── いま、モナコにお住まいなんですよね。
琢磨 はい、2005年に移り住みました。

‥‥ただ、昨年(2010年)からは
インディカーシリーズに参戦しているので
活動の舞台はアメリカですが。
── モナコは市街地コースで有名ですけど、
どんな感じなんですか、街の中って?
琢磨 いや‥‥あんなふつうの道
F1で走っちゃダメだと思いましたね(笑)。

2006年、モナコGP。レース中盤のロウズヘアピンはふだん買い物に使う道。
── そんな身もフタもないことを(笑)。
琢磨 だって、異次元の世界なんですよ、あそこは。
── 異次元、ですか。
琢磨 ガードレールとビルに囲まれたコースを
走るんですけど、
モナコGPのスピード感って
尋常じゃない
んです。
── 他のコースと比べても?
琢磨 モナコの平均速度って
シーズンの中でもいちばん遅いんです。
── え、それなのに?
琢磨 トップスピードでも
せいぜい時速290キロくらいまでしか
到達しないんじゃないかな。
── へぇー‥‥。
琢磨 他のコースならば
時速320キロくらいまで出ますけど、
モナコは
出ても時速280~290キロくらい。
── それなのに、なぜ‥‥。
琢磨 ようするに、視界の開けた
広いサーキットを走るのとはちがって、
ふだん、一般の車が
50キロくらいで走っている道路を
290キロものスピードで走り抜ける

わけですから
体感スピードがハンパじゃないんです。

‥‥けっこう、好きですけどね(笑)。

── ああ、なるほど、つまり走るところが
「それ用」になってないから。
琢磨 個人的におもしろかったのは、
2005年に引っ越してから‥‥。
── はい。
琢磨 毎日、買い物とかで走ってる道なんです、
あの市街地コースは。
── ええ、そうですよね。
琢磨 ですから、
路面の凹凸やコーナーの感触なんかには
慣れ親しんでるわけです、ふだんから。
── なるほど、はい、はい。
琢磨 ぼくにとっては、勝手知ったる道。

だから、きっと引っ越したあとの
モナコGPは
余裕度がちがうだろうと思ってたんですが‥‥。

レースになると
景色がガラっと変わっちゃうんですよ。
── 冒頭の
「レース中にしか
 ブレーキングポイントが見えない」
という話みたいに?
琢磨 モナコに引っ越す前は、
当たり前だけど
「F1で走るモナコ」しか知らないわけです。

だからスピード感はすごいけど、
そういうものなんだ、と思うわけですね。

でも、そこに住んでたら
「ふつうの速度のモナコ」を知ってるわけで‥‥。
── なるほど。
琢磨 だから、レースで走ってみたら、
「なんじゃこりゃ~!」って(笑)。

── あはははは、へぇ~‥‥。
琢磨 それにドライバーの視点って、すごく低い。

だから、モナコの場合は、
ほぼ「ガードレール」で
占められちゃってるんです、視界が。
── それは、ぜんぜんちがいそうですね、
運転の感覚が。
琢磨 はじめて走ったときよりも、
モナコに移り住んでから走ったときのほうが
衝撃が大きかったですね。
── テレビ中継を観ていても、
モナコのときだけ
ぜんぜんちがうおもしろさが
ありますものね。

こんな街中をF1で走っちゃうんだ!
‥‥みたいな。
琢磨 ほんと特別な1戦です‥‥モナコは、うん。

ヨットハーバーとモナコの街並み、シケインからの眺望。
── ちなみに、モナコという国は
琢磨さんみたいな
レーサーがけっこう住んでますよね。
琢磨 そうですね。
でも、モナコはレーシングドライバーだけじゃなく
他のスポーツ選手もけっこう多いみたいですよ。
── ああ、そうなんですか。
琢磨 モナコは小さな国なので
居住者になるのは難しいみたいなんですが、
プロスポーツ選手は優遇されるみたいです。
── へえー‥‥。
琢磨 天候も一年を通して比較的安定しているし、
トレーニングにも、最適な環境ですね。
── アメリカはどうですか?
琢磨 単身赴任で大変でしたが、
なんとか乗り越えました。

2年ぶりのレース復帰は嬉しかったですし。
── なるほど。
琢磨 でも、インディカー挑戦1年目は
ビックリするくらい
うまくいきませんでした。

── ‥‥そうですか。
琢磨 新天地でチャレンジをし続けるすることの
難しさや厳しさを
あらためて痛感したんですけれど、
逆に言うと、
とても多くの教訓を学べた気がしています。

── おお。
琢磨 昨年、味わったくやしい経験を、
今年こそ、結果につなげていきたいですね。
── それは、期待してます!
琢磨 今年は、トップグループで
思いっきり走りたいですね。
── あのー‥‥石川直樹さんという写真家が
いらっしゃるんですけど、ご存知ですか?
琢磨 ええと、直接は存じ上げないのですが、
お名前だけは、はい。
── 今日、琢磨さんのお話をずっと聞いていて
すごく似ているなと思ったんです。

琢磨さんと、石川さんが。
琢磨 へぇ、そうですか。
── エベレストだとか、マッキンリーだとか、
北極圏だとか、
いろんな「極地」に行って写真を撮ってくる、
ということを
10代のころから続けている人なんですね、
石川さんという人は。
琢磨 すごいですよね。
── で、なんで似ていると思ったかというと
琢磨さんが見ている
時速300キロ超の世界
今年、10年ぶりに石川さんが挑む
エベレスト山頂、
8848メートルから見下ろす世界って
極限という意味で共通しているし‥‥。
琢磨 ええ‥‥。
── なにより、
次から次へと挑戦をし続けるという
その生きかたが
なんか、すごく重なって見えました。
琢磨 お会いしたら、いい刺激を受けそうですね。

── チャレンジ精神に溢れているからなのか、
ものの考えかたが
おふたりとも、すごくポジティブですし。
琢磨 彼が冒険をしている世界って、
本当の意味で
「生きるか、死ぬか」の緊張感のある
世界ですよね。
── 実際、山では「凍っている人」を
見かけたことがあるとも、言ってました。
琢磨 それはちょっと
リアクションに困ってしまいますけれど‥‥。

ぼくが走っているレースは
今では、かなり安全になってきています。

実際に時速300キロで壁にぶつかっても、
車体は耐えられるし、
怪我なく、自力で歩けたりもするんです。
── へぇ、そうなんですか。
琢磨 それでも、あれだけの運動エネルギーで
走るわけですから、
その恐さは、よくわかっています。
── 琢磨さんの大好きなアイルトン・セナも‥‥。
琢磨 ええ。ただ、彼の事故から、安全性の水準は
比較にならないほど上がっているんですよ。
── そうだったんですか。
琢磨 「死」を意識しないわけではありませんが、
それをレース中に考えることはないです。

やっぱり「挑戦したい」という気持ちが
上回っちゃうんですよね。
── ええ、ええ。
琢磨 ぼくは、時速300キロの世界じゃないと
味わえないものを、知ってしまった。

石川さんも、同じなんじゃないでしょうか。

── なるほど‥‥なんか、石川さんに
インディ500を走る琢磨さんを
撮ってもらえたら
おもしろそう‥‥なんて思ったりして。
琢磨 あ、それは、ぜひぜひ。
── 石川さんご本人のいないところで
どんどん話が
盛り上がっちゃってますけど(笑)。
琢磨 あはははは(笑)。
── でも、琢磨さんのファンのみなさんも
琢磨さんが「挑戦し続けていること」自体に
いちばん感動してるんでしょうね。
琢磨 苦しいレースのほうが多いんですが、
やっぱり挑戦はワクワクするし、楽しい。

自分たちの思い描くレースができたときは
もう、爆発的にうれしいんです。

だから、やめられないんですよね。

── もうひとつ、驚いたことがあって。
琢磨 なんですか?
── 琢磨さんって、レーシングドライバーですけど、
それだけじゃないというか‥‥。

ようするに、琢磨さんのための
ドライビングシートが
自動的に用意されているわけじゃなくて、
レースの活動資金を得るために、
琢磨さん自ら
スポンサー企業のトップに会って
いわゆる「交渉」するみたいなことも
されていると聞きました。
琢磨 ええ、そうですね。
── 誰かが用意したシートに座るんじゃなく、
運転してる人が
自ら「獲ってきた席」という感じが‥‥。
琢磨 走るために、やらざるを得ないですね。

とくにここ数年、レース業界の経済状況も
御多分に漏れず厳しいので。

それでも、
僕の挑戦に共感していただけるかたや
企業さんに応援していただけることは
とても幸せなことです。

もっともっと、自分もがんばらないと。
── ‥‥かっこいいなぁと思います。
琢磨 まあ、その「自動車に乗る以外の仕事」も、
結局は、
「コミュニケーション」だと思っていて。

で、コミュニケーションというのは
チームでレースを走る上で
とても大切にしているもの、なんですよ。
── なるほど。
琢磨 たとえば、
まったくコミュニケーションを取らずに、
挨拶もなくポンと乗って、いざ走ったとして‥‥
仮に同じタイムが出たとしても、
レースに勝つことはできない、それでは。
── そうですか。
琢磨 やはり、全員の気持ちがひとつになってないと
推進力にはならないし、
想定外のことが起きたら、
簡単に崩れちゃうと思う。
── ははー‥‥。

琢磨 スタッフ全員といい関係を築きたいし、
所属するチームは家族みたいなものだし‥‥。

力を合わせて問題を解決しながら、
全員で前進する、というか。
── 先ほど、一人では走ることはできない、
チーム全員で走っている‥‥と
おっしゃっていたのと、同じですね。
琢磨 チーム全員、タイヤを洗ってくれてる人にまで
「こいつを勝たせてやろう」って
思ってもらえる関係を、築きたいですね。
── ずっと「孤独な戦い」みたいに思っていた
レーシングドライバーが、
実は、仲間との信頼関係や協力で成り立つこと、
レースは
ドライバーひとりじゃなくて、
チーム全員で走っているんだ‥‥ということが
今日、すごくよくわかりました。
琢磨 みんなの力をもらって、ぼくは走ってますから。
── インディは、日本にも来るんですよね。
琢磨 はい、今年は9月18日に、
栃木県のツインリンクもてぎで開催です。
── 日本にいるぼくたちが
インディカーシリーズを観ようと思ったら
どういう手段があるんですか?
琢磨 シーズン中は、日本テレビで、
毎月のダイジェストを放送しています。

あと、CS放送のGAORA(ガオラ)
では、
生放送と録画放送の折半ですが、
全戦放映してますね。
── なるほど。
琢磨 それと、IndyCar.comという
インターネットのホームページで
無料の登録をすると、
全戦、ストリーミングによるライブ観戦ができます。
── おお、それは。
琢磨 英語のサイトなんですけど‥‥
おもしろいのは、
車載カメラのついた車が何台かあって、
そのうち
好きな選手のカメラ映像を選んで
観ることができるんです。

── へぇ、おもしろそうですね。
琢磨 メインのレース中継を観ながら、
このドライバーと、このドライバーと
このドライバーの車載映像を
画面に映して楽しむ‥‥
というようなことが、できるんですよ。
── なるほど‥‥今度、見てみますね。

というか、今日のお話を聞いて、
9月のもてぎ、すごく行きたくなりました。
琢磨 それは、ありがとうございます(笑)。
ぜひ、見に来てください。
── そして、ぜひ、勝ってほしいです。
琢磨 はい‥‥がんばります!

<終わります>
2011-03-04-FRI
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もくじ  
第1回 時速300キロ超の世界。 2011-02-28-MON
第2回 F1撤退、インディ参戦。 2011-03-01-TUE
第3回 コクピットという「聖域」で。 2011-03-02-WED
第4回 20歳からの挑戦。 2011-03-03-THU
第5回 挑戦し続ける、ということ。 2011-03-04-FRI
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