第1回
黒豆の煮方、米の炊き方。
- 糸井
- 今日は来てくださってありがとうございます。
- 土井
- どうもはじめまして。
よろしくおねがいします。 - 糸井
- 今日は、お正月の企画で。
- 土井
- はい、お正月。
- 糸井
- お正月というと、毎年ぼくは自分で
黒豆を煮るんですが、それがお父さんの
土井勝さんのレシピなんですね。
あの作り方を知るまで5、6年かな。
ずっと大変な思いをして煮ていたんです。 - 土井
- うまくやらないと、はんぶん煮くずれたり、
皮がむけたりするんですよね。 - 糸井
- そうなんです。
すごく注意深く煮ていても、
毎回うまくいくとは限らなくて。
また黒豆というと、詳しい人から
「豆を壁にぶつけて、壁からゆっくりと
落ちてくるくらいの仕上がりがいい」
みたいな話も聞いたことがあって、
「そうかもしれないけど‥‥ほんとかなぁ?」
なんて思ったりしていました。
だけど年に一度のおまつりごとでもあるし、
なんだか意地のように煮ていたんですね。 - 土井
- ええ。
- 糸井
- それであるとき、なんとなくネットで
黒豆の作り方を調べてみたら、
多くの人が「土井式」と書いていたんです。
それで「なんだろう?」と実際にやってみたら、
難しいことがあるわけじゃないのに、
びっくりするほどうまく作れて。 - 土井
- あぁ、よかったです。
- 糸井
- めんどうな部分をあえて探せば
「大量に作るなら大きい鍋がいい」ことと、
「ストーブの上で煮る場合でも、
吹きこぼれには気をつけたほうがいい」
そのくらいかな。
あ、それと「2日使いなさい」という。 - 土井
- そうですね、浸透させる工程と、
煮る工程とがありますから。 - 糸井
- それで、そうやって知った
土井勝さんの黒豆から、
テレビで拝見する土井善晴さんまで、
勝手にぼくは一貫するものを感じていたんです。 - 土井
- あ、そうですか?
- 糸井
- はい。なんだかどちらも料理の作法とか
めんどうくささから、自分たちを
解放してくれているように思えたんです。
と同時に、必要なルールは
しっかり教えてくれているという。
そこでお正月からそういう話を聞けたら
おもしろそうだと思って、
今回おねがいさせてもらったわけなんです。 - 土井
- 黒豆は父が工夫したものですね。
だから実はうちの祖母は、父の作る
ツルツルした黒豆が気に入らなかったんです。 - 糸井
- そうなんですか。
- 土井
- 黒豆とは、そもそもシワが寄るもの。
「シワが寄るまでマメにくらせるように」
ということから長寿の印だったんですね。
それをシワが寄らないようにというのは、
料理屋の発想なんです。
そして父が、ああいう方法を考えたと
いうことなんですね。 - 糸井
- だけど、あのレシピはすごいですよね。
- 土井
- 最初に熱い煮汁で黒豆を戻すだけですが、
いいことがたくさんあるんです。
急激な変化がなくて縮まないとか、
皮が剥けないとか、味の浸透がきちっとできるとか。 - 糸井
- 煮汁の熱が下がるとき、
見ていないあいだに調理が進むんですよね。
そして翌日、もういちど煮ればいいだけ。
あのレシピの、その
「見てないときの仕事をあてにしてる」感じが、
ぼくにはものすごくおもしろかったんです。 - 土井
- なるほど。
- 糸井
- そして先日、料理番組で
土井さんのお米の炊き方を見ていたら、
似たような話が出てきたんです。 - 土井
- あれ? なんでしょう。
- 糸井
- 「前の晩に米をといでおき、
ザルにあげて水気をきったら、
ビニール袋に入れて冷蔵庫に置いておく」
という。
そこで「‥‥あ!」と思って。
「この一家は、見てない時間の仕事への
意識がすごく高いんだ」と思ったんです。 - 土井
- なるほど(笑)。
- 糸井
- 「だからあとは早炊きでいいんです」
って言うんですよね。たしか。 - 土井
- そうですね。
そのほうがおいしく炊けるんです。 - 糸井
- あの炊き方には、
どうやってたどり着いたんでしょう? - 土井
- 大したことはしてないんですけどね。
そもそも‥‥ごはんは乾物なんです。 - 一同
- おおーー。(どよめき)
- 糸井
- なんかちょっと。すごい。
- 土井
- 米というのはそういう保存性があるもの。
だからこそ昔は財産として、
国民の賃金になっていたわけです。
そういうものなので、使う前には
水で戻してやる必要があるんですね。 - 糸井
- そうか、乾物だから。
- 土井
- そうなんです。だけど、戻すとき、
よく水に浸けっぱなしにするでしょう? - 糸井
- はい、やりますね。
- 土井
- あれはすすめられないんです。
というのも
「水分・栄養・温度」の条件が揃うと、
その瞬間から「発酵」がはじまりますから。
つまりそこに雑菌が1つ入っていたら、
10分に1回とか分裂します。
置いておくと1時間で64個になる。
そのまま2、3時間すぎて、
4時間ぐらいから数億個になって、
5時間置いたらもう、
10億個以上に増えてしまうわけです。
だから水に浸けたままだと、
ほんとに汚いところで炊くことになるわけです。 - 糸井
- そのとおりですね。
- 土井
- ですから昔の人はそういう横着をせず、
米を洗ったら、必ずザルにあげるのが
当たり前だったんです。 - 糸井
- では、まずは乾物を戻す発想で米を洗うと。
- 土井
- 昔は「研ぐ」と言ってましたが、
このごろはぬかがないから「洗う」ですね。
昔は米びつに手を入れると
ぬるぬるしてましたけど、
いまのお米ってカサカサでしょう? - 糸井
- たしかに脂っ気がないですね。
- 土井
- ぬかをとりきって裸になってますから。
だから、いまのお米は劣化しやすいんです。
袋を開けた瞬間から酸化がはじまって、
すごい勢いで不味くなって、粒も割れはじめます。
米屋さんはそのへんをわかってますから
「精米をちょっとゆるくして」とか言うと、
してくれたりするんですけど。 - 糸井
- そうかぁ。
- 土井
- そういうわけで、まずはお米を洗ったら、
必ずザルでカッと水気をきります。
そして冬だと1時間、
夏だと30分くらい置いておく。
いまの部屋は乾燥気味ですから、
40分くらいを目安にするといいと思います。
そうして置いたものを「洗い米」と呼びますが、
お米が水を吸って、ふっくらと白く、
触ったときにも気持ちがよい状態になるんです。 - 糸井
- いま、水分はどこからとったんですか?
- 土井
- 米そのものはザルにあげても濡れてますから、
そのくらいの水分で十分なんです。 - 糸井
- はぁー、なるほど。
- 土井
- そしてその洗い米を、同体積の水で炊くわけです。
きれいな水で水加減して、
すぐに火を入れるのが、
おいしいごはんを炊く条件ですね。 - 糸井
- はい。
- 土井
- ですが朝、ごはんを炊く40分前に起きるのは
難しいという人も多いですよね。
だからといって前の日の晩に洗ったまま
置いておくと乾燥してしまう。
だからわたしの方法は、
前日に戻した米をビニール袋に入れ、
朝まで冷蔵庫で置いておく、というものなんです。
こういうものは必ず
冷蔵庫にしまう必要がありますから。 - 糸井
- すべて遅くしちゃうわけですね。
- 土井
- そういうことです。
また水加減も同量だと合理的ですよね。
そのあたりは、仕事で米を大量に
炊いたりするなかで、
どんどん合理的になってきた結果なんです。 - 糸井
- いまのお話、どれもすごく納得がいきます。
- 土井
- 基本的には昔からのことをしてるだけですけどね。
わたしがした工夫は
「ビニール袋に入れて冷蔵庫で保管する」くらい。
それは朝に1時間ゆっくり寝られるよう、
段取りをよくしてるだけなんです。
ほんとは昔の人のように、早く起きて
米の様子を見ながら炊くのがいちばんですけど、
それぞれ生活がありますのでね。 - 糸井
- じゃあお米のおいしい炊き方については、
土井さん自身がもともと
家でわかっていることを継いだというか。 - 土井
- はい、それはもう、
まったくそういうことなんです。
(つづきます)
2017-01-01-SUN