じぶんで決める、じぶんの仕事。 『アルネ』の大橋歩さんに、糸井重里が聞きました。
 


第9回 お金で買えるようになって、失われたもの。

糸井 「ほぼ日」を始めるとき、
若い人に戻らなきゃって
気持ちがあったんです、僕は。
大橋 あ、そうだったんですか。
糸井 そのことに気づいた理由の一つは、
釣りでもあるんです。
釣りって平等なんですよ。
つまり、ビル・ゲイツが釣ろうが、
そこらへんの中学生が釣ろうが、
地位やお金では
魚は食ってくれないんですよ。
釣りに夢中になった時期に、
「あ、俺、もしかして、
 一人で生きていけない体に
 なりそうだったな」って気づいたんです。
つまり、黒い車がお迎えに来たところに、
開けられて乗っていたら、運転忘れますよね。
大橋 はい。
糸井 それと同じようなことが
いっぱいあると思ったんですよ。
僕はそっちに行かないタイプだったんで、
あんまりないんですが、
ない、とは言っても、あるんですよ。
つまり電話しといてって言ったら
誰かがしてくれるわけなんです。
大橋 はい。
糸井 本当はできるのに、した方がいいのに、
人に譲っちゃったことが、いっぱいあって。
たとえば典型でいうと引っ越しです。
たとえばね。
僕、今でも引っ越しの手出しは、
何にもしない。
邪魔だからっていうことが
一番大きいですけど、
引っ越しのこと考えるだけで
頭がもう、いっぱいになっちゃうんですね、
大橋 はい(笑)。
糸井 で、全部任せてると、できちゃうから、
それでいいやと思ってるんですけど、
若いときの引っ越しは
全部自分でやりましたよね。
大橋 はい。
糸井 引っ越しができる自分というのは、
引っ越しのそのめんどくさいことを
お金で買えるようになってからは、
失われたんですよ。
大橋 はい。
糸井 で、釣りをすると、
そのことが痛いほどよくわかって。
僕は主に河口湖とか、
芦ノ湖とか行ってましたけど、
運転してでかけるのも、
前の日に準備するのも、ボート出すのも、
釣りをするのも全部自分でやんない限り
誰もやってくんないんですね。
大橋 はい、そうですね。
糸井 で、全部やることが面白いんですね。
大橋 はい。
糸井 ですから、大学生の、
毎日さぼって釣りばっかりやってる
お兄さんと一緒に朝の5時半の受付に並んで、
ゼッケンを貰って、2000円払って、
みんながどう釣って勝つかみたいな
話をしてるところに、
オヤジが一人混じってるわけです。
で、ヨーイドンで出てって、
ルールを守んなければ失格。
で、そういう120、130人出る大会に
年に6回出て。
大橋 へえー!
糸井 それで年間の答えが出るんですけど、
ある時、8番になったことがあるんですよ。
大橋 はい。
糸井 で、8番になったとき、
俺、泣いたんですよ。嬉しくて(笑)。
大橋 (笑)
糸井 で、そのときたまたま、
かみさんも来てたんですけど、
「俺さー、8番‥‥」って言ったら、
ぼろぼろ涙が出てきて。
その何て言うんだろうな、
自分が体ひとつでできることっていうことの、
釣りにおいての一番上が8番なんですね。
で、そういうことを俺、
全部、譲り渡してたなって
実感があったんですよ。
大橋 ああ。わかります。
糸井 で、その分、お金で買えたり、
地位で通せたり、っていうことで、
けだものの持ってる強さが
全部失われたなあと思って。
これ、全部なくなったときに、
僕はどうだろうっていうのを
釣りで試したかったんですね。
で、それをやってるうちに、
一方でうちに帰ってからやってることは、
仕事、あんまりしたくなくて。
ちょうどインターネットが
始まった頃ですから、
アメリカの大学生が仕事として
スタートしてるっていうことをいっぱい見て、
あ、そうか、釣りで大学生と
一緒に列に並べるんだったら、
スタンフォード大学の列に、
インターネットで何かを始めた学生の列に、
僕も並べばいいと思ったんです。
英語わかんないですから、
日本でやるんですけど、ゼロ同士ですから、
ハンデもなければゲタもはかせてもらえない。
そこでやる限りは潰れちゃっても一人だし、
ネクタイも締めなくてもいいし、
代理店のやつが何かいろんなことを
都合つけてくれることもないし、
「全部やろう」と思ったんです。
大橋 ああ!
糸井 そうしたら何かができるなと思って、
大橋さんの、あの、何ていうんだろう、
レイアウトのメモ、ありますよね、
あれと同で、僕も目次を書き始めたんです。
大橋 あ、そうなんですか。

 
   
『アルネ』15号のための、大橋さんによるメモ。
糸井 うん、で、目次書いてたら、
楽しくてしょうがないわけ。
で、そんな目次の本なんか
どこにも見たことないんですよ。
たとえば当時で一番典型的なのは
大瀧詠一さんのインタビューをやるって、
一つの僕のアイデアだった。
大瀧さんはその頃、
どこにも出てきたことなくて、
歌はあんなにかかってて、
みんながCDを持っているのに、
当の大瀧詠一さんは福生から出て来ない。
年にいっぺん、お正月だけ
ラジオをやるんですね。
大橋 あ、そうなんですか。
糸井 それで、食えてるってこと自体が
不思議じゃないですか。
大橋 不思議ですね(笑)。
糸井 一回どっかですれ違い程度に会ったときに、
「俺は10年食えるレコードを
 作ったつもりだから」
って言ってるんですよ。
つまり「A LONG VACATION」
っていう、自分を十年分食わせてくれる
アルバムを作って引っ込んだんです。
‥‥かっこいいでしょ。
大橋 すごい。
糸井 その話、聞いてみたいじゃないですか。
大橋 はい、はい。
糸井 CDの売り上げランキングがどうの、
っていうなかで、
大瀧さんは10年食える仕事をして、
楽しく暮らしているらしいぞとか、
いまはこういうことをしているらしいよ、
っていう話が、都市伝説のように
聞こえてくるんです。
自宅に衛星用の巨大なアンテナがあるだとか、
信濃町のソニースタジオで
コンセントにこっそり何かを刺してるやつが
いると思ったら大瀧さんで、
いよいよ次のレコードを作るのか、
みたいなうわさ話が。
大橋 えー!
糸井 その話は『平凡パンチ』にも『文芸春秋』にも
『週刊ポスト』にもどこにも載らないですよ。
でも、俺がお願いしたらもしかしたら
喋りに来てくれるかなって思ったら、
もうワクワクしますよね。
大橋 はい。
糸井 で、実現したんです。
あるいは昔会ったアップルコンピュータの
部長だった原田さんていう
すごく元気のいい人がいて、
新聞読んでたら、
その人が社長になったらしい。
部長になったときに知り合ったから、
社長になっても取材できるかもしれないな、
と思って、ちょっとツテをたどったら、
原田さんはうちの何だかよくわからない
会社に来てくれて、
社長としての初めてのインタビューを
うちでやってくれたんです。
大橋 へえ!
糸井 今、マクドナルドの社長、
やってるんですけどね。
今でも仲良くしてるんですけど、
そんなの、どこの雑誌にもないですよね。
大橋 ああ、わかりました。あのかた。
糸井 ええ、あの人なんですけど。
原田さんは実は大型トラックの免許を
持ってたりするんです。
おっかしい人なんですよ。
なんで大型トラックの免許を
持ってるかっていうと、
それで仕事してたからなんです。
そういう、
「あの人のこういうところが面白いな」
とか、あるいは
「こういう企画を考えたら、
 実現したら面白いぞ」
っていう目次をどんどん作ってたら、
もうね、引っ込みがつかなくてなって。
まさしく大橋さんが『アルネ』のために
毎号、作っているメモ帳と同じです。
大橋 同じですね。
糸井 全く。
 
(つづきます!)
2007-02-11-SUN
協力=クリエイションギャラリーG8/ガーディアン・ガーデン
 
 


(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN