嘘つく商売は、人より自由。 [対談]よしながふみ × 糸井重里

07嘘付く商売は、人より自由。
糸井 よしながさん、この先、
今やってる仕事がどっかで終わりますよね?
よしなが 終わります。
糸井 そのアテというか、予定はあるんですか?
よしなが 終わるのはもう絶対終わります。
糸井 いつとかはない?
よしなが いえ、いつもだいたい決まってます。
でも思ったより絶対長くなっちゃうので
延びちゃってます。
『大奥』もほんとは8巻で終わりにしたかったけども、
もう到底終わらないので、たぶん10巻超えちゃいます。
でも、こうなってこうなって、
こうなって終わるっていうのはもうわかってるので、
その終わりは来ますね。
糸井 うん、うん。
よしなが 終わらせるのが楽しいです。
糸井 ああー!
よしなが 多頭引きしてる馬車の手綱が、
だんだん引っぱって
1本にしぼられていくみたいな。
糸井 「終わらせるのが楽しいです」。
何に似てるんだろう。
いや、ぼくら、そういう経験って
あんまりないんですよね。
よしなが そうですか!
糸井 うん。めんどくさくなって終わるしかないんですよ、
ぼくら、たぶん。
敢えて言えば死ぬことだけかな。
終わらせる楽しみあるのかもなっていうのは。
よしなが あ、ああ、そっか。
でもそういうことを擬似的に
やってるということかもしれないです。
糸井 そうかもね。
よしなが で、きれいに死にたいっていうか。
ここを回収して、回収して、回収して、
ここはわざと回収しないで、っていうことを
自分は自由にできるわけなので。
糸井 わざと整合性なんかどうでもいいっていうとこを
作るとかって楽しいでしょうね、また。
よしなが 楽しいですね。
もちろんさじ加減のとこでは悩みますけど、
何かあんまりにもきれいな
曼荼羅みたいになっちゃうよりも、
もうちょっと生っぽくしたいみたいな。
糸井 マンガ家って、みんな、
嘘付く商売じゃないですか、根本的に。
嘘付く商売の人のいちばんの楽しさは、
人よりも自由だってことですよね。
読者はこことここが矛盾してるじゃないですか
みたいなことを思っちゃうんだけど、
そうじゃないっていちばん言えるのは
読者なんじゃなくて作者だっていうことが、
ぼくは、かっこいい商売だなぁーと思う。
よしなが はい、ほんと、好きにやらせてもらって
暮らしていけるって
ちょっと奇跡みたいなことだなってことは、
日々、読者のみなさんに感謝して過ごしてます。
心からほんとにありがたいと思ってます。
糸井 『大奥』もね、ぼくは、
嘘の豪華さにやられちゃったんです。
スタートから大嘘ですから!
SFのジャンルですよね。
それをみんな知ってて読み始めるわけだから、
その、嘘付いてる人の口元を楽しんでる。
ぼくは2巻が出たあとに読みはじめたので、
1巻を読み終えて、次があるっていうことの喜び、
それはすごかったです!
これ以上は説明しないんだよ、
みたいなとこも楽しいんですよ。
『きのう何食べた?』のときには、
読者が読んで料理を作るぐらい、
地続きだったけど、
『大奥』は、たとえば登場人物たちの出身地は
生活に根ざしてるはずの場所なんだけど、
その描き方の分量っていうのが
ものすごくちょうどいいんです。
ほんとは貧しい育ちだったとか、
ほんとは言葉もちゃんと使えないんだとか、
みたいなところを描き過ぎない。
そしていつでも大奥に戻す。
あの回収のし方を見ていて、
この人は大嘘付くの好きなんだなぁーって。
よしなが そうですよね(笑)。
糸井 あれ、回収しないで
こっち側(生活側)に
引きずられるってことだってあったはずで、
よしなが それが多少あるからこそ、
たぶん延びちゃってるんだと思うんです。
引きずられちゃうぐらい吸引力があるときは
それもよしかなぁとも思ったりもするんですけど。
糸井 戻ってほしいんですよ、読者は、やっぱりね。
そちらに行き過ぎちゃう話だとしたら、
この大嘘は成り立たないような気がして。
恐ろしいなぁと思いましたよ、嘘を付くって。
その嘘が気持ちいい。
ぼくもハリウッドものを楽しめるタイプですから、
素直に「いいね」って言います(笑)。
よしなが ありがたいです。
『大奥』は、わたしにしては珍しく
見栄を切ってる場面が多いんです。
あと、かっこいい人が素直にかっこいい。
こういうことは時代劇じゃないと描けないです。
たとえば、シケ(鬘)って言いますけど、
ほつれ髪を出してると色っぽいみたいな、
ああいうひじょうに記号的な表現も。

▲『大奥』第8巻より、お幸の方 /(c)よしながふみ/白泉社(MELODY)
糸井 止めた目とか描けますもんね、
歌舞伎とかと一緒で。
でも、着物を描かなくちゃいけないね。
時代劇だから。
よしなが 着物は逆に言うと、
シルエットが一緒なんですよ。
柄さえ違えば全部同じかたちをしてるので、
現代ものの女性のファッションよりは
全然らくなんです。

▲『大奥』より、吉宗 /(c)よしながふみ/白泉社(MELODY)
糸井 そうか、そうか。だけど努力は要るよね。
よしながさんは、手で塗ってますよね?
よしなが はい、わたしは手描きの方が早いので。
ていうか、パソコンは使えないんです。
糸井 パソコンを使うときは助手の方がいるんですか?
よしなが いや、もう使わないです、マンガ、全く。
糸井 使わないんですか。
へぇー!
よしなが もういろんな人に、あなたの場合は
こんだけパソコンができないと、
手の方が早いよって言われて。
これから技能を習得する方が大変だって。
諦めました、そこで。
糸井 いろいろ今日、わかったことがありますね。
テレビドラマ好きだってわかってから、
よしながさんのマンガを読むと、
目の表情とかのおもしろさは、
そうか、ドラマだーっていうこととか。
テレビのアップにしてる画面を
よーく見てた子の表現なんだってわかりますね。
よしなが そうです、そうです。
ほんとに役者さんの演技を
ずーっと見てました。
糸井 役者は役者で、
そこでクリエイティブしてるわけだから、
そこを拾って、お客さんはじーんときてるわけだから。
『大奥』の映画を見たときに、
若い役者さんたちがマンガの目玉をヒントに
演じているような気がしましたよ。
よしなが はい。でも堺雅人さんとかは、
いい意味で全然違うことを
やってくれるんじゃないかなって思いつつ、
ヴィジュアルがびっくりするぐらい
マンガと似ててびっくりしました。
いつもとちょっと違う感じになってて。
糸井 堺さんは“似た”んじゃないですかね。
よしなが あ、そうなんですかね。
糸井 もともとはそんなに似てなかったと思います。
演って、似たんだと思います。
撮影に入る前に会ったときは、
今、その歩き方を練習してるって言ってました。
よしなが ご本人は憑依体質じゃないんだって仰るけれど、
言えば言うほど(笑)、
そうなんじゃないのかなって。
糸井 憑依したい部分だけ
憑依するんじゃないかな?
堺さんも複数の映画を
ぽんぽんぽんぽん飛び跳ねてるわけだから。
言う通り、憑依体質じゃないとは思うけれど、
この映画は憑依したくてやってるんじゃないかなぁと
思いました。おもしろそうに演ってますよね。

あの、マンガの話に戻るんですが、
ぼくは家庭内で置いといてほっとかれるマンガと、
かみさんに引き継がれるマンガと2種類あって、
『大奥』はすっと引き継がれましたね。
しかも読む速度はかみさんの方が速い。
だから先を越されたりして。
たぶん、ぼくは慣れてないんですよ、味わうのに。
よしながさんがのっけてる分量、その重量感を
ぼくはもっと楽しむことにします。

(つづきます)
2013-01-28-MON

まえへ このコンテンツのトップへ
つぎへ