青柳 |
歴史って映写機のレンズだと思うんですよ。
フィルムという過去があり、
スクリーンに映る未来がある。
フィルムの情報を増やせば増やすほど
レンズから遠のけば遠のくほどにスクリーンで
どでかい画面が見られるようになると思います。
われわれレンズのところで生きている人間には
なかなか手が届かないし自分たちでは
つくれないのですけども情報は増やすべきだし、
スクリーンに映る影はでかくするべきであり、
そうすれば、少しですが選択肢が将来に向けて
増えるんじゃないかなあと思います。
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糸井 |
その話、シンボリックでとてもおもしろいなあ。
20世紀の終わる今のトップの金持ちはビルゲイツ。
ビルゲイツをものとして信号化するとOSですよね。
OSこそこれはレンズですよね。
乗っけるのはソフトであり、ひとに伝えるのはOS。
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青柳 |
ですね。自分自身には何もない。
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糸井 |
ぼくは素人なんでわからないんですけど
リナックスのようなものは、
実は素晴らしいわけじゃないという
理屈があるみたいなんですよ。
素人が自分の使いやすいようにOSをつくると、
ああいうものはできちゃうんですね。
レンズにあたるOSが
20世紀のシンボル商品
だったとすれば、
21世紀にはレンズだけなら
誰でも持ててしまう時代になるかもしれない。
そうすると改めて「フィルムないの?」って。
「フィルムに映す情熱のあるソフトはない?」
こうやってみんながはっきりと求めていくと思う。
それで、ソフトのないことに気づくんですよ。
それで探し出してくるなかに、今回みたく
ごく少数のひとが研究してきたものだけど、
「おいおい、ポンペイ、展あったじゃない?」
というようになると思うんです。
NHKので以前に力を入れてつくられたものって、
再放送してますけどかなりの視聴率ですよね。
現在、びっくりするほどの数のひとが
NHK特集の再放送を見てたりするんですよ。
これが過渡期の現在をよくあらわしていると思う。
さっき言ったなかにいくつかキーワードがあって、
商品環境論。ソフト欠乏時代のソフト時代。
あとは消費時間コストというテーマがあると思う。
みんながつくることに忙しくなってくると、
使うことに費やす時間にすごいコストがかかる。
青柳先生が靴を探して街に出ても買い切れない。
ひとが見ていいと思い自分も満足するという靴は
一日中探しても見つからないんです。
探すのにものすごいコストがかかる。
この事実のなかに、次のことがあるんだと思う。
今はそのあたりがどうなっているのかというと、
ひとがいいっていうもののベストテンを挙げて
そうすると上のほうから何番目がいいっていう
ことになるから、ブランドの確立したものは
いつでも自動的に売れていくんですね。
だけど、自分にとって素敵なものっていうのは
時間がなくて選べないんです。
おそらくここに未来の事業もあるのだろうし、
未来にソフトをつくるひとたちの
ビジネスチャンスも生きてゆく動機もあると思う。
それで大発明というのがない以上は温故知新で、
歴史のなかにヒントがあって、その歴史は
たぶん「人間の歴史」なんじゃないかと思います。
「欲望を持った動物」とひとを捉えている点で
ポンペイは見事だなあ、と感じるの。
ぼくの後年の人生に
すごいインパクトを与えた言葉があって、
経営のすごい上手なひとが言ったんですけど。
アメリカに開拓時代ってありましたよね?
開拓のときにひとが動いたのはゴールドが
あったからで、欲が人々の流通を支えたんです。
金が取れるからってみんながどっと動いた。
大移動ですよね。欲望が動かしたものだから
ほとんど古代史みたいなものなんですよ。
それで、ぼくに対して、
「誰がもうかったか糸井さん知ってますよね、
金を一番掘ったひとじゃないんですよ。
金を掘るひとにシャベルを売ったひとです。
あるいは、宿屋をつくったひとですよ。
もっと言うと、売春宿をつくったひとですよ」
そのかたはこんな風に言ったんです。
繁栄は金を掘ったひとがつくったんじゃなくて、
そのひとたちにものを売ったひとのものだって。
「だから糸井さんの考えてるように
インターネットを一生懸命やるっていうのは
すっごく『金を掘ってる』んですよ。
だけど掘るなかで一番上手だったというだけで、
ひとが2グラム探しているときに
1トン探す力が糸井さんにはあるんだけど、
ほんとうにもうかるのはそうじゃなくて
シャベルを売って売春宿建てることなんです。
そこは糸井さんは不得意なんですよ」
これはもう目から鱗でした。経営と技術は違う。
「糸井さんは金を掘ることを上手なんだから、
その金を入れ歯にして売ったらどうですか?
掘ったものを仕入れ屋に売らずに入れ歯にしたり、
金で芸術的な彫刻をつくって売ったら、
掘る喜びも開拓の喜びもアートの喜びもある」
そうも言われてもう参った。すっごいでしょ?
ぼくより年下のひとなんですけどね。
それきいて自分の得意なことは売春宿を
建てることではなかったんだなあとわかった。
ただぼくは「売春宿建てればよかった」に
あとで気づくことは気づくんで、
環境として把握しているデザインはつくれる。
そこに自分の道があるだろうと思いますね。
ぼくは何をやればいいのかっていうと、
みんなが混迷している時代の今に、
とりあえず掘ることが上手だと自分で
思うんだったら、まずは掘りますよ、と。
売春宿で女の子を面接するのを今はできないから、
まず自分のできることを見て、それをやって、
あとはリンクしていけばいいんじゃないかなあ。
しゃべり屋さんや酒屋とリンクしたり……。
そうすると全部の仕事にそれが言えると思う。
ポンペイ展では「金」の純度を高められたし
きれいに展示会として精製することもできた。
でも、そこにひとを集められるかっていうと、
結局噂も立てられなかった……。
それに比べてぼくはわかってたのですが、でも
ポンペイから出発して掘ることはできなかった。
だからやっぱりここからはリンクだなあ、と思う。
おもしろいですよね。事業の話でもあるし
文明史の話でもあるし、政治の話でもある。
さきほどの、国境・宗教・民族の
3つの大きなハンディキャップが
あるときに政治家が進化するというところと、
それに併せて奴隷についての考えかたを
今簡単にレクチャーしてくださいますか?
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青柳 |
まず政治についてですけど、
地中海世界というのはギリシャの頃から、
例えばフェニキアやカルタゴなんかと
しょっちゅうすごい戦争をしてたんです。
あの周辺に住んでいたのは約4~5000万の人口。
周辺で取れる総農産物を4~5000万で割ると
どうにか生きていけるんですが、余剰農産物を
つくれる場所と地味がよくないところがあるので、
どうしても食料の奪い合戦になるんです。
それが戦争の原因なんですね。
ローマは最初のうちには食料の争奪戦に
参加するわけですけども、徐々に、
大きな国にして足りないところには
あるところから持ってくればいいじゃないか、
というようになってくるんです。
それが、パックスロマーナですね。
パックスロマーナつくるのに約100年くらいで、
それまでに内戦もありいろいろあるんですけど、
ローマの政治家はまず民族問題について考えた。
民族の違いというのは切り抜けられないから、
そいつらには外人だろうが、少なくとも
社会的な権利として平等をあげたんです。
宗教に関してもキリスト教あるいはユダヤ教が
まず存在していて、ちょうどポンペイの火山が
爆発するときに活躍したひとは、そこをいかに
抑えつけることをして皇帝になるんですけど、
トップクラスの人間が怖い宗教に対峙している。
国境をローマのように広めると
国境防備という問題が出てくるんです。
ライン川周辺にはゲルマン人という
とんでもなく強いひとたちがいるのだし、
国境をどう維持するかは大変な課題なわけです。
それで有名なハドリアヌスの長城をつくるけど、
これは万里の長城に比べたらちゃちなもんです。
だからあれは防備じゃなくてむしろ信号的で、
ここから先は私たちも行かないから、逆に
あなたたちも来ないでね、というものなんです。
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糸井 |
約束なんですね。
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青柳 |
約束の線なんですよ。軍事的防衛をしない。
だけどそれで苦労してもいるんです。
そういうところでやっていたからこそ、
ローマは世界に冠たる政治家を輩出してきた。
政治家の動きの情報が、地方都市に
とんでもないスピードで流れていく。
その延長で町長さんになろうというひとたちも
政治レベルが高くて政治的な決断にまちがわない。
これは繁栄のひとつの理由でもあります。
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糸井 |
政治をおこなうための思想的基盤や
憲法的基盤は、どういうものだったのですか?
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青柳 |
いろいろあります。
例えばもうそれこそギリシャの時代の
プラトンなどが共和国論の指針を出しています。
それはもうギリシャのギリシャたるゆえんで、
素晴らしい理念はあるだろうけど応用がないから、
使いようのないほどに粗いものなんです。
ギリシャ人たちはそのまま使おうとするから
がたがたになっちゃったのですが、
ローマ人たちはそれをうまいこと翻訳して使う。
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糸井 |
カスタマイズするわけですね。
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青柳 |
ギリシア人たちは
理念をちゃんとわかっていたし、
現実を分析してはいたのですが。
ローマではそれをどう適応するかということを、
キケロにしてもさまざまに考察して
それを皇帝たちがうまく活用していくわけです。
皇帝たちのまわりに知恵をつけるシンクタンクが
ちゃんと存在してるんです。シンクタンク内には
ギリシャ系の解放奴隷という当時で言うと
最高の知識人たちも入っていました。
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糸井 |
今で言うとシンクタンクって
どのようなジャンルのものなんですか?
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青柳 |
やっぱり一番活躍したのはおそらく
経済面の若いひとたちでしょうね。
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糸井 |
エコノミストですか。
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青柳 |
そうです。あとはギリシャの残した文化を
易しい言葉で皇帝たちに教えられるひとです。
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糸井 |
情報的な、メディア戦略家ですね。
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青柳 |
当時、ギリシャ語は国際語だったんですね。
だからギリシャ語を知る解放奴隷たちはまさに
情報の仲介者であって、そういうひとたちを
当時の皇帝はちゃんとうしろに持っていたんです。
しかも解放奴隷としての身分が明確なので、
その知識人たちはそれ以上の身分になって
皇帝を脅かすような出世をすることはできない。
騎士階級にも元老院にも上がれないんです。
だから皇帝も安心してそばにおいておける。
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糸井 |
奴隷から最高でどこまで行けるんですか?
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青柳 |
最高になると今で言う大蔵大臣くらいです。
だけど大蔵大臣から首相にはなれないんです。
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糸井 |
当時のひとって現世的な富を
蓄積することはできたのですか?
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青柳 |
はい。
国の富よりも
個人の持つ富のほうが
多い、なんて噂話もあったくらいですから。
だからある意味でとてもいい政治環境があった。
政治の天才がでるのはだからなのでしょう。
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糸井 |
答えられないといけないような
問題の出されかただったんですね。
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青柳 |
常に決断を迫られていましたね。
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糸井 |
構造的に肥沃な大地があって商業はまかなえる。
貿易がある。それに経済を支えていた奴隷という
大きな階級、このあたりが生産力の源ですよね。
その人口配分はどういうものだったんですか?
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青柳 |
ポンペイで1万5000人という総人口だとすると、
おそらく4~5000人は固かったでしょうね。
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糸井 |
3分の1。
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青柳 |
そういうひとたちに労働のインセンティブを
どうやって与えるかがポイントなんですよね。
そのためには、奴隷に出世の飴を与える。
そして、奴隷の所有者であったとしても
理由なく殴ったり殺したりしてはいけない
といった法律がきちんと存在していたんですね。
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糸井 |
奴隷は所有をされはするものの、
大事な生産力であり生きものだと。
経済現地からそうとらえられていたのですか?
それとも倫理原理から来るものなのでしょうか。
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青柳 |
古代人というのは神さまに敬虔であると同時に
他方では我々からは想像できないくらいの
違う意味での残虐さを持っていたのですから、
もともとは経済原理からだと思いますね。
経済原理内でのよさが証明されていくので
社会的な倫理観のなかに組みこんだ、と。
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糸井 |
思えば、他の倫理もみんな
そういうものなのかもしれないですね。
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青柳 |
そうなんですよ。だいたいのことは。
例えば紀元後1世紀のはじめごろまでは
外で侵略戦争をしかければ、そこで捕虜たちを
がばっと連れて来ることができたんですね。
だけどそのうちに、もう国が広がっちゃったので
そういうことができなくなっちゃったんですよね。
すると国の中にいる奴隷に子供を産んでもらって
奴隷の再生産をやってもらわなければならない。
そこで「子供を産んだほうが得だよ」という
インセンティブを与えないといけなくなります。
その奴隷たちはかつかつのお金で生きのびれるし、
子供を産んで育てることはできるのですが、
でも財産はない、そういうシステムでしたね。
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糸井 |
それはもう見事に「現代」ですね。
ハリウッドの左翼的な考えで撮った古代の映画は
やまほどあるんですけど、アメとムチで言うと、
ムチだけで奴隷制度が補われていたと
信じこんでますよね。あれを変えたいですよね。
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青柳 |
そうですね。無理なシステムだったら
そんなに長く継続しないんですよね。
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糸井 |
非常にフィルターのかかった左翼思想で
歴史が伝えられてきたというのがあったので、
「人間を牛馬のごとく使う時代が長かった」
という認識を変えさせるというのは、
ほんとにむつかしいものですよね。
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青柳 |
だからおそらく為政者としてはその国民に
たくさん収入を与えるかわりに義務も与えるか、
あるいは収入も義務も少しずつにするか、の
どっちかだと思うんですね。
奴隷は少し与えて少ししかとらない、
そういうシステムだったんじゃないかなあ。
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糸井 |
今、日本なんかだと妻帯者の「妻」で
婦人労働をおぎなったりさせていますよね。
今後60万人の労働者が足りなくなるそうですね。
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青柳 |
大問題です。まだ深刻化していないけど
せまっているという、大変な問題ですよね。
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糸井 |
労働力が足りなくなると、
子孫にお金を残せるかもしれないひとの
労働時間が倍になったりするわけですよね。
働き手はもう休めなくなってしまった。
アメリカ映画を観てるようになってきている。
このシステムが最高でないことは確かですよね。
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青柳 |
アメリカでも10年以上も前ですけど
性差をはじめいろいろな差別を撤廃させて、
労働者を年齢で区別してはいけなくした。
表面的にはかっこいいんですけど、
これはむしろ良質的な労働者というのは
社会的に使い尽くそう、ということですよね。
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糸井 |
エチカとして語られていることって
実はエコノミーなんだっていうのを、
もう冷厳に受け止める必要があると思うんです。
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青柳 |
いい経済システムをエチカのほうに
昇華していくことこそすべきでしょうね。
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糸井 |
これは粗末な言いかたをすると
ほんとうにひとに怒られますからね。
鬼って言われますからね(笑)。
そろそろ時間も限られてきちゃったんですけど、
青柳先生の「現代を知る」っていう動機から
ポンペイをやってきたなかで言うと、
この先の学問的な野心というようなものは
どんなところに結びついているんですか?
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青柳 |
今一番やらなきゃいけないことは……。
われわれは学者として「研究をやれ」と
世間や学会から要求されてはいますが、
研究者集団って30~40人だけなんですよね。
今まではその部分に7~8割のエネルギーを
注いでましたが、それを2~3割にして、
今度はむしろそれまでに時間を割いてきて
自分なりに理解できたもののレンジを
広げるあたりに力を注ぎこんでいきたいなあと。
そうすれば研究することへの世間一般からの
サポートも、もう少し強固になるんじゃないかな。
そうすると同業者の若いひとたちが
もっとしっかり研究できるような、
いい世代交代になっていくような気がします。
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糸井 |
知と富のシェアですね。
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青柳 |
そうです、シェアです。
学問ひとつにしても国からお金をもらっている。
でも国だけに向いていればいいかというと違う、
そのあたりで多様なひとのサポートを受けないと
結局尻すぼみになってしまうような気がします。
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