糸井 | 谷川さんの作品の中には、 自分ひとりでじいっと考え続けたことと、 ひとから訊かれた都合で考えたことの両方が 混ざって存在していると思うんですけど。 |
谷川 | 混じっています、はい。 |
糸井 | どっちが多いですか? |
谷川 | 訊かれて考えたことのほうが 多いんじゃないかな(笑)。 |
糸井 | ああー、そうですか。 |
谷川 | どうもそんな気がしますね。 訊かれて、ということもあるし、 注文されて、ということもあるし。 「『詩とは、なにか?』ということについて書け」 って言われて、それまでは 「詩とは、なにか?」なんて 考えずに書いていたんだけど、立ち止まって、 「そういやぁ、なんなんだろう?」みたいな。 そういう感じのものが多いですね。 |
糸井 | やっぱり、訊かれたり、要求されたり、 待たれたり、読まれたり、ということがなかったら 作り手って育たないですよね。 |
谷川 | 絶対育たないと思いますよ。 |
糸井 | ですよね。 「聞くなよ!」って言っちゃったら もう、おしまいになりますね。 |
谷川 | そうですね。 あの、このあいだ、小学校でね、なんか、 小学生の書いた詩を読んで感想を言う、 なんていうことをしたんですけどね。 小学校の教師たちというのは、みんな、 生徒に対して「自分の思い」とか、 「自分の感じたこと」というのを とにかく「書け」「書け」って言ってるんですよ。 それで、ぼくが、 「それもいいんだけど、この詩を読んで、 読んだ人がどう感じるかっていうことは 考えなくていいんですか?」って言ったら、 それは教師にとっては完全に盲点だったみたいで 唖然としてたんです。それはおもしろかった。 |
糸井 | あーーー、なるほど、なるほど。 |
谷川 | つまり、学校では、 読者っていうものをまったく意識せずに 詩を教えているわけですよね。 それは、間違っているわけじゃないです。 ぼくも若いころ、読者のことって あんまり考えませんでしたから。 でも、ことばっていうのは、つねに、 受け手、聞き手がいるわけだから、 幼いころから、なにかを書いたら、 「これ、読んだ人はどう思うかな?」 っていうふうな問いかけも 必要なんじゃないかなと思いましたね。 |
糸井 | そうですね。 だって、あの、個人的な日記にだって、 なぜか曖昧な読者がいますからね。 |
谷川 | そうなんですよね(笑)。 あの、日記というものはね、 本当に、怪しげなものであって(笑)。 |
糸井 | たとえば、誰も読まないはずの日記の 文章を書き直すなんてことは、 本当はおかしいですよね。 |
谷川 | おかしい。絶対おかしい。 だって、そもそも、書くことがおかしいんだもん。 |
一同 | (笑) |
糸井 | そうですよね、 書くことがおかしいんですね(笑)。 |
谷川 | そうですよ。 で、読まれないようにって 鍵かけたりするんだからさ(笑)。 |
糸井 | ははははははは。 そういうのって、あの、すばらしく、 ややこしくておもしろいことで。 |
谷川 | ことばの本質、そのものですね(笑)。 で、そう言いながらも、ぼくは、 あの、日記書いているんですけどね。 |
糸井 | えええ(笑)! |
一同 | (笑) |
谷川 | いや、それは仕方なく書いてるんですよ。 なんのために書いているかというと、 税理士さんのために書いてるんです。 我々はほら、会社勤めしてるわけじゃないから、 必要経費というものが量りづらいんですよ。 で、税理士さんが経費を計算するために 「行動記録をつけてくれ」と言うので、 「今日は丸ノ内線で新宿に行って、 新宿からJRで渋谷に出て‥‥」みたいな 行動記録を書いているんです。 |
糸井 | つまり、まったくの事実だけを。 |
谷川 | ただ、それだけじゃ、あんまりつまらないんで、 ちょこっと、そのときの出来事なんかを いろいろと書くんです。 ところがそれは少しプライバシーを含むから、 そのまま税理士さんに見せられないので、 それをもとに、税理士さん用の記録をまた書く。 |
一同 | (爆笑) |
谷川 | ほかのノートで、書き直すんですよ。 だからなんかあれはもう、なんだろうね? |
糸井 | ははははははは。 |
谷川 | 表現じゃなくて、記録、というか、 う〜ん、なんなんだろうね? |
糸井 | でもそういうメモって、詩をつくるときに、 自分を助けてくれること、あるでしょう? |
谷川 | いいえ、ないです。 |
糸井 | あ、ないですか。 |
谷川 | うん。ほとんどないです。 詩の材料って、そんなに わかりやすいかたちでは、ないんですよ。 詩って、やっぱりゼロから、 無から生まれるわけだから。 |
糸井 | うーん、ある意味、 恐ろしいことですね、それは。 |
谷川 | それで生まれりゃ、それで済んじゃいますよ。 だからよくみんな、詩の材料はなんですかとか、 どこでどんなふうに生まれますかとか、 ノートにメモしておくんですかとか訊きますけど、 それは一切ないですね。 |
糸井 | はーー。 |
(続きます) |