第10回
こんな食堂があればいい。
- 糸井
- 土井さん自身はいま、どんな食生活を
送られているんでしょう? - 土井
- 実はその本(『一汁一菜という提案』)に、
わたしの日々の味噌汁の写真を
並べているんですが、ひどいものですよ。
10年前の自分だったら
よう出さんかったけど‥‥。 - 糸井
- いまは出す?(笑)
- 土井
- あえて出したいわけでもないけど
「繕わないでいいや」という気持ちですね。
実際、なにも繕う必要ないじゃないですか。
繕わない美しさとか、
繕わない魅力だってありますし。 - 糸井
- ありますね。
- 土井
- ただ、見ていただくとわかると思いますが、
えげつない写真が並んでましてね‥‥
わたしが撮った写真、そのままで。 - 糸井
- これですか?
- 土井
- そうですね。
- 糸井
- うまそうですね。
- 土井
- いや、うまそうって言っていただけたら
ありがたいですけど‥‥。
それはもう、なんにも繕ってないです。
ページをめくるとやや整ったものがありますけど、
そっちは子供と食べたものですね。
一緒だと、ちょっとだけ丁寧にするんです。
具も雑然としてますが、
味噌の濁りが隠してくれていて。
日常ではなにを入れても良いということが
伝わればいいなと。 - 糸井
- これ、いい本ですね。
- 土井
- ありがとうございます。
「こんなのでいいんだ」とか
読む人に思ってもらえるといいんですけど。
「凝った料理は特別な日に作ればよく、
日常はできる範囲でいい」という、
わたし自身の実践を載せてるんですね。
味噌汁もダシはいりませんし。
味噌をお湯にとけば、それで味噌汁ですから。 - 糸井
- え。それはそうですけど‥‥
いいんですか? - 土井
- 大丈夫です。いい味噌なら、
それでじゅうぶんおいしいんですよ。
いい味噌といっても特別高いものじゃなくて、
ふつうに売ってるものでおいしくできます。 - 糸井
- それは知りませんでした。
- 土井
- そうなんですよ。
- 糸井
- はぁー。
こういうごはんを出す食堂があったら、
いいですねえ。 - 土井
- 実はわたしはこの一汁一菜について
「毎日これを続けていたら、
どんな方でも食堂ができるようになります」
と言ってるんです。
ただ実際にお客さんに出す場合は、
こういうものは管理がむつかしいですね。 - 糸井
- ぜんぶフレッシュな状態で出すものですもんね。
- 土井
- そう、お店となると、
おいしいごはんのタイミングから何から
うまくやる必要がありますから。
ただ、ほんとにこの食堂ができたら、
「今日の味噌汁はこんな味ね」とか
自分の感性に問いかけながら
仕事ができるから、たのしいと思いますよ。 - 糸井
- いいですね。
- 土井
- そのとき大切なのは
「いかに不味くならないようにするか」で。 - 糸井
- そうなんですか。
- 土井
- ええ、「不味くならないように」ということを
徹底してやることです。
そっちのほうがよほど大事なんですね。
「どうすればおいしくなるか」とか
「どれだけおいしく作ろう」とか、
考えすぎないほうがいいんです。
そっちに神経が行きすぎると、
「不味くならないように」の部分で
いっぱい落とし穴ができてきますから。 - 糸井
- 聞いてて思いましたけど、
それ、たぶん文章でもそうなんです。
褒められようと書かれた文章って、
鼻につくというか。
やっぱり不味くなるんです。 - 土井
- そこは「民藝」と通じている気がしますね。
おいしさや美しさを求めても逃げていくから、
正直に、やるべきことをしっかり守って、
淡々と仕事をする。
すると結果的に、美しいものができあがる。 - 糸井
- なんだか小さな禅寺の話のようですね。
基本中の基本を続けるための管理ができてて、
雪の日でもめげずに通う心構えがあって‥‥。 - 土井
- そうですね。
そしてその毎日同じことをするなかで、
「今日は雪が降ったよ」とか
ちいさな変化をたのしみにする、ということ。
そんなイメージでみんなが
きれいな仕事をしていけば、
とてもいいものができていくと思います。 - 糸井
- わかります。
- 土井
- お店でも、ほんとにちゃんとしてくれたら、
ごはんをお茶碗によそって
出してくれるだけで感動しますよね。
「この子、ええ子やな」って。 - 糸井
- 昔、宝塚出身のおばあちゃんたちが
集まってやってる鉄板焼き屋さんがあって、
まさにそういうお店だったんです。
安くも高くもないけど
気の利いたごはんを出す店で、
肉だの野菜だのをささっと焼いてくれて、
ごはんはまさしくそんなふうによそってくれて。
味噌汁は1人分ずつ作るんです。 - 土井
- 最高ですね。
- 糸井
- ちょっとだけ手が抜かれてるのは、
味噌汁の具は事前に火を入れてあるんです。
それで「大根ですか、人参ですか?」と聞かれて
「大根です」とか言うと、茶こしのようなもので
チャチャッと味噌をといて出してくれる。 - 土井
- それで充分です。
なんでも気持ちをこめて作る、いうことですね。
そしてやっぱり、そういう仕草を
我慢して身につけた人たちの美しさ。 - 糸井
- そこでも大事なのは「我慢」ですね。
- 土井
- もう最初は、我慢しかないんです。
でもそれが身についたら、
その人がいてるだけで「ええな」ってなる。
触れたものみんなが
美しくなる人っているんですよ。
魔法の手、みたいなの。 - 糸井
- それはかっこいいなぁ。
そしてそういう店では
「今日食べるものがないから」
とか言われても、うれしかったりしますね。
「また来るわ」ってね。 - 土井
- そうなんですよ。
やっぱりごはんを食べにいくって、
人に会いに行ってる部分もありますから。
(つづきます)
2017-01-10-TUE