- でも、ずっとおとなにならないままの人もいる。
それは、いっぱいいるんだよ。
- いますね。
何も見ないようにして、
おとなにならない人、いっぱいいます。
- さっきぼくが
「ホントにおとなになるのは50すぎてからかなぁ」
と言ったのは
けっこうむずかしくて、まじめな話なんだ。
さっき話した、
「年をとるということは増えていくんじゃないの?」
ということがキーになってるんだけど。
- うん。
- ぼくはずっと
「年をとると減っていくものと増えていくものがある」
と思ってたの。
だけど、実は、自分の経験というのは
なんにも忘れたりしない。
なぜならそれは、現実にあったことだから。
記憶からはなくなってても、
突っつけば出てくる。
なくなってない。
そう考えると、
「あらゆる自分のやったことに、請求書が来る」
って、40代くらいのときにわかってきた。
人を人とも思わなかったこと、
自分を大事にしなかったこと、
自分の得意じゃないことをやってしまったこと、
いいかげんにしたこと、ぜんぶ、
40代になったら請求書が来る。
「君、生活できてるみたいだから、
そろそろ払えるよね?」
って、督促状が来るんだよ。
- まるでカルマ‥‥。
- そう、思い出すんだ。
おとなになってきた自分が、
「このことは、こうじゃなくちゃいけないな」
と思うことがあったとする。
すると同時に、
「じゃあ、お前は、やってきたの?」
って問われるわけ。
「やってきませんでした」っていうしかない(笑)。
そうしたら、内なる声がこう言うわけです。
「だったらこれまでお前が迷惑かけた人、
お前にやられちゃった人、いたよね」
「その人、よく文句言わないで生きてるね」
- わぁ、いままで何をやってきたんだろうか、
ドキドキ。
- たいしたことじゃない、いろいろだよ。
- みんな、ありそう。
- 例えばみみずを殺したこととかも、そう。
そういう請求書がいちまいいちまい、
「払えるんだったら、払ってね」って、来るんだよ。
心的にも、経済コスト的にも。
でも、その原因のところには、
もう返せないですよね?
だから、代理に返す。
- あぁ、わかる。
- 「こことここに、払い込んでね」
- うーん、すごくわかる!
- でしょ?
そのこととそっくりなことが、
まほちゃんの本にも書いてあったよ。
「全部は払えないんで、いまは頭金だけ払うんだ」
「ちょっと月賦にしちゃうけど、いい?」
ということも、もちろんある。
「大丈夫、忘れてないから」
という約束をひとつするごとに、
多少、自分の心が楽になっていく。
それをちょっとずつちょっとずつやって
「一応払ったかな?」
くらいのところで、ため息をついて
「おとなになったと言って、よろしいでしょうか」
- あ、そうかもですね。うん。
そうだと思う。
- 俺がもし「おとな」を書くとしたら、
そのことを書きます。
でも、俺はまほちゃんみたいにうまく言えない。
表現として、原稿に向かってる形でないと、
こんなには語れない。
まほちゃんは、何度も読んでわかるように書いてる。
だから、作家ってすごいなぁって思ったよ。
そこはとても注意深くやってますよね。
- そうですね。
でもいま、糸井さんがおっしゃったことは
すごく腑に落ちましたよ。
- そうでしょうか。
- うん。
いろんな人から
ちょっとずつ借りたものを返す。
でも、その借金を
おとなになってごまかす人もいる。
ごまかす人は、その借金を
見ないふりするんだと思う。
いろんなことを見ないようにしてると、
だんだんつじつまが合わなくなってくる。
そうすると、ますます、
ほんとうは請求書が来てるんだけど
「いやいや、見ないから」となっていって、
たいへんなダンゴみたいになってる人がいます。
- 見ないようにしてる部分が増えて、
そこをツッコまれたくない人は
どうするかっていうと、
「うるさい!」と怒鳴るんですよ。
人を退けたり、攻撃をすることで防御する。
- つくづく、その「心の借金」みたいなものって、
お金の借金と
まったく同じ意味だなぁと思います。
- ああ、同じですよね。
- 心の借金も、お金の借金も、
つきつめて考えると夜も眠れなかったりする。
「とりあえず、今日の分
2万円くらい借りて、遊んじゃおう」
みたいなこともある。
幸い、お金の借金で具体的に
そういった経験はないけど、
人にひどいことをしたり、
自分にひどいことをしたりしたら、
いつかお金の借金と同じような気持ちを
味わっていかなきゃいけなくなる、
というのはわかります。
- 借金は、時代によって
金額が変わることもあるし、
その人だけにしかわからない
切実なものもあると思います。
で、「ここはどうしても返せない」ということが
見えてくるのも、おとなになってからなんだ。
ひどいこと、取り返しのつかない借金があるけど
どうしても返せない。
たとえば、事故で
命を失わせてしまったことなんかがそうだと思う。
あとは、とてつもなく苦手なこと。
「そこのところだけは、俺は一生返せないな」
ということがどうしてもあります。
みんな、完全な人にはなれないからね。
まほちゃんにも、どうしても無理なこと、
苦手なことってあるでしょ?
- ありますよ。
「やらない、一生やらないから」
と言い訳するけど。
- それはきっと90になっても、まだできないんだよ。
「そこだけは勘弁してください」
ということで、自分の個性を
いいほうに磨いていくしかないんです。
- そのとおりですね。
- 「違うところで手伝うから、
悪いけど、金で買わせてくれ」
みたいなことがある。
- 私、よく、
「引っ越しに来るな」と言われます。
「手伝いに行こうか?」って言うと
「来なくていい」って。
引っ越しの現場で、ただ右から左に
物を動かしていくだけの人‥‥それが私。
- 引っ越し、だめなんだ(笑)。
- はい。でも、
「自分が昼寝してる間に引っ越しが終わってたら、
それはそれでいちばんいいんじゃないの?」
と思います。罪悪感にもならない。
ただ、自分は、
ほかのことをしてるはずなんですよね。
- そうだと思う。
- 借金をしているということがわかっていても、
つじつまが合うようにできるということを
まず信じられないといけない。
- うん。そういう自信のようなものが、
おとなになるとちょっとありますね。
- 「引越しのことはできないかもしれないけど、
後日、どこかで炊き出しやったりしてるから」
みたいな。でも、
「もっとわかるかたちで返してよ」
というのが「いま」です。
「引っ越しのとき、寝てたでしょう!」って。
- 「ずるい」とか言われちゃう。
- 「引っ越しは引っ越しで返せ」
「だったらほかの家に行って引っ越しを手伝え」
きっちりしてるのはわかるけど、そうじゃなくてね。
- 違う、違う(笑)。
- 「何かで返してるんだ」
というようなことが言いたい、すごく。
いつも言いたい。
- そのとおりだ。
おとなはそれがだんだんわかってくるんだよなぁ。
(つづきます)
2015-12-16-WED