糸井 | これから、だんだん秋になっていきますよね。 「A to Z」の展覧会が始まってから時間が経って、 まあ、これからもまだあるんだけど、 奈良さんの中では、なにか変化していますか。 |
奈良 | これはどんな展覧会でも感じることなんだけど、 だいたい展示が終わって、オープニングを迎えたら、 あんまり興味がなくなっちゃうんですよ。 もう自分がつくることは他にはない。 だから本当にそこで運営してる人に バトンタッチするみたいな感覚がすごくあって、 それが今回、とくに強いんです。 本当に親身になってやってくれる人に バトンタッチするような感じで。 なのでね、心の変化までは客観的に見れないけど、 いま思っているのは、まあ、 エンディングパーティーで呑みまくって、 ぐじゃぐじゃになって、ゲロ吐きまくって、 ベッドに倒れこんで寝たい、みたいな。 そんな感じがありますね。 |
糸井 | ははははは。 |
奈良 | で、それとはまったく別に、 自分の世界、ひとりの世界に戻んなきゃいけないって 痛切に感じてて。 |
糸井 | ああ、そうですか。 |
奈良 | この煉瓦倉庫は大好きですけど、 いつまでも借りられるわけではないと思うし、 貸してくれるっていう好意に甘えてるのもよくないし。 ふるさとでみんなが助けてくれるっていうことに すごく感謝はしてても、 でもやっぱり甘えてるような気もしてきていて。 だから、ここでやるのはこれで最後にしようと、 ぼくは思ってる。 みんなにそう告げて、 もう一回自分の中に戻っていこうって。 たぶんまたひとりになったときに、 こうやってみんなでつくり上げたことの経験が、 違う形で自分個人の作品の中に反映されるんじゃないか。 そんなふうに思ってて。 |
糸井 | そんなに整理できて言えてるってことは、 もう、「ひとりになる」ことが 始まってるっていうことですね。 |
奈良 | そうですね。 |
糸井 | もう、ひとりの時間が多くなってるんだ。 |
奈良 | そうですね。 |
糸井 | しかし、健康な人ですね。 その行ったり来たりが、 静脈と動脈を行き交う血液みたいに、滞らないですね。 不良化してバイクに乗っても、 ちゃんとお母さんとのろうそくを覚えてる、みたいな。 |
奈良 | (笑) |
糸井 | 丈夫なんですかね。 |
奈良 | どうなんでしょう。虚弱じゃないかもしれないけど。 |
糸井 | とにかく感じるのは健康さですね。 |
奈良 | 悩んでるところとかを、 あんまり見せないからじゃないですか。 ぼく、痛みに強いんですよ。 熱が40℃くらいになっても、わりと平気でいられる。 |
糸井 | そういうの、健康っていうんじゃないですかね。 |
奈良 | ははははははは。 |
糸井 | わかんないですけどね。 つまり、出口だろうと入口だろうと、 つっかえちゃったら、 人ってやっぱりそこで停滞しますよね。 でも、頭痛くても、ちょっとでも前に出ておけば、 それがすっごく気持ちよかったりするんですよ。 その丈夫さ、健全さは、うらやましいですね。 悩まないとは絶対思わないですよ? |
奈良 | うん。 |
糸井 | 悩まないはずがないし、病原菌もくっつくし。 |
奈良 | けっこう、悩むときは悩むかな。 悩むけど、価値観がわりと、きちんとあるというか。 みんなが思ってる価値っていうのが、 自分にとってはなんの価値にもならない っていうところにいつも戻っていくんですよ。 なんか、迷うときって、たいてい、 へんな欲があるときなんですよね。 |
糸井 | 失くしたくないものが増えたときは危ないよね。 |
奈良 | そう。だから、なにかで迷ったときには、 「昔の自分がかっこいいと思ってた大人」 を思い出せばいい。 二十歳のころの自分が理想としてた大人って どんなだったっけって思うと、もう、すぐ解決する。 |
糸井 | ああ。うん、うん。 |
奈良 | たとえばどっかの高級ファッションブランドが ぼくと一緒に服をつくりたいと言ってくる。 こうやってこうやったら大成功する、って言って。 でもそんな一般人が買えない服をつくって いったいなんになるんだ? と。 自分の作品を好きな人たちが 買える服をつくる方がかっこいいんじゃないか。 高級ブランドの服をつくることと、 みんなが買えるTシャツをつくることの 「どっちがかっこいい?」って 二十歳の自分に聞くじゃないですか。 そうすると、「そっちの方がかっこいい!」って。 だから、ほんと、悩むときは昔に戻りますね。 |
糸井 | 展覧会を見ながら、 奈良さんとニール・ヤングの話をしましたけど、 それはニール・ヤングの精神だよね。 |
奈良 | あ、そうかもしれない(笑)。 ・・・・・「13 ニール・ヤング」へ続きます |