── | さきほどうかがった話では、 この、赤ペンを持つと、 気持ちが切り替わるということでしたけれど。 |
伊藤 | はい。やはり、赤ペンを持つと違います。 私はふだん、自宅で作業をしていますから、 同じ机で「赤ペン先生」の仕事じゃないことを するときもあるんですね。 たとえば手紙を書いたりですとか。 でも、そのときはやはり気持ちが違うんです。 |
── | じゃあ、ほんとうに、赤ペンが。 |
伊藤 | そうですね(笑)。 机に座って、いつも置いてある場所から、 赤ペンをこうして手に取ったときに、 やっぱり、姿勢もよくなりますし、 一画一画に対する気持ちが変わります。 |
── | それは、長い時間を経て、 そういう習慣になったというか。 |
伊藤 | そうですね。 そういう習慣になっていったんでしょうね。 |
── | 急にできるものではないんですね。 |
伊藤 | ええ。 あの、「赤ペン先生」になったとき、 最初に、まっさらの赤ペンをいただくんですよ。 で、それにインクを入れて書くんですけど、 おろしたてのペンの字って、すごく硬いんです。 ペン先も硬いですし、線も細い。 しかも仕事としても慣れてませんから、 すごく緊張もしています。 それで、最初の1枚を仕上げるのに すごく時間がかかってしまったんです。 でも、そんなふうにして何ヵ月か書いているうちに、 すこしずつ馴染んでくる。 枚数をこなして、月日が経つに連れて、 だんだん、だんだん、赤ペンが手に馴染んで、 ペン先も柔らかくなってくる。 それをずっと続けているうちに、 赤ペンを持っただけで気持ちが切り替わって、 その気持ちがこう、指先へと伝わっていくのかなぁと、 そんなふうに思います。 |
── | うーん、すごいですね。 |
伊藤 | すごいですよね(笑)。 おそらくあたしだけじゃないと思いますよ。 たぶん、ほかの「赤ペン先生」の方も、 ふだんはいろんな字を書かれてると思いますけど、 赤ペンを持つときには‥‥ という感じなんじゃないでしょうか。 |
── | そして、気持ちが切り替わるだけでなく、 それが指先に伝わったり、 姿勢がよくなったりということも 大事なことなんじゃないかなと思います。 |
伊藤 | そうですね。 姿勢もふだんとはぜんぜん違います。 赤ペンを持つと、きちんと座って、 背筋を伸ばして書きますね、やっぱり。 |
── | きれいな文字を書くための近道を 「赤ペン先生」が知っているわけではない、 ということはよくわかりましたが、 なにかこう、自分の気持ちが入る、 お気に入りのペンを持つというのは いいかもしれないなと思いました。 |
伊藤 | そうかもしれないですね。 場所でも、ペンでいいですし、 自分の気持ちを切り替える条件を 整えるというのは 習慣になりやすいかもしれません。 すいません、わかりやすいアドバイスが あまりできなくて‥‥。 |
── | いえいえ、もう、十分に アドバイスをいただいた気がしています。 ありがとうございます。 |
伊藤 | あとは、やっぱり、字って、 その人の人柄が出るっていうじゃないですか。 |
── | はい。 |
伊藤 | 人柄もでるし、そのときの気持ちも 文字に表れると思うんですね。 落ち着いていたり、 気持ちに余裕があったりするときは、 文字もゆっくりと丁寧に書ける。 一日の終わりに手帳を開いて なにかをそこに書くとすると、 その日の気持ちがそこに出ちゃうと思うんです。 なにかイヤなことがあって、 ちょっと気持ちがささくれ立っているときは とげとげしい字になってしまったり。 |
── | ああ、そうですね。 |
伊藤 | で、自分で使う手帳なんだから、 それでいいと思うんです。 そのときどきの自分がそこに表れるんだから、 そんなにぜんぶをきれいに書く必要もないのかなと。 |
── | つまり、字が安定しなかったり、 曲がっちゃったりというところも含めて、 自分らしくあればいい。 |
伊藤 | うん。それも、そのときの自分ですから。 あとで手帳を繰ってみたときに、 あ、このときってこういう困ったことが あったんだよなって思い出せたりするでしょうし。 このときって、なにかすごく 幸せそうな字書いてるけど、 あ、あんなことあったなっていうようなことが、 手帳を見れば、わかったり、思い出せたり。 字からは、そういうものが伝わってきますから。 |
── | そうですね。 あの、なんというか、ありがとうございます。 ためになりました。 |
伊藤 | いえいえ(笑)。 |
── | 最後にひとつ、お願いなんですけれど、 「ほぼ日手帳」に、赤ペンで、 なにかひと言、書いていただいてもいいでしょうか。 |
伊藤 | はい、なにを書きましょうか。 好きな言葉とか? |
── | はい。ぜひ。 |
伊藤 | じゃ、やっぱり、あのことばかな。 ここに書いてよろしいですか? |
── | お願いします。 |
伊藤 | ‥‥‥‥はい。 |
── | ‥‥すばらしいです。 |
伊藤 | (笑)。 |
── | ちょっと、感動しました。 最後にこのことばが出てくるとは。 あと、やっぱり‥‥きれいな字。 |
伊藤 | これはね、自分が子どもに ずっと言い続けたことばなんです。 |
── | ありがとうございました。 |
伊藤 | いいえ、こちらこそありがとうございました。 |
── | 白石さんも、ありがとうございました。 |
白石 | ありがとうございました。 |
(おしまい) |