嘘つく商売は、人より自由。 [対談]よしながふみ × 糸井重里

08思いや考えを超えたところに。
糸井 『きのう何食べた?』のジャムのおかげで、
ぼくの人生がちょっと変わったんです。
よしなが ジャムをお売りになっていらっしゃってるという。
そのフィードバックに、本当にびっくりしました。
そうやって読んでいただいたものが
結局商品になるってすごいって思っています。
糸井 まさかそんなになるとは思いもよらなかったですけど。
最初、自分が食べるものを作りたかったんです。
かつて失敗したことがあって、
うまくできないんだなと思っていたのが、
これを見たらとても簡単に書いてあったんで、
その通り作ったんです。
よしなが その話を伝え聞いたとき、
感謝の気持ちを伝えたいと思いつつ、
そんな色気たっぷりにどうのじゃなくて、
遠くから感謝して祈ってましょうって思ってました。
糸井 ありがとうございました。
最初はいちごで、きれいだから作ったんだけど、
いちごは実はいちばんめんどくさいんですね。
アクに関しては。
他のものよりあくが出るんですよね。
よしなが 煮てみると意外なものに
結構アクが出るってことがわかりますよね。
糸井 これをきっかけにいちごがアクが出ることと、
思ったよりおいしかったこと、
すぐなくなっちゃうっていうことなど、
幾つかわかって、だんだん作る量が増えて、
その後は他のもので作りたくなって。
だんだん研究をし始めたら
NHKの野菜の番組で
「それやりませんか」って言われて。
毎月1回、必ず作んなきゃなんなくなって、
で、次は配るようになって。
よしなが はい(笑)。
糸井 配ってるうちに喜ばれ方がだんだんとこう、
大げさになっていったんです。
つまりマンガを描きはじめたら
プロになっちゃったみたいなような。
あれはうまいって言われるようになって、
いい気になって(笑)。
そのうち自分で食べなくても作るぐらいにまでなって、
配ってると「なくなったんだけど」って
言われるようになって‥‥、
みたいなことがころころ転がって、
とうとう工場があれば作れるじゃないかって。
よしなが (笑)。
糸井 大工場から1人でやってるみたいな工場まで、
いろんなところとお付き合いをして、
いま、ちょうどいい工場が見つかって、
ぼくのレシピで同じに作ってくれるんです。
よしなが ジャムは、たくさん作ったから、
違うふうになるってものじゃないですものね。
糸井 ぼく、食べ比べたんですけど、
ポピュラリティはたくさん作ったやつの方があります。
ぼくが作ったものはバラつきがありますから。
よしなが なるほど!
糸井 そのときに初めて、
厳密な分量をちゃんと考えなきゃなんなくなって、
じゃあ俺はこれにしようって決めたんです。
『きのう何食べた?』のいちごジャムは、
砂糖、どのくらい入れてましたっけ?
よしなが 果物重量の半分です。

▲『きのう何食べた?』第1巻より、ジャムづくりのシーン/(C)よしながふみ/講談社
 
糸井 思い出した。
ぼくはそれを守んなかったスタートだったんです。
減糖から始めちゃって、失敗しました。
ジャムとしての、ジャム格がないんです。
糖分を減らすと。
よしなが 友だちでカフェやってる子が、
ジャムも自分で作ってて、
スコーンについてきたいちごジャムが
すっごくおいしくて、
「○○ちゃん、おいしい、このジャム!」
って言ったら、
「うーん、砂糖きっちり入れてるだけよ?」って。
やっぱ何かに付けるときって
これぐらい甘くないとだめなんだーって
すごいしみじみ。
たぶん市販のジャムは100:100で、
100:50が減糖だと思いますよ。
糸井 ですよね。
100でつくっても、全然オッケーなんじゃないかな。
とらやの羊羹食べてても思います。
甘くておいしい。
よしなが それでも、年寄りに言わせると、
昔よりずいぶん甘くなくなったって言いますね。
羊羹、昔はほんとにちょっと置いといただけで
お砂糖が粉ふいたって。
糸井 そうですね、お砂糖が固まって、
かりーんとしましたよね。
よしなが やっぱり時代に合わせて砂糖の量を
若干量減らしてるかしれませんね。
わたしも、大人になってみて、
とらやのほんとにおいしさが。
糸井 とらやがわかるっていうのが
やっぱ大人の資格ですね(笑)。
ところで‥‥、
こういうのでよければお持ち帰りください。
よしなが あっ、ありがとうございます。これはっ‥‥!
糸井 ジャムの恩返しです。
カレースパイスを持ってきたんですよ。
よしなが はいっ!
糸井 1人でコツコツやることをやるのが
ぼくの夜中の趣味なんです。
ジャムはそこにぴたっときたんですけど、
もう1つはカレースパイスづくりなんですよ。
よしなが あ、すごい!
糸井 1回に何人分ぐらい作りますか?
よしなが 1箱分だから、だいたい
8から10人分ぐらい作ります。
糸井 だとしたら、カレー1箱に対して、
これの4分の1か5分の1ぐらいを、
ばーんと気前よく入れるです。
煮込みがだいたいできて、
カレールーを入れるときに火を止めますよね、1回。
その間に、これを油で1分くらい炒めてください。
もわもわもわーっと煙が出てくるので、
火を止めて、その油ごと鍋に入れてください。
よしなが ルーを減らさなくていいんですね。
糸井 減らさないでください。
塩も何も入ってませんから。
辛さは少ーし増すかもしれませんけど、
気になるほどの唐辛子は入ってません。
よしなが 作り立てですね。
糸井 そう。会社を休んで。
もう、これはね、あんまり評判がいいんで!
よしなが わたし、カレーうどんがすごい好きで、
いつもカレーうどんを作るんです。
これ、入れます、そうやって。
糸井 さっきのジャムの低糖の話じゃないですけど、
これだけでカレーを作ってる
時代があったんですよ、ぼく。
でもその時代は本格かもしれないけど
おいしいって思うことが少なかったんです。
心からうまいって思うのは、
市販のカレールーを入れて、
このスパイスを足したやつです。
よしなが (笑)わかりました。
糸井 だからジャガイモとかも
思いっきりどうぞお入れください。
本格という言葉を全部もうどぶに捨てて。
ご自分で今作ってるカレーはだいたいどこの家でも、
わたしのカレーはおいしいわよっていうことまで
行ってるはずなんですよ。
で、それにこいつを、
手助けとして使ってください。
よしなが ありがとうございます。
嬉しい、さっそくカレーうどんを!
糸井 ジャムもカレースパイスも、
もともとぼくの「仕事サボるメニュー」だったんです。
よしなが すっごくよくわかります。
わたしも料理、好きなんですけど、
ほんとにネームが進まないときほど
難しい料理になっていって、
たぶん何かどこかで生産性の帳尻を
合わせようとしてるんだと思うんですよね。
全くネームがはかどらないので、
何か別のことでやり遂げたぞっていう、
その「何か」がほしいんだなっていう。
糸井 ぼくらがやる仕事って言葉を扱うのが基本ですよね。
そうすると脳だけが働いてるっていうことになる。
脳が孤独過ぎるんですよね、きっとね。
よしなが そうですね。
糸井 ジャムにしてもカレーにしても、
偶然の要素があるんですよ。
いつでもその素材があるかどうかや、
火加減、さじ加減で、
「おっとっとっ!」て思うところが
すごく嬉しいんですよね。
よしなが たくさん作ると、手が慣れてくるっていうか、
たぶんそういう意味では脳を動かさないで
体が覚えてくれるようになりますよね。
なのに、できる。
それがたぶんすごいいいんだろうなって。
糸井 そうですね、その通りですね。
この間、アイルランドの編物の取材に行ってて、
いろんな人がいるなかに、
「この人の作るのはいいなぁ」
っていうものがあって。
何かいいんですよ、特別にいいんですよ。
それは、何だろう?
うーん、「思い」‥‥、
いや、「思い」じゃないな。
さらっとしてて、ちゃんと立つんですよ。
で、それを一緒に行った三國万里子先生は、
この方は同じ柄をたくさん編んでると思いますね、
って言ったんです。
だから今度はこうしてやれっていう
「思い」の分ていうのが、
同じものの美しさとしてすっと出せるように
なってるんでしょうね。きっとね。
よしなが 職人さんの作ったものの美しさなんですね。
糸井 そこでの「こってり」は、
編物みたいなときには
ちょっとじゃまになるんでしょうね。
料理とか編物とかは。
ぼくもカレーに一時はスッポンスープとか
入れてましたもん。漢方薬とか。
バカというか、独りよがりというか。
結局それって、物語を食べちゃうわけです。
スッポンていうもの自体が
もう物語の塊みたいなおいしさじゃないですか。
それをカレーに入れて、
「どうだうまいだろう」
って言われた方も大変ですよ。
よしなが (笑)。
糸井 神話のように、これは4日煮込むんだとかね、
あれもおかしいと思う。
特にカレーに関しては、
できたてがうまいですよね。
寝かせない方がいいです。
よしなが ほんとですか。おおー。
糸井 シチューとごっちゃにしてるんですよ、みんな。
イギリスから来たから。
昔はルーをけちってたんで、
もっと小麦粉っぽくて、
ソース分のところがおいしくなかったんですよ。
だったら煮込んで、水分が飛んで。
よしなが あ、なるほど、ちょっと煮詰まった方が。
糸井 こってりと煮詰まった方がおいしくなるんだと。
でも今はもう、ルーが贅沢ですから、
最初からおいしいんです。
なおかつスパイスの香りが飛んでない状態がうまい。
野菜の新鮮さも少し生きてた方がおいしい。
ぼくは肉も半分は煮込まずに後から入れたりします。
ステーキ半分にして、上にのっけたり。
よしなが わぁ、おいしそう〜。
糸井 カレーの調理時間はどんどん短くなってます。
話がすっかりカレーに行っちゃいましたね(笑)。
ぼく、マンガ詳しくないから、
なんだか申し訳なかったです。
よしなが あ、いえ、とんでもないです。
ジャムの話もずっとうかがいたかったので、
聞けてよかったです(笑)。
糸井 うん、ありがとうございました。
よしなが ありがとうございました。

(おわり)
2013-01-29-TUE


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