2017 新春対談 家庭料理のおおきな世界2017 新春対談 家庭料理のおおきな世界

糸井重里

土井善(料理研究家)

10

こんな食堂があればいい。

糸井
土井さん自身はいま、どんな食生活を
送られているんでしょう?
土井
実はその本(『一汁一菜という提案』)に、
わたしの日々の味噌汁の写真を
並べているんですが、ひどいものですよ。
10年前の自分だったら
よう出さんかったけど‥‥。
糸井
いまは出す?(笑)
土井
あえて出したいわけでもないけど
「繕わないでいいや」という気持ちですね。
実際、なにも繕う必要ないじゃないですか。
繕わない美しさとか、
繕わない魅力だってありますし。
糸井
ありますね。
土井
ただ、見ていただくとわかると思いますが、
えげつない写真が並んでましてね‥‥
わたしが撮った写真、そのままで。
糸井
これですか?
土井
そうですね。
糸井
うまそうですね。
土井
いや、うまそうって言っていただけたら
ありがたいですけど‥‥。
それはもう、なんにも繕ってないです。
ページをめくるとやや整ったものがありますけど、
そっちは子供と食べたものですね。
一緒だと、ちょっとだけ丁寧にするんです。
具も雑然としてますが、
味噌の濁りが隠してくれていて。
日常ではなにを入れても良いということが
伝わればいいなと。
糸井
これ、いい本ですね。
土井
ありがとうございます。
「こんなのでいいんだ」とか
読む人に思ってもらえるといいんですけど。
「凝った料理は特別な日に作ればよく、
日常はできる範囲でいい」という、
わたし自身の実践を載せてるんですね。
味噌汁もダシはいりませんし。
味噌をお湯にとけば、それで味噌汁ですから。
糸井
え。それはそうですけど‥‥
いいんですか?
土井
大丈夫です。いい味噌なら、
それでじゅうぶんおいしいんですよ。
いい味噌といっても特別高いものじゃなくて、
ふつうに売ってるものでおいしくできます。
糸井
それは知りませんでした。
土井
そうなんですよ。
糸井
はぁー。
こういうごはんを出す食堂があったら、
いいですねえ。
土井
実はわたしはこの一汁一菜について
「毎日これを続けていたら、
どんな方でも食堂ができるようになります」
と言ってるんです。
ただ実際にお客さんに出す場合は、
こういうものは管理がむつかしいですね。
糸井
ぜんぶフレッシュな状態で出すものですもんね。
土井
そう、お店となると、
おいしいごはんのタイミングから何から
うまくやる必要がありますから。
ただ、ほんとにこの食堂ができたら、
「今日の味噌汁はこんな味ね」とか
自分の感性に問いかけながら
仕事ができるから、たのしいと思いますよ。
糸井
いいですね。
土井
そのとき大切なのは
「いかに不味くならないようにするか」で。
糸井
そうなんですか。
土井
ええ、「不味くならないように」ということを
徹底してやることです。
そっちのほうがよほど大事なんですね。
「どうすればおいしくなるか」とか
「どれだけおいしく作ろう」とか、
考えすぎないほうがいいんです。
そっちに神経が行きすぎると、
「不味くならないように」の部分で
いっぱい落とし穴ができてきますから。
糸井
聞いてて思いましたけど、
それ、たぶん文章でもそうなんです。
褒められようと書かれた文章って、
鼻につくというか。
やっぱり不味くなるんです。
土井
そこは「民藝」と通じている気がしますね。
おいしさや美しさを求めても逃げていくから、
正直に、やるべきことをしっかり守って、
淡々と仕事をする。
すると結果的に、美しいものができあがる。
糸井
なんだか小さな禅寺の話のようですね。
基本中の基本を続けるための管理ができてて、
雪の日でもめげずに通う心構えがあって‥‥。
土井
そうですね。
そしてその毎日同じことをするなかで、
「今日は雪が降ったよ」とか
ちいさな変化をたのしみにする、ということ。
そんなイメージでみんなが
きれいな仕事をしていけば、
とてもいいものができていくと思います。
糸井
わかります。
土井
お店でも、ほんとにちゃんとしてくれたら、
ごはんをお茶碗によそって
出してくれるだけで感動しますよね。
「この子、ええ子やな」って。
糸井
昔、宝塚出身のおばあちゃんたちが
集まってやってる鉄板焼き屋さんがあって、
まさにそういうお店だったんです。
安くも高くもないけど
気の利いたごはんを出す店で、
肉だの野菜だのをささっと焼いてくれて、
ごはんはまさしくそんなふうによそってくれて。
味噌汁は1人分ずつ作るんです。
土井
最高ですね。
糸井
ちょっとだけ手が抜かれてるのは、
味噌汁の具は事前に火を入れてあるんです。
それで「大根ですか、人参ですか?」と聞かれて
「大根です」とか言うと、茶こしのようなもので
チャチャッと味噌をといて出してくれる。
土井
それで充分です。
なんでも気持ちをこめて作る、いうことですね。
そしてやっぱり、そういう仕草を
我慢して身につけた人たちの美しさ。
糸井
そこでも大事なのは「我慢」ですね。
土井
もう最初は、我慢しかないんです。
でもそれが身についたら、
その人がいてるだけで「ええな」ってなる。
触れたものみんなが
美しくなる人っているんですよ。
魔法の手、みたいなの。
糸井
それはかっこいいなぁ。
そしてそういう店では
「今日食べるものがないから」
とか言われても、うれしかったりしますね。
「また来るわ」ってね。
土井
そうなんですよ。
やっぱりごはんを食べにいくって、
人に会いに行ってる部分もありますから。

(つづきます)

2017-01-10-TUE