志谷 | ただ‥‥コーヒーで生きていこうと思ったら、 そうじゃないことを いっぱい考えないといけないじゃないですか。 その自信が、ないです。 |
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糸井 | そうじゃないことって? |
志谷 | お店の経営の方法だとか 「コーヒーをおいしく淹れる」以外のことを 考えたりしているうちに コーヒーをおいしく淹れたいという思いから ずれたり‥‥してしまいそうで。 |
糸井 | そんなふうに考えそうなんだ、自分が。 |
志谷 | はい。 |
糸井 | だったら、そうなるんじゃない? |
志谷 | えっと‥‥。 |
糸井 | で、失敗するんじゃないかな、一回。 |
志谷 | それは‥‥こわいです。 |
糸井 | 推薦状にも書いてあったと思うけど、 どうしてそんなに「臆病」になるの? |
志谷 | うーーん、わからないです。 柿添くんの言う「悪意に弱い」というのは たしかに、そうだなと思うんですけど。 |
糸井 | 僕だって、弱いよ。 |
志谷 | ‥‥ほんとですか? |
糸井 | 僕だって弱いし、 それは、僕や志谷さんだけじゃなくて 誰だって弱いよ。 |
志谷 | そうなんでしょうか? |
糸井 | ちょっと「先輩がた」にも聞いてみる? |
先に「志谷さん」を知っていた僕たちは
言えることだけを、言いました。
僕たちが、志谷さんと会って思ったのは
たしかに
「気が弱くて、臆病」なんだろうけど
根底には
「みんながつらい思いをするのは、嫌だ」
「これから社会に出ようとしているのに
どうして、
楽しい気持ちになれないんだろう?」
という思いがあるんだなって、感じたことを。
糸井 | なるほどね‥‥。 あのさ、志谷さんってさ、自分のことを 「正円」みたいなイメージでいる? 「まんまる」でありたい、みたいな。 |
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志谷 | それは、はい。できるなら。 |
糸井 | 僕は、学生と社会人のあいだに 何か差があるとしたら 「まんまる」なのか「ごつごつ」してるか、 その差だと思ってるんです。 |
志谷 | まんまると、ごつごつ‥‥。 |
糸井 | つまり、ここにいる人たちって、 みーんな「ごつごつ」してるんですよ。 自分とこの社員を褒めるわけじゃないけど その「ごつごつ」が、それぞれ、 その人の「おもしろさ」になってるの。 |
志谷 | そうなんですか。 |
糸井 | でもね、みーんな、 はじめは「まんまる」だったんだよね。 それが社会に出て、いろんな経験をして、 だんだん、だんだん、 「ごつごつ」になってくるんです。 |
志谷 | へぇ‥‥。 |
糸井 | 志谷さんくらいの年齢だと まだ「自分のフォームは変えたくない」とか 思ってる時期かもしれないけど。 |
志谷 | フォーム‥‥ですか。 変えたくないことは、もちろんあります。 |
糸井 | これ、助言になるかわからないんだけどさ、 僕、あなたと同じくらいの年齢のとき、 面接試験に行って ケンカして帰ってきちゃったことがあって。 |
志谷 | えっ。 |
糸井 | 面接官の人に 「得意なことは何?」って聞かれたんだけど 特に思い浮かばなかったから 「特にないです」って返事したんですよ。 |
志谷 | ‥‥はい。 |
糸井 | そしたら次に 「じゃあ、 どんな商品のコピーを書いてみたい?」 って聞かれたから、 「うーん、そういうのもないです」 って答えたんです。 本当に、なかったから。 |
志谷 | はい。 |
糸井 | そしたら面接官、急に怒りだしちゃって。 |
志谷 | えー‥‥。 |
糸井 | 「得意なことが特にない、というのは ぜんぶ得意だって 言ってるのと同じことだぞ!」って。 |
志谷 | ああ‥‥。 |
糸井 | もう、その時点で 「あ、オレはこの会社には縁がないな」 と思ったんですけど、 考えてみれば オレはオレで「小生意気」だったから 「フォームを変えなかった」んですよ。 |
志谷 | はい、なるほど。 |
糸井 | そこ、別に行きたい会社じゃなかったからね。 でも、もし、あの会社が 「本気で行きたい会社」だったら? 今、話をしながら考えたんだけど、 もしも、 あの会社が「本気で行きたい会社」だったら 「ぜんぶ得意だって言ってるのと 同じことだぞ!」って怒られたたときに 別のスイッチが、入ったかも知れないんです。 |
志谷 | 別の‥‥スイッチ。 |
糸井 | つまり、 素直に「フォームを変えた」かも知れない。 |
「本気で入りたい会社」だからこそ
「フォームを変え」たっていい。
そのことを、わかっているだけで
学生さんの「呼吸」は
ずいぶん楽になるんじゃないかと思います。
志谷 | でも、そういう「本気で入りたい会社」が 僕にも見つかるでしょうか。 こんなこと聞いても しょうがないかもしれないですけど‥‥。 |
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糸井 | あなたがコーヒーの話をはじめたときに コーヒーやればいいのにって 僕は、けっこう真剣に思ったんだけどね。 |
志谷 | 本当ですか。 |
糸井 | あなたの淹れるコーヒーがおいしいのかとか、 何かめずらしい特徴があるのかとか、 そんなことは知らないけど、 そんなに「コーヒーが好き」なんだったらさ。 |
志谷 | 好きです。 |
糸井 | コーヒーをやるのは、自分のお金ですよね。 繁盛するのも潰れちゃうのも、自分の責任。 お客さんにワガママを言われたときに どういう態度をとるかまで含めて、本気です。 |
志谷 | はい。 |
糸井 | 逃げられません。 |
志谷 | ‥‥はい。 |
糸井 | コーヒー屋やってて お前のコーヒー、まずいよって言われたら、 本気で怒りますよね。 |
志谷 | そう思います。 |
糸井 | たぶん、そのときの志谷さんは 採用面接の試験場に座ってる志谷さんより ぜんぜん「本気」なんじゃない? |
志谷 | ‥‥そうだと思います。 |
糸井 | だったら「そっち」なんじゃないのかな。 だからもう、軽トラ一台ででも何でも コーヒー屋さんを はじめちゃえばいいのにって、思ったの。 |
志谷 | ‥‥‥‥‥‥。 |
糸井 | 京大出らしいぜとかって噂が立ったりしてさ。 |
志谷 | ‥‥はは。 |
糸井 | コーヒーやってから勤めたって、いいんだし。 |
志谷 | そうか‥‥。 |
糸井 | たぶん「フォームを変えない」というのは、 そのくらいの覚悟が要ることだよ、本当は。 |
志谷 | はい、そう思いました。 |
糸井 | コーヒー屋をはじめるのに どれくらいかかるとかって、知ってる? |
志谷 | 知らないです。 |
糸井 | 知っといたほうがいいね。 |
志谷 | ‥‥はい。 |
糸井 | 豆を仕入れるルートは? |
志谷 | わからないです。 |
糸井 | 調べといたほうがいい、念のため。 |
志谷 | ‥‥はい(笑)。 |
糸井 | 有名なコーヒー屋さんの多い京都って町で 京大出の、 ひとりぽっちのコーヒー屋が ケンカ売ってるとしたら けっこういい度胸してるよね、そいつ。 |
「コーヒー屋になれば?」という助言は
「極論」なのかも知れません。
でも、あとから話してわかったことですけれど
このとき、その場にいた僕たち全員が
理由はうまく説明できないものの
志谷さんのことを
「なんか、うらやましいな」と思っていました。
そして当の志谷さんは、
今日でいちばん、身を前に乗り出しています。
糸井 | つまり、こんなふうに 面接で「コーヒーの話」をしたかったの? |
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志谷 | はい。だから、うれしいです(笑)。 |
糸井 | でも、これはしょうがないことなんだけど、 志谷くんのコーヒーの話を 本当に興味を持って聞いてもらえるのって 「面接の場」ではないんだ、たぶん。 |
志谷 | そうなんですか? |
糸井 | どこでもいいけど、どこかの会社に入って、 うれしいこととか、大変なこととか、 仲間といっしょに、いろんなことを経験して ようやく「3年後」くらいに 「志谷のコーヒーの話、聞いたことある? なんか、いいんだよ」 とかって言われ出すんだよね、たいがい。 |
志谷 | ああー‥‥。 |
糸井 | まったく同じ話でも、さ。 |
志谷 | はい。 |
糸井 | ‥‥こういう展開になるとは思ってなかった。 |
志谷 | 僕もです(笑)。 |
糸井 | ふつうの企業も受けるんでしょう、やっぱり? |
志谷 | たぶん、受けます。 |
糸井 | 受けてどうなるか、だよなぁ。 |
志谷 | そうですね、はい。 |
糸井 | で‥‥仮にダメだったときにでもさ、 すでに「コーヒー」のことが頭にあるから‥‥。 |
志谷 | はい(笑)。 |
糸井 | や、やっぱり見たいわ、そのコーヒー屋。 |
志谷 | うーーん‥‥(笑)‥‥あの、糸井さん。 |
糸井 | はい。 |
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志谷 | 僕のこと、今日、どう思われましたか? |
糸井 | ふつうの子。 |
志谷 | ふつう。 |
糸井 | だいたいの子は、ふつうの子。 |
志谷 | そうですか。 |
糸井 | 特別だなって子は、あんまりいないよ。 その年で「すごいなー!」って子も あんまりいないし、 逆に、 こりゃダメだーって子も、いないよね。 |
志谷 | そうなんですか。 |
糸井 | だって、みんな、 まだ「ちっちゃいコーヒー豆」が並んでる みたいなもんなんだからさ。 |
志谷 | ‥‥はい。 |
糸井 | ‥‥で、肝心なこと聞くけど、 おいしいんですか、あなたのコーヒーは? |
志谷 | 自分では、おいしい‥‥と思っています。 |
糸井 | じゃあ、僕にも飲ませてもらえます? |
志谷 | えっ、いいんですか!? |
糸井 | もし、よろしければ。 |
最後、コーヒー好きの就活生が、
面接官に
一杯のコーヒーを、真剣にふるまいました。
こうして、時間にして2時間半にもおよんだ
世にもめずらしい「面接」が、終わりました。
<つづきます>