ほぼ日刊イトイ新聞

60歳になって、ようやくわかった。「わたしが服をつくる意味」

「FLY、FLY、FLY」HOUSE 島地保武 PH:上原勇(サン・アド) 協力:市原湖畔美術館 2018年

ひびのこづえさんの、60歳の創作論。

第3回服は、どこか死の匂いがする。

──
人間の身体って、
どんどん歳を取っていくわけですけど。
ひびの
そうですね。
──
そういうことについては、どうですか。
ひびの
昔からそう思ってたかはわからないけど、
今は、老いていても、若くても、
同じくらい、うつくしいと思っています。
──
自分は、
写真家の石内都さんの写真が好きなんです。

石内さんは広島の原爆の遺品‥‥たとえば、
当時の女学生のちぎれたブラウスや、
スカート、ワンピースなんかを、
ライフワークのように撮ってらっしゃって。
ひびの
ええ。
──
当時ですから、それらは、お母さんが
娘のためにつくっていて、
胸とか袖とかに、
名前が縫い付けてあったりするんです。
ひびの
服って、そういうものでしたもんね。
──
生地やボタンも、子どものために、
せいいっぱいかわいくしようとしてたり。

で、そういう写真を見ると、
もう「洋服そのものに感動する」んです。
ひびの
ああ、わかります。

服って、誰かのためにつくっていると、
当然その人のサイズになりますし、
襟はこう、袖はこう‥‥って、
すべてに意味というか、
「そうした理由」が、ありますもんね。
──
石内さんは、
フリーダ・カーロの靴も撮ってますが、
彼女は足が悪かったので、
踵の高さが、左右で違ったりしていて。
ひびの
だからね、わたしは、
こうなってるときが、いちばん嫌なの。
──
こうなってる‥‥。
ひびの
人が着ていない、
こうやって天井から吊られている状態。

こういう姿の衣装を見るのが嫌いなの。
昨日できたばかりの服なんで、
チェックのために、
今は、こんなふうに吊っていますけど。
──
ひびのさんの衣装は、
「生きている」という感じがするから、
吊られていると、
よけいに、違和感がある気がしますね。
ひびの
本当は美術館に展示するのも嫌なので、
衣装が完成したら、
なるべく見えないところにしまいます。

だからこそ、展覧会の催しとして、
パフォーマンスを、やっているんです。
──
つくった服を誰かに着てもらうときって、
どういう感覚ですか。
ひびの
生命を、吹き込んでもらったような‥‥。

その服が、
本当はどういう姿をしていたのか、
人に着てもらって、はじめてわかります。
──
じゃあ、天井から吊られているときは、
ある意味「抜け殻」みたいな?
ひびの
そう、まだ生命が入ってない状態ですね。

だから、この衣装も、
これから何回も何回も着られて、
その人のシワができて、
汗で汚れて‥‥そういう歴史が重なって、
どんどん、生命が吹き込まれていきます。
──
服や衣装って、
たしかに、人に着られているときにこそ、
生き生きしてるように見えます。
ひびの
服って、人と切り離せないものですから。
──
はい。
ひびの
人間の身体と同じように、
服も、いつかは、朽ちていきますよね。

以前、カンボジアで見たんですけど、
ある遺跡が、
ずーっと発見されずにいたんですって。
──
ええ。
ひびの
で、あるとき見つかったら、
植物の根や幹が大きく育ち、
巨大な石の建築を割ってしまうくらいに、
その遺跡を、侵略していたんですね。

わたしたち人間も、
今は、こんなにがんばってるけど、
結局、文明だって滅びたら、
そのうち植物に覆われていくんだなと、
そう、思ったんです。
──
展覧会に寄せた文章の中でも、
「人はどうして生きているのだろう」
「人は何を思って、
 この世を去っていくのだろう」
というようなことを、書かれていましたね。
ひびの
この歳になってくると、
大事な人たちが、いなくなっていくんです。

なぜなんだろう、どうしてわたしは残って、
どうしてあの人はいなくなったんだろう、
そんなふうに考えることも、多いんですが。
──
ええ。
ひびの
だから、わたしの服も、同じように、
最後は、消えてくれたらいいなあくらいの
気持ちでいるんです。

カンボジアで見た遺跡みたいに
植物で覆われて、
すっかり自然に還ってしまうのが理想です。
──
そういう意味で言うと、
服って、どこか「死」の匂いがしますよね。
ひびの
ああ、そうですね。
──
着ていない状態が、
着ていた人の「不在」を際立たせるような。
ひびの
そうかもしれない。

ずっと着ていると、
その人の身体の癖も匂いもついてくるから。
──
実家の洋服ダンスのなかには、
死んだ父親の服がたくさん残ってたりして。
ひびの
うん、うん。
──
あれ、どうしたらいいのかな‥‥と。
ひびの
なんとか再生してあげてほしいです。
ゴミにだけは、しないでほしい。
──
はい。ゴミには、出せないです。
ひびの
再生するのが難しくても、
せめて、古着屋さんに持っていくとか、
どこかへ送ってあげるとか‥‥。

誰かに引き継いでもらって、
役目を終えるまで着てもらえることが、
服にとっては、
いいことじゃないかなあって思います。

「re-quest/QJ」5月号 PH:森本美絵  2006年

<つづきます>

2018-04-12 THU