実業家の原丈人さんと再会して糸井重里が言いました。
「原丈人さんのことを、どう伝えればいいのか。
 知れば知るほど、苦笑いしたくなります。
 どこをつついても、愉快な魔物が飛びだしてくる。
 ぜんぶつくり話だとしても、それはそれですごい才能だ。
 と、ぼくは、本人に小声で言いましたよ。
 でも、どうやら、ぜんぶ事実なんですよねぇ。
 桁外れです、そういう人みたいです。とんでもないです」

バングラデシュで取り組む、医療と教育の改善事業。
アフリカで解決しようとしている、食糧・飢餓問題。
ひさしぶりにお会いした原さんは
変わらぬ静かな情熱で、ひとつひとつのプロジェクトを
着実に、実現させようとしていました。

しかし、この人のスケールや発想を、
まるごと理解している人は、どれくらいいるのでしょう?
いつも、いちいち「とんでもない」のです。
これからしばらくのあいだ、じっくり、たっぷり、
ふたりの対話を、お届けしていきたいと思います。
読みはじめたら、その「とんでもなさ」がわかります。

まずは第1部、壮大なイントロダクションから。

いま、原さんが構想を練っている計画のこと。
ついに完成した、
放送界の常識を変えるような新技術について。
そんな、興味深い話題が展開されていく予定ですが、
まず、原さんの「とんでもない趣味」の話から‥‥聞いてください。


第1回 シャングリ・ラ鉄道博物館 2008-07-24
第2回 タモリさんに見せてやりたい 2008-07-25
第3回 原信太郎さん 2008-07-28
第4回 現場に行って、見つけ出す 2008-07-29
第5回 情熱を動機にして 2008-07-30
第6回 ナローバンドでハイビジョンが観れる? 2008-07-31
第7回 技術を使って世界を変える 2008-08-01
第8回 壮大な「イントロ」の終わり 2008-08-04


糸井 原さん、こんにちは。

昨年の秋にお会いして以来ですから、
ご無沙汰してしまいました。
いえいえ、こちらこそ、お久しぶりです。
糸井 また最近、原さんとお話したいことが
いろいろ出てきまして、
こうして、やってまいりました(笑)。
それは、光栄です(笑)。
糸井 このオフィスが、日本での拠点なんですね。

へぇー‥‥。
えっと、これは? なんかすごい機関車が。
ああ、それは、
イタリア旧国鉄の機関車「E.626」の模型です。
本物は、もう走ってないんだけど。
糸井 はぁー‥‥。

詳しいことはよくわかりませんけれども、
模型といっても
かなりすごいものなんじゃないですか?
本物の車輛を
そのまま、ちっちゃくしちゃったみたい。
そう、これはね、第2次世界大戦で
イタリアがアメリカに爆撃を受けたときに、
設計図を紛失しちゃってた車輛。

でも、なんとか、それを探してきて‥‥。
糸井 復元した?
そう、わたしの父が大好きでね、こういうの。

子どものころからずーっと
父の助手をやらされてたんですよ、わたし。
糸井 手伝わされてたんですか?
ええ、まぁ、
今でもなんですけれどね。

「設計図、探してこい!」とか(笑)。
糸井 すごいですねぇ‥‥イタリアでしょ?
わたし、財務省の役職に就いているもので、
その関係の会議の場で、
「すいません、イタリアの国鉄総裁を
 紹介してください」と‥‥。
糸井 ただでさえお忙しいでしょうに、
そんなことまでやってらっしゃるとは。
このレベルの模型をつくれる技術者って
世界中を探しても、
もうね、なかなか見つからないんです。

われわれで抱えている技術者を挙げても‥‥
オーストリアに1人、スイスに1人、
イタリアに1人‥‥世界各国で7人くらいかな?
糸井 ‥‥これって「趣味」ですよね?
まぁ、そうですね。
糸井 はー‥‥。
この車輛には、7年くらいかかってるんです。

わたしが海外へ出張するたびに、
職人のところへ行って、
進捗状況を確認しながら進めたんですが‥‥。

1年ぶりに行っても
まだ「車輪」しかできてなかったりして。
糸井 もう、笑うしかないなぁ(笑)。
むかしはね、完成した車輛は、
父が自分で受け取りに行ってたんですよ。

でも最近は、わたしが海外出張のついでに
「あれ、取ってこい」と。

で、まぁ、受け取りに行くんだけど‥‥
こういう模型って、運ぶのが、ひと苦労で。
糸井 ええ、見るからに(笑)。
ひとつには、なにしろ「重たい」。
この車輛だって、30キロくらいあるんです。

だから‥‥持ち歩くのがタイヘン。まずは。
糸井 ええ、ええ(笑)。
もうひとつは、飛行機に乗るとき。

こんなのを持ってたりすると、
乗り継ぎ時刻まで2時間ぐらい余裕があっても
かならず、乗り遅れるんです。
糸井 それはつまり、セキュリティで
足止めされるということですか?
イタリアはそうでもないんだけど、
フランクフルトなんかで、引っかかる。

いくら説明したって‥‥ほら、
外から見たら鉄のカタマリじゃないですか。

「なかに武器が入ってるんじゃないか」とか、
「いや、そもそも
 これ自体が爆弾なんじゃないか」とか(笑)。
糸井 ‥‥開けてみろ、なんて言われたり?
ま、いざというときにはね。
糸井 開けるんですか!?
ええ、ドライバーを持ってますからね。

で、開けるのはいいんですけれど、
閉めるのに、また1時間2時間かかる。

だから‥‥乗り遅れるんです。
糸井 いやー‥‥、おもしろいなぁ(笑)。
でもね、フランクフルトなんか、まだマシなほう。
日本行きを1便逃しても、何便かあるから。

チューリッヒみたいに
1日1便しか日本行きの便がないところで
引っ掛かったら、泊まらなきゃならない。
糸井 しかし、見れば見るほど、すごいな‥‥。

この‥‥この小さなリベットの数も
実際の車輛と同じだったりするんですか、
もしかして?
もちろん、本物と同じです。

リベットはぜんぶで、650個。
車輛全体に使っている部品の総数だと、
9000個くらいですか。
糸井 9000個! ‥‥はぁ‥‥。
いや、それよりもね、この模型のすごいのは、
「回生ブレーキ」を搭載してるところ。
糸井 かいせいぶれーき‥‥とは何ですか。
モーターを「発電機」として電力を発生させて、
その抵抗を利用して、ブレーキをかける。

ま、カンタンにいうと
ブレーキをかけたら発電するような仕組みです。
糸井 その電力を、動力として利用するんですね。
そうそう。この車輛は、
模型ではじめて、その仕組みを成功させたんです。
糸井 でも、模型がこんなにすごいんなら‥‥
これが走る「線路」はどうなってるんですか。

この模型を走らせる線路は‥‥?
自宅のとなりに、鉄道の博物館があるんですよ。
糸井 博物館?
ええ、そこで、走らせてるんです。

まぁ、わが家の敷地内にある私設博物館ですから、
一般公開はしてないんですけどね。
糸井 ‥‥。
名前は「シャングリ・ラ鉄道博物館」って
言うんですけど。
<続きます!>

2008-07-24-THU


原丈人さんのお父さん・原信太郎さんの著書
『原信太郎 鉄道模型のすべて』が発売!
原丈人さんのお話のなかにたびたび登場する、
原さんのお父さん・原信太郎さん。
鉄道模型をこよなく愛し、そのあつい情熱ゆえに、
私設の「シャングリ・ラ鉄道博物館」まで
設立してしまったほど、鉄道模型の世界では有名な方。
この「第一部」でも、原丈人さん以上に
さまざまな「とんでもない」逸話が披露される予定ですが、
このたび、そんな信太郎さんの著書が発売されました。
80年以上にわたって製作し続けてきた鉄道模型を
160頁の大型本にまとめた『鉄道模型のすべて』です。
信太郎さんの「シャングリ・ラ鉄道」から
より抜きの100両を写真で掲載。
模型に詳しくなくとも、その「すごさ」が伝わる一冊。



『原信太郎 鉄道模型のすべて』(誠文堂新光社刊)
 原信太郎 著

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