── 水野さんは、いま、
自宅でつくるカレーの
スタンダードはあるんですか?
ぼくは、今、ないんですよ。
自分のために作るカレーもあんまりないし、
これがうちのカレーっていう味もない。
タイカレー、インドカレー、
自分が作るカレーはその時によって違うから。
──強いて言えば、
ぼくが自分の家で自分用に食べるカレーを
敢えて作ろうと思ったときは
やっぱりお袋のカレーの再現になるんですよね。
面白ーい。
だから欠かせないのはキャベツの千切り。
そう、いちばん重要なのがまず
キャベツの千切りなんですよ。
で、2番目に重要なのは、
これは若干悲しい事実だったんですけど、
ぼくがいろいろカレーのことをやってく中で、
お袋のカレーを再現しようと思って
いちばん大事だと気づいたのは、
ルーの銘柄だったんです。


ああ!
幼少期は「ハウスジャワカレー」
で育ったんですよ。それが中学のときに
「ハウス・ザ・カリー」に変わったんです。
ああ。よくそんなにはっきりと
覚えてらっしゃいますね・
ぼくが中学のときに、
ちょうどバブルでね、
我が家もちょっとお金を持ったんでしょうね。
それでちょっと高い方に(笑)。
それが水野家のカレーの変遷なんですよ。
でね、ジャワカレーだった時期は
お肉は豚のこま切れを使ってた。
三枚肉っていうか、ぺらっとした、脂がある肉。
ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、豚こま、
ジャワカレー、そしてキャベツの千切り。
これがぼくが中学2年ぐらいまでの
水野家のお袋の味です。
で、中学2年のバブル以降は、
ハウス・ザ・カリーになった上に、
うちのおふくろが
どっかで聞きかじってきたと見えて、
肉をチキンにしたんですよ。
えー!
おそらく、その方が本格的だと。

ああー!
タマネギもちょっとがんばって
炒めるようになった。
炒めタマネギ+鶏肉+ハウス・ザ・カリー、
っていうのが、
ぼくが中学以降のお袋の味なんです。
ちょっとインド化したわけね。
変わったとき、家族は
何か言わなかったんですか。
前の方がいいよとか。
あんまり言わなかったんですよ。
そうなんですか。
それでもキャベツの千切りはありました。
だから、ぼくの家カレーで
いちばん重要なのはキャベツの千切り、
次に重要なのが銘柄なんですよね。
でも、それはね、ぼくは何かやっぱり、
複雑な気持ちになりましたよ。
(笑)。
お袋の味ってね、ひと手間とか、
そういうのがあると思ってたけれども、
ジャワカレーで作って千切りそえれば
お袋の味になっちゃうんだと。
それはね、お袋ってね、
母乳のような人じゃないんだよ。

そうですよね(笑)。
お袋は人間なんだよ(笑)。
その、何ていうの、
専門にしちゃったものごとの、
私版(わたくしばん)て
すごく複雑なものがあるね。
そうなんですよね、
ほんとにそうなんですよ。
水野さんにとって、
いちばん近いようでいて、
カレーがいちばん遠い存在なんだね。
そうなんですよね。
ぼく、カレーは好きなんですけど、
今いちばん複雑なのは、
さっき糸井さんもおっしゃった通り、
カレーって、よく分かんないところに
おいしさがあるってことです。
うん、うん。
そういう料理ってあんまりないんですよ。
ないね。
フレンチにしても中華にしても、
やっぱり突き詰めて教科書ができて、
何をしたらこうなるっていう世界で。
確かに。
その突き詰めたおいしい味を作ってるんだけど、
カレーはよく分かんないのに、おいしい。
それがカレーの特徴で、
ぼくが普段やってることは、
よく分かんないままじゃ嫌だから
解明をしたいと思って、
何から何まで突き詰めて。
人間にまでいってるもんね、今。
そうなんです。カレーの話で、
隠し味何入れるとかって
盛り上がるじゃないですか。
はい、はい。
たとえば隠し味には
チョコレート入れるといいんだよって誰かが言うと、
そのチョコレートには、
アーモンドチョコがあって、
ミルクチョコがあって、
ビターチョコがあって、
ウイスキーボンボンみたいなのが
あるわけじゃないですか。
うん。
で、いや、これがいい、あれがいいって、
わーってみんなで盛り上がるじゃないですか。
それぞれ、どのチョコレートにするかには
全部意味があるわけですよね。
ナッツのこくがあるとか、
ウイスキーの香りがいいとか、
ミルクだったら乳製品だよっていう。
だけど、それをぼくが整理をして、
そういう蓋を開けて出しちゃうと、
「そういうこと言うなよ」
って感じになっちゃうんですよ。
ああ!
そうだね。
「そういうことじゃないよ」と。
よく分かんないけど
ダースがいちばんうまいんだとか言って
盛り上がってるのに、
水野がやってくると、
急に何かしゅーんてなるって。
「お前、そういうの要らないから」
っていう感じが、
── 専門家の悲しみですね。
そう。
それはインターネットっていうものも
そういうとこがあるよね。
そうなんですかね。
せっかくみんなで楽しく遊ぼうと思ったら、
あ、それはこうですねって言われる。
ぐずぐずできないんだ(笑)。
あ、そうですね。
分かんないことを、
分かんないままにしといたら楽しいのに、
それはこうだって言われちゃうと、
っていうのが、カレーの場合は特にあるんです。
他のもの以上だね。
敢えてもう1個言うとしたらラーメンだろうね。
十人十色で、あれが好きだ、嫌いだ。
だけどなぁ、カレーの方が
いいかげんだよなあ。
そうなんです。
だからさっき言ったスパイスなんだけど、
何をどのくらい入れるっていうのも
本能のままなんです、ぼく。

ああーっ!
今回はちょっとクミン多めに入れて、とか、
足してくんですよ。
占いじゃないですけど、
スパイスは1つ1つに効能があるんですよね。

漢方薬も同じですもんね。
そうなんです。
今疲れてるのかなとか、
そういうことを感じて
スパイスを選んでいるのかもしれないですね。
本当にやればできるでしょうね。
そうなってくると、
もうインド人なみですよね。
インド人もスパイスを配合しますから。
でも、あれは、
もう最初から分かってるわけでしょ。
そうそう、だいたい、
今日はこういう香りにしようって。
ぼくはそこまで分からないから、
もうちょっと足んないな、
こっちの方向かなみたいな。
うーん、なるほど。
でもそこまで分かるようになっちゃったら、
もう、無敵ですよ。
糸井さんの本能カレー。
牛肉は2回に分けるわ、
タマネギも2回に分けるわ。
これでスパイスも調合前から
分かり始めちゃったら!

水野さんの苦労、なやみ、カレーだけに渾沌。
専門家ってたいへんだなあ。
うちいはS&Bのゴールデンカレーの辛口でした。
つくってみたら、実家の味になるかな?
まだまだつづくカレー座談会、
また明日!(武井)
2012-01-06-FRI
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