糸井
杏さんは、女優として
いろんなドラマにも出られてますけど、
長いことモデルという仕事も
してこられたんですよね。
杏
はい。いまも一応、
モデルの仕事を辞めてないので、
一番長くやってきたのはモデルだと思います。
糸井
モデルという仕事のおもしろさを、
ぼくはあまり聞くチャンスがないので、
今日は聞こうかな。
モデルの話、聞いたことないんですよ。
杏
あの、私、個人的に思うのは、
ここのところ、日本の中で
「モデル」の意味合いが
ちょっと変わってきてる気がするんです。
糸井
というと‥‥。
杏
私は、モデルというのは
あくまでスタッフの一員というか、
カメラマンがいて、スタイリストがいて、
ヘアメイクがいるのと同じで
単にモデルという役割があるだけだと思うんです。
みんなの中心にいる花、ということではなくて、
単純に言えば、
モデルは「ハンガー」だと思ってるんです。
糸井
ハンガー?
杏
はい。
生きたハンガーじゃないかなと思います。
フランス語でモデルのことを
マヌカンと言うんですけど、
それはつまりマネキンという意味なんですね。
モデルだからって、
「かわいいって言われたい」という気持ちは、
私の中では存在しなくって。
糸井
ほう。
杏
たとえば、ショーの中でも
ファッションイベントがあるんですけど、
東京だと、モデルやっていたら、
ショーではなくむしろイベントに
「出ないの?」って言われるくらい、
そっちがスタンダードになってるんですね。
でも、あれは、あくまで
イベントであって、
エンターテインメントだと思うんですよ。
糸井
なるほど。
杏
だから、ウォーキングも、
服を見せるのがメインではなく、
だいたいの「感じ」で歩いていい、と。
それはそれでいいと思うんですけど、
なんかいま、日本ではそっちが
スタンダードになってきてるんだなと感じます。
糸井
つまり、「モデルさんやタレントさん」が
服を着て現れるショーになっているんだ。
要は「人」を見に行ってるんですね。
杏
そうですね。
服を見に行くんじゃなくて、人。
糸井
なるほど、なるほど。
杏さんの定義では、
「モデルは、ハンガーです」ということだけど、
どういうハンガーになるか、
というのもあるんですか。
杏
幅が多ければ多いほどいいですよね。
どんな服でも着れることで、
デザイナーの作品を広く伝えていけますから。
でも、逆に、ケイト・モスみたいに、
どんな服を着ても
「彼女がいる」って思える存在も、
大事だなって思います。
糸井
役者さんでも、
「誰々が演じている」ということが
前に出る役者さんもいるし、
一つの個性として認められているけど、
モデルにも、そういうタイプがいるんですね。
杏
いますね。
本人がかわいかったり
キレイだったりで注目されて、
それで市場が回るということもあるから、
それはそれでいいと思うんです。
でも、私はそこまで
「杏が着る」というのを
出さないようにしています。
糸井
あくまで、ハンガーなんだ。
杏
はい。
でも、いいスーツをかけるハンガーには、
いい素材といい曲線が必要なように、
「この服を表すには、
これが一番いいんだよね」と
思ってもらえるような
存在にならなきゃなって思います。
そうなるためには、
服だけじゃなく、
ショーでかかってる音楽や、
そのときのお客さんの層によって、
歩き方やポージングも
変えていかなきゃいけないと思うんです。
糸井
それは、演出家がいて
「こんなふうにしてほしい」って
言ってくれるわけではないんですか?
杏
ないですね。
海外のファッションショーだと
リハーサルもないんですよ。
だから、バラエティ番組とかで、
いわゆる「モデルウォークして」とか、
「モデル立ちしてみて」って言われると、
「モデルウォークっていうのは、
いったい何をしたらいいんだ?」
って思っちゃうんです。
糸井
おもしろいね。
だからショーでは、
決まりきったポージングとかはなくて
ぜんぶ自分で演出して
作っていかなきゃいけないんだ。
杏
はい。
糸井
で、おおむね、
行って帰ってくるだけですよね。
杏
そうですね。
糸井
それは、もう
5・7・5みたいに
決まってるわけだ。
定型詩ですよね、いわば。
杏
ええ。
だから、ちょうどいいところでターンするには、
逆算して、どの足で止まったらいいか、
ということを考えたりします。
糸井
「今日、この服を着る」っていうのは、
わりと直前に決まるんですか?
杏
当日か前日ですね。
ショーに出るということ自体も
前日の夜に知らされたりしますし、
現場でどんな音楽がかかるかも、
はじまるまでモデルたちはだれも知らないんです。
糸井
そうか。なのに、
一瞬でその服についての表現をつかみ取って、
「さぁ、私がこの服を何とかしなきゃ」となって、
批評家が手ぐすねひいてるところに出て行って、
5・7・5をやりに行くっていう。
杏
やりに行く。
糸井
ほんとに、
「この景色の前に立って、一句どうぞ」
という状況と、すごく似てますね。
スリリングですね。
(つづきます)
2016-03-17-THU
写真:小川拓洋 ヘアメイク:平元敬一(NOBLE') スタイリング:佐伯敦子 衣装協力:パンツ/
yunahica
© Hobo Nikkan Itoi Shinbun.