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密林からブラジルへ。
らしく生きる人
小野田寛郎さん |
「簡単にいえば、
人間は、死にたくないんです。
だから、生きることを考えるんだから」
〜小野田寛郎 これでも教育の話? より〜
敗戦後の29年間、フィリピンのルバング島で
小野田寛郎さんは終戦を知らずに
(正確には、終戦を信じずに)
ひとりで最後まで戦争を続けました。
密林を訪れた上官からついに投降命令を口達され、
1974年3月9日、小野田さんは帰還しました。
一躍、時の人となり、
好奇の目にさらされた小野田さんは
移民していたお兄さんに誘われてブラジルへ渡ります。
いまは、地球の裏側で牧場を経営するかたわら、
「自然と人間の共生」をテーマに
子どもたちのキャンプ「小野田自然塾」を開いています。
小野田寛郎さん、81歳。
想像できるべくもない波瀾万丈を生きながらも、
小野田さんのまなざしはあくまで穏やかです。
「私はただ、『らしくあった』だけなんです。
子どものときは子どもらしく、
軍人のときは軍人らしくしたのです」
いつのときも、真摯に時代を生きてきた小野田さんは、
いまの時代を、いまの日本を、いまの若者を
どのようにとらえているのでしょうか。
9月13日の東京国際フォーラムに
最年長のゲストとして、小野田さんをお迎えします。
イベントの打ち合わせをするため、
糸井重里は東京の下町、佃に小野田さんを訪ねました。
同行しましたので、その様子をレポートします。
我々は約束の10分前に
待ち合わせ場所に着きましたが、
小野田さんはすでにいらっしゃっていました。
背筋をピンと伸ばした小野田さんは
糸井を見つけると笑顔で近づき右手を差し出します。
「おひさしぶり!」
握り返す糸井はやや恐縮気味です。
そのままふたりは下町を歩きます。
路地を縫って、小野田さんは佃の街を案内します。
小さな神社に二人で手を合わせたり、
建築中のマンションを指さして話したり。
小野田さんは、ふだんブラジルで暮らしますが、
日本に帰ってくるときは
ここ、佃にある親戚の家で過ごしているそうです。
「いい街なんだけど、どんどん変わっていくね」
そんなやり取りが、ちらちら聞こえてきます。
庭園に面したレストランに
小野田さんは席を用意してくださっていました。
我々は肉を注文し、
小野田さんは迷ったすえに魚を注文しました。
食事しながら、9月13日のイベントについて
雑談を交えつつ話していきます。
「妻とふたりでブラジルへ渡ってね、
ちゃんと準備していったつもりだったけど
向こうはボロボロの状態だったんです。
それで、いちから牧場をつくって。
人間にははったりが利くけど、
自然には利きませんからね、
たいへんはたいへんでしたよ。
妻にはよく言ってました。
辛抱できなかったら、
いつでも帰っていいよって。
だいたい僕が、辛抱するの、嫌いだからねえ」
小野田さんの口から
「辛抱するの嫌いだから」なんて言葉が
出てくるとは思わなかった。
糸井も思わず吹き出してしまう。
当時のルバング島での話、
日本に帰ってきたときの話、
ブラジルでの話、
多くの興味深い話を聞きながら食事する。
「いまの日本で変だな、とぼくが思うことは、
人々が『らしく』生きていないということです。
親が『親らしく』、先生が『先生らしく』いるだけで
ずいぶんわかりやすくなるはずなんです。
難しいことじゃないですよね。
いまやっていることはとっても不自然に見える」
「子どもは、ひと言でいえば、
『好きなほうへ向かえばいい』と思うんです。
それは、親が、その子に向いていることを
示してあげるということも大切だけど
最終的に、『好きなほうへ向かう』ことが
いちばん大切なんだと思う」
「ひとりでいるときと違って、
大勢の人といっしょにいることは苦労があります。
物事には裏と表があるから、
いいこともあるし、よくないこともある。
だけど、ひとりじゃ生きられないですよ、やっぱり。
ひとりじゃ、火をつけるだけでも苦労です。
マッチ1本手に入りません」
食事を終えて、小野田さんが糸井を連れて行ったのは
漆器を扱う下町の職人の店です。
糸井はここに「箸」を買いにきたのです。
以前、ここでつくられた箸を人からもらい、
そのすばらしさに、ぜひ、つくった店を
訪れたいと思っていたのだそうです。
「こんにちは」
店といっても看板やショーケースが
あるわけではありません。
軒にいくつかの箸や漆器が並べられ、
奥に職人さんが作業する様子が見えます。
糸井が経緯を説明し、箸を注文すると
職人さんがその場で箸を磨き始めます。
「この箸はね、いわば刃物なんだよ」
できあがる箸を待つ糸井はちょっとうれしそうです。
小野田さんと箸や木や漆について話します。
「いい漆器はね、きちんと乾燥させてあるから
指で弾くといい音がするんですよ」
そう言いながら、小野田さんは漆器を軽く弾きます。
クァン、と気持ちのいい音が跳ね返ってきます。
好奇心に満ちる糸井は職人さんにいろいろと質問。
一時間ほどそこで過ごしたあと、
小野田さんに見送られて
我々は佃をあとにしました。
9月13日に、小野田さんが何を教えてくださるか
いまからとっても楽しみです。
二人目の長老をご紹介いたしました。
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