吉本ばなな&糸井重里 対談
ほんとうの
おとなになるために。
第4回
いまこの瞬間に、何が含まれている?
糸井
まほちゃんが
「年をとってよかったなぁ」と思ってるのは、
何かを得たからでしょ?
失ったからじゃなくて、得たから。
吉本
ええ、得たからですね。
何を得たんでしょう?
‥‥贅肉?
一同
(笑)
吉本
うーん‥‥なんとなく、あるときから急に
いろんなことがどうでもよくなったんですよ。
だから、わりと客観的なことが
言えるようになったのかもしれないですね。
糸井
年をとると、鈍くなっていくこともふくめて、
自分の道具の数が
ものすごい分量になっちゃうでしょ?
昔のものを「捨てた」と思っていても
それがある場所はやっぱり知ってる、
みたいなところがある。
吉本
たしかに「いましかないもの」って
そんなにないかもな、と思います。

「人生はいま、いまの瞬間しか」
ということがあったとして‥‥
まぁ、それはほんとうなんです。

だけど、その瞬間に
いままでの全部が入ってるから
「いましかない」のであって、
「瞬間」というものは
その「ちいさいもの」でしかないわけではない、
ということを、年をとればとるほど感じます。
糸井
ほんとうにそうですね。
海辺の恋人たちが
「これが世界のすべてで、時間のすべてだ」
というふうに思っているのは、
間違いじゃないわけ。

でも同時に、そこからちょっと離れたところに
イカを焼いてる人がいるわけだよね。
イカを焼いてる人側にあるものは、
「恋人たち」からは排除されてるんだけど、
でも事実は、含んでいます。
吉本
必ず含まれてます、
匂いとかしてくるし。
糸井
両方ある。
俺は海辺の恋人にもなろうとすればなれるけど、
「それは通路をコンクリートで固めてるだけなんだよ」
ということがわかってしまっている。

おとなになればなるほど
「増えてる」というのはほんとうです。
この頃は特にそう思うようになったんですよ。

だから、増えた状態の
「イカがわかってる」人でないと、
まほちゃんみたいな本は書けないと思うんだよ。

『おとなになるってどんなこと?』は、
悩みに悩んでいる高校生が読むのと同時に、
「この子は、何を悩んでるんだか」
と言ってる親も読みます。
なぜなら、親が読んでも
大丈夫な書き方をしてあるから。
吉本
どちらかと言うと‥‥親に。
糸井
読んでほしいですよね。
吉本
うん。
ゆるめてほしいなぁって思う。
やっぱりね、マンガみたいなことが多いんで。
「みんな、気がつこうよ」
「それってマンガじゃん?」
と言いたい。

「日焼け止めを塗るきまりだから塗ろう」
「不潔だから、雪触っちゃだめ」
「インフルエンザウィルスが飛び散るから、
 ごはんを食べたまましゃべっちゃだめ」
とか、みんなほんとうに守ってるのかな?
そんなことがあまりにも多い。

そういうのを守らないのが
「子ども」だったんじゃないのかなぁ。
糸井
親がまず、管理者の役を与えられるんだよね。
管理者として優秀になることが
親として優秀になることだと錯覚させられてて。
吉本
でもそこで、真っ向から
「それは違うと思います!」
と言うんじゃなくて
「抜け道がいっぱいあるからね」
というようなことを、
この本で言いたいなと思っていました。
糸井
そうですよね。
真っ向からぶつかったとしても
答えは出ないんだよ。
それから、さらに、
真っ向からぶつかることが本業になっちゃう。
吉本
あぁ、「真っ向からぶつかる業」でしょ。
糸井
そう。
「真っ向からぶつかる業」の
プロがやってくるんだよ。
吉本
うん(笑)。
糸井
「私に任せておいてください」とかいってね。
吉本
「私たちの組合に入って、
 世の中の仕組みを変えるために
 真っ向からぶつかるセミナーを
 やり続けませんか?」
って。
糸井
「世の中の人って、ほんとうに
 真っ向からぶつからなくて、腹が立ちますよね」
と言われて、心まで支配されちゃうんだ。

すると、向こうのほうでマンガ読んでる人のこととか、
だんだん腹が立ってくる。
でも、こういう話は、
吉本(隆明)さんがずっとしてた話だね(笑)。
吉本
ほんとうですね、そうかも。
糸井
同じことをまた、
娘と、近所のオッサンが。
吉本
はい(笑)。
糸井
こういうことについて、お父さんは
「苦しむのにはきっと理由がある。
 そこをちょっと考えると抜け出られるかもね」
といって、いろんな抜け道を考えてたよね。

「解決するには技術を磨くやり方もあるよ」
「水泳ができたら、あそこは
 川渡って逃げられるよね」
みたいなことも言ってた。
吉本
そうですね。
糸井
そうすると、
「単なる技術論じゃないか」って
怒ったりされるんだけどね。
吉本
また、真っ向から来られちゃう。
糸井
人がいつどこで、何をしていようが、
「感じ悪く真っ向からせめる」なんて、
誰もできないんだよね。
吉本
その人の人生だからね。
でも、真っ向から来る人たちも、
個別に会えば、わりとみんな
楽しそうに暮らしてますよ。
糸井
そうだよね。
人がそういうことを「言う」ってことはわかるんです。
ぼくも18歳くらいのときに学生運動を経験して
人をせめがちな場所にいましたから。
若い頃って
むずかしいと意識しないで、むずかしく生きてたなぁ。
やるせなかったね。
吉本
いまの時代の若者は
さらに、気が遠くなるくらい大変そうですね。

でも、たとえば、デモに行ってる人もいれば、
ゴロゴロしてる人もいる、
まったく関心がない人もいる──、
その隙間に何かが生まれるわけです。
隙間をとにかく奪っちゃいけないと思ってます。
(つづきます)

2015-12-15-TUE