「ガンが治療可能になるのはいつ? その3」
(編集部註)
今回は、回答その3ですが、
念のためにここに質問を記しておきます。
その1、その2を読んでいない方は、
そちらを先に読んでください。
Q、ガンが治療可能になる時代が、
いずれくると言われていますが、
それは、いつ頃のことでしょうか?
また、どういった治療法が
もっとも可能性が高いのですか?
(親戚がみんなガンで死んでいる中年男より)
こんにちは
皆さんお元気ですか。
これを書いている時点で、とうとう医学部の5年生としての
最後の1日を迎えたところです。うちの大学では、
5年生の1年間は大学病院の一通りの科を巡り、
6年生の前期は7週間ずつ2つの科を選択して
実習することになっています。
で、僕はICUと放射線科に行くことになったのですが、
当然のことながら5年生の時よりは
密度の濃い実習になりそうで、特にICUでは
最低でも夜7時までは拘束されるので
(ひょっとしたら泊まり込みのこともあるかも)、
7週間の間はバイトもできそうになく、
今までの貯金を削って生きていくことになりそうです。
無償でスポンサーになってくれる親切な女性が..........
いる訳ないか(笑)。
さて、そんな近況ですが、連載の方はまだまだ続きます。
今回のテーマは「ガンの治療について」ですが、
前回まででようやく手術の目的と欠点について
書くことができました。
で、今回はガンの治療としてもう一つ有名な
抗癌剤による化学療法について書くことに致しましょう。
では、前々回に書いた
・何になるかはっきりと分かっていない細胞である。
・やたら増える細胞である。
・周りの組織にジワジワと染み入っていく細胞である。
・リンパ管や血管を介して他の組織までたどり着いて
そこで増えることができる細胞である。
ということをもう一度考えてみましょう。
以上をみても分かるとおり、ガン細胞というのは
通常の細胞とは明らかに異なる細胞ですから、
この異常な細胞だけを攻撃する薬ができれば、
万事めでたしとなるのではないか、
というのが抗癌剤の基本的な考え方です。
当然これに基づいて薬のデザインが行われるわけでして、
例えば、「やたら増える細胞」をやっつけるために、
細胞分裂の時を狙った薬を作ってみるなんてのは、
よくある例です。
また、「周りの組織にジワジワと染み入っていく細胞」
であり、その時にまわりから血液を介して
栄養が必要になるために、ガン細胞には新しい血管を
作るような因子を出すはたらきがあるのですが、
ここを狙って作った薬が最近話題になり、
雑誌・新聞などを騒がせ、果てはニューヨークの株価まで
動かしたなんてことも、
ちょっと情報通の方はご存じでしょう。
さてさて、以上、理想的な抗癌剤のはたらきを述べると
「切りもしないし、全身に届くんだから、
手術よりいいじゃないか」
とお思いの方もいらっしゃるでしょう。
ところがそううまくは行かないのですねぇ。
手術の肩を持つわけではありませんが、
化学療法の欠点も述べておかなければなりませんよね。
まず化学療法の第一の欠点は
「今のところ、効果のあるガンが限られていること」。
これは致命的な欠点です。
しかも、よく効くガンというのは、
悪性リンパ腫・急性白血病・精巣腫瘍・絨毛癌・
多くの小児ガン、などの限られた種類のガンです。
実は、ある病院で
悪性リンパ腫の患者さんを診ていたのですが、
顎の下のリンパ腺が大きくなり、パンパンに腫れ上がって
顎のラインなどとても見えなくなってしまったような人が、
化学療法を1週間続けただけで、見た目には普通の人より
少し大きい程度のリンパ腺になってしまったのを見て
驚いた経験があります。
上記のガンについては、放っておけば余命が数カ月から
数年のものがほとんどですが、抗癌剤による治療によって
ほぼ完全に治癒してしまい、再発が起こらないという例も
多いものです。
これ以外のガンについても、
「延命率は上がるが、治癒は難しいもの」や
「延命率は上がらないが、腫瘍は小さくなるもの」など、
色々な種類のものがあるのですが、これらのガンに比べて
劇的な効果を上げるものは少ないようです。
そして、何よりも重要なのは、日本人が罹る率の高い
胃ガン・肺癌・大腸癌などのメジャーなガンが
残念なことにこの中には含まれていません。
もちろんこれらのガンでも種類によっては
効果を示す抗癌剤もありますが、
全体的に見て、上記のガンほどの効果は期待できません。
第二の欠点は、「副作用があること」です。
薬が全身を回る以上、副作用を避けることはできませんが、
抗癌剤の副作用はかなり強いことは
皆さんご存じの通りです。
髪が抜けるというのはまだ我慢できる人も多いのですが、
多くの人が体験する吐き気や倦怠感、食欲不振などは
かなり大変なものです。
ただ、最近はこれに対して敏感な医者も増えてきましたし、
これらの副作用を抑える薬にも
良いものが出てきましたから、巷で聞く噂ほど
恐れる必要はないようです。いい先生に当たって
適切な薬を処方されれば、という条件付きですが。
この副作用については、
もともと抗癌剤が抱える両刃の刃なので、
なかなか難しいところがあります。
というのは、抗癌剤の仕組みのところで説明したように、
もともと細胞を殺すためにデザインされた薬ですから、
正常な細胞もいくらかはダメージを受けるわけです。
これだけは避けようがありません。
もともと抗癌剤の研究は
毒ガスの研究から副次的に生まれたものである
ということも知っておく必要があるかもしれません。
以上を読んでみると、
かなり悲観的な気分になるかもしれませんが、
実は抗癌剤治療はガンを撲滅する可能性としては
手術より数段上のものだと僕は考えています。
手術は基本的なコンセプトが
時代によって変わるわけではない
(簡単に言えば「悪いところを取る」)ので、
今から劇的な変化を遂げることはあり得ません。
もちろん、道具や方法が洗練されていくことは
あるでしょう。
例えば、内視鏡によって
開腹を行わなくてもよいようになったり、
手術による事故を減らすことができたりすることは
あるでしょうが、それが生存率を劇的にアップすることは
恐らくないと思います。
それに対し、抗癌剤は薬のデザインを変えれば
ほぼ無限に種類が作れますから、
ガンを完全に治療する可能性は手術よりも
よほどあることが分かるでしょう。
ただし、こちらの方も「可能性がある」というだけで、
何時それができるのかなんてのはとても分かりませんし、
ガン全般に効く薬が出るという可能性も
ほとんどないのではないかと思います。
おそらく、20〜30年経ってみても、先程述べた
限られたガンにしか効かなかった抗癌剤が、
種類が増えたことによって、いくつかの他のガンにも
効くようになるという程度の気の長い話だと思います。
「じゃ、おまえさんがこれから実習に行くとか言う
放射線はどうなんだよ。なんか効きそうじゃねえか、
ビームをビーッなんてガンに浴びせればよぉ」
と思われた江戸っ子のアナタ、
次のテーマはそれで行きましょう。
今回は長くなりましたのでまたこの辺りで。
|