吉本ばなな&糸井重里 対談
ほんとうの
おとなになるために。
第5回「引っ越しは引っ越しで返しなさい」
糸井
でも、ずっとおとなにならないままの人もいる。
それは、いっぱいいるんだよ。
吉本
いますね。
何も見ないようにして、
おとなにならない人、いっぱいいます。
糸井
さっきぼくが
「ホントにおとなになるのは50すぎてからかなぁ」
と言ったのは
けっこうむずかしくて、まじめな話なんだ。
さっき話した、
「年をとるということは増えていくんじゃないの?」
ということがキーになってるんだけど。
吉本
うん。
糸井
ぼくはずっと
「年をとると減っていくものと増えていくものがある」
と思ってたの。

だけど、実は、自分の経験というのは
なんにも忘れたりしない。
なぜならそれは、現実にあったことだから。

記憶からはなくなってても、
突っつけば出てくる。
なくなってない。

そう考えると、
「あらゆる自分のやったことに、請求書が来る」
って、40代くらいのときにわかってきた。
人を人とも思わなかったこと、
自分を大事にしなかったこと、
自分の得意じゃないことをやってしまったこと、
いいかげんにしたこと、ぜんぶ、
40代になったら請求書が来る。

「君、生活できてるみたいだから、
 そろそろ払えるよね?」
って、督促状が来るんだよ。
吉本
まるでカルマ‥‥。
糸井
そう、思い出すんだ。
おとなになってきた自分が、
「このことは、こうじゃなくちゃいけないな」
と思うことがあったとする。
すると同時に、
「じゃあ、お前は、やってきたの?」
って問われるわけ。
「やってきませんでした」っていうしかない(笑)。

そうしたら、内なる声がこう言うわけです。
「だったらこれまでお前が迷惑かけた人、
 お前にやられちゃった人、いたよね」
「その人、よく文句言わないで生きてるね」
吉本
わぁ、いままで何をやってきたんだろうか、
ドキドキ。
糸井
たいしたことじゃない、いろいろだよ。
吉本
みんな、ありそう。
糸井
例えばみみずを殺したこととかも、そう。
そういう請求書がいちまいいちまい、
「払えるんだったら、払ってね」って、来るんだよ。
心的にも、経済コスト的にも。

でも、その原因のところには、
もう返せないですよね?
だから、代理に返す。
吉本
あぁ、わかる。
糸井
「こことここに、払い込んでね」
吉本
うーん、すごくわかる!
糸井
でしょ?
そのこととそっくりなことが、
まほちゃんの本にも書いてあったよ。

「全部は払えないんで、いまは頭金だけ払うんだ」
「ちょっと月賦にしちゃうけど、いい?」
ということも、もちろんある。

「大丈夫、忘れてないから」
という約束をひとつするごとに、
多少、自分の心が楽になっていく。

それをちょっとずつちょっとずつやって
「一応払ったかな?」
くらいのところで、ため息をついて
「おとなになったと言って、よろしいでしょうか」
吉本
あ、そうかもですね。うん。
そうだと思う。
糸井
俺がもし「おとな」を書くとしたら、
そのことを書きます。
でも、俺はまほちゃんみたいにうまく言えない。
表現として、原稿に向かってる形でないと、
こんなには語れない。
まほちゃんは、何度も読んでわかるように書いてる。

だから、作家ってすごいなぁって思ったよ。
そこはとても注意深くやってますよね。
吉本
そうですね。
でもいま、糸井さんがおっしゃったことは
すごく腑に落ちましたよ。
糸井
そうでしょうか。
吉本
うん。
いろんな人から
ちょっとずつ借りたものを返す。
でも、その借金を
おとなになってごまかす人もいる。

ごまかす人は、その借金を
見ないふりするんだと思う。
いろんなことを見ないようにしてると、
だんだんつじつまが合わなくなってくる。

そうすると、ますます、
ほんとうは請求書が来てるんだけど
「いやいや、見ないから」となっていって、
たいへんなダンゴみたいになってる人がいます。
糸井
見ないようにしてる部分が増えて、
そこをツッコまれたくない人は
どうするかっていうと、
「うるさい!」と怒鳴るんですよ。
人を退けたり、攻撃をすることで防御する。
吉本
つくづく、その「心の借金」みたいなものって、
お金の借金と
まったく同じ意味だなぁと思います。
糸井
ああ、同じですよね。
吉本
心の借金も、お金の借金も、
つきつめて考えると夜も眠れなかったりする。
「とりあえず、今日の分
 2万円くらい借りて、遊んじゃおう」
みたいなこともある。
幸い、お金の借金で具体的に
そういった経験はないけど、
人にひどいことをしたり、
自分にひどいことをしたりしたら、
いつかお金の借金と同じような気持ちを
味わっていかなきゃいけなくなる、
というのはわかります。
糸井
借金は、時代によって
金額が変わることもあるし、
その人だけにしかわからない
切実なものもあると思います。

で、「ここはどうしても返せない」ということが
見えてくるのも、おとなになってからなんだ。
ひどいこと、取り返しのつかない借金があるけど
どうしても返せない。
たとえば、事故で
命を失わせてしまったことなんかがそうだと思う。

あとは、とてつもなく苦手なこと。
「そこのところだけは、俺は一生返せないな」
ということがどうしてもあります。
みんな、完全な人にはなれないからね。

まほちゃんにも、どうしても無理なこと、
苦手なことってあるでしょ?
吉本
ありますよ。
「やらない、一生やらないから」
と言い訳するけど。
糸井
それはきっと90になっても、まだできないんだよ。
「そこだけは勘弁してください」
ということで、自分の個性を
いいほうに磨いていくしかないんです。
吉本
そのとおりですね。
糸井
「違うところで手伝うから、
 悪いけど、金で買わせてくれ」
みたいなことがある。
吉本
私、よく、
「引っ越しに来るな」と言われます。
「手伝いに行こうか?」って言うと
「来なくていい」って。
引っ越しの現場で、ただ右から左に
物を動かしていくだけの人‥‥それが私。
糸井
引っ越し、だめなんだ(笑)。
吉本
はい。でも、
「自分が昼寝してる間に引っ越しが終わってたら、
 それはそれでいちばんいいんじゃないの?」
と思います。罪悪感にもならない。
ただ、自分は、
ほかのことをしてるはずなんですよね。
糸井
そうだと思う。
吉本
借金をしているということがわかっていても、
つじつまが合うようにできるということを
まず信じられないといけない。
糸井
うん。そういう自信のようなものが、
おとなになるとちょっとありますね。
吉本
「引越しのことはできないかもしれないけど、
 後日、どこかで炊き出しやったりしてるから」
みたいな。でも、
「もっとわかるかたちで返してよ」
というのが「いま」です。
「引っ越しのとき、寝てたでしょう!」って。
糸井
「ずるい」とか言われちゃう。
吉本
「引っ越しは引っ越しで返せ」
「だったらほかの家に行って引っ越しを手伝え」
きっちりしてるのはわかるけど、そうじゃなくてね。
糸井
違う、違う(笑)。
吉本
「何かで返してるんだ」
というようなことが言いたい、すごく。
いつも言いたい。
糸井
そのとおりだ。
おとなはそれがだんだんわかってくるんだよなぁ。
(つづきます)

2015-12-16-WED