- ——
- きょうは「時間」について、
いろいろお話をおうかがいしたく、
東京からやってまいりました。
- 井上
- ようこそ明石へ。
お役に立てればいいんですけど。
▲明石市立天文科学館館長の井上毅さん
- ——
- さっそくですが、
日本の時間というのは、
「明石の時間」が基準なんですよね。
- 井上
- そうです。
- ——
- 東京と明石の時差って、
本当はどのくらいあるんですか。
- 井上
- 東京と明石の時差は、約20分です。
太陽が真南に来たときを12時とすると、
東京のほうが明石より
20分早く12時を迎えることになります。
- ——
- 明石より西へ行くと、
時間はもっと遅くなるんですよね。
- 井上
- そうですね。
明石と長崎でも20分ぐらい差があります。
- ——
- ということは、東京と長崎で40分。
- 井上
- さらに、長崎と沖縄の石垣でも
20分ほど差があります。
- ——
- つまり、東京と石垣では1時間‥‥。
- 井上
- もっと言うと、
日本の一番東の南鳥島から
一番西の与那国島を比べると、
だいたい2時間の時差があります。
- ——
- けっこうあるんですね(笑)。
そうやって聞くと、
日本国内に時差があっても
いいような気がしてきました。
- 井上
- 実際に東京と大阪で、
別の時計を使っていた時期もあります。
明治の初めの頃、
大阪は大阪で、東京は東京で、
それぞれの地域の天文台で時刻を計って、
正午になるとドーンという
大砲を撃って時報にしていました。
- ——
- 昔は日本にも時差があったんですね。
▲明石市立天文科学館・時計塔の
展望室にしつらえられた、主要都市の時刻を示す時計
- 井上
- それぞれの地域で観測して、
太陽が真南に来たときを12時とする。
そうやって決めた時間を「地方時」と言います。
19世紀のはじめ頃までは、
世界中この地方時を使っていたんですが、
鉄道や通信技術が発達すると、
地方時ではいろいろな問題が起こりました。
とくに問題になったのは、鉄道です。
同じ時刻を基準にしていないと、
最悪、列車の衝突事故が起きてしまいます。
- ——
- それは深刻な問題ですね。
- 井上
- 鉄道を正しく運行するために、
19世紀のイギリスでは
グリニッジ天文台で時計を合わせて、
その時計を鉄道に乗せて運び、
各駅ではグリニッジ天文台の時刻を
表示するようになりました。
- ——
- 基準になる「時間」を、
グリニッジ天文台にしたわけですね。
- 井上
- アメリカでは、もともとは都市ごとの時刻があって、
それぞれの時刻表を使っていたんです。
異なった時計を持った運転手がいたことが原因で、
衝突事故が起きてしまいました。
そんなアメリカでは、
鉄道を中心に標準時導入の動きがすすみます。
グリニッジ天文台を基準として、
西側から4時間、5時間、6時間、7時間と、
経度に応じて時差を設定していったんです。
- ——
- そこで時差が生まれたわけですね。
▲現在もアメリカ本土は4つのタイムゾーンに分かれています
- 井上
- そもそも時間というのは、
その社会(コミュニティ)が共有する約束事ですから、
コミュニティの範囲が広がると、
どうしても「共通の時間」が広がっていきます。
標準時はそれぞれの国で導入されていくのですが、
国際的には統一されていませんでした。
というのも、グリニッジ天文台以外にも
フランスにも立派なパリ天文台があったんです。
それで世界の時刻の基準を決める
「国際子午線会議」というのが
1884年にアメリカのワシントンで開かれました。
明治17年のことで、日本もこれに参加しています。
その会議では、
グリニッジを基準にするか、パリを基準にするか、
水面下で激しい争いがありました。
結局、グリニッジが勝利して、
グリニッジ天文台を通る子午線が「本初子午線」となり、
世界の時間の基準に定められました。
- ——
- けっこう最近なんですね。
時間の基準が決まったのは。
- 井上
- もちろんグリニッジ天文台自体は、
もっと古くからありますけど。
- ——
- 日本はグリニッジ標準時から
9時間の時差がありますけど、
これはどうやって決まったんでしょうか。
- 井上
- 地球は24時間で1回転しますから
360度を24時間で割ると、
経度15度ごとに1時間の時差が生まれる計算です。
それで、グリニッジを基準として
15度ごとに1時間ずつ違う時刻を使いましょう
ということになっています。
- ——
- 15度で1時間ということは‥‥。
- 井上
- 15×9で135ですね。
それで135度の子午線の時刻を、
日本の標準時にしようと決まりました。
1886年、明治19年のことです。
- ——
- それで135度の子午線上にある、
ここ「明石市」の時間が
日本の基準になったというわけですね。
- 井上
- はい。
▲明石市内の路面に貼られた
日本標準時子午線を示すステッカー
- ——
- ちなみに、世界の時間の基準が、
パリになる可能性もあったわけですよね。
- 井上
- もちろんありましたが、
大勢はグリニッジ天文台基準に決まっていました。
フランスは投票を棄権して
グリニッジの標準時を受け入れたのも
20世紀に入ってからです。
かつてのフランスの法律では
「グリニッジ標準時」のことを指すのに
「グリニッジ」という言葉を使わず
「パリの標準時刻を
9 分 21 秒遅らせた時間」と定めていたくらいです。
当時のフランス人の気持ちを感じることができます。
- ——
- 徹底してますね(笑)。
- 井上
- ただ、時間に関するグローバルスタンダードは
イギリスに軍配が上がりましたが、
空間のグローバルスタンダードは
フランスが持っています。
- ——
- 「空間」のグローバルスタンダード?
- 井上
- メートルという単位がありますけど、
もともと1メートルの定義は、
「北極点からパリ天文台を通って、
赤道までの距離の1000万分の1」
というものでした。
つまり、メートル定義に関しては、
パリ天文台が基準になっているんです。
こうした観測ではパリ天文台は
昔から大きな役割を果たしていたんですね。
- ——
- パリに軍配があがったと。
- 井上
- 痛み分けというんでしょうか(笑)。
逆にイギリスはしばらくはメートル法を採用せず、
ヤード法を使ってましたよね。
やはりその時代その時代の、
グローバルスタンダード争いがあるんでしょうね。