第9回
一汁一菜でよいという提案。
- 糸井
- 土井さんの新しい本、
とってもいいなと思ったんです。
『一汁一菜でよいという提案』。
ずいぶん思い切った提案ですが。 - 土井
- そうなんです。
だけど、いまの世の中には
これが必要だと思ったんですね。
仕事をして、子育てして、家事をして、
余裕なんてないのに
「料理を作りなさい」と
言われている人たちがたくさんいる。
さらに旦那のほうが
「いつも最低3品は欲しい」などと言ってる。
現実はお手上げ状態というか、できっこない。
でもどれもないがしろにできない。
そんなふうに困っている人が、
とってもたくさんいるんです。 - 糸井
- はい、はい。
- 土井
- 昔の人たちも、おばあちゃんも、お母さんも、
きっと忙しかったはずなんです。
だけどできてたのは、
昔はできる範囲のことをやってたから。
その、毎日続けられる食事が、
「ごはん・お味噌汁・漬物」を基本とする
一汁一菜なんですね。
これは和食の原点であり、家庭料理の原点で。
すべてここからはじまってるんです。 - 糸井
- そこに戻るのがいいんじゃない?と。
- 土井
- そうなんです。
一汁一菜は、ちゃんと毎日続けられて、
健康になんの不足もない、
男女を問わない食事です。
ごはんさえ炊いておけば5分もあれば作れます。
そしてこの提案は、その一汁一菜を
毎日の基本の型にすることで、
みんなの「おかず、どうしよう?」という悩みを
全部なくしてしまおうというものなんです。 - 糸井
- それ、すっごく人を楽にしますね。
- 土井
- そう、まずはそれで肩の荷が下りたと。
そこから「今日は気持ちに余裕がある。
財布にも余裕がある。時間にも余裕がある」
というときにスーパーで
おいしそうなサンマを見つけたと。
そのときに
「これ子供ら食べるかな。焼いてあげようかな」
と思ったら、それではじめて
プラスアルファで料理をすればいいんです。
そうすれば、責任感や強制からじゃなく、
ほんとうにやりたい料理になるでしょう? - 糸井
- そのとおりですね。
- 土井
- 料理ってやっぱり「作りたい」とか
「食べさせてあげたい」とか、
「自分が食べたい」とか、そういうことですから。
そんなふうにしてわたしは、
みんなの料理を本来の意味に戻したいんです。 - 糸井
- それは、いいですね。
- 土井
- さらに一汁一菜というのは、
毎日食べ続けても絶対飽きないんです。
それはそれで、体にしみるくらいおいしいんです。 - 糸井
- はい。
- 土井
- だから、ごはんがこんなにおいしい。
味噌汁がこんなにおいしい。
毎日そんなふうに食事をたのしめる。
さらに汁の具を変えれば、
際限なく違うものを作り続けられる。
それが毎日続けば、家族も変に期待しないですし、
さらにそのときサンマがあれば、
子供たちもみんな
「今日はサンマがついてるぞ!」って
自分で発見するわけじゃないですか。 - 糸井
- それがプレゼントになるわけですね。
- 土井
- そうなんです。
いま、時間をかけてごちそうを作っても、
誰も気づかないわけでしょう?
でも一汁一菜が基本になると、
作り手も、食べる側の喜ぶ顔が見えるんです。 - 糸井
- はい、はい。
- 土井
- もちろんパンだって、ハンバーグだって、
中華料理だって、食べていいんです。
ぜんぶ一汁一菜の考え方にあてはめて、
余裕のある日曜日に
「じゃあ今日はハンバーグを作ろう」
などとすればいい。
それは、その日に余裕があるから
作るだけのことなんですね。
そういうことというのが
「一汁一菜という提案」なんです。 - 糸井
- ぼくは前に『婦人公論』という雑誌の座談会で、
西川勢津子さんという家事評論家の方と
お話しする機会があったんです。
そのとき知った話で、実は日本の主婦は、
そんなに多くの家事をしてない時代のほうが
長かったらしいんですね。
だけどアメリカの婦人雑誌の影響で
日本の婦人雑誌も「奥様はなんでもやるべき」
という理想像を広めてしてしまった。
それで、いまのような奥様像になっていると。 - 土井
- はい、はい。
- 糸井
- ごはんは作れる、おやつは作れる、洋裁はできる、
編物はできる、掃除はできる、洗濯はできる‥‥。
そんなの無理なのに、
いまは「それが当たり前」と教えられてる。
かつて、一部できる人がいたのは、
お手伝いさんがいる家だったから。
そういうものだから、いま、その部分で、
仕事までしてるみんなが苦しんでるのは
どうかと思うんです、ということだったんです。 - 土井
- まさにそういう状況だと思いますね。
- 糸井
- 土井さんはそういった経緯を知っていて、
この本を出されたというのも
あるのでしょうか? - 土井
- もともと知っていたわけではないんですが、
やっぱりだんだんわかってきたんですね。
わたしはもともと
「今夜のおかずどうしよう?」が
多くの奥さんがたの悩みだと聞いて、
「いい悩みじゃないか」
くらいに思ってたんですよ。 - 糸井
- そうですよね。
たのしい悩みにも聞こえますし。 - 土井
- だけどよくよく聞くと、現実問題、
みんながほんとに苦しんでいる。
そして「土井善晴の勉強会」みたいなイベントで、
若い子たちに一汁一菜の考え方を
「これでいいんだよ」と話したら、
ものすごく喜ばれたんです。
そこで、これは必要とされてるなと感じまして。 - 糸井
- なるほどなぁ。
- 土井
- さらに、一汁一菜というのは
懐の深さがすごいんです。
そこを原点にして、いわゆる茶懐石でも
なんでもできますから。
いま、魯山人の器とかを持ってても
使いようがないですけど、一汁一菜であれば
「今日の刺身は魯山人の器に盛ろうね」
とか、そんなこともできる。
そうやって、美意識の世界まで
取り返しができるんです。 - 糸井
- はぁー。
- 土井
- そんなふうに、一汁一菜はひとつの思想であり、
ひもとけば哲学にもなる。
生き方のような受け取り方を
してもらえたらと思っているんですけど。 - 糸井
- 土井さんは、まったく商品を作らず
「発想」を作ってますね。
肩書きは料理研究家ですけど、
その名前でなんでもできる。
聞いてると、商品にする必要がないのが
すごいなと思って。 - 土井
- そういうところ、ありますね。
その都度その都度やってるだけで、
わたしには在庫もなにもないんですよ。 - 糸井
- この本も生き方の問題になってますし。
- 土井
- そうですね。だけど今回本を出してみて
わたしのほうが逆に
「いまは生き方を求めてる人が、
こんなに多いんだ」
と、びっくりしたところもあるんです。
(つづきます)
2017-01-09-MON