- ──
- 窪塚さん、蜷川幸雄さんの舞台に
出てらっしゃいますよね。
- 窪塚
- 3作やらしてもらったんですけど、
最後は2012年のロンドン公演、
やったのはシェイクスピアでした。
- ──
- 具体的には‥‥。
- 窪塚
- 『シンベリン』です。
それ以外の2作は、
『血は立ったまま眠っている』と
『血の婚礼』です。
- ──
- 蜷川さんは、どういう方でしたか。
- 窪塚
- すごくチャーミングな人でしたね。
思うにマーティン・スコセッシと
蜷川幸雄に通じるのは、
どっちもシワシワなんだけど、
どっちもキラキラしてるってこと。
- ──
- おお(笑)。
- 窪塚
- 子どもおじいちゃん‥‥みたいな。
全身に好奇心がみちあふれてるし、
いたずら心があるし、
子どもみたいな笑顔も見せるけど、
一転して、
すごい仏頂面してるときもあって。
- ──
- ええ、ええ。
- 窪塚
- その人そのままの、素直な人なんです。
蜷川さんは、俺が怪我して
パッとしねぇなぁって言ってたときに
「おまえを世界にわからせてやる」
って、声かけてくれた人なんですよね。
- ──
- わあ、そうなんですか。
- 窪塚
- うれしかったです。
- ──
- 映画ともドラマともちがう、
舞台という、
あの「闇」が支配するような空間って、
どういう場所ですか。
- 窪塚
- 成長させてくれましたね、すごく。
蜷川さんの教えてくれたことって、
やっぱり、すごく大きくて。
- ──
- ええ。
- 窪塚
- 毎日、何十日も稽古を続けて、
すごくいい感じに仕上がってきてて、
あと何日かで公演ってときに、
「一回、ぜんぶ忘れてくれないかな」
って言うんですよ。
- ──
- わー‥‥。
- 窪塚
- え、じゃ、今まで稽古してきたのは
なんだったんだ‥‥?
という思いがぐるぐるまわって、
そこでわけわかんなくなっちゃって。
だって、その言葉だけ放り込まれて、
翌日もまた同じ稽古なんです。
- ──
- はい。
- 窪塚
- 混乱しながらやってたら
「おまえ、そうじゃないんだよ!」
って、超怒鳴られて。
- ──
- 昨日までは、怒られなかったのに。
- 窪塚
- だって、それまで何十日と、
同じように稽古してきてるんです。
- ──
- すごいですね、その展開。
- 窪塚
- 「芝居すんなっつってんだよ!」
って怒鳴られて、
俺には、マジわかんなかった。
でも、その日の稽古のあとに
「おまえはまだ芝居しようとしている。
おまえはおまえのまんまでいいんだ」
って言われたんです。
- ──
- まんま。
- 窪塚
- 今までずっと稽古してきたんだから、
役もセリフも
身体に染み付いてるだろうけど、
中世とか、イタリア人とか、
貴族とか、
そういうことをまずぜんぶ忘れろと。
「おまえのまんまでやれ」って。
- ──
- 窪塚さんのまんまで。
- 窪塚
- で、次にそういう気持ちで演じたら、
「そうだ、そっちだよ」って。
- ──
- 芝居をするな、まんまで行け‥‥と。
- 窪塚
- 俺、舞台で演ずることと、
映画でカメラの前で芝居するのとは
ちがうはずだと、
頭でっかちに考えていたんですけど。
- ──
- ええ。
- 窪塚
- 「寄り」と「引き」は客がやるから、
おまえは、
客の目を感じてやれば伝わる、とか。
- ──
- お客さんの自身が、
場面を寄ったり引いたりしてくれる?
- 窪塚
- 映画で言えば、ここは寄りのシーン、
ここは引きのワイド、
そこを意識してやれと言われました。
役者自身がワイドだと思ってやれば、
客は、そう見るからって。
- ──
- 舞台ってそこまで伝えられるんですか。
- 窪塚
- それ以来、意識するようになりました。
お客さんにも、きっと伝わってるって、
信じてやってます。
- ──
- 柄本明さんにインタビューしたときに、
最後の最後に、
ベタな質問すぎるんですけど、
「柄本さんにとっての理想の俳優って、
どういう俳優ですか?」
と聞いたんです。
- 窪塚
- おお。
- ──
- そしたら‥‥喫茶店だったんですけど、
テーブルのコップを指差しながら、
「こんなふうになれたら
いいんじゃない?」とおっしゃって。
- 窪塚
- へえ‥‥。
- ──
- 「このミルクポットも、灰皿も、
みんないい役者だ、いい仕事してる」
- 窪塚
- うん。
- ──
- 「みんな、その人のままでそこにいて、
しっかり役割を果たしている。
そういう役者に、なれたらいいのに」
って、そうおっしゃったんです。
- 窪塚
- うん、うん。
- ──
- その言葉を聞いて、
なんだか、ものすごく感動したんです。
- 窪塚
- いや、わかりますよ。
- ──
- 役者って「役を演ずる」ってことだと、
ずっと思ってたんですが‥‥。
- 窪塚
- だから「芝居」ですよね。
芝のように、草のように、そこに居る。
- ──
- ああ‥‥。
- 窪塚
- 「演技」は「演じる技」なんですよね。
だから俺は、どっちかっていうと
「演技」って言葉が好きじゃないです。
- ──
- じゃ、芝居。
- 窪塚
- 役者が芝居をしてる‥‥というのと、
俳優が演技をしてる‥‥というのは、
自分の中では、重さがちがうんです。
- ──
- その人のまんま、そこに居るだけ。
- 窪塚
- そう‥‥芝のように、草のようにね。
それで何かを伝えられたら。
もちろん「技」も必要だと思うけど、
最後はどっちって言ったら、
やっぱり「居る」だと思ってます。
- ──
- ペコにしても、キングにしても、
キチジローにして、
それぞれにぜんぜんちがう役ですが、
そこに「居る」のは、
やっぱり、窪塚さんなんでしょうね。
- 窪塚
- そうであったらいいなと思います。
- ──
- 芝居のためにやっていることって、
ふだんの生活で、何かありますか。
- 窪塚
- 芝居のために?
- ──
- よりよく「居る」ために‥‥というか。
- 窪塚
- ああ、それはもう、ぜんぶでしょうね。
今、こうやってここで話してる時間も
もちろんそうだし、
朝起きてから夜寝るまで、
ただのふつうの一日に経験したことや、
寝てる間に見る夢も含めて、
ぜんぶ、芝居につながっていると思う。
- ──
- 食べるものなんかも。
- 窪塚
- ですね。
役者の仕事って、
何て言うか、ぜんぶ出ちゃいますから。
- ──
- 芝居が「芝のように、居る」ことなら、
そこに「居る」のは、
その人以外にはありえないですもんね。
- 窪塚
- そう。悪いことまでふくめてね。
- ──
- いいことばっかりの人生なんですって、
そんなの嘘っぽいですし。
- 窪塚
- そうだと思います。
きつかったこともぜんぶひっくるめて、
俺の人生だから。
つらかったことがあったから、
幸せを感じることができるんだと思う。
<つづきます>
2019-06-23-SUN
写真:荒井俊哉