糸井 | あの、この本は、 ぼくが書いたものではありますけど、 ぼくの手の中から生まれた本ではないので、 じつは、いままで、この本について 語ることはあまりなかったんです。 |
谷川 | うん。 |
糸井 | で、そういう本がこうして2冊出て、 あらためて思うのは、 じつはやっぱりうれしいんですよ(笑)。 なんだろう、あの、自分の記念写真を、 みんなに見てもらっているような 不思議なうれしさがあるんです。 あの、「柱のきず」ってあるでしょう? いわゆる、背丈を柱に刻んでいく、きず。 紹介ページの文章にも書いたんですけど、 ぼくにとって、この本のことばは 「柱のきず」なんですよ。 ひとつひとつのきずにはなんの表現もなくて、 それは、刃物の跡にすぎないんだけど、 きずを見る側には、その意味がわかる。 むしろ、時間が経つほど、 きずの意味は大きくなる。 |
谷川 | うん、うん。 |
糸井 | 自分でこの本を開いて読むとき、 そんな、柱のきずを見るような気分になるんです。 単に書いたときの気持ちを 思い出すというのではなくて、 書いた人を思いやりながら読む自分がいる。 でね、それを、ぼく以外のたくさんの人たちが、 やってくれてるんだと思ったら、 ありがたくて、ちょっと申しわけなくて、 なんだか夜更けに、感極まりましたね(笑)。 |
谷川 | (笑) |
糸井 | だれかが、ぼくの柱のきずを見て、 なにかを思ったり感じたりしてくれている、 っていうこと自体が、なんか、もう。 |
谷川 | でもね、糸井さん。 ここにあるひとつひとつのことばは もう、柱のきずじゃなくて、 本当に自立していることばだからね。 みんな、そんなふうに、 「これはどういうつもりで書いたんだろう」 っていうふうに、書き手を思いながらは、 読んでいないと思いますよ。 |
糸井 | ああーー。 |
谷川 | おそらく、ことばは、 直接自分の中に入ってきて、 それこそ悩みに答えを出してもらったり、 人生の道しるべのように感じられたり、 「ああ、そうなんだよな」って、 自分が表現できなかったことを 表現してもらったように感じたりね。 もう、誰が書いたとかじゃなく、 箴言とか、格言に近いものになってる。 |
糸井 | そういう使われ方になってる。 |
谷川 | うん。いわゆる、アフォリズムですよね。 要するに、短いことばで人生観を述べるという。 萩原朔太郎の作品なんかにも アフォリズムがあるんですけど、 糸井さんのこの本よりも、 具体的な生活から離れて書かれているんですね。 生活という拠り所がないところで 直接、人生について教えを垂れる、 みたいなところがあって。 ところがこの本は、そうじゃないですよね。 そこがぼくはすごく好きなんですけど、 つねに、非常に具体的な人生の、 現実的な細部から出発しているでしょう? そして、ある抽象にまで至る。 ふつうの人生論の本というのは、 わりと抽象から出発しちゃうんです。 そういうのってね、年をとってくると、 読んでてもあんまりおもしろくないんです。 糸井さんのこの本は、 アフォリズムの系統にありつつも 具体的な生活や細部を語っている点で、 ぼくは名著だと思っているんですよ。 |
糸井 | もう、ありがとうございます、本当に(笑)。 |
谷川 | また、糸井さんって、 「おもしろい細部」とか「細部のおもしろさ」を 発見するのがものすごくうまい人だからね。 その、「おもしろい細部」というのは、 読んでて、もう、ほとんど 詩に近いと感じることもあります。 なんというか、発想はすごく詩的で、 でも文体としては明快な散文で。 だから、妙な人生論なんかを読まないで、 こういうのを読んだほうがいいと ぼくは思うんですけどね。 こういう散文がちゃんと読めないと、 人として、本当はまずいと思うんですよ。 |
糸井 | 散文的だったり、詩に近寄ったり、 たんなる口語だったりとふらふらするのも、 もともと一貫性を持たせてないというか、 本にするためではなく、毎日、あるいは毎週、 そのときどきで読んでもらうために書いてるから そうなるんだと思うんですよね。 具体的な細部の集まりなのに、 大きなかたまりとしては抽象的になっているのも たぶんそういうことなのかなと。 |
谷川 | ああ、そうですね。 だからぼく、 編集もすごくうまいと思っているわけ。本当に。 |
糸井 | うまいですよ(笑)。 |
谷川 | 選び方、編集がすごくうまい。 |
糸井 | 愛されている気がするもん。 |
一同 | (爆笑) |
谷川 | そうです。愛されていますよ、ほんとに、うん。 |
糸井 | その、こういう愛情、ありますよね。 |
谷川 | ああ、ありますよ、当然。 |
糸井 | 自分の中にも他人に対してあるけど、 この愛され方は、一ジャンルとして 「ああ、ありがたいなあ」と思いますよ。 |
谷川 | それからもうひとつ、 ぼくが感心しているのは、 やっぱり造本、装丁、デザイン。 これがまたね、本当にいいと思う。 ひとつひとつのことばの 書体も、大きさも、行間も変えて ああいうふうに組むという発想はすごいと思う。 これまでに出ている人生論の本はね、 だいたい同じ活字で同じ調子ですからね。 |
糸井 | 過去の人生論の本は、やっぱり、 書き手が、自分の人生論としての一貫性を 表現したいんじゃないかと思うんですよね。 |
谷川 | ああ、たぶんね。 |
糸井 | ぼくは真逆ですから。 もう、お願いだから、 一貫性を表現しないでくれっていう(笑)。 |
谷川 | (笑) |
(続きます) |