── |
スジを引き直す、
ようするに「ダイヤを改正する」という作業は
基本的に
列車の混雑を緩和することが
目的なわけですよね?
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三井倉 |
おっしゃるとおり、
通勤輸送の混雑緩和は主たる目的のひとつですが
それだけではなく
直通輸送サービスの向上などの目的もあります。
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── |
それって、ようするに‥‥。
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三井倉 |
たとえば、湘南新宿ラインという路線。
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── |
はい、よくお世話になっております。
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三井倉 |
ありがとうございます。
これは、宇都宮線からの列車が横須賀線へ、
高崎線からの列車が東海道線へ、
それぞれ
新宿経由で直通運転するようになった路線です。
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── |
あ、なるほど、そうだったんですね、
湘南新宿ラインって。
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三井倉 |
以前は、高崎線は高崎を出たら上野が終着、
同じように宇都宮線も
宇都宮を出たら上野が終着駅でした。
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── |
ええ、なるほど。
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三井倉 |
ところが、湘南新宿ラインという
新しいルートが開通したことによって
宇都宮・高崎方面から
新宿を経由して小田原・逗子方面へ
乗り換えなしで
お客さまをお運びできるようになったのです。
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── |
それが「直通輸送サービス」ですか。
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三井倉 |
はい。
いろいろな商品を提供するということが
われわれの仕事ですので。
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── |
商品。
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三井倉 |
ええ。
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── |
あの、当たり前かもしれませんが、
「商品」と言うんですね。
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三井倉 |
はい。
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── |
‥‥いただいたお名刺にも
「東京支社 運輸車両部 輸送課
輸送商品計画グループ」と。
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三井倉 |
ええ。
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── |
たとえば、三井倉さんは
これまで、どのような「商品」をおつくりに?
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三井倉 |
宇都宮線・高崎線への
グリーン車の導入などでしょうか。
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── |
導入の眼目としては‥‥。
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三井倉 |
通勤時間帯における
着席サービスの提供です。
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── |
ものすごく明快なんですね!
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三井倉 |
15両編成のうち、普通車両を2両抜いて
グリーン車を2両、導入いたしました。
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── |
ははぁ。
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三井倉 |
普通車両の定員は、1両で148名ですが
グリーン車では90名なんです。
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── |
2両分ということですから、
定員の差は100名以上になってしまいますね。
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三井倉 |
当然、前後の号車が混雑いたします。
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── |
グリーン車の導入によって、ええ。
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三井倉 |
そのように、混雑するという予想が立つわけですから、
グリーン車の導入に合わせて
ダイヤを改正し、列車の増発を行いました。
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── |
当たり前かもしませんが、
ものすごく多岐に渡るんですね、考えることが。
ひとつ新しいことをはじめたら
その影響で
いろんな部分が変わってくると言うか‥‥。
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三井倉 |
ダイヤいかんによって
JR社員の業務が変わってきます。
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── |
通勤時間帯に
グリーン車が走っちゃうわけですもんね。
ちなみに、ダイヤを改正する場合って
新しい列車運行図表は
とうぜん、まっさらだと思うんですが‥‥。
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三井倉 |
はい。
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── |
いちばんはじめは
どのへんから、書きはじめるんですか?
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三井倉 |
どのへん?
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── |
いや、すみません、ようするに
最終的に
こんなにもスジが混み合っているダイヤを
どこからどうやって
書きはじめるんだろうと思って‥‥。
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三井倉 |
そういう意味でしたら、特急列車です。
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── |
あ、そうなんですか。
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三井倉 |
まず最初に特急列車のスジを書き入れ、
それらを軸に
残りの普通列車を入れていくのです。
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── |
やっぱり
決まりというか、手順があるんですね!
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三井倉 |
ええ‥‥まぁ。
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── |
‥‥おかしな質問ですみませんでした。
もうひとつちなみに、いいでしょうか。
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三井倉 |
どうぞ。
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── |
既存のダイヤに
臨時列車を通す場合は、どうするんですか?
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三井倉 |
考えかたは単純です。
仮に、宇都宮・上野間の団体専用列車、
上野駅到着がお昼の12時までとの
ご希望であれば、
その到着時間を実現できるような「隙間」を
ダイヤ上で見つけ出し、
そこに臨時のスジを引いていくわけです。
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── |
なるほど。
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三井倉 |
ただ、引いてはいけない時間帯も
ありますので。
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── |
それは?
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三井倉 |
とうぜん
通勤輸送を優先する時間帯です。
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── |
そうか。
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三井倉 |
基本、その時間帯に臨時列車は入れません。
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── |
つまり、朝とか。
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三井倉 |
そうですね。
なにしろ、
1本、臨時列車を入れることによって、
3分間隔で運行していた場合、
6分もの間隔が開いてしまうわけです。
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── |
3分が6分‥‥はい。
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三井倉 |
たった3分と思われるかも知れませんが、
東京圏の超高密度運行の下では
ひとつの列車で、最大数千人のお客さまが
ご利用くださっているわけです。
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── |
数千人!
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三井倉 |
1本抜いただけで、
次の列車に乗り切れなくなってしまいます。
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── |
じゃあ、臨時列車というのは
もともと6分くらい空いてる時間に
入れていくのがいい‥‥ということですか?
|
三井倉 |
そのとおりです。
そのとおりなんですが、
他の線区にまたがるようなケースも
ございますので。
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── |
ははぁ。
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三井倉 |
たとえば、宇都宮から大崎までの臨時列車。
この場合、
大宮から先は東北貨物線の線路を通って
池袋・新宿と抜けていきます。
ですから、東北貨物線のダイヤ上で
臨時を受けられない時間にかからないよう、
調整しながら
スジを引かなければならないのです。
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── |
本当に網の目を縫うような作業なんですね。
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|
三井倉 |
そのあたりは
他社よりも長い路線を持つJRならではの
特徴かもしれません。
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── |
そういえば先日、
鉄道がお好きで東洋経済新報で鉄道記事なども
書いてらしゃる
作家の冷泉彰彦さんにお会いしたとき、
「東北新幹線、秋田新幹線、
北陸新幹線は
たった4本のホームでさばいている。
あれは、いかにもすごい」
と、おっしゃっておられました。
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三井倉 |
新幹線は、別の部署なのですが‥‥。
|
── |
ええ。
|
三井倉 |
たしかに「2面4線」で
あれだけの列車本数を組んでいるのですから、
それなりのものですよね。
4線しかないわけですから、
折り返し時間にも相当、制約があるはずです。
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── |
つまり、すぐに出てかなきゃならない。
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三井倉 |
乗務員の交代はもちろんのこと、
車内貫通と言って
先頭車両から最後尾までの異常の有無や
忘れ物などをチェックする駅社員、
清掃をしてくださるみなさん、
さまざまな関係者の努力や協力が積み重なって、
実現しているダイヤでしょう。
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── |
折り返しの発車ですから、
椅子とかも、ひっくり返すんですもんね、全席。
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三井倉 |
はい。
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── |
つまり、
折り返し列車を「早く出す」ノウハウが
あそこには、
ぎゅぎゅーっと凝縮しているわけですね。
掃除ひとつとっても。
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三井倉 |
車内清掃のみなさんについて言えば、
ひとつ手前の
大宮から乗り込んできていますよね。
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── |
あ、東京駅じゃなく?
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三井倉 |
ええ。
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── |
じゃ、東京に着いたときには
すでに乗ってらっしゃるというわけですか。
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三井倉 |
東京駅に新幹線が停車している平均時間は
せいぜい十数分でしょう。
そのうち、清掃に充てられる時間は
おそらく数分ですから。
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── |
ようするに、ひとつひとつの動きが
「秒単位」のお仕事なんだと思うんですが、
それだけ短い時間しかないのに
東京駅を出るときには
すっごく綺麗になってますよね、車内‥‥。
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三井倉 |
逆に言うなら、清掃員のみなさんの
努力や技術なくしては
あのスジを引くことはできません。
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── |
ははー‥‥。
そういえば、三井倉さんも
いちばんはじめは機関士さんだったと
おうかがいしましたが。
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三井倉 |
上野運転区では、運転士もやっていました。
常磐線は勝田まで、東北線は黒磯まで、
高崎線は高崎までの経験を積んでおります。
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── |
そうでしたか。
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三井倉 |
そのようにして、駅の構造や車両の形式など、
現場での知識を習得したあと、
丸の内にあった
輸送指令室に配属となりました。
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── |
指令室。
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三井倉 |
首都圏全体の列車の運行管理を担う部署です。
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── |
具体的には、どういうお仕事ですか?
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三井倉 |
たとえば地震が発生したときなどには
どの列車がどこを走っているのか、すべて把握し、
対応策を決定し、コントロールするところ。
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── |
‥‥なるほど。
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三井倉 |
ただ、どの列車がどこを走っているのか‥‥
についても、
ダイヤを見れば一目瞭然なんです。
今回の震災でも、巨大地震が起こった時間、
すなわち「14時46分」の軸をタテにたどれば、
どの列車がどこにいるのか、
現在運行中なのか、停車中なのか、
すぐに把握できますので。
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── |
現代ですから、当然コンピュータ管理で、
モニターとかでも
確認はしておられるんですよ‥‥ね?
|
三井倉 |
もちろんです。
すべてシステム化されておりますので
列車の位置は
モニターでわかるようになっています。
|
── |
ええ、ええ。
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三井倉 |
ただ、何かが起こったときには
まず時刻を見、
ダイヤで確認してから、モニターを見ます。
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── |
ダイヤが先。
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三井倉 |
それで確認するのが、
いちばんはやく間違いがないですから。
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── |
ちなみに、緊急的な事態のときって
「この列車は止める、
でも、この列車は進ませよう」
みたいに、
個々の車両について判断を下すんですか?
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三井倉 |
災害や事故の規模や種類、性格によって
ケースバイケースですが、
何かあったら
基本的にすべて止めています。
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── |
あ、そうなんですか。
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三井倉 |
とくに、大きな地震が起こった場合などには
システムから
自動的に「止まれ」という指示が出ますので。
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── |
なるほど、へぇ‥‥。
で、その指令室を経て、スジ屋に。
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三井倉 |
はい。
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── |
指令の経験は、やはり大きかったですか?
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三井倉 |
指令という職務は
ありとあらゆるダイヤを見ますので
このときの経験が
後のスジ屋の仕事に、とても役立ちました。
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── |
そうですか。
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三井倉 |
当然、機関士・運転士をやっていたことも
現場を知るという意味で
とても、重要な経験になっています。
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── |
では、現在のスジ屋のお仕事には
現場と指令、
双方の経験が活かされている‥‥と。
|
三井倉 |
はい。むしろ、それがないことには。 |
|
<つづきます>
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