第6回 ことばには、つねに受け手がいる。
糸井 谷川さんの作品の中には、
自分ひとりでじいっと考え続けたことと、
ひとから訊かれた都合で考えたことの両方が
混ざって存在していると思うんですけど。
谷川 混じっています、はい。
糸井 どっちが多いですか?
谷川 訊かれて考えたことのほうが
多いんじゃないかな(笑)。
糸井 ああー、そうですか。
谷川 どうもそんな気がしますね。
訊かれて、ということもあるし、
注文されて、ということもあるし。
「『詩とは、なにか?』ということについて書け」
って言われて、それまでは
「詩とは、なにか?」なんて
考えずに書いていたんだけど、立ち止まって、
「そういやぁ、なんなんだろう?」みたいな。
そういう感じのものが多いですね。
糸井 やっぱり、訊かれたり、要求されたり、
待たれたり、読まれたり、ということがなかったら
作り手って育たないですよね。
谷川 絶対育たないと思いますよ。
糸井 ですよね。
「聞くなよ!」って言っちゃったら
もう、おしまいになりますね。
谷川 そうですね。
あの、このあいだ、小学校でね、なんか、
小学生の書いた詩を読んで感想を言う、
なんていうことをしたんですけどね。
小学校の教師たちというのは、みんな、
生徒に対して「自分の思い」とか、
「自分の感じたこと」というのを
とにかく「書け」「書け」って言ってるんですよ。
それで、ぼくが、
「それもいいんだけど、この詩を読んで、
 読んだ人がどう感じるかっていうことは
 考えなくていいんですか?」って言ったら、
それは教師にとっては完全に盲点だったみたいで
唖然としてたんです。それはおもしろかった。
糸井 あーーー、なるほど、なるほど。
谷川 つまり、学校では、
読者っていうものをまったく意識せずに
詩を教えているわけですよね。
それは、間違っているわけじゃないです。
ぼくも若いころ、読者のことって
あんまり考えませんでしたから。
でも、ことばっていうのは、つねに、
受け手、聞き手がいるわけだから、
幼いころから、なにかを書いたら、
「これ、読んだ人はどう思うかな?」
っていうふうな問いかけも
必要なんじゃないかなと思いましたね。
糸井 そうですね。
だって、あの、個人的な日記にだって、
なぜか曖昧な読者がいますからね。
谷川 そうなんですよね(笑)。
あの、日記というものはね、
本当に、怪しげなものであって(笑)。
糸井 たとえば、誰も読まないはずの日記の
文章を書き直すなんてことは、
本当はおかしいですよね。
谷川 おかしい。絶対おかしい。
だって、そもそも、書くことがおかしいんだもん。
一同 (笑)
糸井 そうですよね、
書くことがおかしいんですね(笑)。
谷川 そうですよ。
で、読まれないようにって
鍵かけたりするんだからさ(笑)。
糸井 ははははははは。
そういうのって、あの、すばらしく、
ややこしくておもしろいことで。
谷川 ことばの本質、そのものですね(笑)。
で、そう言いながらも、ぼくは、
あの、日記書いているんですけどね。
糸井 えええ(笑)!
一同 (笑)
谷川 いや、それは仕方なく書いてるんですよ。
なんのために書いているかというと、
税理士さんのために書いてるんです。
我々はほら、会社勤めしてるわけじゃないから、
必要経費というものが量りづらいんですよ。
で、税理士さんが経費を計算するために
「行動記録をつけてくれ」と言うので、
「今日は丸ノ内線で新宿に行って、
 新宿からJRで渋谷に出て‥‥」みたいな
行動記録を書いているんです。
糸井 つまり、まったくの事実だけを。
谷川 ただ、それだけじゃ、あんまりつまらないんで、
ちょこっと、そのときの出来事なんかを
いろいろと書くんです。
ところがそれは少しプライバシーを含むから、
そのまま税理士さんに見せられないので、
それをもとに、税理士さん用の記録をまた書く。
一同 (爆笑)
谷川 ほかのノートで、書き直すんですよ。
だからなんかあれはもう、なんだろうね?
糸井 ははははははは。
谷川 表現じゃなくて、記録、というか、
う〜ん、なんなんだろうね?
糸井 でもそういうメモって、詩をつくるときに、
自分を助けてくれること、あるでしょう?
谷川 いいえ、ないです。
糸井 あ、ないですか。
谷川 うん。ほとんどないです。
詩の材料って、そんなに
わかりやすいかたちでは、ないんですよ。
詩って、やっぱりゼロから、
無から生まれるわけだから。
糸井 うーん、ある意味、
恐ろしいことですね、それは。
谷川 それで生まれりゃ、それで済んじゃいますよ。
だからよくみんな、詩の材料はなんですかとか、
どこでどんなふうに生まれますかとか、
ノートにメモしておくんですかとか訊きますけど、
それは一切ないですね。
糸井 はーー。
  (続きます)

2008-04-25-FRI



(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN