ジル いまとなっては、
失敗した『バナナ・シュピール』の
問題点ははっきりしています。
糸井 なんでしょうか?
ジル 問題は、クラウンを中心にした
ショーだったということです。
クラウンは難しい。
いつも、難しい。
糸井 あー、そうですね。
もちろんぼくは素人ですが、
「クラウンが難しい」というのは、
とてもよくわかります。
ジル 『バナナ・シュピール』には
10人ものクラウンがいたんです。
これはもう、ほんとうに難しかった。
糸井 デザートばっかりのレストランみたいに
なっちゃうんだろうな。
ジル そう、もしくは、オードブルだらけ。
糸井 なるほど、なるほど。
いや、それは難しいですね。
ジル 1985年か、1986年のことですが、
ギー・ラリベルテ(シルク・ドゥ・ソレイユの総帥)は
あるショーをつくっているときに、
クラウンを追い出してしまったことがあります。
ほんとうに外に追い出してしまった。
いつの時代も、クラウンは難しい。
もうそれは、我々の抱えた
カルマみたいなものかもしれない。
糸井 でも、シルク・ドゥ・ソレイユのショーには
クラウンが欠かせないですよね。
ジル もちろん!
糸井 ぼくらは、クラウンという
オードブル、あるいはデザートの、
甘みとか苦み、その変わった味が大好きです。
ジル そのとおりです。
ちょっと見せたいものがあります。
そう、この写真です。
糸井 たくさんのクラウン。
ジル この写真を撮ったときに、
シルク・ドゥ・ソレイユで仕事していた
クラウン全員の写真です。
糸井 あーー、そうなんだ。
いい写真ですね。
ジル ええ。
私はこの写真が大好きなんです。
なぜかというと、この写真には、
クラウンを通したシルク・ドゥ・ソレイユの
ストーリーが表れているからです。
糸井 そうだよねぇ。
ジル この、シルク・ドゥ・ソレイユの本社には、
「クラウン通り」という通路があります。
そこには、過去、シルク・ドゥ・ソレイユの
ストーリーをつくってきた
たくさんのクラウンの写真や
アクセサリーが飾られています。
糸井 昔から、シルク・ドゥ・ソレイユは、
クラウンとともにあったんですね。
ジル はい。
それから、憶えてますか、
ギーが宇宙に行きましたね?

一番左がギー・ラリベルテ
糸井 はい。
ジル そこで、ギーは鼻に、
赤い「つけ鼻」をつけた。
糸井 クラウンですね。
ジル そうです。
ストリートではじまったときから、
現在にいたるまで、
ずっとクラウンはいるんです。
糸井 そして、
シルク・ドゥ・ソレイユという存在そのものが、
社会に対してのクラウンであるように
ぼくには思えます。
ジル そう、そのとおりです。
糸井 場面や空気を、あっさりと変えてしまう。
その場所がパーンと
シルク・ドゥ・ソレイユの世界になる。
それは、クラウンと同じですよね。
ジル はい。
重要なポイントのひとつは、
人々を笑わせるということです。
クラウンひとりひとりにとって、
これが、もっとも難しい仕事です。
糸井 なるほど。
ジル たとえば、細ーい線があったら
そこを歩いて渡るんじゃなくて、
クラウンは落ちなきゃいけないんです。
糸井 うん。
成功の形が失敗なんですもんね。
ジル そうです、そうです。
アクロバットだったら、技術でいいです。
しかし、クラウンは、
2000人を笑わせなければならない。
これは、たいへんなことです。
というのも、クラウンが私たちに見せるのは、
私たちの弱点そのものなんです。
クラウンが転ぶのは、
私たちが転ぶからなんです。
糸井 ああー、なるほど。
ジル ですから、クラウンは、
私たちのために生きてくれてるんです。
クラウンがいろんな動きをしたとき、
私たちはクラウンを笑ってるんだけど、
クラウンは私たちを示してるんです。
ですから、そこで笑うことによって
私たちの気持ちがよくなるんです。
クラウンは私たち自身を示す、
私たちのイメージそのものなんです。
そこには、社会的なコメントがある。
糸井 うん、うん、うん。
ジル ですから、最高のクラウンというのは、
社会的コメントを持ってる人です。
糸井 おっしゃるとおりだと思います。
そして、そういうふうに、
クラウンについて深く考えてきたあなたが、
クラウンのショーをつくって
それがうまくいかなかったというのも
すごく興味深い。
ジル これはですね、舞台の大きさです。
『バナナ・シュピール』の劇場というのは
4000席あります。大きな劇場です。
ところが、クラウンというのは、小さい。
ひとりですから、ほんとうに小さい。
糸井 あーー、なるほど。
ジル 小さいという心配が大きくなってしまうんです。
その大きな心配を抱えた小さなクラウンが
たくさん出るショーでしたから、
もう、心配がどんどん大きくなる(笑)。
糸井 ああ(笑)。
クラウンを大きくするわけにいかないものね。
ジル ノー、ノー、できない、できない(笑)。
それで、そのショーは終わらせました。
糸井 いや、よく決断しましたね。
ジル ははははは。
糸井 でも、ヒーローの物語には、
ある種の失敗が必要ですから。
ジル はい。
そして、そういった失敗が
ルネッサンスを生むこともあります。
糸井 そう思います。
いや、そのクラウンの話を聞けただけで、
ぼくは、ここへ来てよかった。
ジル (笑)


(つづきます)


2011-10-06-THU