- ──
- マーティン・スコセッシ監督が撮った
遠藤周作さんの『沈黙』で、
弱虫でずるくて裏切り者の日本人、
キチジローを演じておられますが‥‥。
- 窪塚
- ええ。
- ──
- ぼくら世代で「窪塚洋介」と言えば、
たぶん、多くの人が
『池袋ウエストゲートパーク』の
「キング」を挙げると思うんですね。
- 窪塚
- はいはい。
- ──
- なので「キングがキチジローって!」
と、意外に思いつつ、
窪塚さんがやるなら、必ず見ようと。
- 窪塚
- ドッキリだったんじゃないかなあって、
いまだに思うんです。
狐につままれたような、
白昼夢を見ていたような不思議な感じ。
マーティン・スコセッシ監督のことは
前から好きだったので、
夢のなかで演じていたみたいな気分が、
まだ、抜けてないですね。
- ──
- 演じたきっかけは‥‥。
- 窪塚
- 2008‥‥いや、2009年くらいかな、
マーティンが、
日本でオーディションをやるらしいと
役者の間で噂になって。
みんな「マジで?」ってなったんです。
- ──
- ええ。
- 窪塚
- 知るかぎり、有名無名あらゆる役者が、
こぞって受けてました。
あとでマーティンも
「日本の役者には、だいたい会ったよ」
って言ってましたし。
- ──
- 「監督・マーティン・スコセッシ」で、
「遠藤周作・沈黙」‥‥って、
誰もが出たい映画だったんでしょうね。
- 窪塚
- ガム噛みながら、入ってったんです。
- ──
- え?
- 窪塚
- いや、「ここ控室です」って言われて、
入ったらオーディション会場で。
- ──
- えー‥‥。
- 窪塚
- いまでもはっきり覚えてます。
恰幅のいいあんちゃんに連れてかれて、
「ここ控室です」って言われて、
ガム噛んだまま、ガチャッと入ったら、
ズラズラッと人が並んでて。
- ──
- うわー‥‥。
- 窪塚
- 一瞬「えっ?」って思ったんですけど、
向こうの方から
すっ飛んできた髪の毛金髪の女の人に、
「マーティン・スコセッシは、
あんたみたいな
無礼な小僧が大ッ嫌いだから!」
って、怒鳴られて。
- ──
- えええ‥‥。
- 窪塚
- 「いやいやいや、
俺ここ控室って聞いたんですけど!」
ってスタッフのほうを見たら、
なんかみんな、
口笛吹いて知らん顔‥‥みたいな感じ。
- ──
- おそろしすぎる展開ですね。
- 窪塚
- その場が「シーン‥‥」と凍りついて、
「え、何、これが『沈黙』ってこと?」
みたいな。
- ──
- 笑えない‥‥(笑)。
- 窪塚
- その人に「帰れ」って言われて、
「いや、ちょっとやらしてくださいよ」
とか食い下がったんだけど、
「まだやりたいの、オーディション?」
みたいに言われて、空気最悪で。
- ──
- こわい‥‥。
- 窪塚
- 台本を手渡されて芝居したんですけど、
力が入らないんです。
なんとかひっくり返そうって
がんばったんだけど、
やっぱり呑まれちゃいました。
- ──
- 最悪の空気、に。
- 窪塚
- で、俺ダメだわって言いながら帰って、
翌日、電話かかってきて、
案の定「今回は結構です」と言われて。
- ──
- 落ちた?
- 窪塚
- 「電車行っちゃったー。乗り遅れたー」
みたいな感じでした。
でも、落ち込んでてもしょうがないし、
まあいいや、忘れようと。
- ──
- じゃ、どう‥‥。
- 窪塚
- それから1、2年したら、
キチジローのオーディションに来いって
連絡が来たんです。
- ──
- は、そうなんですか。
しかも、今度は「呼ばれた」んですか。
- 窪塚
- そう。ビックリしつつ、
「オーディション、まだやってんの?」
って思ったんですけど。
- ──
- ですよね(笑)。
- 窪塚
- どうしてもキチジローが決まんないと。
映画にとって、すごく重要な役だから
マーティンも決めあぐねていて、
もう一回、
会いたい人には会ってるんだって。
- ──
- へえ‥‥。
- 窪塚
- じゃあ行くかって2回目、リベンジで。
今度は、ガム噛まずに。
- ──
- そこ大事ですよね(笑)。
- 窪塚
- 会場についたら、
前回、俺を怒鳴りつけた女性がいて、
「出たー!」って思ったんだけど、
最初に、その人のほうから
「Nice to meet you!」って
手を差し出してくれたんで、
こっちも
「あ、よろしくおねがいします!」
みたいなノリで入れたんです。
- ──
- おお。
- 窪塚
- で、5シーンくらいやったのかなあ。
キャスティングプロデューサーが
「Wonderful!」って拍手してくれて、
なんだか、すごく好印象で。
- ──
- 前回とは、うってかわって。
- 窪塚
- 次のオーディションにも呼ばれました。
そのとき『怪獣の教え』って舞台中で、
台詞を入れていけなかったんで、
台本見ながらやったんですけど、
それでも、気に入ってもらえたんです。
- ──
- ええ。
- 窪塚
- マーティンには
最終オーディションで会ったんですが、
その場で、
「じゃあ、次は台湾で会おう!」って。
- ──
- 台湾とは『沈黙』のロケ地ですね。
- 窪塚
- 最後は、
俺か浅野忠信かにまで絞られてました。
- ──
- え、あ、そうなんですか!
- 窪塚
- 結局、俺がもらって。
他のオーディション受けた方は、
他の役で出たりしてる人もいるんですけど。
- ──
- そんなことがあったんですか‥‥。
- 窪塚
- あのときみんな、
キチジローをやりたかったんだと思う。
- ──
- ほとんど主役ですもんね、キチジロー。
でも‥‥そこまでの長い時間をかけて、
スコセッシ監督は、
キチジローを探し続けていたんですね。
- 窪塚
- 遠藤周作さんも「キチジローは自分だ」
って言ってるわけだし、
マーティンも
中途半端には決めたくなかったみたい。
- ──
- それで何年も、オーディションを。
- 窪塚
- 映画ってこういうもんなんだなあって、
教わった気がします。
その、マーティンのかけた「年数」で。
- ──
- 制作発表から公開まで、
10年くらい、かかってましたよね。
- 窪塚
- 構想28年なんです。
マーティンが『最後の誘惑』っていう、
キリストの最後の3日間を描いた
映画をつくったとき、
キリスト教関係の団体から、
半端ないバッシングを受けたんですね。
- ──
- そうなんですか。
- 窪塚
- 劇場の前にバリケードを張られたり、
顔写真を燃やされたり、
上映反対運動を起こされていたとき、
ある神父さんから、
これ読んでごらんって渡されたのが、
遠藤周作の『沈黙』だったんだって。
- ──
- へえ‥‥。
- 窪塚
- マーティンは、それで救われたんです。
そして、そのときに
「いつか、この物語を映画化するんだ」
って決心したらしいっす。
- ──
- で、28年後、誓いを守るかのように。
- 窪塚
- 撮りたかったんですよ、マーティンは。
本人が本当に撮りたくて撮った映画は
『レイジング・ブル』と、
なんかあともう1本と、
この『沈黙』の3本だけだって聞いた。
<つづきます>
2019-06-20-THU
写真:荒井俊哉