糸井と永田の思い立ったら、雑談。満を持して禁煙を語る編
第4回 においと儀式。
吸わなくなってすぐに発見したことは、
自分の車がタバコ臭かったってこと。
 
 
ああ−。
もう、吸わなくなって
2日くらいでわかったね。
 
 
やめたときに糸井さんが言ってたことで
すごく印象的だったのは、
「食べ物が美味しくなるっていうのはうそだ。
 たしかに美味しいものは美味しくなるが、
 まずいものはよりまずく、
 臭いものはより臭くなる」
っていうことで。
それ、いまでもそう思ってる。
 
 
はははは。
バランスからいうと、
「まずいものがよりまずく」のほうが
ずっと多かったと思うなぁ。
なにしろ、いろんなものが臭くてさ。
 
 
タバコをやめると、
嗅覚の変化はすぐわかりますよね。
なにがわかるって、いちばんわかるのが、
「タバコのにおい」。
わかるねぇ(笑)。
 
 
「臭いものがより臭く」じゃなくて、
いままでゼロだったものが、
突然、現れるわけですから。
そうだね。
吸ってるときは、
そのにおいはゼロに等しいからね。
 
 
わかってるつもりではいるんですけどね、
吸ってるときも、タバコのにおいに。
でも、ぜんぜんわかっちゃいないよね。
 
 
はい(笑)。
ミーティングの前に、
ささっとタバコ吸ってきた人とかさ。
 
 
すぐわかりますね。
おまえ、いまタバコ吸ってきただろう、と。
 
 
そうそう(笑)。
それがいまなのか、
さっきなのかもわかりますよね。
わかる。
 
 
でも自分が吸ってたときは、
そんなことをいちいち気づかれてるなんて
まったく思わないですよね。
むしろ、よく言われなかったと思うね。
 
 
そうですね(笑)。
そう考えると、すごいよなぁ。
あと、まぁ、その、
青春の思い出として語るとすればさ、
よくタバコ吸ってた人間とキスしたよね。
 
 
はははははは!
人々はさ。
もう、なにそれ、って感じだよね。
 
 
はははははは。
信じられないよね。
 
 
まぁ、美意識とかも、
それこそ時代によって変わるというか、
『赤いスイートピー』だと、
「タバコのにおいのシャツに
 そっと寄り添うから」ですから。
まぁねぇ‥‥。
でも、ひどいよね。
いやー‥‥‥‥申し訳ない。
 
 
はははははは。
まぁ、こういう、くだらない話でも、
やめようとしている人の背中を押すことに
つながるかもしれないし。
 
 
あ、けっこう、あると思いますよ、
漠然とした正論をくり返されるよりも。
それはそうかもね。
 
 
ちなみに、ぼくが禁煙したときに
なんとなく支えにしていた
エピソードがいくつかあって。
ほう。
 
 
ひとつが、知り合いが
禁煙に失敗したときのエピソード。
その知り合いは、「やめるぞ」ということで
妻と子どもと固い約束を交わしまして。
実際、1年くらいやめるんです。
ところが、あるとき、またはじめちゃった。
あらら。
 
 
しかも、それを家族に隠してまして。
ずーっと言い出せなくて、
家族に隠れてタバコを吸ってた。
つまり、家では、
「禁煙したお父さん」なんだけど、
実際は、隠れて吸ってる状態。
そのギャップに苦しんだ本人は、
あるとき、家族を呼ぶんです。
「ちょっと話があるから来なさい」と。
わぁ。
 
 
で、正直に、
「すまん。お父さんは、吸ってた」と。
そしたら、子どもが泣き出しちゃったりして。

でね、ぼくがこの話のどこを
支えにしてたかというと、
「そんな面倒くさいことは絶対したくない!」
っていうことで。
たしかに、たしかに(笑)。
 
 
自分がちょっと吸いたくなるたび、
このエピソードを思い出してました。
「吸うと、面倒くさいぞ!」と。
もう1コは、
糸井さんは絶対覚えてないと思いますけど、
ぼくが禁煙しているとき、
「今日のダーリン」に
そのことをちらっと書いたんですよ。
「うちの会社の誰かさんが
 禁煙してるみたいですね」って。
へー。
 
 
で、そのあとにサラッと
「応援してます」って書いてあったんですよ。
それは、けっこう効きました。
あ、そうですか。
 
 
なんていうんでしょう。
「そうするべきだ!」みたいな肯定じゃなくて、
ちょっとさめた感じのひと言が、
あ、うれしいなと思って。
がんばろうと思えましたね。
なんだろう、
「禁煙のご褒美」みたいなことは
あんまりしたくないんですよね。
 
 
わかります、わかります。
ご褒美を用意するのは違うと思うんだけど、
よかったね、おめでとう、
くらいの気持ちはあるんですよ。
だから、ツイッターにも、
「周囲はさわやかに無視してあげてください」
って書いたんだけど。
 
 
そう、そのくらいが、助かるんですよ。
約束とか、ご褒美とか、プレッシャーとか、
まぁ、あったほうがいい
っていう人もいるんだろうけど。
あんまり、ちゃんとやらないほうがいいよね。
 
 
そう思います。
スタートもゴールも、儀式がありすぎると、
なんか、よくないような感じがするんですよね。
そうだね。
 
 
あの、まさにいま、うちの会社の
「誰かさん」が禁煙中なんですけど、
その人、値上げに合わせて
「10月1日に禁煙する」って言ってたんですよ。
でも、あんまりきっちり決めないほうが
いいんじゃない? って思って、
本人にもそう言ったんですけど。
そのとおりだね。
 
 
そこまできっちりやると、
はじまりからキツいっていうか。
その、走り幅跳びの踏み切りみたいに
歩幅を合わせてポーンと跳ぶのって、
それなりのセンスとか力が必要ですからね。
それよりは、「やるぞ」と決めて、
ぱたぱた走りながらタイミングを見て、
「お、いけそう」っていうときに跳ぶような、
たこあげくらいの踏み切りにしたほうが。
そうだね。
あと、逆の言い方をすると、
日を決めて、じわじわカウントダウンしながら
そこを目指すより、
今日からやったほうがよかったりする。
 
 
そう!
ぐずぐずしててもいいけど、
いけるときは、いったほうがいい。
 
 
「あ、いまかな?」っていうくらいの
儀式なき踏み切りがいいと思うんですよね。
禁煙って、特別な経験じゃなくて、
そういう日常だからね。
 
 
ああ、なるほど。
だから、そっちに行けそうなときに、
ひょいっと移っちゃったほうがいい。
 
 
あとは、周囲は、さわやかに無視して。
うん。無視しながら、静かに応援を。
 
 
そうですね。
(つづきます)
2010-10-15-FRI
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