糸井
モデルの仕事をされてて
「失敗した!」と思うこともあるんですか?
杏
うーん‥‥ショーの最中に
服のチャックを閉め忘れてたり、
靴が脱げてしまったり、ということはあります。
でも、アスリートみたいに
数字で結果を表せることじゃないので、
「あれは不正解だったよ」って
言われることもないんです。
「でも絶対、適当にはやっちゃだめだな」
というのは思いますけど。
糸井
正解と不正解の境目は曖昧なんだけども、
「これ以下はだめ」
という美意識の基準があるわけですね。
なるほどなぁ。
つまり、どんなにきれいな人が
「私、モデルやりたいから
やらせてください」と言ってみても、
最初はムチャクチャに見えるんでしょうね。
あるいは、この子はモデルっていうのを
こういうことだと思っているんだろうな‥‥
杏
と、いうのが出ちゃいますね、たぶん。
糸井
「そうじゃないんだけどなぁ」って、
見てる人は思うでしょうね。
杏
そうですね。
ただ、明確に「それは違うよ」
と言いきれるほどのライン引きはないんですけどね。
役者の場合は、監督が、
「いや、いまの解釈は違う」って
言ってくれるんですけど。
糸井
だからおもしろいとも言えますね。
1回ずつ、実績として
「あのハンガーを選んでよかった」
と思われ続けるのが
モデルをずっと続けている人なんですね。
杏
そうですね、おそらく。
糸井
何か、練習することってあるんですか?
ぜんぶ感性の話なんですか?
杏
技術的に言うと、ハイヒールを履いて、
どれくらいの速度で歩けるか、
みたいな練習はすることもあります。
ニューヨークに、
グッゲンハイム・ミュージアムという、
カタツムリみたいな形の美術館があって、
そこでショーをやったことがあるんですけど、
グルグルした長い坂道を、
上から下にモデルたちが延々と降りていく、
というショーなんです。
スロープがツルツルしてて、すぐ滑っちゃうし。
そういう場所でも、場数を踏むと、
どうにか身のこなし方がわかってくる。
糸井
長い坂道ってことは、
歩く時間もけっこうかかるでしょう?
杏
そうですね。
糸井
その長い時間を、
間延びしてるように見せないで
降りてこなきゃだめですよね。
杏
はい。
逆に、速く歩きすぎちゃって
渋滞することもあったり。
でも、最終的には、
歩いた先にある、写真を撮られる場所で
ちゃんとできてたらいい、
くらいの気持ちで挑みます。
糸井
うーん‥‥本当に俳句の話みたいだね、なんか。
杏
モデルって、
意外とロジカルな仕事な気がします。
服の色と素材、光と風、
カメラの機材とライティング、
それらの組み合わせが数学の公式みたいになって、
やるべきポージングや
表情につながってくるのかなと。
糸井
そのあたりまで深く
モデルという仕事を語る人って、
めずらしいんですか?
たとえば、デザイナー同士だったら、
「このデザインどうかな」なんて言い合ったりするけど、
他のモデルさんたちと、そういうことを話す?
杏
カメラマンの人とは
話すことがあるんですけど、
モデル同士で話したことはあまりないですね。
やっぱり10代の女の子もすごく多いですし、
どうしても、「楽しいじゃーん!」
みたいな雰囲気になっちゃって。
糸井
なるほど。
杏
あと、外国から野心を持ってやって来た人とかは
ギラギラした雰囲気を醸し出してて、
そんなに人としゃべらなかったり。
糸井
あぁ、そうか。
みんな思惑が違うわけだもんね。
杏
背負ってるものが、
ひとりひとり違いますね、なんか。
順番争いもあって、
わりとシビアな世界だと思います。
糸井
少女マンガに描けそうな世界ですね。
たまに、背の高い外国人の女の子が3人くらい、
日本人の男の人に連れられて、
青山を歩いてるの見ると、
やっぱり、
「これはいろいろあるんだろうな」
「やっぱり一山当てたいんだろうな」
みたいなことを考えさせられますよ。
杏
あ、そうですね。
医者を目指してる子もいましたよ。
「モデルはあくまで手段なんで」って言って、
言葉もわからない国に来て、
お金を稼いで帰って行く。
糸井
たぶん、その子が選ばれた理由って、
顔と体つきがそういうものに
生まれちゃったってことですよね。
たとえばロシアに生まれても、
そういう体型じゃなかったら、
モデルとして日本に来なかったわけだから。
杏
そうですよね。
糸井
モデルという職業って、
そういう「動物としての人間のおもしろさ」と
すごく近いところにあるんですね。
でも、やってることは案外ロジカルで。
杏
はい。
糸井
もっと具体的な話になると、
デザイナー同士の確執だってありそうだし。
いや、モデルおもしろいねぇ。
杏
おもしろいです。
糸井
モデルの話にしても、
着物の話にしても、
歴史の話にしても、
やはりこう、生々しいというか、
杏さんが、いろんなこと考えてて、
その場その場で、
「これは何だろう」とか、
「これはどこだろう」とか思いながら、
ずっと1人で考えてきた感じがするのが
おもしろいんですよね。
何というか、
誰かに相談した感じがしないんですよ。
杏
はい(笑)。
糸井
人からは、けっこう誤解もされるでしょ?
杏
たしかに、
一所懸命考えているんですけど、
よく「つまんなそう」って言われます。
本当はすごく楽しいんですけどね。
糸井
人って、考えていても、
考えているように見えないと、
認めてくれないですから。
ご主人はそういう部分も、理解してくれるんですか?
杏
はい、そうですね。
糸井
すごいですね。
ご主人も、そういう人?
杏
あんまり主人も、
人と共有できないタイプなんです。
趣味も、
「落語、歴史、将棋、競馬」みたいな。
糸井
1人でやることばっかり(笑)。
じゃあ、そういうものが
溜まってた同士が出会ったんですかね。
杏
だから、一緒にいると、
ああだこうだ、と、ずっと2人でしゃべってます。
競馬の話を聞いたり。
糸井
競馬の話は、あなたのジャンルじゃないけど、
聞いてあげるんですか?
杏
聞いてて楽しいです。
馬は好きなので。
糸井
いや、うらやましいです、それは。
なかなかめずらしい、楽しいご夫婦ですね。
杏
「河井継之助記念館」も
新婚旅行で行ったんですよ。
糸井
そこに行くのに
「賛成」っていう人がいるってことは
すばらしいですね。
いや、おもしろかったです。
特にモデルの話、聞けてよかった。
一人でずっと考えてきた、
それこそ歴史のある人だって思いました。
今日はどうもありがとうございました。
杏
こちらこそ、ありがとうございました。
(終わります)
2016-03-18-FRI
写真:小川拓洋 ヘアメイク:平元敬一(NOBLE') スタイリング:佐伯敦子 衣装協力:パンツ/
yunahica
© Hobo Nikkan Itoi Shinbun.