man
食と育。
おいしく豊かに生きること。

第1回 栄養士さんが「教師」になる時代


今は、どの業界でも、昔に比べて
モノを作る原料費がとても低くなったし、
輸送費もおさえられるようになっています。

だからこそ、これからは、ますます、
「工場のシステムで、簡単には作れないもの」
に、大きな価値が出てくるのかもしれません。

水、きれいな景色、清浄な空気。
変化に富んだ四季、人間の独特な性格。

いつの時代でもそうなのでしょうけれど、
「いま、ここでいきなり作ろうっていったって、
 簡単に作り出せない本物」ほど、稀有なものです。

いい水は、みんなが競って買うほど、
高価になっているわけですし、例えば、
「あの建物は壊さないでください」
というノスタルジックな市民運動にしても、やはり、
建物の個性に、簡単には作れない価値があるはずで。

おなじだけの歴史を作ることは
できないからこそ、工場ですぐに作れるものは安い。
レストランでも、おいしいお店には、
いかに高価でも、お客さんが、
露骨にバンバン入っていくわけです。
その現象には「おいしさ」にいかに価値があるか、
人は、とてもよくわかっているということなんです。

「簡単に作れないもの」には、
大きな商品価値がある。
その最たるものとして、このコーナーでは、
現場にいる人たちと、ざっくばらんにお話をしながら、
「人間」と「食べもの」について、
ちょっと、ちゃんと考えてみたいと思いました。
すこしまじめに、長いスパンで、
連載をしてゆきますね。

最初にお会いしたのは、文部科学大臣の、
河村建夫さん。

教育の基本と言われる
「知育・徳育・体育」の概念の先の、
「食育」
という教育改革にとりくんでいる
途中経過を、個人の歴史や大臣としての実感と共に、
語ってもらいました。




糸井 河村さん、お忙しい時期に
対談をしてくださり、ありがとうございます。

この会話が掲載される
「ほぼ日刊イトイ新聞」という
インターネットサイトも
最近は、毎日80万アクセスほどに、成長してきました。
河村 80万部の雑誌っていったら、
たいへんなものですもんねぇ。
……糸井さん、参議院に出たら、
すぐ当選だよ(笑)。
糸井 (笑)いや、ぼくは、
そういうことはできなくて……誰かに、
何かを言われる場所にいるのがイヤなんです。

「誰からもしばられない」という場所にいる人が、
たまにいると、おもしろいんじゃないかなぁ、
と考えていますので。

いま、農業に関するシリーズ対談をやることで、
「食」のことを考えていきたい、
と思っているんです。
食べものは、やっぱり、人間の基礎ですから。

その第1回目として、
文部科学大臣の河村さんに、
「国の大臣が、今、食についてどういうふうに
 考えていらっしゃるか」
を、
ぜひ、直にお聞きしたい、と考えました。

今は、一般的には、「食育」という試みを
「文部科学省」と絡めて考えている人って、
まだ、ほとんどいないですから。
河村 文部科学省には、
学校給食制度を維持する使命があります。
公立では原則的に実施している
学校給食を管理する役目が、あるわけです。

そこで、学校現場でも、
「食が大事なんだ」と言いつづけていて、
今国会で、新しい法律が出るんですけど、
学校給食を世話している学校栄養士のみなさんが、
今度の法律からは
「学校栄養教諭」になれるようになったんです。
糸井 先生になれるんですか?
河村 はい。

今までは「給食のおばさん」でしたが、
いよいよ、「先生」になります。
これは、学校現場では、20年来の要望でした。


現場では、教諭じゃないと発言権がないですが、
先生になれば、自分で、企画が作れますからね。

ただ、いまは、
従来の学校栄養士さんが、
まだ1万人しかいません。

学校は4万校ぐらいありますし、一気に
栄養士さんを増やすわけにもいかないので、
残念ながら、現状では全学校には設置できず、
当然、数校の掛け持ちであったり、
ということにはなるんですけど。
学校の図書館司書が、
12学級以上の学校に配属されるような形です。

学校現場で、教諭として現場に立って、
他の先生たちと一緒に、
食を指導できることは、大きいですよ。
今は、「食」から来るストレスや病気や、
いろいろな問題が、あるわけですから。

例えば、朝に、
食事をしてこない子どもが増えてきています。
なぜかと言うと、
お父さん、お母さんが食べないから。
私の郷土の、
山口県の萩市の学校でさえも、なんと、
16パーセントの子どもが朝食を食べていなくて、
町長さんが驚いて、校長先生を呼んで
「そこだけは、ちゃんとしましょう」
と話しあったというんですね。
お父さんやお母さんにも、ちゃんと
食べることの大切さを認識してもらわないと
いけない地点に、さしかかっているんです。
糸井 先日、「食」のデータを
さらにちゃんと調べた人の本を読んだんですけど、
「ほとんどの主婦がウソをついている」
という、おそろしい結果が出たそうなんです。

早い話が、
「あなたは○○について考えていますか」
という問いに
「あまり考えていない」とつける人は、
ほぼ、まったく考えていないと言うか(笑)。

「食の実態は、由々しきことだ」
と言っているそのデータでさえも、
大ウソだったら、実態はものすごいことになる。
いまの「16パーセント」も、もしかしたら……。
河村 確かに、
「ときどき朝食を抜く」
を含めると、2割を超えるんです。
……それは「そうとう抜く」のかもしれない。

そういう実態が進んで、アメリカでは、
朝食も学校給食を導入したところが沢山あります。
日本も、放っておいたら、いずれ、
「朝食も、やってくれ」
ということに、なってしまうのかもしれません。
糸井 朝食までだと、もう、学校が家のかわりですね。
河村 そういう雰囲気がだんだん高まってきていて、
学校の先生に「家」を求める部分が、
いまは、次第に、大きくなっているんですね。

いろいろな議論になっています。

学校給食反対論者は、例えば、
「学校給食は、食料難の時代にはじまったはず。
 だけどいまは豊かなのだから
 食事は、各家庭が作ったらいいんだ」
と述べていますが、現状の家庭の「食」は、
そんなことを言っておれない状況なんですね。


学校栄養士さんが先生になるという法律は、
「そんな中で、食べものの大切さを、
 学校給食を通してわかってもらいたい」
「栄養素をふまえた食習慣をつけてほしい」
という考えから、できたんです。

第1次産業からは、
食の安全という点から見ても、
その地域で採れた食べものを
その地域で消費する「地産地消」ということが
大きく言われるようになってきています。
※対談は、明日に、つづきます。
 あなたは、「食」と「育」についてどう思っていますか?
 家で、こんな食事をしたいんだと想像していることや、
 家庭の食の現場について心配していることなどを、
 postman@1101.com
 こちらまで、件名を「食と育」として
 お送りくださるとさいわいです。

次の回へ 最新の回へ 次の回へ

2004-06-10-THU

BACK
戻る