── 琢磨さんは、2008年のシーズン途中、
所属チームの資金難のために
F1から撤退し、
現在はアメリカのインディレースに
参戦されていますね。
琢磨 はい。
── 琢磨さんの実力が
F1に及ばないということではなく、
ある意味、
どうしようもない事情によって
撤退せざるを得なかったわけですが、
なぜ一転、インディレースに?
琢磨 スーパーアグリという所属チームの撤退後、
F1への復帰を目指して
活動を続けていたんですが、
結果的に復帰には繋がりませんでした。

そして、これ以上待っていることが‥‥
つまり
レースに出ない状態を続けることが、
耐えられなくなった
んです。

── それで、インディ参戦を決意したと。
琢磨 はい。
── 小学生のとき、鈴鹿でアイルトン・セナを見た
衝撃的な経験から、
あれだけ憧れてきたF1復帰の可能性を
当面は、ゼロにしててまで。
琢磨 うーーーん、そうですね、
レースに出られないことのほうが、辛かったので。
── 基本的な質問ですみません。

モータースポーツの最高峰と呼ばれるF1と、
観客の数40万人、
世界最大のスポーツイベント・インディ500を擁する
インディレースとのちがいって、
どんなところに、あるんでしょうか。


インディ500では40万とも言われる大観衆の中を走る。

琢磨 まず、わかりやすいところから言うと、
開催地がちがいますね。

F1は、GP1国1開催を原則として
ヨーロッパを中心に
日本を含めた世界中を回りますが、
インディレースは
ブラジル・カナダ・日本の3カ国に出ていく以外は
基本的にアメリカ国内を転戦する、
アメリカン・モータースポーツ。
── なるほど。
琢磨 マシン自体にも、ちがいがあります。

ファクトリーと呼ばれているのですが、
F1では、チームごとに
独自のマシンの開発工場を持っているんです。

そこでは
600人から1000人近いスタッフが
はたらいています。

── そんなにですか!
琢磨 つまり、レース当日にサーキットに来て
モニターをチェックしたり、
タイヤを交換したりしているスタッフは、
ほんの一部なんです。
── そうだったんですか‥‥。
琢磨 ファクトリーでは
車の基礎構成部分となるシャーシの素材から、
エンジンの性能、空力的なデザイン、
すべての細部にいたるまで
より速いマシンをつくるための開発が
日々、行われています。
── ええ。
琢磨 たとえば、風洞実験といいまして
モデルカーを使って実際のレースに限りなく近い
シミュレーションを何度となく繰り返したり‥‥
だからこそ
何百億円という膨大な資金
必要になってくるんです。
── なるほど‥‥。
琢磨 対して、インディレースの場合は
徹底したイコールコンディション化
図られいます。

つまり、全員が同じ車に乗るんです。
── へぇ、そうなんですか!
琢磨 シャーシ、エンジン、タイヤ‥‥すべて同一。

F1のような「テクノロジーの戦い」も
モータースポーツの魅力ではあるのですが、
インディの場合は、
全員が同じ条件で戦うことによって、
誰が勝つかわからない、
よりエキサイティングなレース
になる。

── すごく重要な部分が、ぜんぜんちがうんですね。
琢磨 レース自体の哲学が
アメリカらしいというか、とてもシンプル。

チームの人数も
F1のように大きな開発部門がないので、
小さいところだと20~30人、
トップチームでも
100人いないくらいの規模だと思います。
── ははー‥‥。
琢磨 ようするに、
誰にでも勝つチャンスが平等にあるのが
インディカーの最大の魅力であり、
F1の場合は
トップチームに所属していないと、
それこそ、トップ10に入ることさえも難しい。

そのあたりが、だいぶちがいますね。
── お話をうかがっていると、
F1よりもインディレースのほうが、
「競争してる」
「かけっこしてる」感が、より強いですね。

単純に「速いやつが、勝つ!」みたいな。
琢磨 マシン、つまり道具の優劣というフィルターが
かかっていないぶん、
勝負に関して、
ドライバーのパフォーマンス、
チームの戦略やピット作業、
コンディションなど
属人的な要素に
より高い比重がかかってくるとは言えますね。
── インディレースのほうが、なるほど。
琢磨 だから、F1の場合、
タイムを計るのは1000分の1秒までですが、
インディカーは
10000分の1秒まで計測するんです。

── いちまんぶんのいち‥‥秒。
琢磨 つまり、それほど差が出ない。
── その10000分の1秒で勝負が‥‥。
琢磨 決まることもあります。
── すごい世界ですね‥‥。
琢磨 その結果、インディレースのほうが
常に順位の入れ替わりがあって、
最後の最後まで
誰が勝つのかわからないおもしろさがある。
── スピード自体は、どうなんですか?
琢磨 現代の技術の結晶であるF1マシンに比べると、
インディカーはコストを抑えている分、
空力的にも
F1ほど洗練されていないし、車体も重い。

だから「よーい、どん!」で
サーキットを走らせれば、F1の方が速いです。
── そうですか。
琢磨 でも、トップスピードを比べた場合は
オーバルコースといって
楕円形の、シンプルなコースを走る
インディカーのほうが
F1よりも速いスピードで走っているんです。
── へぇ!
琢磨 インディカーのトップスピードは
時速380キロですが
オーバルでなら、
その潜在能力を発揮できるんですよ。


初のオーバルコース挑戦となったカンザスのスタンドから。

── F1のトップスピードが
どのコースでも
軒並み時速300キロ台前半ですから、
ほんとですね、
比べたら、ぜんぜん速いんですね。
琢磨 もちろん、車としての運動能力は、
F1のほうが、高いですよ。

最先端のテクノロジー、たくさんの人員、
そして莫大なお金をかけて
史上最速のマシンを走らせていますから。
── ええ、ええ。
琢磨 それに対して、インディカーの場合は
条件の平等化を
徹底的に図ることによって
レースを、
よりおもしろく、
よりエキサイティングにしようとしている。

繰り返しになりますが、ふたつのレースは、
そもそも
根本のフィロソフィが、ちがってるんです。

── そんなインディカーのレースに、
琢磨さんは
2010年から参戦されているわけですが‥‥
いかがですか、出てみて。
琢磨 インディにも、ロードコースといって
鈴鹿サーキットのような常設のコースもあれば、
F1のモナコGPみたいな
市街地サーキット、
空港を閉鎖して開催するレース
など、
すごくバラエティに富んでいて
本当に、おもしろいなぁと思いました。
── 1年間で‥‥。
琢磨 17戦ありました。2週間おきに。
── どのくらいの距離を走るんですか?
琢磨 走行距離はいろいろあるんですが‥‥
300マイルとか。
── 1.6をかけると‥‥約480キロ!
琢磨 ちなみに、F1の場合は、
「305キロを超える最も短い周回」
総走行距離とする規定があります。
── つまり、走るのはだいたい300キロくらい。
琢磨 1時間半くらいで、ゴールします。

‥‥インディ500
文字どおり、500マイル走りますけれど。
── ええーと、つまり約800キロですか。
すごいですね‥‥。
琢磨 あのレースは、ほんっとに長かったですね(笑)。
レース時間でいうと3時間とか。

── 時速300キロで、3時間走りっぱなし‥‥。
琢磨 ピットストップも最低7回とかありますし、
ケタちがいです、スケールが。
── F1のモナコGP、
フランスのル・マン24時間レースと並んで
世界三大レースと呼ばれてるんですよね。
琢磨 ええ、1日開催のスポーツイベントとしては
世界最大と言われています。
── しかし、琢磨さんは、その500マイルを
たった1人で走り切るんですもんね‥‥。
琢磨 ‥‥インディ500はオーバルコースなんですが、
あれって
モナコみたいな市街地コースと同じく、
コンクリートの壁に、囲まれているんです。
── ええ。
琢磨 つまり、たったのワンミスで何かが狂って
車の挙動がズレたら
もう、それでおしまいになっちゃう。
── おしまい‥‥と言いますと?
琢磨 たとえば、通常のサーキットでしたら
多少、コース外のグリーンに飛び出しても
またレースに
復帰できるじゃないですか。
── そういうシーン、よくテレビに映りますね。
琢磨 でも、オーバルコースや市街地コースの場合は
コンクリートの壁に囲まれた状況で
時速300キロでコーナーに突っ込んでいく
わけですから、
たった1度のミスで、戻ってこれない。

── つまり、もう走れなくなる、と。
琢磨 だから、はじめて走ったインディ500では、
いかに500マイル・3時間、
集中力を持続させられるかの、戦いでした。
── 過酷ですね。
琢磨 でも、先ほどの「1人で走る」というのは、
ちょっと、ちがうんですよ。
── と、言いますと?
琢磨 たとえば、車には真横や斜め後方など、
「死角」がありますね。
ドライバーの目では見えない部分がある。
── ええ。
琢磨 そこで、オーバルコースの場合には、
スポッターと言って、
高いところからドライバーの「第2の目」となり、
ぼくの車の周囲の状況を
こと細かく無線で教えてくれる人がいます。

── へぇー。
琢磨 あるいは、レース中には、
いま車がどういう状況にあるのかをはじめ
膨大な走行データが
車両からピットへと、随時、送られます。

それらの情報を、数人のエンジニアが
マルチモニターで常にチェックし、
刻々と変わる車両のコンディションにたいして、
いろんな対応策を考えているんです。
── はい、はい。
琢磨 ぼくと同じく、一瞬たりとも、休む間もなく。
── ‥‥ええ。
琢磨 その他にも、ピットストップでは
メカニックたちがフル稼働になりますし、
チーム全員の「気持ち」を代表して
ぼくたちドライバーは、走ってる。
── なるほど。
琢磨 だから、実際、1人じゃ走れないですし、
走ってるのは
ドライバーだけじゃなくて、チーム全員。

そんな気持ちで、走っているんですよ。


2010年、はじめて参戦したインディ500にてチーム全員の集合写真。

  <つづきます>
2011-03-01-TUE
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もくじ  
第1回 時速300キロ超の世界。 2011-02-28-MON
第2回 F1撤退、インディ参戦。 2011-03-01-TUE
第3回 コクピットという「聖域」で。 2011-03-02-WED
第4回 20歳からの挑戦。 2011-03-03-THU
第5回 挑戦し続ける、ということ。 2011-03-04-FRI
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