NewsPicks + COMPOUND + ほぼ日 合同企画「経営にとってデザインとは何か」
三和酒類篇
「いいちこの会社」が
「下戸」にも好かれている理由。

広々とした大草原、ひみつめいた湖のほとり。
よく見ると、焼酎のビンが小さく1本。
「いいちこ」の駅貼りポスターは
そのデザイン性や美しさで、目を引きます。
でもそれは、ただ「綺麗なだけ」では
ありませんでした。
それどころか、そこには
「お酒」をつくっていることに対する
慎み深い「経営姿勢」が込められていました。
経済ニュースメディアのNewsPicksさん、
デザイン事務所COMPOUNDさんと一緒に
「経営とデザインの関係性」を探る本企画。
ぼくたち「ほぼ日」は
大分の三和酒類さんに取材を依頼しました。
お話くださったのは、
同社の名誉会長・西太一郎さん、77歳。
「ほぼ日」の担当は奥野です。
「いいちこの会社」が
「下戸」にも好かれる理由が、わかりました。

  • NewsPicks

    経済情報に特化したメディア、
    経済ニュース共有サービス。
    編集長の佐々木紀彦さんは、1979年福岡県生まれ。
    慶應義塾大学総合政策学部卒業、
    スタンフォード大学大学院で
    修士号取得(国際政治経済専攻)。
    東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。
    2012年11月、「東洋経済オンライン」編集長に就任。
    リニューアルから4カ月で
    5301万ページビューを記録し、
    同サイトをビジネス誌系サイトNo.1に導く。
    2014年7月より現職。
    著書に『米国製エリートは本当にすごいのか?』
    『5年後、メディアは稼げるか』がある。
  • COMPOUND

    グラフィックデザインに軸足を置きつつ、
    ニュースサイトのUI/CI開発、
    アパレルや音楽関連のプロダクト・デザインをはじめ
    地域活性事業などにも関わるデザイン事務所。
    代表のデザイナー/アートディレクター小田雄太さんは
    2004年、多摩美術大学GD科卒業後、
    アートユニット明和電機宣伝部、
    デザイン会社数社を経て
    2011年COMPOUNDinc.設立。
    2013年には(株)まちづクリエイティブ取締役に就任。
    MADcityプロジェクトに参画。
    最近の主な仕事として「NewsPicks」UI/CI開発、
    diskunion「DIVE INTO MUSIC」、
    COMME des GARÇONS
    「noir kei ninomiya」デザインワーク,
    「東京ONEPIECEタワー」CI/サイン計画、
    「BIBLIOPHILIC」ブランディングなど。
第1回 会社を育てるポスター。
──
個人的なことで恐縮なのですが、
妻が「いいちこ」の大ファンなんです。

と言っても、
お酒のまったく飲めない下戸なのですが、
駅に貼ってある
「いいちこ」のポスターが、大好きで。
西
それは、それは、ありがとうございます。
──
好きが嵩じて、あるときに
「いいちこのポスターのファンなんです」
と、三和酒類さんに
電話をかけてしまったらしいんです。

そのときに応対してくださった方が
とても親切で、
どこの誰かもわからない人に
立派なポスター集を送ってくださった、と。
しかも、ていねいなお手紙まで添えて。
西
そうですか。
──
本人は、そのことにいたく感動して、
今も、駅貼りのポスターを見るたびに
その話をするほどなんですが、
そのエピソードを聞いたぼくも
「ああ、きっといい会社なんだろうな」と、
ずっと思っていたんです。
西
ありがとうございます。
──
つまり「いいちこ」のポスターをはじめ、
焼酎のボトルの形状など、
三和酒類さんでは
「デザイン」にとても気を配っていると
思うんですが‥‥。
西
河北(秀也/アートディレクター)さんと
切磋琢磨しながら、ですね。
──
その御社の「デザイン」というものと、
「御社が、いい会社、
やさしそうな会社である」こととが
どこかで、つながっているように思えたので、
今回、取材を申し込んだ次第です。

説明が長くなり、申しわけございません。
西
はい、わかりました。

私でよろしければ、
ご質問にお答えいたしますので、
どうぞよろしくお願いします。
──
ありがとうございます。

では、今でこそ「いいちこ」のポスターって
素敵だなあってみんな思ってるし、
独特の世界観が認知されていると思いますが、
いちばんはじめに
ああいうポスターをごらんになったとき、
どう思われましたか?
西
そりゃあ、
「こんなポスターで効果が上がるんだろうか?」
とも思いました。

しかし、河北さんの
「いいイメージを積み重ねていって、
時間の厚みをつくっていきましょう」
という言葉を信じていましたし、
何より予算が少なかったですからね。
──
ポスターの中の「いいちこ」のビンが
「もう少し大きくてもいいんじゃないか?」
とか、思わなかったんですか?
西
はい、そうは思ったんですが、
「デザインには口出しをしない」というのが
当初からの約束だったんです。
──
やっぱり「小さい」と思われたんですね(笑)。
でも、口出しをしないって‥‥そうなんですか。
西
河北さんは、ポスターの撮影場所なんかも、
私たちに、ぜんぜん教えてくれないんです。
──
それは、すごいですね。
経営トップに撮影場所をヒミツにするとは。
西
そして、
「なぜ、あなたに教えないか」ってことを、
いちいち説明してくれるんです。
──
なぜ‥‥なんですか?
西
今でも、大手のファッションの業界では
「来年はこの色」というね、
いわゆる「流行色」をめぐって
ライバル同士の競争があると思いますが、
ある年、ある会社の「来年の色」が、
よそにバレて先取りされて出てしまった。
──
へえ。
西
印刷してしまったポスターから何から、
台無しになって、
とうぜん、色を先取りされた会社では
大問題となり、
「いったい誰がしゃべったんだ!」と、
犯人捜しをしたら。
──
はい。
西
なんと「社長さん」が犯人だった。
──
え。
西
なんでも、社長同士が酒の席で隣どうしで、
そのー、一杯飲んだときに‥‥。
──
口がすべってというか、
舌が滑らかになって‥‥というか。
西
だから、そういうことがあるから、
「いちばんの危険人物は、あなたなんです」
と、河北さんは言うんです。
──
だから西さんには教えない、と。

そう言われてみれば、一理あるような‥‥
そんなこともないような(笑)。
西
でも、これがね、河北さんの説明を聞いたら
「ああ、なるほど、なるほど」と思うんです。
──
納得しちゃうんですか?
西
たとえば、このポスターは、
南アフリカで撮った写真なんですけど‥‥。
──
わあ、なんだか、すごい場所ですね。
コピーは「荒野にも花は咲きます。」
そして「いいちこ」のビンが
どこにあるのか、よーく見ないとわからない。
西
この写真を南アフリカで撮ったってことは、
ポスターができあがってから知るんですよ。
──
そうなんですか。
西
しかもね、これを河北さんに言わせると
「こういうポスターは、
大手の広告代理店ではできません」と。
──
なぜですか?
西
この花、1年のうちで、
咲くのが「10日か2週間」だそうなんです。

ようするに
「こういう花を撮りたいから
こんど南アフリカへ行って撮影をします」
という見積書を出すことができない、と。
──
なるほど。
撮れるかどうかが、わからないから。
西
つまり、三和酒類みたいに
「トップに撮影する場所も明かさずに、
行き当たりばったり、
見積もりなしで写真を撮りに行くから、
こういうものができる。
ここでしかつくれないポスターですよ」
と、自慢するわけです。
──
なるほど(笑)。

でもたしかに、
この花の咲き方ってすごく印象的だから、
もし、西さんがお酒で口を滑らせて
他から先に出されちゃったら、
いっぺんに陳腐になってしまいますね。
小田
すこし前の『東洋経済』で、
河北さんのインタビューを拝見したんですが、
そこで
「デザインというものは
マーケティングでつくるものではなくて、
暮らしや生活の延長線上にあるもの」
とおっしゃっていたんです。

たしかに、マーケティングや
見積りの計算みたいなものが先にあると、
こういうポスターって、
なかなかできないだろうなと思いました。
──
「どこに焼酎のビンが写っているのか、
よく見ないとわからないポスター」なんて
計算とかでは成立しないですもんね。
西
しかし、このことを
あんまり理解してくださらない人たちも
いらっしゃるんです。

「どうして見積書がないんだ?」って。
小田
それはつまり、税務署関係のみなさん、
ということですかね。

立場上そう言うのが仕事ですから、
仕方ない部分もあるでしょうけど。
──
ちなみに、
外のアートディレクターである河北さんが、
三和酒類さんの広告を
全面的に責任を持ってつくってきたという
お話ですが、
キャッチコピーの内容なども、
とうぜん、
経営側でも納得できるものなんですよね?
西
いいちこのポスターのコピーは、
お客さまへ向けたものではありますけど、
じつは同時に、
われわれ三和酒類の経営陣や従業員への
教えでもあるんです。
──
あ、そうなんですか。
西
典型的なのはこれ、ラグビー場のポスター。
──
「トライを決めた者も、ガッツポーズなどとらない。
それが全員の力であることを知っているからだ。」
西
そう、そのコピーは、
うちが4人でやってたころの教えなんです。
──
三和酒類さんは、
戦後、この地域にあった4つの酒蔵さんが、
生き残りをかけて、
ひとつにまとまってできたんですよね。
西
あるとき、4つの蔵のひとりが
「俺が、俺が、俺が」と言いはじめたんです。
そういう時期が、あったんです。

でも、それではダメだから
「ラグビーの精神で会社をやっていこう」と、
このコピーは言ってるんです。
──
そう思って見ると、
まさしく「社内向けのポスター」ですね。
西
つまり、会社というのは、
そうなりがちだ、ということなんですよ。

「会社は1人でやってるんじゃない。
4人でやってるんだ」
このポスターは、そう戒めているんです。
──
「会社は、チームでやっていくもの」と。
西
それからね、
こっちの「Stray Bird」という広告は、
「はぐれ鳥」という意味です。
──
はい。
西
長い間、お酒の「イメージ」としては、
なんとなく、
いちんばん上がウィスキー、
次に日本酒、ビール‥‥みたいなランクが
あったんです。

そのなかで「焼酎」というお酒は、
今でこそ、
だんだん印象もよくなってきていますが、
もともとは「大衆の酒」として、
もっともイメージが低かった酒なんです。
──
そうなんですか。
西
なぜかと言うと、戦後に
「密造酒」というものが出回った時期が
あったんですね。

これは、お上に税金を取られないように、
勝手に酒を造って売り歩いたものです。
──
ええ。
西
密造酒を造っていると匂いでわかります。

そこで、
税務署や警察から匂いを隠すために、
豚や鶏を飼ったりして、
不衛生な場所で造ることになるわけです。
──
なるほど。
西
品質も粗悪で、
メチルアルコールを入れたような密造酒が
横行していました。

ゴム製の水枕って、昔あったんですが‥‥。
──
ああ、わかります。茶色っぽいやつ。
西
戦後当時は、あの中に密造酒を入れて
流通させていたんです。
──
つまり、カムフラージュのために?
西
そういう世の中だったんです、当時はね。

お米ですら、
勝手に持っていたら「闇米だ」と言って、
摘発の対象になった時代ですから。
──
いわんや密造酒をや、というわけですね。
西
そういう悪いイメージだったところから
河北さんのポスターもあって、
私たちの「いいちこ」が売れはじめた。

だから、
「焼酎というお酒のなかでも、
私たちの商品は、はぐれ鳥ですよ」と。
──
お客さんに対してだけでなく、
自分のところのお酒は
他とはちょっとちがうんだという矜持を
持とうと、社員さんにも。
西
ようするに「いいちこ」のコピーって、
世の中はもちろん、
会社の中に訴えていく言葉でもあるんです。

会社を育てていくポスター、なんです。
──
会社経営の考えかたと広告ポスターとが、
密接に関係してるんですね。
西
外の人にはわからないことですけど、
うちの会社は
ポスターからも育てられていったと、
実際に、そう思っています。

だからこうして、
会社の中に貼りめぐらせているんです。

<つづきます>

2015-11-16-MON