The Apple in My Heart 奈良美智さんの中へ、ほんの少し。

11 ろうそく

糸井 奈良さんの家は、
なんで丘の上に建ってたんだろうね。
親がそういう趣味だったのかな。
奈良 まぁ、土地が安かったんじゃないのかなぁ。
糸井 そこに、たまたま建って、たまたま住んでた。
奈良 そう、ぼくが生まれて、
ちょっと生活が楽になったのかなんかわかんないけど、
ローン組んで家を建てたんじゃないのかなぁ。
でも、小学校出て、中学校に通うころには、
もうまわりじゅう家だらけ。
こんな田舎でも道路が舗装されちゃって、
メダカがいたような小川が
コンクリートのU字溝に変わっていったりとか。
で、その中で、なにが失われて、
なにが失われてないかっていうことを、
ぼくはやっぱり中学生なりに感じてて。
それはつまり、新しくなっていくこと、
きれいになっていくことっていうのが
必ずしもいいことじゃない。

糸井 うん。
奈良 それでひとつ覚えているのは、
いつか停電になったときのことなんです。
ひとつのろうそくの前で、母親と一緒に、
テレビやラジオのない時間を過ごした。
ほんの2、3時間だったと思うんだけど、
そこで語った話とか、
なんか、その重要さみたいなのが、
なんとなく、わかったっていうか、
豊かになっていくことが
決していいことではないんじゃないかって思った。
中学校の最初のころ。

糸井 ずいぶん若いときに思ったんだね。
奈良 でもね、中学校3年くらいからはね、
もうぜんぜんそういうことを思わなくなって(笑)。
糸井 うん、逆に走りますよね。
奈良 もう舗装されてなきゃだめだ、みたいな。
糸井 ロケット乗りたい人になっちゃうわけだよね。
奈良 自転車なんてダサい、みたいな。
バイク乗んないと、とか。
糸井 当たり前だよな。
行動半径を広くしたくなりますからね。
奈良 そう。青臭い文学書なんか読みたくなくて、
で、なんか宝島読んだりとか、
あ、昔の宝島ね。いまの宝島と違うんで。
糸井 植草甚一だよね。植草甚一、高平哲郎。
奈良 そうそう。
糸井 そのころって急に外国に目がいったりするでしょう?
奈良 うん。アメリカ志向になっていって、
音楽の方にどんどん傾倒していって。
糸井 だけど、そのターニングポイントの直前のところで、
ろうそくの灯りの中で見た風景っていうのが、
記憶に残ってるってところがおもしろいよね。
奈良 そう‥‥ちょうど、真夏の、
お盆辺りのときだったと思うんだよね。
それは覚えてる。
糸井 そのときに、これは覚えてるだろうなって思った?
奈良 思ってないです。
糸井 じゃあ、残ってたんだね。
奈良 うん。母親と二人しかいなくて、
なぜか、停電して、ろうそくを点けて、
そしたら母親がろうそくで思い出したのか、
戦争のときの空襲の話とかしだして‥‥。
なぜかそこで、これは儀式なんだなって思った。
昔の人の記憶っていうのを、自分が受け継ぐような儀式。
テレビのドキュメンタリーなんかでやってた、
アマゾンの奥地で続いてるような儀式に
すごくよく似てるなって思ったんです。
真っ暗い中でろうそくを点けて、
歳とった人が昔の話を子孫に語り継いでゆくような。
それは、おもしろいなあと思った。

糸井 よっぽど鮮烈な記憶だったんだね、きっと。
奈良 うん。まあでも、その後、
どんどんバカになっていくんだけど、自分は。
糸井 往復運動なんだろうね。
両方を極端に移動することが必要なんですよ。
今日、ぼくは飛行機でここまで来たから、
とくにそういうことが大切に思える。
で、その移動の中で、予期せず両方が
混じっちゃうことがあるのがまたおもしろいところで。
奈良 そうそう。
糸井 その行ったり来たりの中にいるんだよね。
奈良 うん。



・・・・・「12 ひとり」へ続きます
←前へ 次へ→

2006-10-16-MON

もどる

(C)YOSHITOMO NARA & Hobo Nikkan Itoi Shinbun