第3回服は、どこか死の匂いがする。
- ──
- 人間の身体って、
どんどん歳を取っていくわけですけど。
- ひびの
- そうですね。
- ──
- そういうことについては、どうですか。
- ひびの
- 昔からそう思ってたかはわからないけど、
今は、老いていても、若くても、
同じくらい、うつくしいと思っています。
- ──
- 自分は、
写真家の石内都さんの写真が好きなんです。
石内さんは広島の原爆の遺品‥‥たとえば、
当時の女学生のちぎれたブラウスや、
スカート、ワンピースなんかを、
ライフワークのように撮ってらっしゃって。
- ひびの
- ええ。
- ──
- 当時ですから、それらは、お母さんが
娘のためにつくっていて、
胸とか袖とかに、
名前が縫い付けてあったりするんです。
- ひびの
- 服って、そういうものでしたもんね。
- ──
- 生地やボタンも、子どものために、
せいいっぱいかわいくしようとしてたり。
で、そういう写真を見ると、
もう「洋服そのものに感動する」んです。
- ひびの
- ああ、わかります。
服って、誰かのためにつくっていると、
当然その人のサイズになりますし、
襟はこう、袖はこう‥‥って、
すべてに意味というか、
「そうした理由」が、ありますもんね。
- ──
- 石内さんは、
フリーダ・カーロの靴も撮ってますが、
彼女は足が悪かったので、
踵の高さが、左右で違ったりしていて。
- ひびの
- だからね、わたしは、
こうなってるときが、いちばん嫌なの。
- ──
- こうなってる‥‥。
- ひびの
- 人が着ていない、
こうやって天井から吊られている状態。
こういう姿の衣装を見るのが嫌いなの。
昨日できたばかりの服なんで、
チェックのために、
今は、こんなふうに吊っていますけど。
- ──
- ひびのさんの衣装は、
「生きている」という感じがするから、
吊られていると、
よけいに、違和感がある気がしますね。
- ひびの
- 本当は美術館に展示するのも嫌なので、
衣装が完成したら、
なるべく見えないところにしまいます。
だからこそ、展覧会の催しとして、
パフォーマンスを、やっているんです。
- ──
- つくった服を誰かに着てもらうときって、
どういう感覚ですか。
- ひびの
- 生命を、吹き込んでもらったような‥‥。
その服が、
本当はどういう姿をしていたのか、
人に着てもらって、はじめてわかります。
- ──
- じゃあ、天井から吊られているときは、
ある意味「抜け殻」みたいな?
- ひびの
- そう、まだ生命が入ってない状態ですね。
だから、この衣装も、
これから何回も何回も着られて、
その人のシワができて、
汗で汚れて‥‥そういう歴史が重なって、
どんどん、生命が吹き込まれていきます。
- ──
- 服や衣装って、
たしかに、人に着られているときにこそ、
生き生きしてるように見えます。
- ひびの
- 服って、人と切り離せないものですから。
- ──
- はい。
- ひびの
- 人間の身体と同じように、
服も、いつかは、朽ちていきますよね。
以前、カンボジアで見たんですけど、
ある遺跡が、
ずーっと発見されずにいたんですって。
- ──
- ええ。
- ひびの
- で、あるとき見つかったら、
植物の根や幹が大きく育ち、
巨大な石の建築を割ってしまうくらいに、
その遺跡を、侵略していたんですね。
わたしたち人間も、
今は、こんなにがんばってるけど、
結局、文明だって滅びたら、
そのうち植物に覆われていくんだなと、
そう、思ったんです。
- ──
- 展覧会に寄せた文章の中でも、
「人はどうして生きているのだろう」
「人は何を思って、
この世を去っていくのだろう」
というようなことを、書かれていましたね。
- ひびの
- この歳になってくると、
大事な人たちが、いなくなっていくんです。
なぜなんだろう、どうしてわたしは残って、
どうしてあの人はいなくなったんだろう、
そんなふうに考えることも、多いんですが。
- ──
- ええ。
- ひびの
- だから、わたしの服も、同じように、
最後は、消えてくれたらいいなあくらいの
気持ちでいるんです。
カンボジアで見た遺跡みたいに
植物で覆われて、
すっかり自然に還ってしまうのが理想です。
- ──
- そういう意味で言うと、
服って、どこか「死」の匂いがしますよね。
- ひびの
- ああ、そうですね。
- ──
- 着ていない状態が、
着ていた人の「不在」を際立たせるような。
- ひびの
- そうかもしれない。
ずっと着ていると、
その人の身体の癖も匂いもついてくるから。
- ──
- 実家の洋服ダンスのなかには、
死んだ父親の服がたくさん残ってたりして。
- ひびの
- うん、うん。
- ──
- あれ、どうしたらいいのかな‥‥と。
- ひびの
- なんとか再生してあげてほしいです。
ゴミにだけは、しないでほしい。
- ──
- はい。ゴミには、出せないです。
- ひびの
- 再生するのが難しくても、
せめて、古着屋さんに持っていくとか、
どこかへ送ってあげるとか‥‥。
誰かに引き継いでもらって、
役目を終えるまで着てもらえることが、
服にとっては、
いいことじゃないかなあって思います。
<つづきます>
2018-04-12 THU