第5回
自分を特別な子だと思っていたか。
糸井
細野さんはずっと、
音楽の分野で自由に泳いできて、
もし「こうじゃない」とか「ここじゃない」と
思うことがあれば、スッと体を動かせる人です。
それはすごくよかったと思うんだけど、
そうできた理由は
細野さんには経済力があったということが
大きいと思っています。
バンドをやって暮らしていくときに、
楽器を買えたりメシを食えたりしてたことは
すごく重要だった気がする。
そうでないと「細野晴臣」を作れないんじゃないかな。
細野
そこらあたりは、
横尾さんも糸井さんも同じだと思うんだけど、
ある種の仕事の神様というか、
運みたいなものが巡ってくるわけですよ。
お金がないのに、どうしても必要になると
ふっと楽器が手に入るとか‥‥。
糸井
でもそれは単なる運だけじゃないと思うんですよ。
横尾さんや細野さんが──下手したらぼくも、
話すことはやっぱり
「才能のある人はそれでいいですよ」って
言われちゃうんです。
会場
(笑)
糸井
そう言われると、何を言っていいのか
わからなくなってしまいます。
でも、そこは運だけじゃなく、
細野さんをちゃんと見てて
楽器をくれた人がいたわけで。
細野
でも、自分はちっちゃい頃から
ふつうの子だと思ってたよ。
みんな、自分が特別で才能があると
思ってるんですか?
糸井
ぼくは思ってない。
横尾さんはどう思ってたんだろう。
細野
どうだったんだろう?
糸井
横尾さん、聞こえてました?
ちっちゃい頃、
自分はふつうの子だと思ってましたか。
それとも「俺はふつうじゃないな」
と思ってましたか。
横尾
どうしてそんなこと聞くんですか。
細野
話の流れですよ。
糸井
ぼくたちふたりは、
自分をふつうの子だと思って育ちました、
という話をしていたんです。
横尾
子どもっていうのはね、
みんな「自分は特別の子だ」と
思うんじゃないですか?
糸井
あ、そうですか。
細野
そうだったんですね。
横尾
ぼくはそう思ってた。
糸井
どう特別なんですか?
絵がうまいことが特別?
横尾
ううん、そういうことじゃないんだけれどね。
なんていうのかな、
そう簡単に
親友みたいな友達はできないわけよ。
糸井
はい、はい。
横尾
自分の考え方や意見、
生活観もひっくるめて、
自分はみんなとなんだか違うわけよ。
細野
それはわかるけどね。
横尾
わりと子どもはみんなそうで、
自分は特別だと思っちゃうんじゃないかな。
細野
そう言われれば──、
小学生の頃、広場があって、
そこでみんなは野球をしていましたが、
ぼくは野球できないし、
野球が好きじゃなかったです。
糸井さん、野球好きだから、
すみません。
糸井
いやいや、申しわけない(笑)。
細野
なんで好きじゃないかをよく考えると、
テレビで日曜の夜8時から
「ペリー・コモ・ショー」や
ウォルト・ディズニー・プロダクションの
「ディズニーランド」とか
アメリカのおもしろい番組が放映されていたんです。
ところが、野球シーズンになると、
その時間帯はぜんぶ野球の番組になりました。
日本テレビでしたから、シーズン中はぜんぶ休止。
だけど、雨が降ると、それが観られるんです。
糸井
はい、野球が中止になりますからね。
細野
だから、雨が好きになって、
野球が嫌いになったんです。
ある日、野球の仲間に入れなかったぼくが
自転車に乗って走ってたら
みんなの球が転がってきたことがあって、
そのボールを拾えなかった。
すると「おめぇ、なんで拾わねぇんだよ」って
クラブやミットで、バーンって殴られたりして、
それでますます嫌いになった。
糸井
トラウマですね、それは。
細野
集団で遊んだりするのも嫌だし、
「ペリー・コモ・ショー」が好きだったし、
人とは違うな、とは思ってましたよ。
糸井
ぼくは、どちらかといえば、
それを治しちゃった人間です。
ぼくも、小学2年生までは
野球のことはよくわからなかったんです。
みんながやってるのが楽しそうに見えて、
「どうすればいいんだろう」と思った。
細野
あぁ、
そこはぼくらの分かれ道ですね。
ぼくも「どうすればいいんだろう」と
思う機会があったら、
野球をやってたでしょうね。
糸井
ぼくは、いろんなことでもともと
違和感を感じているんです。
でも「それはなんだろう?」と思って、
いつも頭を突っ込んでしまう。
言いかえると、
「自分はそんなことはしなくてもいい」
と言えるほど、強くなかったのかもしれない。
細野
いや、糸井さんは好奇心が強いんだと思う。
糸井
それもありますね。
たとえば、財務なんかの専門誌みたいなの、
あるでしょう?
書いてあることはよくわからないけど、
みんなが読んでる。
「そんなにおもしろいんだったら、読んでみたいな」
と思っちゃうんです。抑えられないんですよ。
楽しそうだからうらやましい。
細野
糸井さんはやっぱり、
楽しいことが好きなんですね。
糸井
好きです。
ぼくは「ペリー・コモ・ショー」を
ひとりで見てたとしても、
「あぁ、楽しかった‥‥」のあと、
横の誰かに「‥‥なぁ」って言いたいんですよ。
細野
あぁ、言えないよな、あれは。
子どもは誰も見てなかったんで(笑)。
糸井
横尾さんは、どちらの道だろう。
きっと「入らなくていいや」と思ったんでしょうね。
横尾
うん、入らなくたっていいわけですよね。
糸井
子どもの頃は、絵を描いてた時間が
長かったんですか?
横尾
ぼくはひとりっ子だったんで、
やることが絵を描くほかないんですよ。
絵を描くったって、ぼくの場合は、
他人の描いた絵を模写するわけです。
糸井
はい、はい。
横尾
子どもの頃は
そんなふうには考えなかったんだけれども──
模写をしていたもとの絵の作者、その技術と
対話をしていたのではないかと思います。
それがぼくにとっては
いちばん楽しい時間だった。
友達と会ったり遊んだりして対話するよりも、
早く家へ帰って、模写をしたかったんですね。
しかも自分には、創造するとか、写生するとか、
落書きするとか、
そういうことに興味はないんです。
とにかく、あくまでも、
他人の描いたものを
そっくりそのまま描くことが重要だった。
つまりね、他人になりたかったわけですよ。
糸井
すごいなぁ、それは。
横尾
ふつうの美術教育とは正反対ですよ。
個性とかオリジナリティとか、
そういったこととはまったく関係ないことを
やっているのだから。
いま思うと、
結局はそれが独自性に
つながってきてるんじゃないかな。
(つづきます)
2016-12-01-THU
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN