水野
ぼくは以前ネットで、森内さんが
「将棋のすべてを100だとすると、
自分や他の棋士はまだその
3、4パーセントぐらいしか理解できていない。
でも羽生さんは7パーセントぐらい理解してる。
その差は大きいんです」
みたいなことを言っていたと読んだんですけど。
森内
それには元の話があるんです。
むかし囲碁の藤沢秀行先生と将棋の芹沢先生が
「自分たちは専門分野である囲碁や将棋について
何パーセント知ってるのか」
という話をされたそうなんですね。
そのときお二方とも4~6パーセントの低い数字を
挙げていたのが印象に残っていて、
それを受けてすこし話したのかなと思います。
水野
実際いま森内さんは、自分が将棋について
何パーセントぐらい知っていると思いますか。
森内
やればやるほどわからなくなってる感じです。
最近はコンピュータによって
新しい可能性がどんどん示されていますから。
ああいうのを見ていると、
自分たちがこれまでいかにわかってなかったかは
強く感じますね。
水野
じゃあ、いまのプロ棋士の中で
将棋を一番わかっている人が誰かというと、
あまり大差ない感じですか?
何パーセントみたいなことでいうと。
森内
そうですね、それが当時と同じ
5パーセントなのか、10パーセントなのか、
15パーセントまで上がっているのかは
まったくわからないですけど、
いまも勝ったり負けたりしてますので、
みんなそんなに大差ないのかなと思いますけどね。
水野
なるほど。そして今日は
この流れでAIの話をちょっとしたいんです。
ぼくは詳しくないんですけど。
森内
わたしもぜんぜん詳しくないです。
水野
ただ、AIはとにかく計算能力も学習能力も高くて、
どんどん強くなってるわけですよね。
この、AIがガンガン強くなる今の状況について、
プロ棋士のかたはどう捉えているんでしょうか。
森内
そうですね‥‥。
「電王戦(でんおうせん)」という
プロ棋士とコンピュータ将棋ソフトの
非公式棋戦があるんですが、
この前、その電王戦で、名人が
「Ponanza(ポナンザ)」というソフトに
2連敗したんです。
将棋連盟の佐藤会長はそのあとの記者会見で、
人間が抜かれたとは明言しなかったですけど、
事実としては、ソフトのほうが人間より
一枚も二枚も上手だったということを
おっしゃっていました。
「電王戦」自体も今回で終わりということで、
いちおう人とAIの戦いというのは、
ひと区切りになったんじゃないかと思います。
水野
ひと区切り‥‥というとつまり。
森内
わたしの感覚では、これからは
AIは戦う相手というよりも、
プロ棋士がAIを生かしてより成長していくというか、
そういう段階に入ってくるのかなと思います。
水野
ああ、なるほど。
森内さん自身も今後は
コンピュータを活用していかなければという
意識はあるんですか。
森内
たぶん、やらなければ取り残されるでしょうね。
今後そこに背を向けてやっていける棋士は
いなくなるのではないかと思ってます。
ただ、AIは計算についてはすごいですし、
学習能力も伸びていますけど、
人間が真似することは容易ではありません。
人間がどのようにAIを使っていくかを
問われているところかなと思いますね。
水野
たとえばもし将棋に
「芸術点」みたいなのが設けられたら、
どうなるんでしょうね。
勝ち負けというのははっきりしてるけど、
同時にフィギュアスケートの審査員みたいな人がいて、
今日のこの対局は森内さん勝ったけど、
美しい手は羽生さんのほうが多かったから、
芸術点は羽生さんにあげて、
総合点で羽生さんが勝つ‥‥といったような。
森内
それだとルールが変わってしまいますね(笑)。
でも芸術的な評価の高かった棋士というのは
むかしからわりといるんです。
大山十五世名人と競った棋士で
升田幸三先生という方がいらっしゃるんですが、
名人にも三冠王にもなってる先生なんです。
その先生は「新手一生」を掲げて、
対局のたびにさまざまな戦法や新手を
創案されました。
「創造性」という面では、
歴史上でも一、二を争う棋士だと思います。
水野
ああ、升田幸三先生。
森内
わたしが言うのもなんですけれども、
ちょっとポカが多い先生で(笑)。
そのため勝率は大山先生のほうが高かったんですが、
作品面でいうと、升田先生のほうを
高く評価する方もかなりいらっしゃいますね。
将棋の歴史を振り返ると、
そういう先生方もたくさんいらっしゃる感じです。
水野
升田先生、ファンがやっぱり多いですよね。
ミスするところも人間くさいし、
そういう新手がバンバン出てくる感じも、
派手さがあっておもしろいですから。
森内
そうですね、言動も面白かったですし。
すごく魅力のある先生だったと思います。
いまも毎年、常識を覆す一手や
新戦法を編み出した人に
「升田幸三賞」という賞が贈られています。
水野
ありますね、升田幸三賞。
ぼくはプロ棋士ではもちろんないですし、
ただの将棋ファンですけれども、
なんだか升田幸三賞は‥‥欲しいですね。
森内
憧れますよね(笑)。
わたしなんか無縁の賞なので。
水野
「鉄板流」には贈られないんですかね、
升田幸三賞は。
森内
いただけたら嬉しいですけど、
わたしにはそういう創造性 はあまりないので。
水野
でもカレーの話になりますけど、
ぼくは、カレーの世界にも
升田幸三賞を作ればいいと思ってるんです。
「そんな作り方あるのか」とか
「こんなカレーが世の中に生まれるのか」とか、
その年いちばんみんなをビックリさせたアイデアに
贈られる、カレーの賞があればいいなと。
森内
いいですね。水野さん、作ってくださいよ。
水野
いや、ぼくが作っても信憑性がないから
あれですけど(笑)。
ただ、さいきん日清食品が出している
「カレーメシ」という商品があるんですね。
カップの中にカレー味のお米が入ってて、
お湯を注ぐと3分でカレー風おじやみたいなものが
できる商品なんです。
森内
はい、はい。
水野
その日清食品がすこし前、渋谷駅のJR山手線のホームに
カレーメシ専用スタンドを作ったんです。
その提供方法がおもしろくて、
彼らは「ドリップカレー」と呼んでたんですけど、
カレーメシのカップの上に
コーヒーのドリッパーが置いてあるんです。
そして注文のときにドリップ方法として
「鰹節」「ジャスミン茶」「コーヒー」とかを選ぶと、
お湯をただ入れるんじゃなくて、
たとえば鰹節をどっさりドリッパーに入れて
お湯を注いでくれるんです。
そうすると鰹節フレーバーのお湯が入って、
ビーフカレーメシがほんのり鰹風味になったりして
うまいんですね。
で、そのカレーの世界に
「ドリップ」という新しい概念を入れた
日清食品さんのアイデアに、ぼくは2016年の
「カレー升田幸三賞」をあげたいんですけど(笑)。
森内
ああ、いいですね。
水野
存在しないのであれですけど、
そういう賞があると多分カレーの世界も、
新しいアイデアが生まれやすくなる気がしています。
森内
何かいただけると励みになりますよね。
水野
でも、森内さんとしては
「誰も想像してなかった手を自分が発見したい」
みたいな気持ちはあるんですか?
森内
いや、わたしは本当にそういうことが
あまり思いつかないほうで。
わたしは発見するほうではなく
「修正派」なんです。
間違いを見つけながら、手直しして
次に臨むというタイプなんですね。
水野
つまり、自分が指した手の修正もやるし、
ほかの誰かの手の修正もやる「修正派」。
森内
そうなんです。
そして今はそういう「修正派」の棋士のほうが
圧倒的に多いんですね。
そして基本的に「発明家」の人より
「修正派」の人のほうが勝率は高いんです。
だからいまはなかなか、
人間一人の力で考えた新手、新戦法が
生み出されにくい時代かもしれません。
水野
「発明家」というのは
冒険する分だけリスクが伴いますからね。
‥‥じゃ、その修正のいちばんすごいのを
「森内俊之賞」とすればいいんじゃないですか?
その年一番修正した人に贈られる賞(笑)。
森内
それ、面白いですね。
水野
将棋連盟の理事になったら、
ぜひそういう「森内俊之賞」を作っていただいて。
森内
そうですね、あと30年ぐらいしたら
考えはじめるかもしれません(笑)。
(つづきます)
2017-08-06-SUN
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN