されたら本気になって子供と一緒にやっちゃう、その代わり、相談されなかったら、何も言わずに見ているみたいな、ぼくはそれ以外にないような気がして、先生なんてましてや何も言う必要がない、お前らはもう遅い、生まれてすぐいじめ・いじめられの世界に入るように作られちゃっているからしょうがないです。しょうがないですと言うより仕方がないのです、先生なんかは。そのかわり、先生だって、いざ相談されて、どうしたらいいんだって本気で言われたら、一緒になって、授業なんかいいですから、それに専念しちゃって、みんな巻き込んで宣伝しちゃって解決しちゃうという、そのくらいのことをすればいいと思います、ぼくは。それ以外は干渉しないで、お前の好きにやれよと、親が1歳未満の時にやっちゃったと、しょうがないよということにあまり介入しないというのが僕はいいんじゃないかと思います。
ましてや、校長さんなんていうのは、介入するのなんか無理じゃないか、何も生徒と接触もしないくせに、そんなときになってあれしたってしょうがない、急にやったってしょうがないし、やりようがないし、講堂に集めて、おっしゃるとおり、生命は大切なんだよとかなんとか言ったって、うるせえなと、ぼくはしらけさせちゃうように聞こえるかもしれませんけど、そういうふうにいうなかに、ちょっぴりだけ本当のことが入っているみたいに受け取ってくださればありがたいです。
(質問者)
いじめというのはどんなことですか。
(吉本さん)
それはまた人によってとか、当事者によってとか、年齢によってとか違うでしょうけど、ぼくは今日の話を延長していえば、ようするに、Aという人物とBという人物は違いがある、違いがあるということは、全部いじめの原因になるし、広い意味でのいじめといったら、この人とこの人は何らかの意味で違いがある。それからまた、違いのところに意思的な要素、つまり、わざと違わせようとしたとか、違いというのを一方のほうは意識しちゃって、一方のほうは意識していないかもしれないけど意識しちゃってとかいうふうになったら、もうそれはいじめの領域に入るのではないでしょうか。
そこの問題までいけば、先ほど言いましたように、話し合えば解決する、おまえと俺とはこういうふうに差別待遇しているけど、おれはちっともお前と能力が劣っているとは思っていないんだというふうなことを話し合えば、相手のほうも、いや俺だって思っているわけじゃないんだけど、恐縮しながらいい給料をもらっているんだと言うかもしれないし、ちょっと話し合えば解決しないまでも、あいつはああいうふうに考えているのかというのがわかることができると思います。
でも、ほんとうの意味でのいじめ・いじめられの問題というのは、やっぱり違いというのがあるかぎりは、それはなくならないというふうに思いますから、そういう意味では、いじめの問題の範囲を広くとれば、違いがあるということ自体がいじめの要因の中に入ってくるんじゃないでしょうか。
だけど、あなたが、いま質問された人が、どこのところでそれを考えているかというのは、いまのあれだけではわからないのですけど、もっと狭い範囲でとっているのかもしれませんけど。いちばん広い範囲でとれば、もう違いがあるということで出てきちゃうと思うんです。
ぼくはそういうことで、馬鹿馬鹿しいんだけど悩んだことがたくさんあって、ぼくは人相が悪いでしょ、なんとなく女の人というのは人相がいいやつのほうにシンパシーを持っているんじゃないかなという実感的なそうなんじゃないかと思うことが、被害妄想も含めて、そういうのがあって、人相が悪いのは俺のせいじゃないからな、そんなんで差別されていたらかなわないみたいなふうに思って、そういうことは何なんだろうって考えたことがあるんです。それで、解決はいまでもついていないんですけど(会場笑)。
逆の場合もあるんです。逆も、やっぱり顔の綺麗な女の人と、そうじゃない女の人がいた場合に、これは距離の問題じゃないかなと体験でおもえてきたんです。つまり、ある距離だと顔の綺麗な人のほうがいいんです。もう少し距離をつめると、プラスαで話し方がいかにも丁寧でとか、やさしくてとかいうと、アッとおもって惹かれちゃうとか、だけどほんとうに距離を詰めたら、そんなことは何も意味がないよとなるんです。それこそ、1歳未満に100%育てられた人が、いちばんいい女の人です、いちばんいい男の人ですと言ったほうがいいくらい、まるで違うということです。
学歴があるとか、顔がきれいだとか、それから、人当たりがいいとか、悪いとかということは、もう全然関係ないことです。異性関係でも絶対関係ないです。そこらへんのところで何かやるとたいていミスをしますから、やっぱりピタッと接触というか、触るぐらい距離を詰めたときに、この人はいいなというふうに思えたら、それがいちばんいいんです。
そこまでいけば、顔がきれいであるか、きれいでないかとか、学歴があるかないかとか、非常に丁重ないい言葉で相手に対せられるかどうかというようなことは、ほとんど無関係です。無関係だということがわかります。ほんとうはそこまでいけば、異性問題というのは終わりじゃないかというか、いいんじゃないか、そこまでいけばそれでいいんじゃないかと思いますけど。
やっぱりそれは距離の問題です。距離がある程度、離れていたりすると、やっぱりあっちの人がいいやってなっちゃったり、会話をしていてもそうです、気の利いた会話をしてくれる女の人というのは、ああいいなとなっちゃって、そのうえにプラス美人だったら、そういうふうになっちゃうんだけど、そんなのはぜんぶ幻想にすぎないです。
そうすると、その人の進路をつかんでくれというようなところでつかんでみて、お互いよかったというふうにいけば間違いないという、離婚とかなんとかいうのは起こらないで、まあまあいけるわけですけど。やっぱり離婚というのが頻繁に起こっちゃうというのは、進歩した社会ほど制約がないから、我慢することがないから起こりやすいんですけど、それは過渡的なものであって、ほんとうに人間というのを、あるいは異性というのを人間が捉まえることができるようになったら、絶対そういうことは考えない、容貌とか、学歴とか、知的だとかなんとか、それはもう全然関係なくて、なにかがその人の良さを決めているということになるように僕はおもいますから、そこまでいけばいいなと思いながら、じぶんがある距離感でいけば、これはおかしいんじゃないかということは一生懸命考えました。
それで考えまして、ある程度、じぶんなりにあれしたけれど、最後のところはやっぱり、おまえはそんなことを言っているけど、おまえやっているじゃないかって言われると、もしかすると距離感で、いいかげんなところで、対しているかもしれないということに実際にはなっている実感とあれとはすこしギャップがあってとかなりますけど、ほんとうにやったらどうなのかというのは、やっぱり自分なりに相当考えたんです。それは馬鹿馬鹿しいけど、克服だもんなということがいっぱいあって、それは考えたんです。考えたことは考えたことはありますけど、実際問題はそこまで実感が伴っているかどうかと言われたら疑問になっちゃうんです。
それから、もうひとつというのは、やっぱり異性との恋愛関係というのもそうですけど、これは一種の眼に見えない広い権力関係でもあるんです。そういう馬鹿馬鹿しいことを一生懸命考えていたので、異性との関係の中に、一種の権力なんて何もないですけど、権力の範疇みたいのが、立場上、遊離しているみたいな、あるいは、これはほんとうの意味での好き、嫌いとかいうことと違う要素ができてくるみたいなことがあったりすると、じぶんでもって自己抑制しちゃうみたいのがありますけど、そういうことというのは異性の関係でもあるんです。
つまり、先ほどの質問の人のあれに変えれば、いじめ・いじめられる問題ということを非常に極端に広げてしまうと、違いがあるということ自体がその原因になっているから、そこまではちょっといまのところ個々のケースで防ぎようがないんじゃないかと、ただ、話し合って理解できれば、防ぐ箇所だけは防ぐという、そういう意味でのいじめ・いじめられということがあるような気がします。
だから、成績のいい優等生というと、やたらに上だから癪にさわられていじめられる事態もありますし、やたらに尊敬されてという場合もありますし、それは両方、いかようにもあるわけですけど、逆な場合とあるわけですけど、そういうこともまた、いじめ・いじめられの原因になりますし、そういうことはしこたま実感にかなってくるように思います。
じぶんの小学校の時の体験で、女性の先生で、先生が皆そうだとは決して言いませんけど、ぼくらが理科を教えられた先生なんですけど、その先生はクラスの美少年で優等生なのがいるわけですけど、講義するとき、そいつの顔ばっかり見ているわけです。露骨にそうなので、とうとうみんな嫌になっちゃってといいますか、授業中に騒ぎだして、勝手に指導しだしてといいましょうか、なにかあれしだして、とうとう怒らせて帰っちゃったんです。帰っちゃったのはいいんだけど、担任の先生に言いつけられて、担任の先生に全員立たされて、ひでえ目にあったなと思ったんだけど、そういうことがありました。
だから、ぼくなんかひねくれて、つまり、無意識が荒れているほうですから、太宰治みたいじゃないけれど、それほどじゃないけれど、荒れているほうですから、なんだこの先生はとすぐ思って、勝手な事をしようみたいになっちゃって、怒らせちゃって、えらい目にあったなと、おまえ先頭だったそうじゃないかとか、これはかなわんというのがありましたけど。
そういうふうにいうと、いじめ・いじめられというのは、違いがあるということは全部、それの要因になるということまで、いじめ・いじめられの問題は広げて考えてみることも、とても大切じゃないのかなという気がします。
もっと狭く云えば、非常に心の底からあれができる友達が潜んでいたら、それは完全に自殺までいくみたいな姿勢もあるし、それから、もともとの育ちだよというか、育ちがよくてとか、金があってとか、人がよくてとか、そういうことは関係ないので、1歳未満の時までに大変よく育てられていたら、それはいくら実質的に困ってたって、そんなことは必ず、どんなことがあっても、これはいい子だというふうに、たいていの困難は乗り越えていけるというふうになっているというふうに、ぼくはかなりな程度、確信していますけど。
そういうところのいじめに対する意識・無意識の処方箋ということになりそうな気がして、そこはもう先生はちょっと関与できない。親だけが関与できる。親はそのために反省したらいいので、子供がそういうことで死んだから、死んだ子供の父兄を集めて、いじめ防止協会みたいのを作ろうじゃないかというのを聞くと、ぼくはそれは違う、まるで違うことだと僕には思えてしょうがないんです。
そういうことはしないほうがいいです。まして、じぶんの子供がそうだったら、しないほうがいいですよというふうに、ぼくは言いたいような気がしてしょうがないです。新聞で、そういうのがつくられて活躍しているとか、何を活躍しているんだと、新聞はそれをいいことのように記事にしますけど。ぼくに言わせればそれは悪いことで、よくないことだから、それはしないほうがいいですよというふうに、心の底から薦めたいと思いますけど。
そういうことはすべきじゃなくて、じぶんの子供が自殺したら、じぶんが反省したり、じぶんの奥さんが反省したり、あるいは、じぶんの夫婦仲を反省したらいいので、たいていそこに要因があるというのは間違いなくそうなので、そういうことは反省したほうがいいので、だから、おれは、そういう子供が自殺した父兄と一緒になって、いじめ防止委員会みたいのをつくろうなんていう発想は、ぼくに言わせるととてつもない間違いだというふうに思えて仕方がないです。
しかし、これはいってみれば、現在の社会の一般風潮としてありますから、ぼくがこんなことをいくら言ったって、みなさん承知するかどうかわからないので、いくら言ったってダメだっていうのは、いくら言ったってしょうがないんだと思いますけど。ぼくもまた頑強ですから、そういうことは思っていますから、正しいよ、いいよというふうに、ぼくは書いたことがないですけど、ぼくはそうだとおもいます。
ほんとにそういう風潮はダメだから、もし、じぶんの知り合いの父兄で、子供がそういう目に遭って、自殺しちゃって、目覚めて、おれは防止のあれをつくろうみたいなふうにしたら、おまえやめろというふうに、おまえの夫婦が悪いのよって、おまえの1歳未満の育て方が悪いのよとか、そういうふうにいうと、そういうふうに言ってやめさせたほうが、ぼくはいいように思います。それが極端ですけど、ぼくは妥当だという考え方です。この主張を譲る気はないというふうに、ぼく自身も考えていましたし、そう思っておりますけど。
だから、うちの子なんか、わりあいにそれを、高校生で両方ともグレましたけど、学校なんていかねえという時期があって、ぼくは家にいるし、仕事ですから、時々、自転車かなんかで盛り場へいって、コーヒー飲んでなんてやろうと思うんだけど、そうすると、むこうから自転車に乗った女の子が来て、よく見たら自分の子供で、そうすると両方で照れくさくて、両方とも知らないふりして、気がつかないふりをして、むこうも気がついたくせに、気がつかないふりをして行っちゃって、そういうことが幾たびもありましたけど、ぼくは知らんふりして、そういうあれでしたけど。
その程度で止まったという、止まっているのについては、じぶんで育てると、1歳未満ですけど、じぶんと女房の育て方というのは、かなりな程度いいと、かなりな程度ってそんなによくないですけど、やさぐれている感じがあって、そんなところで済んだなと、いろんな他のことも幸いしたんでしょうけど、済んじゃったと、学校行って、それで遊んでばっかりいて勉強なんかしないでそういうふうになって、それでも時々、統一教会にいっちゃうぞなんて脅かしたり、冗談で脅かすわけですけど、そんなくらいのところで、お互いが済んだという感じがしたんですけど。
いじめとか、いじめられというのが全然ないというのは不可能ですから、グレるというのは悪いのかもしれないですけど、ぼくが知っている範囲で、グレていない優等生みたいな子供が同級生にいてというのは、ほとんど知らないので、たいていはある程度ずつはグレて、そこで止まっているというのが普通なような気がします。
それで済んできたという気がして、むしろ、そういうのがなくて、優等生で、学業はできるし、そして東京大学でもいいし、京都大学でもいいんですけど、その先生になってとかいうと、ちょっと目も当てられないというふうに僕は思うけど、つまり、よくないなこの人はという人のほうが親睦のあれが多いです。
だから、原則というのがあって、ぼくがもっている原則というのはあんまり大っぴらには言えないのですけど、なんか一緒に老人たちで集まってとか、そういうふうにするときには、東大生とか、京大生というのは、3人以上集めないようにしようと、2人までならいいけど、3人以上集めないようにしようじゃないかとかという、3人以上集めるともうこれはどうしようもねえぜというふうになるから、もう集めないようにしようじゃないかと、ぼくらも半分ぐらいグレていますから、そういうふうに決めて、集めないようにしているわけです。
それからまた、3人以上そういうのが集まっているグループとか、職場とか、集団とかあったら、よくよく観察してご覧になればわかるのですけど、ロクな奴はいないです。いちばん典型的なのは大蔵省で、いま大蔵省なんかは住専問題で叩くでしょ、しかし、いくら叩いたってダメです。あんな叩き方をしたってめげないです。
どうしてかというと、頭がいいから、頭がいいと思っているし、大学中に公務員の試験を通ったとか、そういうふうに頭がいいとおもって、それで役員になったら、怠け者だった政治家が生意気なことを言ったって、何を言ってやがんだって、結局、実際の実務をやらせてるのは俺たちじゃないかというふうに必ず心の底では思っていますから、あんな叩き方をしたって絶対ダメなんです。
おれは知らないけど、大蔵省について何もいうことはないけど、経済政策をしっかりしろとか、住専の問題とか、ああいう露骨なことはするなという以外のあれはないけど、学校ならあります、学校の先生なら、そういうところの先生だってえばっている、いいとおもっている教師がいるでしょ、つまり、東大の教諭とか、京大の教諭とか、じぶんがいいと思っているやつはいるわけです。
もし、みなさんが大きくなって文部大臣になることがあったら、まず4年間、学生が入ってから卒業するまでですけど、4年間は他の学校に行って、たとえば、東大の先生は法政大学にいって、少なくとも4年間は学生を引き受けて、卒論まで見てやってということを、最初の4年間は他の学校にいって、講義をしたり、いろいろ面倒を見たりしろというふうに、文部大臣になったら決めてください。
そうすれば、だいたい馬鹿な野郎は皆まともな人間になります。まともな先生になりますし、世の中には頭の悪いやつはいくらでもいて、こいつはいくら勉強を仕込もうったってダメだよという、その代わり、他のことをやらせたらすごいよとか、勘がよくてすごいとか、感覚が鋭くてどうだとか、そういう特色を持っているに決まっていますから、そういう人がいるんだという、しかし、頭だけは悪いんだという、他のところは、こいつはすごいぜというのがいるということがわかると思います。東大の先生はわからないから、そういうのが、わかってないからロクなことをしないわけです。
それは4年間義務で必ずそれをやるという、他の学校にいって、学生一期だけは面倒を見るという、そういう学制をしけば、そうしたら、必ず中学におけるいじめはなくなります。大部分はなくなります。受験勉強の穴場もなくなります。受験というたまらない勉強の仕方というのもなくなります。学校の先生も利口になります。
法政大学なら法政大学の先生は、おれのところの学生は頭が悪くて怠け者だから、こんなのはべつに遊んで下調べもしなくたって、学校でいい加減に講義したって通ずるとおもって高を括ってるやつもいるかもしれないから、そういうのは東大にいって、4年間、おまえ講義して学生引き受けろというふうに制度上しておけば、必ずそういう人もこれはうかうかしていられないと思って教えるようになると思います。
だから、誰も損をしないと僕は思うわけですけど。誰も損しないし、いいことばかりだと、ぼくは思うんだけど、文部大臣になるやつは、なりたいやつはいっぱいいるんだけど、なるならやれよそれをと思うんだけど、やる人がいないから、みなさんがなったらやってくださいよ。
自分だけいい子になるのがいまの構成だけど、おまえだけいい子になるのは本当は見当違いで、見当違いのところに、エイズの問題だって、的をもっていくから、いいことやっているみたいな顔していられるんだけど、おまえほんとうに悪いのは厚生省なんだぞという、それについて厚生省の機構を変えるとか、役人行政の方法を変えるとかというのをやったかといったら、やってねえだろという、そんなのはダメですから、見かけ上というだけですから、そんなのじゃなくて、文部大臣になるのだったら、それをやってくだされば、誰も損をする人がいないと思いますし、誰にとってもいいことだと思うのですけど、それはやる人がいないんです。せめてそんなことぐらいやってほしいわけです。
それは中学・高校のところから上がっていって直すという考え方はダメであって、それはいちばんいいのは大学の先生のところから直せばいいんです。それから、大学の先生もいちばんエリート校の先生から直せばいいわけで、そこから直せば必ず直るわけです。それをやってくれれば、文部大臣というのもいいなというふうに思えますから、だから、それはみなさんがそういうふうにやってくださればいいというふうに僕は思います。
それくらいやってください、それくらいやる気がないなら、お前ならないほうがいいというふうに思います。ロクなことをしないから、ならないほうがいいというふうに僕はそう思います。余計なことばかりで、いじめ問題から派生するわけで、また、いじめ問題の質問から派生したわけで、そんなことになっちゃうんだけど、申し訳ありません。司会者の方が困っちゃって。
テキスト化協力:チャプター17~ ぱんつさま
テキスト修正協力:石川光男さま、ぱんつさま