じぶんのために記すことば(9月6日)
・「ほぼ日手帳2012」が発売になって、
それについていくつかの取材を受けています。
いつもの年なら、どこがどう変わったとか、
どんなところがよくなったという質問になりますが、
今年の場合は、どうしても3月11日の話が混じります。
「なんでもない日、おめでとう。」ということばが、
これまでの10年とちがう意味を濃くして、
一日一日に、重さがましてしまったように思います。
いや、ほんとは、そんなに重くしちゃいけない。
赤ん坊でも、犬でも猫でも、一日を生きられる‥‥。
一日って、そんな軽やかさがいいと思うんです。
しかつめらしく眉間にしわをよせて、
世界の苦悩を一身に背負ったようにしていても、
あんまりできることはない。
数十年後には、いま「バブー」と言ってる赤ちゃんが、
その時代のリーダーとして生きてるわけです。
いま現在の「バブー」さんたちの前に、
大きな暗闇を憶えさせるのではなく、
小さくても光のほうを向く力をつけてもらいたい。
そう思うと、ぼくらが一日一日を、
どんな顔で生きていけばいいのか、わかる気がします。
おおげさなスローガンではないのですが、
なんとなく、今年の「ほぼ日手帳」の紹介のなかに、
「スマイル」ということばを置いているのは、
そんな気持ちです。
・ぼくの手帳の「3月11日」に、なにが書いてありますか?
そういう質問をされて、困ってしまいました。
正直に言うと、
じぶんの手帳にじぶんのために記すことばは、
そのときには書けなかったのでした。
「ほぼ日」という「この場」で、なにを言うのか、
この先なにを考えるのか、それだけで精一杯で、
お恥ずかしいけれど、ぼくの手帳は空っぽでした。
ほんとは、そういう日のためにも「ほぼ日手帳」と、
言いたかったのですが、実際には無理でした‥‥。
来年の「3月11日」には、なにが書けるんでしょうね。
今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。 |